第190話 初恋
研究所も無事に運営を始めて、ビル所長の下、順調に薬づくりに乗り出している。これから色々な店に卸していく予定だ。それと共に慈善活動の一環として、スラムでのスター商会の慈善活動の際に薬を使う予定でいる。貧しくて病気を我慢している人の力に少しでも慣れたらと思っているのであった。
そして、研究員の事だが少し困った事が有った。それはノエミだ。研究所で元気が無いのだと言う。私がノアと会いに行くときはいつもの様子だったので、気にしていなかったのだが、仕事中もため息ばかりの様だ。これは会頭として話を聞かねばと思い、二人きりで会うことにした。
なので今はスター商会の会頭室にてノエミと二人きりだ。セオはノアと共にリアムの部屋にいる。ルイもだ。ノアは仕事が忙しそうなリアム達を気にしてなのか、裁縫室か、スター・ブティック・ペコラに行きたがっていたが、大人しくリアムの執務室で待機して貰う事にしたのだった。
「僕のこの部屋での癒しは、ギセラだけだよ……」
とぼそりとノアが呟いていたのは、聞こえなかった私なのであった。
私とノエミは執務室のソファで向かい合って座っている。ノエミがリラックス出来る様に温かいハーブティーと、ノエミの好きなチーズタルトを準備した。ノエミは何故私の部屋に呼ばれたかは分かっていない様だったが、出されたお茶とお菓子を幸せそうに食べていた。
さて、6歳の私が年上のノエミになんと声を掛けて良いのかだ。 何か悩みあるの? なんて子供に聞かれて素直に答えるだろうか? 私はお茶を飲みながら笑顔を絶やさず、頭の中ではぐるぐると考える。子供らしく、可愛いく、なんと言えばノエミは悩みを話してくれるだろうか。
そしてふと思いついた。これならいいのではとーー
「そう言えば……ノエミは、ご家族と会えなくて寂しくないですか?」
私は何気なく声をかけて見たのだが、ノエミは驚いたあと見る見る顔が青ざめ、持っていたカップを落としそうになってしまった。どうやら私は何かを間違えたようだ。
「ララ様……まさか私の実家から何か……結婚の事でも言って来たのでしょうか?」
震えてそう答えるノエミに私は慌てて訂正する。
「ノエミ、違います! 最近元気が無いようなので、家族と離れて寂しいのでは無いかと私が勝手に心配しただけなのです!」
ノエミは目を丸々として驚くと、ホッとため息をついて微笑んだ。良かった。何とか笑顔が戻ったようだ。焦って変な汗をかいてしまった。
「私は家族と離れてホッとしておりますの、結婚、結婚と言われなくて済んでいますので……」
ノエミはそう言って微笑んだ。貴族の娘らしく品のある笑顔だ。最近はマルコの事でも騒がなくなったし、ノアに会っても抱っこするぐらいで、気絶することもなくなった。少し大人になったのかも知れない。では、何故元気が無いのか、そこが気になる。私が声を掛けようとした所でノエミが自分から話し始めた。
「でも……最近は……その……ニカ様に会えない事が寂しくて……」
「えっ?! ニカ?! マルコでは無くて?」
赤い顔でノエミはこくんと小さく頷くと、両手で頬を覆った。可愛らしいその姿に娘の初恋を見ているようで私の胸はきゅんきゅんと五月蠅くなる。ノエミにじっくりと話を聞いてみたところ。スター商会の寮から、研究所の寮へと移り住んで、今まで毎日ニカノールと当たり前に会えていた物が、全く会えなくなったことで自分の気持ちに気が付いたようであった。そしてマルコの事だが、今までろくに話すことなく見た目で可愛い男の子だと思っていたようだが、スター商会でノアに会ってからマルコといてもそれ程意識しなくなったそうで、マルコの中身、そう性格が良く分かったそうであった。
「マルコちゃんの事は今でも大好きですけど……何というか……弟の様な……家族の様な感じなのです……」
恋に恋していたノエミだったが、本当の恋に気が付いたようだ。確かにニカノールとマルコを比べると、どう考えても大人で優しくて頼りになるのはニカノールだ。マルコは可愛いが手がかかる、その点ニカノールは何でも出来るし、包容力のあるタイプと言えよう。ノエミが好きになるのも良く分かる私なのであった。ただ……ニカノールの恋愛対象は女性なのか男性なのか……そこが気になる私なのであった。
ノエミはスター商会の寮に戻ることで話がまとまった。転移部屋はビルが管理しているので話をしておけば問題はないだろう。研究所で寝泊まりする女性がリリアンだけになってしまうが、テントで男性と平気で過ごしていたリリアンが、今更寮で一人になることに抵抗があるとは全く思えなかった。それよりも研究をする時間を欲しがりそうだなと勝手に納得した私であった。勿論所長であるビルからどうするかは声掛けをして貰うつもりではいる。ただ答えは私の想像通りだろう。
ノエミが研究所へ戻るのを見送った後、私はスター・ブティック・ペコラへ行ってニカノールと話をして見ることにした。仕事中なので、会頭として店の様子を聞きながらちょっとだけ恋愛事情を確認してみようと思ったのだった。
スター・ブティック・ペコラの従業員部屋に着くとティボールドが居た。ティボールドは最近スター・ブティック・ペコラを手伝うことが多い。何故ならマダムたちの話し相手にティボールドはとても喜ばれるからだ。エステを待つマダムたちは待合室でお茶などをしながら待つのだが、ティボールドと話がしたいために予約の時間よりずいぶん前から来る人もいるぐらいなのである。それだけティボールドは人気となっているのであった。
休憩中なのかティボールドは部屋で執筆活動をしていた。最近はマダムから聞いた話の昼ドラの様な物語りを書いている様だ。ティボールドにとってもマダムたちは良い取材対象になっているようであった。
「ルド、休憩中なの?」
部屋に入って話しかけると、ティボールドは私の存在に気が付いたようで、ニコッと笑いかけてきた。後ろで控えている護衛のディエゴと下僕のヤコポも挨拶をしてきた。三人ともなんだか楽しそうだ。
「フフフ、ララちゃん、そう、今休憩中なの、丁度皆エステタイムだからね。もうすぐ次の時間の方達がいらっしゃるから、その前に聞いた話をまとめてるんだー」
主が幸せそうだとディエゴもヤコポも嬉しいのだろう、ティボールドを見つめる目はとても優し気だった。私はニカノールと話がしたいのだけど店の様子は大丈夫かとティボールドに尋ねると、今なら自分が行けば丁度入れ替わりだから大丈夫だと言って、私の頭を優しく撫でると三人で店へと戻っていった。
私はニカノールの店長室で待つことにした。取りあえず、店の様子から話を聞く予定だが、果たしてその後どう言って良い物かと、ここでもぐるぐると考え出した。こういう時に友人でありながらも6歳児であるがゆえに、恋の話をしかけられない自分にほとほと嫌気がさした。
早く大人になりたいと心からそう思うのだった。
部屋で待っていると、思った以上に早くニカノールはやってきた。本当にタイミングが良かった様だ。いやティボールドのことである。気を回してくれたのかもしれない。
ニカノールが私の向かい側へと座ったので、店の様子を聞きながら話をすることにした。客足も順調で、ティボールドがいるお陰でお客様も自分の順番を待っている間退屈することも無く、評判もいいらしい。それにティボールドの護衛のディエゴが店の中に居ることで、文句を言ってくる客もいないのだと笑って教えてくれた。
「ニカって……その……恋ってしたことあるの?」
話が突然店のことから飛んだからか、ニカノールは目をぱちくりさせて私を見てきた。でもすぐに今度はニヤニヤ顔に変わって私を見てきたのだった。
「ヤダー、何? ララちゃんてば好きな人が出来たの? フッフー!」
どうやら私の恋の相談だと思った様だ。ニカノールはきゃぴきゃぴと言う言葉が似合いそうなほど、嬉しそうに笑顔を弾ませている。恋をしたことは無い私だがこの顔はよく知っている、セオが賢獣や強い魔獣を見たときに見せる顔だ。嬉しくてしょうがないのだろう。
「あ、ううん、私、恋とかしたことなくて……ニカなら……そう言う気持ち分かるかなって思って……」
これならニカノールの恋愛相手がどちらなのか上手く聞き出せるかな? と思ったのだが、返って来たのは思わぬ言葉だった。
「あー、そうなのね……うーん……実はあたしも恋愛って良く分からなくて……初恋かなって思ったのも最近だし……」
「そ、そうなの?!」
これだけ美しいニカノールだ。恋愛豊富なのかと思ったら、初恋も最近なのだというのだ、驚かないはずが無かった。ニカノールは少し恥ずかしそうに、その初恋相手の事を教えてくれた。ニカノールの恩人でありとても美しい女性(・・)なのだそうだ。心根も優しくて困っている人を放ってはおけないらしい。その上行動的で仕事にも手を抜かない人なのだと、ニカノールは頬をピンク色に染めながら教えてくれた。そんな素敵な人を好きになるなんて。ニカノールは流石だなと思った。
「ハァー、私もいつかニカみたいに好きな人が出来るかな?」
「フフフ、ララちゃんなら大丈夫よ。年ごろになれば周りが放っておかないわ」
ニカノールはそう言うと私の事を愛おしそうに見つめ、優しく撫でてくれた。何だか熱く見つめられているような気がして少し恥ずかしくなった私なのであった。
取りあえず、ニカノールの恋の相手は ”女性” だという事は分かったので、私はこれ以上仕事の邪魔をしないように、ニカノールにお礼を言ってスター・ブティック・ペコラを後にした。
自室へ戻る前に庭のイザベラの花を見ることにした。恋の話をしたので何となく美しい花が見たくなってしまったのだ。
すると、商会の入口で護衛のニールに話しかけている女性が見えた。ちょっと気の強そうな女性が怒鳴るような声でニールに何かを言って居るのだ。私は心配になって、近づいてみることにした。
「だから、トミーを呼んできて頂戴! 私はあの人の妻なのよ! 話があるの! 分かる?!」
「いえ……トミーさんは奥さんはいないはずです……」
「分からない子ね! だから私が妻だって言ってるでしょ! 良いからさっさと呼んできなさいよ!」
今にもニールに殴りかかりそうな女性との間に私は割って入った。大事な従業員を例え女性であっても殴るなど許されない。私が飛び出してもその女性は振りかぶった手を止めようとはしなかった。その顔には酷く醜い笑顔を浮かべていたのだった。
「リンダ! 止めろ!」
大きな声で叫んだのはトミーだった。リンダと呼ばれた女性は、トミーが来たことに気が付くと。私の頬に届きそうだった手をピタリと止めて、下品な笑顔をトミーに向けた。
「トミー! 会いたかったわぁ!」
猫なで声でトミーの名を呼ぶ女性は、トミーの元妻のリンダであった。
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