第188話 ノア・ディープウッズ

 私が朝の身支度を整え、部屋でセオと今日の予定の話をしていると、ルイが困ったような表情を浮かべて部屋へと入って来た。どうやらノアが起こしても起きないようだ。


 ノアはあれから人形に戻ることなく、ノア本人としてディープウッズの屋敷で過ごしている。皆がノアが居ることに喜ぶというのが一番の理由だが。何よりも人形からノアにする時が一番魔力を持っていかれるからであった。毎日人形に戻すよりは、ずっとノアでいてくれた方が、魔力補填する私としてもとても助かるからだ。その為、人形なのにノアには自分の部屋が与えられた。私の左隣の部屋だ。右隣はセオの部屋なので三人で繋がってるともいえる。


 ルイやブライス、それからリタとアリスは一個下の階の元客間に二人ずつ一緒の部屋にしている。これは本人たちの希望だった。それぞれに個室を与えても十分な程にディープウッズの屋敷は広いのだが。あまり広い部屋は落ち着かないとの事と、リタはアリスの面倒を見ると言う理由と、ルイはせめて騎士学校へ行くまではブライスと一緒の部屋が良いと言う理由からであった。

 今後アリスが成長し、ルイも騎士学校へ行くようになったら、彼らも個室を持つようになるだろう。私も個室があると言っても殆どセオと一緒に過ごしているし、今だって一緒に寝ている。なので特に問題は無のであった。


 困り果てているルイと共にノアの部屋へと向かうと、ノアはベットでまだ横になっていた。本来人形なので寝る必要など無いのだが、どこか体に問題でもあるのかと思い覗き込むと、グイっと腕を掴まれベットの中へと連れ込まれたのだった。


「アハハ、ララおはよう。やっと起こしに来てくれたー。待ってたよー」


 ノアは寝たままで私をぎゅうっと抱きしめた。まだ6歳である。甘えん坊の様だ。私はそんなノアを自分からも抱きしめると優しく声を掛けた。


「ノア、スター商会の皆に紹介したいからそろそろ起きてくれる? お願い」

「うん。勿論起きるよ。ララのお願いなら何でも聞くよ」


 ノアは起き上がるとサッサと身支度を整えた。先程までぐずっていたとは思えない速さだ。きっとまだまだ甘えん坊で、幼い男の子なんだなと納得したのだった。

 ただし、ノアがルイに 「起こしにくるならリタかアリスにしてよ』 と注文を付けていたなど、全く知らない事なのであった。


 朝食を終えて準備をするとすぐにスター商会へと向かった。子供たちは図書室へと向かったが、私とノア、そしてセオとルイはリアムの執務室へと向かう。皆がノアを見てどんな表情になるのかワクワクしてしまい、つい顔が緩んでしまうのであった。


「リアム、おはよう」

「おう、ララって……おい、何でノアが?!」


 私とノアが揃って部屋に入ってきたことにリアムは驚くと、勢い良く立ち上がったので執務用の椅子がガタンと大きな音を立てて倒れた。皆その音にビクッと肩を揺らし驚くとともに、ノアが居ることにも驚いて居る様だった。

 私はノアを作ったことを皆に説明を始めた。ファフニールの魔石を使った事などはあり得ない事だったのか、皆立っていられなくなり、頭を抱えたまま近くの椅子に腰を掛けていた。説明が終わっても口を開く者はおらず、口をポカンと開けて頭の中で私が話した事を整理しているかのようであった。


「あー……つまり……セオが居ない間のララの護衛はノアが担当するんだな? その……大丈夫なのか?」


 やはりリアムが一番に復活してきた。何度も驚いてきただけの事は有る。耐性が付いている様だ。リアムの 「大丈夫なのか?』 と言うのはきっとノアの強さの事だろう。私は頷くとノアが私と同じだけの能力があることを話した。


「あー……つまり、ララが二人いるって事か?」


 リアムの顔は何故か青くなっている。驚き過ぎて具合が悪いのだろうか? 

 私は頷くとリアム達にニッコリと微笑み、心配させないようにした。


「そう、ノアは私と同じ事が出来るから、剣術も武術も大丈夫なの。それに物作りだって出来るはずだよ」


 皆が 「ひっ……」 という変な声を出した。どうしたのだろうか? リアムも益々顔が青くなってしまった。意味が分からずセオの方に視線を向けると、何故か同情するような顔を皆に向けていたのであった。


「あー……つまり……これからは、ノアも何か商品を作ってくるんだな……」


 ノアはリアムの言葉に少しいたずらっ子の様な表情で 「うん」 と答えた。期待されているのが嬉しかったのかもしれない。双子達がぼそりと 「新商品がこれからは二倍の速さで出来上がるのですね……」 と呟いていたことには全く気が付かなかった。


 リアムの執務室を出て裁縫室へ行こうとしたところで、ノアが忘れ物をしたとリアムの部屋へと戻った。勿論護衛役のルイも付いて行った。そして戻った部屋ではこんな事が起きていた――


「ノア、どうした? 何か忘れ物か?」


 ノアは良い笑顔でリアムに近づくと、そっと耳打ちをした。それは――


「リアム、もし成人前のララに手を出したら、裸で逆立ちして街中を散歩したくなる魔法をかけるからね……絶対に変なことしないでね」


 リアムはまた真っ青になってしまったそうだが、ノアは皆が見ほれるほどの良い笑顔で部屋を出たのであった。勿論この事は私の知らない事なのである。


 裁縫室へと皆で着くとノアを見てブリアンナやマイラ、そしてミアも ハッ と息をのんだ。ここでも私は詳しく説明をしたのだが、ノアは甘えん坊が出てきたようで、説明の間中マイラの膝の上に座っていたのだった。やはり普通の6歳児は抱っこが好きなようだ。ノアはニコニコ顔で三人に甘えるとすっかり三人を自分のファンにした様であった。


「みんなー、又来るからねー、大好きだよ」

「「「ノア様、お待ちしてますねー」」」


 この後は、護衛たちに会いに行った。ノアは眠たいのか 「別に(むさ苦しい男どもの所になんて)行かなくても良いんじゃない」 と言ったが、守ってもらう立場として、そして会頭としてきちんと挨拶をさせることにした。ノアは渋々だが付いてきていたが、唇を尖らせて少し不機嫌な顔をしていた。


 星の牙たち護衛組にノアを会わせると、やはりここでも驚いたまま皆固まってしまった。ノアは 「よろしくー」 と簡単に挨拶を終わらせようとしたが、ガシッとメルキオールに腕を掴まれ、勝負を持ちかけられた。ノアは眠いからかまた少し不機嫌な顔になったが、メルキオールの提案を受けて立った。

 そして手加減なしの攻撃で、護衛たちを全員のしてしまったのであった。私が皆に癒しを掛けている間、ノアは 「もう少し強くなってよね……」 と可愛いらしくお願いしていた。何故かメルキオール達はノアのその笑顔を見て、アダルヘルムの氷の微笑でも見たときの様な私の様な顔をしていた。あんなに可愛い笑顔なのに不思議である。


 スターベアー・ベーカリーやスター・リュミエール・リストランテそしてスター・ブティック・ペコラで働く皆には、仕事中なので挨拶はまた今度となった。ノアを会わせたことで、驚いて動けなくなったら仕事に支障が出るからだ。ノアは何故かスター・ブティック・ペコラにはとても行きたがっていたが、こればかりは我慢してもらった。申し訳ない。きっとお母様に似て薬草が好きだから化粧品に興味があるのだろうなと、勝手に想像したのであった。


 最後に研究チームの所へと顔を出した。今研究所をディープウッズの森の端に建てる計画を本格的にしている所なので、引越しがいつでもできるようにと研究所内は慌ただしくなっていた。

 勿論ここでもノアの説明をすると、マルコとノエミが大変であった。

 マルコはノアの体を調べたいと大騒ぎになり、それをビルとカイが止めて。ノエミはノアに挨拶代わりに頬にキスされると、鼻血を出し倒れてしまった。ノアは嬉しそうにクスクスと笑っていたが、私はすぐに癒しを掛けてノエミを助けてあげた。すると目を覚ましたノエミにノアが


「ノエミ、可愛いね、大好きだよ」


 と耳元でささやいたものだから、白目を向いて倒れてしまったのだ。ノアはお母様に似て破壊力のある微笑みを持っている。男性陣でさえもノアの微笑みに頬を赤く染めていたのだ。ノエミが倒れるのも仕方が無いと思った。

 そしてノアを調べたいと大騒ぎしていたマルコだが、ノアが何かを話しかけるとピタリと止まって大人しくなってしまった。私はノエミの看病で聞こえなかったのだが……


「マルコ、これ以上騒ぐのなら、君が覚えた薬草を全て忘れる魔法をかけるけど良いのかな? それに今度ララに結婚話をしたら、母上の実験試料は二度と見せないからね、良い分かった?」


 と言って居た様だ。勿論私の全く知らない出来事なのであった。


 皆への挨拶を終えてディープウッズの屋敷へ戻ると、セオからノアの事を聞かれた。それもノアがアリナの所へと行って居る時だ。何か不安なことでもあるのかと曇り気味のセオの表情を見て心配になった。


「ララって……ノアを作る時にどんなふうに思ってたの?」


 神妙な面持ちだったので何事かと思えば、ノアの事をよく知りたいだけの様であった。男兄弟として仲良くなりたんだろうなと、セオの優しさを感じた。私はセオにノアを作るにあたって心掛けた事を伝えた。


「ノアにはとにかく女性に優しくして欲しいと思っていたの」


 この世界は女性軽視の所がある、特に貴族は娘を道具の様に扱う者もいるぐらいだ。それに庶民でも女性の働き場は限られている。ノアにはそういう考えを持って欲しくは無かったのだった。

 セオは頷いているが苦笑いだ。私は話を続けた。


「それから子供やお年寄りには優しく、後は私の事を守ってくれたら良いなって思ったかな」

「ハハ、そうなんだね。よく分かったよ。ノアは十分にララの気持ちが通じてるよ」


 セオはまた苦笑いを浮かべると、納得したかの様に頷いていた。ノアの優しさが分かって貰えて良かったなと安心したのであった。


「でも、ノアって少し甘えん坊だよねー。あんなに抱っことか喜ぶとは思わなかったもの」


 セオは私の言葉に あー とか うーん と曖昧に返事をした。どうやら同じ男の子からみたらノアはそれ程甘えん坊では無いようだ。良かったとホッとした。


 ノアはこの後、アリナと一緒に寝たいと我儘を言ってアリナを困らせた。マトヴィルが 「寂しいなら俺が」 と言ったら、やっぱり一人で寝れると言っていたので、私の中ではノアは甘えん坊確定になったのだった。

 兄として作ったノアだけど、可愛い弟の様で尚更嬉しくなった私なのであった。





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