第六章 スラムの改革

第187話 ララの新しい護衛?

 夢の月を迎えた。スター商会は相変わらずの忙しさである。

 スターベアー・ベーカリーは行列が出来るほどの込み具合だし、スター・ブティック・ペコラは店長のニカノールにファンが付くほどの人気店となっていた。会員にも沢山の申し込みがあり、エステの予約はなかなか取れない程の人気で、ブルージェ領だけでなく他領や王都からも通う者が出るほどであった。

 そしてスター・リュミエール・リストランテは予約が一年先までぎっしりの店になっており、キャンセル待ちまで殺到している程であった。予約自体の一番先が一年後までしか取れないため、その一年後を予約しようと多くの者が毎日訪れる日々が続いていたのだった。

 商業ギルドには 予約が取れないので二店舗目を早く建てて欲しい との要請が殺到しているようで、ベルティ達にも迷惑を掛けるほどの人気ぶりであった。


 セオとルイの試験の結果だが、来月の祭の月に届く予定だ。これは試験が三カ月も掛けて行われるものなので、仕方がない事であった。セオは合格通知の事はそれ程意識していないのだが、ルイの方は緊張の毎日であった。祭の月にならなければ結果は届かないと言って居るのにも拘らず、毎日の様に郵便を気にしているようで、ルイの賢獣である、大鷲型魔獣アギャーラのオッティモことティモにディープウッズの森の上を飛んでもらい、郵便飛脚が来ていないかを確認するのが日課になっていた。ティモは空を飛べるのでこの仕事を喜んでいるが、ちょっと落ち着きなさいとルイに言いたくなる程であった。


 さて、私がセオに作って貰った刀だが以前の物はジェルモリッツオの英雄、カエサル・フェルッチョとの試合で折れてしまった為に、セオがもう少し私が大きくなったらと用意してくれていた物を、今は新しく使っている。その刀に名前を付けようと思ってセオに相談したところ、話を聞いていたリアムに何故かダメ出しをされたのだった。


「”豚丸” か ”大豚一振”ってなんでそんな変な名前つけるんだよ……」


 リアムはセオが作った私の刀を手に取り、その艶を確認しながらそう言った。焼きもちなのか、それとも商人の目から見て、この刀にその名前が似合わないと思ったのかは分からなかった。何故ならリアムは試験が終わったセオがスター商会へと久しぶりに顔を出した時、泣きながら抱き着いたのだ。


 「セオー、セオー、俺一人じゃ(ララの世話は)無理だ―、俺にはお前が(ララを見守る相棒として)いなきゃやっていけない、どこにも行くな(ララは無鉄砲だから)お前がいないと無理なんだー!」


 と熱い愛の告白をしたのだ。私は突然の事で抱きしめられているセオを庇う事が出来なかったのだが、セオも同情したような表情でリアムの事をいい子いい子と撫でてあげていたので、第三者の私が口をはさむのは止めたのだった。セオも大人になってきているし、私(親)が恋愛ごとに口を挟むべきでは無いのかもしれないと、少し大目に見ることにしたのだった。

 それにリアムはセオがいない寂しさからカエサルに少し心が揺れていたと思うと、このまま本命(セオ)に夢中な方が、良いのかもしれないと思った私なのであった。


「ララ、”豚丸” と ”大豚一振”って名前、とっても良いと思うよ。でも……”大豚丸” か ”大豚一刀両断”のが良いんじゃないかな?」

「そうか、そうだね! セオってセンスいいねー」

「いやいやいや、待て待て待て、大して変わって無いだろう……折れた刀はなんて名だったんだ?」

「”星切丸”だよ。アダルヘルムが付けてくれたの」

「そ、そうか、流石マスターだぜ……いいかお前たち今回もマスターに名付けは頼め、良いな!」


 リアムが何故そこまで私達の刀の名前を反対するのかは分からなかったが、結局アダルヘルムに名付けはお願いして、私の刀は ”流星” と名付けられたのだった。それを伝えた時のリアムは心からホッとしていたようであった。


 スター商会の一員となったリアムの兄ティボールドだが、スター商会の仕事を手伝いながら執筆活動に力を入れていた。ティボールドは特筆して商会の事が何かできる訳では無いのだが、何でもそつなくこなせるため、非常に役に立ってくれていた。

 スター・リュミエール・リストランテに行けば、オーナーの様に対応することも出来るし、貴族相手の接客もお手の者であった。スター・ブティック・ペコラに行けば奥様方の話し相手などもできるし、センスも良いので重宝がられた。スターベアー・ベーカリーに行けばレジ打ちやパン作りも、本当に何でも手伝う事が出来る人であった。その為スター商会の忙しい部分に手が出せる有難い人として、リアムも一目置くようになっていたのであった。

 ティボールドに何故そんなにも色々な事が出来るのかを私は気になって聞いてみたところ。


「接客は商人だから出来るしー、他の事は、本を読んで興味があったから色々試してみたんだよねー。図鑑とかも子供の頃よく見てたから、薬草にも意外と詳しいんだよー、僕」


 とハイスペックな理由を教えてくれたのだった。流石リアムの兄だなと改めて感心したのだった。


 さて、今私はディープウッズの屋敷の小屋に籠っている。ある物を作っている為だ。

 これは私の護衛であるセオが騎士学校へ入学する為、考えたついたものであった。私のそばに護衛がいなくなることはアダルヘルムもセオもそしてリアムも困ると言うのだ。私もそれなりに鍛えているので、その辺の人には負けないと思うのだが、私の護衛はそれだけでは無いと言うのだ。


「ララの事を(無鉄砲な行動を)止められる奴じゃないと……」

「ララ様と同じぐらいかそれ以上に(行動を止められるぐらい)強い護衛が望ましいですね……」

「ララ(は目を離すとすぐにどっか行っちゃうからそれ)についていける護衛じゃないと」


 と三人ともとても心配してくれたのだ。なので私は皆にこれ以上迷惑を掛けない様にとここ数ヶ月、ある魔石を温め続けてきたのであった。

 大人の握りこぶしぐらいの真っ赤な魔石を、自分が作った人形の胸にはめ込んだ、そして魔石部分に大量の魔力を流せば、私の分身体の完成だ。そう私は、ノア・ディープウッズを作ったのであった。


 ノアの姿の人形は私の魔力を浴びると、ぐんぐんと大きくなり、私と同じ大きさまで成長した。そして私の方へと顔を向けると、お母様に似た美しい顔でニッコリと微笑んだのであった。


「ララ、ノアだよ。会いたかった」


 ノアは他の魔道具たちの様に私のことを ”神様” とは思っていないようだ。ちゃんと兄妹として理解している。これも作る段階でノアの体に書き込んだ魔法陣の紋様のお陰だと思う。今私が出来得る限りの知識をノアの体中に書き込んである。もう一度同じことをやれと言っても、何カ月も掛けて作ったノアの体だ、お金を積まれても無理だと思った。それに使った魔石もファフニールという名の人間に擬態できる竜のものを使っている、同じものがディープウッズの屋敷にもあるかは分からない位だ、作れと言っても無理であった。


 裸のままのノアはお母様と同じ美しい銀色の髪で、魔石ともお母様とも同じ赤い瞳をしていた。そして私に抱き着くと、頬に口付けをしてきたのだった。


「フフフ、ララ、僕の可愛い妹、大好きだよ」


 兄だとは分かっていてもノアのこの美しい笑顔は、お母様の笑顔並みに破壊力満点だった。人形だからか裸と言うのに羞恥心の無いノアに服を着せると、早速屋敷の皆に紹介に行くことにした。ノアを作っていたことは秘密である。皆が驚くのが楽しみであった。


 庭に出るとセオとルイそれにココとモディとティモが剣の稽古をしていた。他の子達はスター商会へ行って居るので、ここには二人と三体? だけであった。私とノアが同時に存在することに二人は驚きを隠せない様であったが、賢獣たちは私の魔力を纏っているノアにすぐに気が付き、喜んで近づいてきた。でもセオとルイは剣を持つ手を下げて、私とノアの事をポカンと見つめていたのだった。


(アルジ、フタリ、アルジ、キレイ)

(ふぉふぉふぉ、これはこれは姫神様と、王子神様でございますなぁ)

(僕の神様ー。二人だー)

「フフフ、可愛いなー。ノアだよ。皆よろしくね」


 ノアが賢獣たちに自己紹介を済ませると、ハッとしてセオとルイも近づいてきた。視線はノアにくぎ付けだ。ルイに至っては口を半分開けたままであった。


「ララ……まさか……ノアを作ったの?!」


 驚くセオに私は頷いて見せた。そしていかに作るのが大変だったかを二人に熱く語った。話が数か月前からの準備の所から始まったので、終わる頃には二人の汗はすっかり冷めていた。でも驚いた表情はまだそのままだった。屋敷の皆にも紹介に行くことを伝えると、二人も付いてくることとなった。

 私が賢獣達と仲良く歩いていると、ノアとセオとルイは男同士仲良く何かを話して居る様だった。すぐに家族のようになれたようで良かったと胸をなで下ろした。


「二人共さぁ、騎士学校行くんなら、ちゃんと強くなって帰ってきてよね」

「ああ……うん、勿論……俺はララの護衛だからね……」

「特にさぁ、ルイはまだ弱っちいんだからしっかりしてよね。僕の妹に何か有ったら許さないからね」

「お、は、はい……」

「ふん、返事だけ良くても認めないからね」


 後ろを振り返るとノアはニコニコ顔だ。セオとルイはまだ動揺している様だけど、暫くすればノアが居ることにもなれるだろう。私までも二人と同じ様に嬉しい気持ちになりながら、屋敷の中へと入っていった。


「アリナ!」


 私が声を掛けるとアリナは目を丸くして、持っていた洗濯物と思われるものが入った籠を落とした。ノアはそんなアリナに駆け寄るとぎゅうっと抱きしめた。アリナも驚きながらもノアの事を抱きしめ返す。


「アリナずっと会いたかったよ。僕の可愛い天使」

「ノア様……」


 美しい二人がする抱擁はとても絵になった。このまま額に入れて飾りたいぐらいで有った。たっぷりと愛情を確かめ合った後は今度はオルガの所だ。オルガもノアを見ると、悲鳴を上げるほど喜び、同じ様に抱きしめた。


「オルガ大好きだよ。僕の美しい人」

「ノア様!」


 オルガはハンカチでは無くタオルが必要な程涙を流した。ノアもオルガが落ち着くまで、ずっと抱きしめてあげていたのだった。次はマトヴィルの所へと足を運んだ。ノアは照れくさいからかマトヴィルの所はいかなくても良いんじゃないの? と言っていたが家族には挨拶が必要と言って連れて行った。

 マトヴィルは手にしていた大きな肉の塊を落とすと、勢いよくノアに抱き着いてきた。ノアは恥ずかしいからかそれを引きはがそうと暴れていた。


「ノア様ー! ノア様ー!」

「分かった、分かったから、マトヴィル離してよー」


 どうやら男同士の抱擁は恥ずかしかった様だ。ノアは泣いているマトヴィルを何とかひっぺ剥がすとそそくさとキッチンから離れて行った。

 そして最後はお母様とアダルヘルムである。二人がどんな顔になるのか部屋へ入る前から楽しみな私で有った。


 ノックをするとアダルヘルムが顔を出した。そこには珍しく驚きの表情が浮かんでいたのだった。


「ノア様……」

「ああ、うん。ノアだよ。アダルヘルム宜しくねー。それより母上は?」


 驚くアダルヘルムに目もくれずノアはお母様の事を気にしていた。それもそうだろう、大好きな人にもうすぐ会えるのだから。

 デスクで作業をしているお母様を見つけると、ノアは走り出し一目散にお母様へと近づいて行った。そして抱きつき顔を見上げた。


「母上! お会いしたかったです!」

「ノア……ノアなの……?」


 お母様は両手でノアの頬をそっと触ると、確かめるようにノアの顔を見ていた。ノアは頬に添えられたお母様の手に自分の手をそっと乗せた。


「母上……僕の女神……会えて嬉しいです」

「ノア!」


 涙を流しながら抱き合う二人はとても美しかった。この二人の姿を見て本当に本当にノアを作れて良かったと思ったのであった。


 その後、セオが私の護衛をしているように、ルイがノアの護衛を担当することになった。ノアは同じ年頃の子に守られるのが恥ずかしかったのか 「僕がリタやアリスを護衛する方がいいのに……」 なんてため息をついて言っていた。どうやらノアは恥ずかしがり屋の様だ。可愛い。

 明日はスター商会へとノアを連れて行き、リアム達にも紹介をする。どんな顔をするのか今から楽しみなのだった。

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