第178話 闇のプリンス

 午後からはビアンキとの商談になった。リアムはお昼ご飯のせいで唇が赤くなっていて、顔色も赤いままだった。けれどイケメンのリアムにはその様子が何故かセクシーに見え、街の乙女達の目の毒になりそうな色っぽさであった。それも辛さ10倍の麻婆豆腐を食べて熱くなった為、シャツの第二ボタンまで開けている事も関係していると思った。

 その辺の人がやったらただダラシなく映る行為も、イケメンのリアムがやるとカッコ良く見えるので、顔が良いというのはお得だなぁーと考えていた私であった。

 ランスは熱いだろうに顔色を変えず、キッチリした服装のままだった。意外と辛い物が平気だったのかもしれないなと思った。


 それとティボールトとワイアットだが、麻婆豆腐を食べた後、調子に乗ってプリンス伯爵に私の事を言い過ぎたと認めた為に、許してあげる事にした。ディープウッズに戻る夕方までには、二人には癒しを掛けて上げようかなと思ったのだった。


 さて、ビアンキさんとの商談も順調に終わり、マルコの話となった。ビアンキはマルコがスター商会にきた事で友達も出来、仕事も楽しんでいる事にとても喜んでいた。ビルやカイの事もマルコから紹介されたようで、嬉しくて思わず涙が出てしまったのだと、私達に教えてくれた。ビアンキにとってマルコは離れていても心配の種だった様だ。心配が一つでも無くなって良かったと思った。


「娘がララ様に頂いたドレスを気に入りまして、そればかりを着ております。今回は新しいドレスをせがまれましたので、3着も娘に買ってしまいましたよ。娘にとってララ様は今や憧れの存在ですよ」


 ガハハハッ! とマルコの様に笑いながら、ビアンキの顔は嬉しそうだ。娘さんの事が可愛くて仕方のないのだろう。渡したドレスも気に入って貰えて良かったとホッとする。そこで私は憧れていると言ってくれたビアンキの娘さんに、違うプレゼントを渡す事を決めた。


「ビアンキさん、これはドールハウスと言います。私が作った物です。良かったら娘さんへのお土産にして下さい」


 魔法袋から出している最中からビアンキは目を丸くしていた。そして同じ様に出した小さな動物の人形達が動く事にも、とても驚いていたのだった。


「ララ様……この様な高価な物を、我が娘に?」


 ただのドールハウスなのだが、見た事も無いものだからか、ビアンキは口をパクパクとしてなんと言っていいのか分からない様子だった。リアムの方へと視線を向けて助けを求めていたが、今のリアムはお昼のショックから立ち直っていない様で、唇を触っていて、ビアンキの視線に気がつく事は無かったのだった。


「ビアンキさんにはマルコと言う素晴らしい研究員を紹介して頂いたんですもの、これぐらい大した事では有りませんわ」

「ララ様!」


 そう、マルコはちょっと自己中な所は有るが、研究員としてはとても優秀である。私が作った物を一度説明をするだけで大概のものは理解し、作れる様になる。それにノエミというもう1人の優秀な研究員と、楽しそうに相談をし、私が考案した物をより良い物へと向上させてくれているのだ。スター商会にとってはとても助かっているのである。勿論ビルとカイのお陰も有るのだが、マルコを紹介してくれたビアンキには感謝しか無かった。

 決して私がビアンキの可愛い娘さんにもっと好かれたいとか、そう言った下心があっての行動ではないのである。


 ビアンキは涙を流しながら、ドールハウスを大事そうに受け取った。下僕のエルモに魔法袋へと仕舞わせると、私の手を取り何度も何度もお礼を言ったのだった。ビアンキは少し大げさだなと思った私なのであった。


 そして、ビアンキとの商談の後はジェルモリッツオ国の商人マクシミリアン・ミュラーとの商談で有った。今回もセオが作った包丁や剣を購入してくれて、スター商会としても有難い商談になったのだった。ランスの顔は今日もホクホク顔の良い笑顔であった。


 私の心の友、カール事ジェルモリッツオの英雄カエサル・フェルッチョは、セオの剣をことのほか気に入ってくれたようで、またいい作品が出来た時は声を掛けて欲しいと言ってくれたのだった。この事をセオに伝えて、喜ぶ顔が早く見たいと思った私なのであった。

 私は百獣の王の様なカエサルを見て、世界中を旅しているカエサルなら、もしかしてプリンスの事を何か知っているのではないかとふと思いつき、ダメもとで聞いてみることにしたのだった。


「カール……」

「何だいララ」


 反省中のリアムが急にじろりと私の方を見てきた。英雄と仲良くしているのがやっぱり羨ましい様だ。カエサルはそんなリアムに気が付いているのか私を(わざと?)自分の膝の上へと抱っこした。リアムの顔を見ると今にも歯軋りしそうな様子だった。でも今日の私はアダルヘルムとセオの手紙の件で意地悪なので、カエサルにぎゅうっと抱き着いてみせたのだった。


「カールは ”プリンス” て名のつく人で悪い人を知ってる?」


 私の質問を聞いて、リアムだけでなくスター商会側の人間は真剣な表情になった。カエサルも皆の雰囲気が変わったのが分かったからか、私を撫でる手を止めた。


「 ”プリンス”…… ”闇のプリンス” を知っているかい?」

「 ”闇のプリンス”……?」」


 スター商会側の皆の声が揃い、カエサルは真剣な顔で頷いた。隣のミュラーも怖いぐらいの顔をしている、 ”闇のプリンス” の事を知っている様だ。


 カエサルの話では、 ”闇のプリンス” と言う人物がこの世界の色々な国につまらない嫌がらせをしているのだと言う、親子間の争いを起こしてみたり、不況を起こしてみたり、そして病気をばらまいたりをだ……その話を聞いて私達は息をのんだ、ブルージェ領では全てが当てはまるからだ。


「何故その ”闇のプリンス” の仕業だと?」

「首謀者が必ず血の契約をしていてね、その相手が皆 ”プリンス” 様と呼ばれる人物なのだよ」

「…… ”プリンス” はいつごろからそんな事を?」

「ずっと以前からだ……それこそ私が子供の頃からだろう……私はずっと追っている……だが未だに ”プリンス” を掴めない……」


 カエサルが子供の頃からというとかなり前だろう……それでも捕まらないとなると、それだけの事をしても見つからないほどの魔法使いか、本物の王子なのだろうか……

 皆私と同じ様に考え込んで黙り込んでしまった。 ”プリンス” の正体が分からない限り、スター商会としても相手の出方が分からず、どう守って良いかも分からない。何か少しでも私に出来ることは無いかと考えてしまうのだった。


「王都の占い師が ”闇のプリンス” の仲間では無いかと情報が入っている」

「……占い師?」

「そう、占いに来るものも厳選されていて簡単には捕まえられないようになっているが、そこが ”闇のプリンス” との窓口になっているのではと思っているのだ……」


 カエサルの言い方にふと疑問を持った。 ”プリンス” と契約した人を捕まえた割にはハッキリとした言い方ではない。チラリとカエサルを見ると頷き私の考えの答えを話してくれたのだった。


「血の契約をしていた者は、捕まると皆、塵になって消えた……命と共に魔力も主である ”闇のプリンス” に吸い取られたのだろう……」


 首謀者が消えてしまえば ”闇のプリンス” の事は探りようがない、何年もかけてやっと ”プリンス” と ”占い師” を限定で来たようであった。その話を聞くと ”闇のプリンス” が如何に血の契約をした下僕となった人たちを軽く見ているかが分かった。 ”プリンス” にとっては契約相手など使い捨ての駒でしかないのだ。例え契約者も悪い人物だとしても命を軽んじている ”プリンス” に無性に腹が立ったのだった。


「 ”プリンス” は危険な人物だ、ララ、決して一人で近づいてはいけないよ……」


 優しいカエサルの言葉にこくんと私は頷くと、またギューッと抱き着いた。焼きもちやきのリアムの はっ! という声が聞こえた。だが、私は他の事が気になっていた。ここでは口にするつもりは無いが、 ”占い師” という言葉を聞いてその考えにたどり着いたのだった。


 ミュラーとの商談を終えると、今度はエイベル夫妻がリアムの執務室へとやって来た。息子さんからの迎えが来たために明日の朝スター商会を出発するため、私に挨拶をしに来てくれたのだった。


「ララ様、本当に長い期間お世話になりました。そして沢山の価値ある物を頂きまして、熱いご恩情に、感謝しかございません」


 エイベル夫妻は深く頭を下げた。私が大した事をしていなのでと言っても暫くは頭を下げたままで有った。その後は双子の事をよろしくとお願いされて、二人は部屋を去っていった。寂しくはないのかなと思ったのだが、王都にすぐスター商会が来ると思っているエイベル夫妻には、双子との別れはそれ程寂しい物では無い様であった。出来るだけ早く王都に店を作ろうと、益々気合が入る私なのであった。


 皆が出て行った後、仕事に戻ったリアムを見ながら、私は考えを巡らせた。どうしても ”占い師” の事が頭から離れない。今なら身内しかいないので、リアムに声を掛けることにしたのだった。


「……リアム……あの……」

「何だ? ララ? どうした?」


 リアムはもじもじしている私を見て、仕事の手を止め、近づいてきた。心配そうな表情を浮かべている。


「……もしかしてカエサル・フェルッチョの事か?」


 リアムは先程のカエサルの話に関係している事だと、私が言いたい事が分かっている様だった。私はこくんと頷くとリアムの顔を見上げた。


「あの……あのね……」

「カエサル・フェルッチョは結婚してないぞ」

「へっ?」


 斜め方向から攻撃を受けたようなリアムの言葉に、思わず変な声が出てしまった。カエサルの結婚の事などどうでも良いのだが……だが、リアムは申し訳なさそうな、それでいて悔しそうな複雑な表情のまま、また私に声を掛けた。


「ララとは親子以上に年は離れているが、カエサルは独り身だ……」

「それがどうして私に関係あるの?」


 リアムは大きな目をして私を見てきた、意味が分からず私はこてんと首を傾げる。リアムは何が言いたいのだろう。


「ララ……カエサル・フェルッチョの事が好きなんだろ?」


 リアムはここでも恋のライバルとして私を見ている様だ。確かにカエサルと仲良くしていたので騎士好きのリアムからしたら私の事が気に入らなかっただろう、でも誤解は嫌なのできちんと話をすることにした。


「えーと……リアム……カール……カエサルは友達だよ……」

「友達?! でも……お前……」

「あー……【ライオン】みたいなところが好きなの……うーん、ココと同じ感じかな」

「そ、そうなのか……」


 リアムは力が抜けてホッとした表情を浮かべている。カエサルの事が相当好きなようだ。セオの事はどうなったのかと心配になる。


「あのね、私が気にしたのは……リアムの子供の頃の占いの事なの……」


 リアムはハッとすると私の方を見つめてきた。先程までリアムのことを細い目で見ていたランスも同じ様な顔をしている。私の言葉で気が付いたようだった。


「俺を占ったのが……そいつかも知れないのか……」


 リアムの家が揉めているのも、もしかしたらと私は思っている。愉快犯の様なプリンスならやりそうな事だ。


「可能性はあるよね? その占い師の事は、誰が掴んできたの?」

「……俺の母親だ……」


 リアムはそう言うと、とても暗く厳しい顔になったのだった。



 リアム達やティボールトそしてワイアットに癒しを掛けてディープウッズの屋敷に帰ると、私の机の上にはまたセオとアダルヘルムからの速達の手紙が届いていた。あれだけ説明をして、試験に集中しろと言っているにも拘らず、手紙を寄こす心配性な師弟に頭が痛くなった。以前マトヴィルがアダルヘルムの心配性を病気だと言っていたが、本当にそうだなと思ったのだった。


 先ずはセオの手紙を開いた。


『ララへ とにかくジッとしているように、プリンス伯爵には近づかないで! セオドアより』


 まだプリンス伯爵の事を疑っている様だ。私はため息をつくと今度はアダルヘルムの手紙を開いた。


『ララ様へ プリンス伯爵は私が処分いたしますのでご安心を アダルヘルムより』


 この手紙を読んだ私はすぐに通信魔道具を使い、慌ててセオとアダルヘルムに連絡をしたのだった。まったく困った師弟である。



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