第177話 心配性と商談

 スター・ブティック・ペコラとスター・リュミエール・リストランテの開店も無事に終わり、私は穏やかな朝を迎えていた。

 昨日の夜はスター・リュミエール・リストランテの開店の招待ディナーがあった為、今朝はいつもより少しだけ遅く起きた。ぐっすり眠れたので疲れも取れて元気いっぱいだ。


 レストランに招待した客は昨日のディナーに大満足であった。

 お代わりをする客が殆どで、皆満腹で満足した顔をして帰路についていた。

 タルコット達も気に入って次回の予約を取りたかったようだが、既に一年先まで予約がいっぱいだった為、とてもしょんぼりとしていた。なのでビール工場が軌道に乗ったら、また私が会頭としてご招待しますと伝えると、とても喜んで帰っていった。

 メイナードには 「またね」 と伝えて次の太陽の日に会う事を約束したのだった。


 ベルティとフェルスはプリンス伯爵とはメルキオールを通して挨拶を交わしていた。実際にプリンス伯爵と話してみて悪い人間では無いと判断したようであった。

 沢山の商人や貴族との交流があるベルティ達がそう判断するのなら、ブライアンが呼ぶ ”プリンス” と言うのはやはりプリンス伯爵では無いだろうと思ったのであった。

 そうなると ”プリンス” と言うのは一体何者なのだろうか? という事に行きあたるのだが、情報が無いため、これはもう暫く様子を見るしかないのだった。


 そんなこんなで爽やかな朝を迎えた私は、自分のデスクを見て穏やかから一転、慌てることとなった。何故ならそこには二通もの速達の紙飛行機型の手紙が届いていたからであった。

 何かあったのではないかと背筋が凍りベットから飛び起きた、まだすやすやと眠っているココを飛び越え、デスクに向かうとすぐに速達郵便に目を向けた。それはセオとアダルヘルムからの手紙であった。


 もしかして……セオかルイに何か有ったのかしら……


 不安な気持ちが込み上げてきて、手紙を開く指が震える。先ずはセオの手紙から開いてみる。悪い事が書いてありませんようにと祈りながら……


『ララへ 今日ユルデンブルク騎士学校を見に行ってきました。とても大きく立派な学校でした。リアムから速達の手紙が届いたけれど、プリンス伯爵と会ったんだって? 心配です。早くそばに行きたいです。セオドアより』


 なんと犯人はリアムだった様だ。私がプリンス伯爵を接待したことを受験生のセオに伝えていた様だ…… 余計な事をして! とリアムに怒りが湧いてくる。

 受験を控えている子に余計な心配を掛けさせるというありえない行為に、リアムをキツく注意しなければという思いに駆り立てられた。

 ただ、昨日のリアムは可笑しかった……ポーションの効果のせいなのでしょうがないかもしれないが、それでもやはりセオの大事な時にくだらない手紙を送ったことは、親気分の私として許せないのであった。


 もうリアム……セオが転移して戻ってきたらどうするの……


 はー とため息をつきながら、次にアダルヘルムの手紙を恐る恐る開くことにした。きっとお小言だろうなと思いながら手紙をそっと開けてみた。


『ララ様 リアム殿からお手紙を頂きました。プリンス伯爵からご子息との婚約の打診があったそうですね。私とセオが居ない隙にその様な害虫が近付くなど、やはり目を離すのでは無かったと悔やまれます。宜しいですか、くれぐれも誘いに乗る事のない様に気を付けて下さい。ララ様は子供と聞くとつい優しい気持ちになってしまいますが、貴族というのはーー』


「ううう……リアム、余計なことを……ただ、息子さんを紹介されただけなのに……」


 リアムがどうアダルヘルムに手紙で話を伝えたのかは分からないが、何故かプリンス伯爵の息子との婚約の打診をされた事になっている。アダルヘルムは心配症なのでそれを間に受け、ただ遊ばせたい友達になりたいと言う理由なのに大事になっていた。これはリアムには反省して貰う必要があるだろうと私は思った。何故ならアダルヘルムの手紙はまだまだ続きあり、2枚目まであったからだ。お小言の手紙に朝から憂鬱になった私であった。


 そしてアダルヘルムの手紙の最後にはーー


『今日はプリンス伯爵の事を探ってまいります。ララ様に危害を与える様な者と判断した場合は、こちらにて処分させて頂きますので、ご安心下さい。良いですか、くれぐれも私が居ないときに愚かな貴族に会わないようにして下さい。 アダルヘルム』


 これはヤバイよね……プリンス伯爵、早く家に帰った方が……いやいや、今帰ったらアダルヘルムと鉢合わせしちゃうから、なるべくゆっくりして貰った方がいいのかしら……どうしよう……アダルヘルムが怖い……


 とにかくセオとアダルヘルムの誤解を解くべく、私も速達の紙飛行機用紙で返信を書く事にした。このままではプリンス伯爵一家の命の危険性もある。アダルヘルムを落ち着かせなければならない。


『セオへ 明後日からは試験ですね。私は心配いらないので試験に集中して下さい。プリンス伯爵は良い方でした。何も心配いりません。問題もありません。大丈夫です。息子さんも紹介してくれると言って下さいました。年も近いし仲良く出来そうです。 ララより』


 これでセオは大丈夫だろう。プリンス伯爵が良い人だと分かれば試験に集中出来るはずだ。私は満足して、紙飛行機を飛ばした。次はアダルヘルムだ。


『アダルヘルムへ プリンス伯爵は良い方です。商業ギルドのギルド長もそう言って居ましたので安心して下さい。プリンス伯爵からは婚約の事など何も言われて居ません。ただ息子さんとお友達にならないかと言われただけなので安心して下さい。仲良くするので大丈夫です。プリンス伯爵にもそう伝えました。問題い有りません、大丈夫です。 ララより』


 よし、これで大丈夫だろう。試験までもう直ぐなのに、本当にリアムは余計なことしてくれた。セオとルイが集中して試験に挑めるようにと祈るのみである。アダルヘルムもこの手紙を読めばきっと安心してプリンス伯爵の事をさぐるなどはしないだろう……私は納得し、手紙を読み返しながらうんうんと頷くと、アダルヘルムにも紙飛行機を飛ばした。

 これで心配性の二人も試験に集中出来るだろうとホッとすると、私は身支度を済ませ、小屋へと向かった。リアムにはお説教が必要である。忘れられないぐらいの物をプレゼントしようと決めたのだった。



 スター商会に着き、子供たちを見送るとリアムの執務室へと向かった。リアムは私が来たことに気が付くと、手を上げ 「おう」 といつもの様に挨拶をしてきた。今日はポーション酔いはしていないようだ。一安心である。


 今日もリアム達は絶好調で忙しそうだ、仕事に慣れてきた双子のグレアムとギセラもすっかり一人前になり、ランスから任された仕事をテキパキとこなしていた。若いのに優秀でエイベル夫妻が自慢したくなるのも頷けるものであった。


 暫くするとワイアット商会のジョセフ・ワイアットと接待を担当しているティボールドがリアムの執務室へとやって来た。ワイアットは今日商談を終えると王都へと戻ることになっていたのだった。


 ソファへと座ると早速商談が始まった。ワイアットは今回も沢山の生地やドレス、そして魔法袋などを沢山仕入れてくれた。会計を取り持つランスはホクホク顔になっていた。ランスの肩に居る賢獣パールも同じ様な顔をしていたので、私まで同じ様な顔になってしまった。パール可愛い。


「スター商会様のお陰で、我がワイアット商会もかなりの利益を出すことができました。今後も引き続き良いお付き合いをさせて頂きたいと思っております」


 ワイアットは下僕のチャドに商品を鞄にしまわせながら嬉しそうにリアムにお礼を言っていた。満足な商談が出来たようで何よりだ。そしてワイアットは私がワイアットの護衛を見て居ることに気が付いたようで、良い笑顔のまま紹介をしてくれたのだった。


「ララ様、これは私専属の護衛デニスです。お陰様で個人の護衛を雇えるだけの会頭へとなることが出来ました。これもララ様のおかげです」


 ワイアット商会では店の護衛はいたそうだが、ワイアット個人の護衛はいなかったそうだ。だが売り上げが伸び、余裕も出来た事から個人の護衛を雇う事にしたそうであった。

 護衛のデニスはワイアットと一緒に私に頭を下げると、また警戒の仕事へと戻ったようで、顔つきがキリッと厳しい物に戻った。私の護衛のセオはいつもクスクスと笑っているし、リアムの護衛のジュリアンは事務仕事を護衛なのにしている為、これが護衛の本来の姿なのだなと勉強になった私であった。


「それにですね、私どもワイアット商会も一流の商会と認められたようで、先日襲われることがございまして……」

「えっ?! 大丈夫だったのですか?」

「ええ、ありがとうございます。店の護衛もおりましたし、問題はございませんでした。ですが、やはり自分にも護衛が必要なのだと思い至った次第でございます」


 ワイアットの話を聞くと、リアムとティボールドが渋い顔になった。何だかそれが気になり私が二人をジーっと見つめると兄弟で顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。ワイアットが襲われた理由が分かって居る様だった。

 私がまだ見つめているのでリアムが諦めたようにため息をつくと、ティボールドがいつもの紳士らしい柔らかい笑顔を浮かべ、私に理由を話してくれたのだった。


「あー、ララちゃん……ジョセフさんを襲ったのは兄上の手下だと思っているんだ……」

「えっ?! リアムのお兄さん?」


 自分もリアムのお兄さんであるティボールドは、少し困った表情になりながら話を続けた。

 ワイアット商会は元々王都ではそれなりに有名店だったが、ウエルス商会ほどでは無かった。だが、ランスが辞めたことで売り上げが落ち、経営に陰りが出始めていた。そこにスター商会と取引を始めたワイアット商会の躍進である。リアムとティボールドの兄であるロイドは面白くなかった様だ。

 自分の手下にワイアットを襲わせ、亡き者にすればまた自分が受け持つウエルス商会本店の売り上げも元に戻ると考えたようで、自分の無能さを棚に上げての単細胞な行動に、改めてロイドに腹が立った私なのであった。ロイドに会った時にはパンチだけでは済まないであろう事は、これで確実になったのだった。


「本当にロイドのやる事はいつも同じだ、気に入らない奴は消せばいいと思ってやがる、アホ過ぎて頭が痛いぜ……」

 

 リアムはそう吐き捨てるように言うと、ギュッと拳に力を入れた。自分も襲われた事が有り、大事な護衛を亡くしたことがあるからか、怒りが込み上げて来て居る様だった。その姿を見て私は有る事を思い出し思わず あっ! と声を上げてしまった。皆が驚きこちらを見ていた。


「ララ、どうした?」

「リアムが隠した手紙……」

「前に夜会の案内が届いたって言った時、何か紙を隠したでしょ? もしかしてこの事だったの?」


 答えはリアムのその表情を見ればすぐに分かった。私に心配を掛けまいとしたようだ。本当に優しい青年である。だからこそロイドの事も本気で追及できないのかもしれない。やろうと思えばリアムだったらすぐにロイドを追い出し、ウエルス商会を牛耳ることは簡単だっただろう。そうしないところがリアムの優しいところであり、良いところであると私は思ったのだった。


 商談が終わり丁度お昼時となったので、私は今朝作った食べ物を皆に披露することにした。

 魔法袋から出される見たことも無い食べ物に皆興味津々だ。いい香りがするのでごくりと喉を鳴らす音まで聞こえてきた。今日の料理も掴みはオッケイの様だった。

 私は悪い笑みを隠しながら皆の前に料理を置いた。ジョンがお茶を用意してくれようとしたが、今日は新しいお茶もあるのだと伝え、席に着いてもらった。お楽しみのお食事タイムである。


「ララ、これは何だ? 食堂でも見たことが無いぞ」

 

 リアムがワクワクうきうきした表情を浮かべている。マテをしている犬の様で尻尾があったら凄い勢いで揺れて居そうだ。兄のティボールドも同じような様子なので兄弟だなと笑ってしまう。私はクスリと笑いながら。料理の名前を教えた。


「これは【麻婆豆腐】です」

「「まあぼー? どおふ?」」


 皆言いなれない言葉にこてんと可愛く首を傾げたので、どうぞ食べてみて下さいと声を掛けた。


「なあ、ララ、俺とルドとワイアットさんとランスのは、他のと比べて少し黒く無いか?」

「ああ、それは四人のは少しだけ大人の味にしました。麻婆豆腐にも違いがあるのですよ」


 リアムは 「ふーん、そうなのか」 と呑気な声を出すと、麻婆豆腐を一口口に入れた。美味しかったのかニコッと笑顔が出たと思ったら一気に真っ赤になり ゲホッ と咳をし出した。額からは汗が流れだし、顔は赤いままだ、咳も収まらず喉の辺りを押さえている。勿論同じ味を食べたティボールドとワイアットとそれにランスも同じ様にゲホゲホと咳こみ赤い顔だ。私はそれを見てニタリと笑った。


「あれ? ちょっと辛かったかしら? さあ、冷たいお茶を飲んでくださいませ」


 四人は赤い顔のままゴホゴホと咳き込みながら、お茶へと手を伸ばした。普通の物を食べている皆は何故四人がそんな様子になっているのか分からず、それをポカンと見つめている。

 リアムとティボールドとワイアットとランスの四人はお茶に手を伸ばすと一気に口へと含んだ、するとブフェッと嫌な声を出しお茶を辺りに噴き出した。私は勿論被害に遭わないように四人以外には結界を張った。結界内は穏やかで安全だ。


「ゲホッゲホッ……なんだこれ……苦、苦い……ゲホッ」


 リアムとティボールドとワイアットとランスは今度はお茶の苦さに涙目になっている。辛さもまだ引いていない様でひーひーと口を鳴らしていた。結界内の皆はお茶が苦いのかを確かめると、問題が無い様で首を傾げていたのだった。


「ララ! お前、これは、な、ゲホッ、なんだ?」


 リアムが少し怒ったような声でそう言ってきた、ティボールドとワイアットとランスは声も出せないようだ。私はニヤリと笑って四人の方へと向いた。怒りからか少し威圧になり風が起きて髪が舞い上がる。私の蛇のようになった髪はまるでメデゥーサの様であった。リアム達四人の 「ひいっ」 という小さな声が聞えた。


「リアム、受験生のセオに余計な手紙を送りましたね……」

「そ、それはマスターからララの事を頼まれて……」

「ルドとワイアットさん、プリンス伯爵に私が居たたまれなくなるようなことを言いましたね……」

「いや、それは……本当の事で……」

「ララ様……」

「ランスもプリンス伯爵に失礼な態度を取りましたね……」

「……いや、それは……」


 私がまたニッコリと笑うと四人の悲鳴がまた聞こえた。髪は相変わらずのメデゥーサだ。結界内の皆まで何故かひいっと言っていた。


「それを残さず食べたら許します」

「「「「なっ?!」」」」

「御残しは許しません。それを残さず食べたら許します」

「「「「はっ、はいいっ!」」」」


 こうして四人は辛さ十倍の麻婆豆腐と、新しい商品である、ウバイの葉から作った滋養茶であるウバイ茶を、苦さ十倍にした物を頑張って食べたのであった。

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