第176話 ディナー

 剣術の練習を終えたあと、カエサル・フェルッチョと私はとっても仲良くなった。


「ララ」「カール」


 と呼び合う仲だ。年の離れた親友の様な、恋人の様な仲のいい雰囲気に焼きもちを焼くのは勿論リアムだ。なにも6歳児相手にムキにならなくてもいいのに、指切りで内緒の約束をしていたら真っ赤な顔で私達の間に割り込んできた。

 リアムの英雄好きで騎士好きなところにも困ったものである。リアムの大好きなセオに言いつけてやろうかと思ってしまったほどであった。


 何故か鼻息が荒くなったリアムと、カエサルに対し目を輝かせていたジュリアンは、私の後にカエサルに稽古を付けて貰っていた。二人共アディとセディに訓練を受けているので中々の腕前なのだが、カエサルからすれば大人と子供ぐらいの差がある。

 結局全く歯が立たず、カエサルの練習相手にはなりようが無くて、指導を受けるに終わったのだった。それでもジュリアンは十分に満足だったようで、カエサルに対する憧れの気持ちが益々強くなったようであった。


 リアムは騎士では無いので 「俺は商人として勝負するんだ」 とブツブツと言っていて、カエサル相手のアプローチを剣ではなく自分の得意分野に切り替えたようであった。

 それにしても、セオの事が好きなはずなのにカエサルにも恋心を抱くなんて、リアムって意外と浮気性? と思ったのだが、この世界は第二夫人、第三夫人がいても何の問題も無いのである。前世の記憶を基にリアムにそれを強要するのも可笑しいなと悟った私なのであった。

 ただし、セオを悲しませることは例えリアムでも許さない事だけは絶対である。


 そして、練習参加を表明していたプリンス伯爵とエドモンドだが、英雄のカエサル・フェルッチョがスター商会に滞在して居ることを知らなかった様で、腰を抜かして驚いていた。

 なので剣の練習どころでは無く、立ち上がるのも難しくなってしまい、エドモンドは何とか部屋まで歩くことが出来たのだが、プリンス伯爵はジュリアンに抱っこされて部屋へと戻ることになったのだった。


 その時何故かプリンス伯爵は私と視線が合うのを避けるようにしていたため、今更だけど抱っこされている所を子供に見られて恥ずかしいんだろうなーなんて考えていた。

 まさか私とカエサルの打ち合いを見て、プリンス伯爵とエドモンドが怯えていたとは思いもしない私なのであった。


 夕暮れ時になりスター・リュミエール・リストランテのご招待ディナーに当日参加の方々を、出迎えるための準備を始めた。

 先ずはドレスアップだ。この日の為にブリアンナ達が丹精込めて作ってくれた蘇芳色のドレスに着替える。髪に付けるリボンも同じ色にして、準備は完璧だ。これなら良い広告塔になれるだろう。

 リアムの部屋へと向かうと、リアムは私と対になるような花紺青色のスーツを着ており、セオの髪や目の色が連想できたために、リアムのセオに対する愛を確認できたのであった。

 ランスやジュリアン、ジョンやイライジャ、ローガンも今日はカッコ良く決めている。スター商会の男性従業員はとってもカッコイイと惚れ直した私だった。


 プリンス伯爵とエドモンドの事はメルキオールの仕事が落ち着いたので、メルキオールが受け持つことになってくれた。でも 「それって俺もディナーに参加するって事ですよね……」 と有名どころの商人や領主やギルド長などと並んで食事をする事に、青くなっていたメルキオールなのであった。どうやらマナーが心配の様だ……


 リアムにエスコートされながらスター・リュミエール・リストランテの入口へと向かう。エスコートと言っても身長差がかなりあるので、手を繋いで歩いているだけだ。リアムは少し頬を染め何故か私の事をチラチラと見ていた。もしかしたら子連れが恥ずかしいのかも知れないと思って、少し申し訳ない気持ちになったのだった。


「ララ……あー、ドレス……綺麗だな」


 リアムはそう言うと プイッ と顔をそらした。耳も赤くなっている。何も無理にこんな子供を褒めて恥ずかしがらなくてもいいのに、気を使ってくれているのだろうと、優しいリアムに有難い気持ちになった。何故か私達の後ろの方ではランスやイライジャ達がリアムの事を残念そうな表情を浮かべて見ていたが、きっと子供に対しての言い方が悪いと思ったのだろう。もっとセオのように 銀蜘蛛みたいに可愛いとか、陽炎熊の炎の様だとか 言い方があるだろうと思ったのかも知れなかった。

 でもリアムの気持ちは十分に伝わって来たので、私は嬉しくなったのだった。


「リアムもとっても素敵! 紺色のスーツがリアムの綺麗な髪に良く映えているし、リアムは手足も長いから【モデル】さんみたいだもの、【芸能人】みたいでとっても素敵。隣に並べて光栄だよ」


 リアムはセオ色が似合うと言ったからか、デレデレの顔になった。だらしない主の顔を見たランスの目が細くなって少し怖かったので、もう褒めるのは止めておこうと思った私であった。


 私達が入口に着くと、タイミングよく続々と招待客が店へと馬車でやって来た。タルコット達や商業ギルドのギルド長ベルティーナ達だ。皆ドレスアップをしていてとても素敵だ。ベルティは濃い緑色のドレスを身に纏い、大振りの金のイヤリングを付けている。いつも以上にカッコいいと思わせるスタイルだった。そしてタルコットは白いスーツでロゼッタはピンク色のドレスだった。そして私の大切な友人メイナードは、黒に近いグレーのスーツに身を包みいつもより少し大人びて見えて、とっても素敵であった。流石私の文通相手である、今日も可愛い。


「ララ! 会いたかった。久しぶりだねー」


 メイナードとは会うのは久しぶりであった。スター商会には毎週太陽の日にタルコット達と来ているのだが、ビール工場の件がある為メイナードと過ごすよりも残念ながらタルコットと過ごす方が多かったのだ。でも今日はメイナードと過ごすことができる、素直に良い笑みが溢れる私だった。

 メイナードとハグしてから、頬に挨拶の口づけをした。子供たちの可愛い姿に周りの大人たちの目じりが下がる。リアムだけはちょっと怖い顔をしていたが、余り目立つなという事かも知れない。


「今日のララはいつもより何十倍も綺麗だ。赤いドレスも似合っててとっても可愛いよ。森の妖精だって言ってもみんな信じちゃうと思う!」

「まぁ、メイナード、ありがとう。とっても嬉しいわ」


 気を使って褒めてくれる優しいメイナードにもう一度抱き着いた。メイナードはお礼を言われて恥ずかしかったのか少し頬を赤く染めていた。とっても可愛いその姿に私まで目じりが下がってしまった。


「フフフ、将来の領主様はりっぱな紳士だねー、好きな女をきちんと褒められるのは立派だよ」


 ベルティがメイナードにニッコリと微笑むと、メイナードは益々赤くなった。メイナードもベルティの美しさが分かったようだ。


 私は領主一家とベルティ達をスター・リュミエール・リストランテの中を案内することにした。元お化け屋敷や、エイベル邸に飾られてあった調度品などとても興味を持ってくれた。

 でも一番はお母様の描いた絵であった。皆絵画の前に連れて行くと自然と ホーッ と息を吐き、食い入るように絵を見つめていたのだった。


「これは素晴らしい絵じゃないか……」

「本当に……ディープウッズの森の中でしょうか……」


 タルコットやベルティがお母様の絵に感動して居ることが嬉しなった私は、お母様が描いた絵だと教えてあげた。その途端皆何故かごくりと喉を鳴らした。


「エレノア様の描かれた絵を飾る店……」

「それだけで王族が訪ねてきそうだよ……」


 お母様の描いた絵にはかなりの価値がある様だ。こんな風に気軽にレストランに飾られている事はあり得ない事の様だった。皆少し顔が青くなっていた。盗難を心配しているのだろうか。


「父上、母上、ギルド長、ララもとーっても絵が上手なのですよ、ね、ララ」


 可愛いメイナードは今日も絶好調で私の胸をキュンとさせる。本当にいい子だ。この子を虐めていたガブリエラには禿の呪いを掛けたいぐらいだ。


「ララあんた絵まで描けるのかい? 何でもできる子だねー」

「いいえ、ベルティ、私なんてお母様と比べたらまだまだです」

「ハハハ、あんたまだ6歳だろ、そんなの当たり前じゃないか」


 ベルティは何故か大笑いだ。確かにお母様と6歳児の私の絵を比べてはいけなかった。でもメイナードは納得いかないのか反論した。


「ギルド長、ララの絵はこの絵に負けません。特にココを描いた絵はとーっても上手なんですよ」

「そうなのかい、それじゃあ今度見せて貰おうかねー。ところでそのココって子は誰だい?」


 私がココを銀蜘蛛だと話すと、ベルティとフェルスは絶句してしまった。銀蜘蛛と暮らすなどあり得ない事の様だ。それもココは女の子なのだと伝えると益々青い顔になってしまった。メスの銀蜘蛛程貪欲で食欲旺盛な生き物は居ないのだそうだ。確かにココは食べることが大好きだし、クッキーには目がない。納得した私なのであった。


 当日来店の招待客が落ち着いてきたころ、宿泊中の招待客たちも店へと徐々にやって来た。

 プリンス伯爵とメルキオール、エイベル夫妻と双子たち、ワイアットとティボールド、ビアンキとマルコ、そしてミュラーとカエサルはリアム達と一緒に過ごす予定だ。皆きちんと接待役を受け持っていて、私にも気合が入った。


 各自案内された席へと着いて行く。私はメイナードの隣に座った。今日招待された子供はメイナードだけなのでしっかりと接待をしようと思った。


 リアムがレストランの上座の方へと向かい、スター・リュミエール・リストランテの店長のサシャと料理長のマシューの紹介を始めた。

 サシャはアイドルの様な素敵な笑顔を浮かべたままだが、大物の客ばかりで少し緊張しているのか青白く見えた。マシューはいつも通りの真面目顔だ。料理の話でなければ笑顔は出ない様だった。


「スター・リュミエール・リストランテのディナーは3コースのメニューとなっております。本日は当店一押しの、シェフのお勧めコースを準備させて頂きました。またランチではランチコースの他に気軽に楽しめる、グラタンやラザニア、そしてピザやパスタなど他店では販売していない料理がご準備してございます。どうか、昼も夜もお越し頂きスター・リュミエール・リストランテを楽しんで頂ければと思っております、宜しくお願い致します」


 リアムの挨拶が終わると乾杯がなされ、サシャとマシューは仕事に戻って行った。これから二人は戦いに入るのだ。ランチの後、少しの休憩を挟んでの大物たちのディナーである。今夜はくたくたになるだろう。後で癒しを掛けてあげようと心に決めた。


 先ずは前菜が出される。ブルル豆と魔獣コクコクダックのテリーヌだ。色も鮮やかで客から思わずため息が溢れた。


「ブルル豆と魔獣コクコクダックのテリーヌです。スター商会の会頭と料理長が開発致しました料理です。どうぞお召し上がりください」


 リアムの説明を聞いて口にすると、皆先ずは柔らかさに驚いたようだった。そして見た目とは違う濃厚な味わいに うーん と唸る者が続出していた。乾杯も済んでいるのでお酒の美味しさにも感動している様で、スターワインを料理と共にお代わりする者が何人もいたのだった。

 メイナードと私は残念ながらお酒は飲めないので、私特製のオレンジジュースで我慢したのだった。残念。


 次のメニューはスープだ。シェフのお勧めコースではブルージェ領で多く取れるかぼちゃのスープにしている。見た目は可愛く私自慢のかぼちゃの馬車をイメージしてお皿も準備した。女性客の顔が綻ぶのが良く分かった。


「次はブルージェ領で良く取れますかぼちゃを使ったスープです。会頭が地元の食材を生かそうと、他のコースでもブルージェ領で捕れる野菜をふんだんに使っております。気に入って頂けた方はまた違う季節のコースやスターコースなる物もご準備しておりますので、是非そちらも一度召し上がりにいらして頂けると嬉しいです」


 スープもとても美味しい様で、お代わりしたそうな人が沢山いた。だが、まだまだこれから料理が出てくることは分かっているので、グッと我慢しているようであった。


 次はメイン料理だ。これは二種類から選べる。魔牛ヴィリマークのフィレステーキかカツレツだ。どっちにしようか悩むものが続出したため、両方頼んでも大丈夫だとリアムが伝えると、殆どの物が両メインを頼んでいた。

 私とメイナードは仲良くシェアして食べることにした。子供には多過ぎる量だからだ。ここでパンも出される。スターベアー・ベーカリー自慢のパンだ。バケットや丸パン、ロールパンなどから好きなだけ選べるので、ここでも全種類取る人が続出した。お腹がはちきれないのかと心配になった。

 パンにはバターとジャムも添えれらたので皆そちらにも興味を持ってくれた様だった。これもスター商会自慢の商品だ。リアムが会頭が考案した物だと只のジャムとバターを自慢すると、何故か皆が 「おおー」 と声を上げていた。砂糖や塩などが中々手に入らないこの世界では、スター商会のバターやジャムは格別の物の様だ。美味しくてパンが進んでしまうようだった。


 メインの後はデザートになる。今夜はクレープ シュゼットのバニラアイスクリーム添えにした。バニラアイスも、クレープもこの世界には無い物だ。その美味しさに目を見開いている人が沢山いた。一緒にラディアの花で作ったお茶も出される。スター商会自慢のお茶だ。宣伝も忘れず行う。


「こちらのデザートも会頭自ら発案した物でございます。デザートは毎週変わる予定でおりますので同じコースでも、また違った楽しみがあると思います。また出しましたお茶はスター商会で売り出しておりますラディアの花で作ったお茶でございます。そちらもお楽しみください」


 皆お腹いっぱいなはずなのに、リアムの話を聞いて次来るときにはこのデザートは食べられないかもしれないと思ったのか、お代わりを注文する人が続出した。何故かホストであるリアムもお代わりしていたので、流石甘味王だなと笑ってしまった私であった。


 こうして満足いく料理に招待客は皆喜び、開店貸切ディナーは無事幕を閉じたのであった。


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