第179話 別れ

 今日はスター商会に宿泊中のお客様達がそれぞれ帰る日である。

 忙しい中、沢山の人達がスター・リュミエール・リストランテとスター・ブティック・ペコラの開店に駆けつけてくれたことが会頭としてとても有難かった。


 スター商会はまだ開店して一年も経っていない店だがこれだけ注目を集めることが出来たのも、お付き合いを快く受けてくれた皆さんのお陰だと私は思っていた。

 ただ、ランスからしたら、ディープウッズ家の姫との繋がりや、新しい商品などを手にできる商家の方が私に感謝するべきなのだと、笑いながら言っていた。私的には作りたいものを作って、リアム達に丸投げしている状態なので、そう考えると凄いのはリアム達スター商会の従業員という事になる。神様が与えて下さった出会いに感謝するしかなかった。


 先ずはエイベル夫妻が出発となった。息子さんの使用人が王都から迎えに来てくれたので、朝早くに出発することになったのだ。息子さんの使用人達は昨日スター商会に到着したのだが、田舎のブルージェ領でもこれ程大きな店を構えて居ることにとても驚いて要る様であった。宿泊した部屋の良さや、寮の食事にも驚いていたので、チャーリーの魔法袋の中に寮の食事を何種類か入れて上げた。これで、王都へ行く途中でも食事に事欠くことは無いだろう。

 それにエイベル夫妻は高齢な為、ゆっくりとした道中となる、途中で食事が合わない事もあるだろう。その時にスター商会の食事を食べて貰えればと思ったのだが、使用人達はごくりと喉を鳴らしていたので、すぐに食べる気満々の様であった。


 私はエイベル夫妻に別れの品として、双子たちの絵を渡した。写真の無い世界なので、肖像画を渡せば喜んでくれると思ったからだ。これは想像以上に喜ばれ、笑顔で見送りたかったのに泣かれてしまった。二人には 「ララ様程慈愛に満ちた方はおりません」 と大げさなことを言われて感謝されていしまったのであった。年を取ると涙もろくなると言うのは本当の事の様だ。居た堪れない気持ちになった私なのであった。


「グレアム、ギセラ、リアム様の仰ることをよく聞いて、しっかりララ様を支えるように」

「「はい、旦那様」」

「王都に店が出来るのを心待ちにしていますね」

「「はい、奥様」」


 こうして挨拶を終えると、エイベル夫妻は深く私達スター商会のメンバーに頭を下げて、旅だって行ったのであった。私もいつかあんな素敵な夫婦に誰かとなれたら良いなと改めて思ったのだった。


 次はジェルモリッツオ国から来ているマクシミリアン・ミュラーとカエサル・フェルッチョの出発だ。折角できた心の友との別れにとても寂しくなる。カエサルにギューッと抱き着き最後のモフモフを楽しんだ後、ココにする様に頬に口づけをした。カエサルは幼い子にされても嫌がることは無く、光栄だと言って喜んでくれた。流石百獣の王のである。カッコイイ。

 カエサルは私の耳元で 「あの件は内緒だよ」 と呟くと。何故か挑発するようにリアムの方にニヤリと笑顔を向けていた。あの件とはユルデンブルク騎士学校で教師になる話しなのだが、内容が聞こえないリアムは、私が英雄と仲良くしているのが気に入らなかった様で、複雑な表情になっていた。

 今リアムの顔を見た人はトイレでも我慢しているのかな? と思うようなそんな顔であった。どうやらカエサルはリアムが自分に憧れているのを知っていて、挑発している様だ。男性にも女性にも魅力を振りまく姿は流石英雄だなと思った。でも私がリアムにライバル視されてしまうのでちょっとやめて欲しいなと思ってしまったのだった。


「ではリアム様、セオ様に宜しくお伝え下さい。ララ様、これからも私とカールと仲良くしてくださいね」

「はい、勿論です」


 こうしてミュラーとカエサルはジェルモリッツオ国へと戻って行った。何故かリアムがホッとした表情をしていた。きっと近くに英雄が(好きな人が)いたため、緊張が続いていたのだろう。私はそう納得したのだった。


 次はブロバニク領の商人であり、スター商会の研究員のマルコの叔父である、ファウスト・ビアンキが戻ることとなった。勿論マルコもお見送りに来ている。そしてお世話係のビルとカイも一緒だ。


「ビル君、カイ君、マルコの事をくれぐれも、くれぐれも、くれぐれも頼んだよ」

「ビアンキさん、そんなに心配しなくてもマルコなら大丈夫ですよ。立派な研究員ですから」

「そうです。マルコは俺のもう一人の兄ちゃんみたいなものですから大切にします。安心してください」


 この言葉にビアンキは大きな声で泣き出してしまった。今迄マルコにこんなことを言ってくれる人は居なかった様だ。マルコ本人も少し頬を染めて恥ずかしそうにしていた。見た目が可憐な少女の様なので、とても絵になる姿だった。


「ガハハハッ! 叔父上心配するな! 俺がビルもカイも守ってやるさ!」


 そう……口を開かなければ、とても絵になるのだ。でもマルコらしさに皆が笑顔を取り戻していたので、寂しい別れにならず、良かったと思った私であった。

 こうしてビアンキは私とリアムにとーっても感謝してブロバニク領へと戻って行った。今度来るときは娘さんも連れて来てもらいたいなと思った私なのであった。


 そして次はワイアット商会のジョセフ・ワイアットの出発だ。何故か私にビクビクしていたが、良い商談も出来て満足そうであった。

 ティボールドも見送りに出てきている。ワイアットとはすっかり仲良くなったようであった。リアムも嬉しそうだ。


「引き続き王都の情報は、このワイアットにお任せ下さい」

「もう、ジョーったら意気込み過ぎだよー、兄上のことなんてほっといて良いからさー」

「いやいや、ルドとリアム殿に何かあったら大変だ。出来るだけの事はさせて欲しい」

「フフフ、ありがとう。でも気を付けてね」


 ティボールドととの仲よさげな様子を私達に見せつけると、ワイアットは王都へと戻って行った。でも定期的に連絡もくれるし、商談もしょっちゅう行われるので、これからも会う事は一番多いだろう。次来るときは護衛のデニスに魔石バイクでも渡そうかなと思い付いたのだった。


 そして最後はプリンス伯爵だ。メルキオールも仕事の合間をぬって見送りに来ている。プリンス伯爵はまだ滞在していたそうだったが、王都での仕事をいつまでも休んではいられないので、エドモンドにも説得をされ、渋々今日帰ることを受け入れたのであった。

 馬で王都からやって来た二人に私は魔法袋を渡した。


「ララ様……これは……魔法袋では? 先日頂いたばかりですが……」


 驚いているプリンス伯爵にニコニコっと笑顔で返す。リアムがはーと私に聞こえるようにため息をついていた。


「これは護衛のエドモンドさんの分です」

「「はっ? はいっ?!」」


 プリンス伯爵とエドモンドは驚いた顔のまま見つめ合っている。メルキオールは自分も経験したことだからか、それを見て同情するような目を向けていた。


「エドモンドさんの魔法袋には、テントやポーションなども入っています。お急ぎの様ですから、宿へ泊まれないときなどに使って下さい。勿論スター商会自慢の料理も入れてありますよ」


 エドモンドは震える手で魔法袋を受け取ると、有難く使わせていただきます と言って頭を下げた。これは ”プリンス” 違いで疑ってしまったお詫びも兼ねているので、受け取ってくれたことにホッとした。 ”闇のプリンス” と同じ名前と言うだけで疑ってしまって申し訳なかったと反省する気持ちで一杯だ。

 ふと顔を上げるとプリンス伯爵が私をジッと見て居ることに気が付いた。何か忘れ物だろうか。


「ララ様が、スター商会の会頭なのですね……」

「えっ……」


 ティボールドとワイアットが余計なことを言ったせいもあるが、”プリンス” を警戒していたために、会頭であると名乗るのを忘れていたことを思い出した。ティボールドとワイアットが言うように美しくも女神のようでも無いが、仕方なく頷くことにした。プリンス伯爵は 「おお、やはり」 と言うと、私と視線が合うように膝をついたのであった。


「お噂通り、慈悲深く、聡明で、お美しいお方だ……なんとお礼を言っていい物か……ダレル・プリンス感謝してもし足りない位でございます……」

 

 プリンス伯爵は私の手を取ると、額を手の甲に乗せてきた。注目されて恥ずかしくなる。本気で止めて貰いたい。何故か護衛のエドモンドまで膝をついて頭を下げてしまった。恥ずかしい。

 とにかく話を変えないとと思い、私はプリンス伯爵に息子さんの話をすることにした。そうすれば嫌でも顔を上げるだろう。


「プリンス伯爵、息子さんのお名前を教えていただけますか?」

「……ララ様はこんな私の息子に興味があるのですか?」


 私は勿論と笑顔で頷く。プリンス伯爵の息子さんなら可愛い事間違いないだろう。せっかちなのは似て欲しくは無いが。


「お友達になりたいと思っていますので、次回は是非連れてきてくださいね」


 そう伝えると何故かプリンス伯爵は目をウルウルとさせて喜びだしてしまった。注目を浴びたくなかったのに大げさに喜ぶから益々皆がこちらを見ていた。リアムに目を向けると頭を抱え、ぐったりしている。プリンス伯爵の大袈裟なパフォーマンスにうんざりしている様だ。気持ちはわかる。


「ええ! 勿論連れてまいります! ララ様のお気に召すような息子に育て上げて見せますので、どうか末永くお付き合い頂けたらと思っておりますので、よろしくお願いいたします!」

「は……はぁ……?」


 何故こんなにも大げさに喜ばれるのか分からなかったが、取りあえず曖昧に頷いておいた。ハッキリと言わない貴族の在り方にうんざりだ。

 プリンス伯爵は意気揚々と馬に乗ると、良い笑顔を私達に向けて王都へと帰って行った。何だか疲れてガックリとしてしまったのだった。


 リアムの執務室へ着くと、不機嫌顔のリアムが私に近づいてきた。そして久々のデコピンをお見舞いしてきた。ペシンと良い音が鳴る。ティボールドが心配そうに私を覗き込んできた。


「リアム、ララちゃんに何て酷いことをするんだよー! 女の子の大切な顔だよー」


 私はティボールドの意見に最もだと思って額を摩りながら、大きく頷く。でもリアムの怒りは収まらないようだ。


「あのなー。ルドも貴族を知ってるならララのやったことが分かるだろ? プリンス伯爵に向けた言葉は、息子と見合いがしたいって事だ!」

「えっ? ええっ?!」


 私は驚いたがティボールドは驚いた様子は無い。それに周りの皆も苦笑いなので本当の事の様だ。


「私……そんなつもりは……」

「大丈夫だよララちゃん! 僕がそばに居るからね。不安にならなくても良いよ。リアム、小さな子に何言ってるのさ! そう言う事に気を回すのは大人の仕事だろ、副会頭であるリアムの仕事だ!」


 ティボールドはそうリアムに言いながら、しょんぼりしている私を優しく撫でてくれた。リアムは兄の言葉に グハッ と変な声を出していた。

 まさかお友達になりたいと言うのが見合いなるとは思っていなかった。貴族っていやだなと思ってしまう。アダルヘルムもこういう事が面倒くさくてあんなにも王族や貴族が嫌いなのだなと納得した。でもついでに良いことも思い付いた。要は結婚できないと思われればいいのだ。そう考えれば簡単であった。


「分かりました……リアムと深い中だと言って断ります」

「「はっ?!」」

「会頭と副会頭が愛し合ってると聞いて、不思議がる人はいないでしょう。ですからリアムとは子供を作る様な間柄だとプリンス伯爵に宣言いたします!」


 これで大丈夫だと自信満々だったのだが、私の言葉を聞いてティボールドは何故自分じゃないのかと騒ぎ出し、リアムに至っては子供とそんな噂が立つのは嫌だったのか、仕事用デスクに顔をうずめたまま動かなくなってしまった。ランス達が気の毒そうにリアムを見つめていたので、私の提案はダメだった様だ。残念である……

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