第173話 ララの接待

 プリンス伯爵とエドモンドの二人が満足した朝食を終えると、これからの行動について話し合うことにした。メルキオールに代わっての接待という事もあり、喜んでもらいたいと私には益々気合が入る。

 プリンス伯爵がスターベアー・ベーカリーに行きたいと言うので、朝食を終えたばかりだが早速向かうことにした。ホスト役として出来るだけ希望は叶えて上げたいからだ。私の接待で満足していただけたら良いなと心から思っていた。


 プリンス伯爵は部屋で大人しくしているタイプでは無い様で、食後のお茶を楽しむなどはせず、食べ終わる前から、早く早くと気が焦っているようであった。

 エドモンドはその態度になれている様だが、少し困っているようでもあった。食事も伯爵とは思えないほど早食いだったし(美味し過ぎて早食いになってしまっただけかも知れないが)、食べた後もすぐに立ち上がり、「さあ行こう」と言ってドアの方へと向かっていた。

 護衛としては守り辛い主の様であった。


 スターベアー・ベーカリーに向かう間、私はまた抱っことなった。何故なのか分からないが子供との移動は抱っこが基本の様だ。接待する側なのにこれで良いのかなぁと疑問が浮かんだ。

 エドモンドが私と伯爵を見てちょっと困った顔をしていたので、自分のお子さんを常に抱っこしているわけでは無い様であった。なので出迎えた側として気になることは聞いてみることにしたのだった。


「プリンス伯爵、私を抱っこするのはなぜでしょうか?」


 私の質問に目を大きくしてプリンス伯爵は驚くと、抱っこしたまま私の顔を見てきた。それでも降ろす気は無い様だ。


「抱っこは嫌だったかな?」

「いえ……そう言う訳では無いのですが……」

「そうか、私はせっかちでね、子供と一緒にゆっくりと歩けないんだよ……それとウチは息子だけだから、女の子を抱っこしてみたいという理由もあるのだけどね……」


 大きな理由は前半の子供の足では遅いという事だろう。確かにせっかちで早くしたい人にゆっくり歩けと言うのは厳しいかもしれない。今だって抱っこしていても早歩きだ。それでも優雅に見えることからプリンス伯爵は普段から早歩きなのだろうということが分かった。

 私は安心させるようにプリンス伯爵に微笑むと、降ろして貰うようにお願いをした。スターベアー・ベーカリーは逃げたりしないが、早く着きたいのなら私を抱っこして歩いていては遅くなってしまう。それならば私を降ろしてもらって交代してもらった方が良いからだ。


「早く行きたいのでしたら、私がプリンス伯爵を抱っこしますね」

「「えっ?」」


 プリンス伯爵は意味が分からないといった表情だ。護衛のエドモンドも聞き間違いかと首を傾げている。お客様に満足して頂ける様に私は頑張る気満々なのだった。


 私はそんな二人にレディの微笑みを向けると、身体強化を掛けた。そしてエドモンドに 「行きますよ」 と声を掛けると、ひょいとプリンス伯爵をお姫様抱っこして、一気に階段を駆け下りて行った。

 エドモンドも身体強化を掛けたが私の速さには付いてこれない様で、どんどん差が出来てくる。私は気にせず、階段を三段跳び四段飛びしながらぴょーんぴょーんと降りて行った。


 従業員は皆忙しくて出払っているようだったので一階までは誰とも会う事は無かった。だが、外に出ると人だかりが出来ていたため、身体強化はここまでにしてプリンス伯爵を降ろしてあげた。

 あっと言う間にスターベアー・ベーカリー前まで着いたからか、プリンス伯爵の口は大きく開いたままで有った。どうやらこの嬉しそうな表情から私の対応は完璧だった様だ。


「……ララちゃん……君は一体……」


 プリンス伯爵が何かを呟いていたが、がやがやとする客たちの声で話が聞き取れなかった。

 すると ぜー、はー しながらエドモンドもスターベアー・ベーカリーまで来たので、客足が落ち着いてきているスターベアー・ベーカリーの中へと三人で入っていった。二人共何故か私の事をチラチラと見ていた。その様子を (もしかしたら楽しみにしすぎて緊張しているのかもしれないなぁ) と私はそんな風に思っていたのだった。


 店に入るとプリンス伯爵の目はキラキラと輝きだした。トングとトレーをエドモンドにも持たせて、全てのパンを買う気満々の様だ。

 朝食を食べたばかりだと言うのに、試食のパンも全て食べていたように見えた。そしてパンだけでなくお菓子類も全て注文していたのだった。

 会計を済ませると、早速私が上げた魔法袋へとパンをしまっていた。ニコニコ顔で幸せそうだった。こういうお客様の笑顔を見るとスターベアー・ベーカリーを作ってよかったと心から思えるのだった。


 プリンス伯爵がイートインスペースにも興味がある様だったので、そちらにも連れていきお茶を出してあげた。私はプリンス伯爵にスターベアー・ベーカリーの店長を紹介しようと思い、ボビーに声を掛けてイートインスペースに出て来てもらった。


「プリンス伯爵、スターベアー・ベーカリーの店長のボビーです。美味しいパンは彼が一生懸命に作っているのですよ」

「おお、随分と若い店長さんだ。これからも頑張ってくれたまえ」


 プリンス伯爵はボビーに手を出して握手をした。ただ、ボビーは自分が店長だという事をたった今知ったようで、驚いた顔のまま人形なような状態で握手をすると 「店長……」とブツブツ呪文の様に繰り返しながら、同じ側の手足を出して厨房へ戻っていった。何度か物にぶつかっていたので、伝えることを忘れていて申し訳ない気持ちになったのだった。


 次はプリンス伯爵の希望でスター・ブティック・ペコラを見に行ってみることにした。今日は一時間早くオープンするとなったので、既に多くの客が押しかけていて、外からでも見ることが出来なかった。裏口から行っても良いのだが、女性客で混み合っている場所に男性を連れて行くのも気が引けたので。これでは良い接待にはならないと思い。見たいと希望を出しているプリンス伯爵の希望を叶えるために、私はまた身体強化を掛けてプリンス伯爵を抱えてあげることにした。


 ただ私が抱えても背が低いのであまり見えないようだった為、少しプリンス伯爵を投げてみることにした。

 魔力量が多い私が軽くプリンス伯爵を子供を高い高いする気持ちで空へと投げると、思ったより飛び過ぎてしまい、スター商会の屋根より高く上がってしまった。エドモンドが 「ダレル様!」と大きな声を出して焦っていたが、私はピートとキャッチボールする仲で有る、プリンス伯爵を落とす事などするはずが無かった。


 エドモンドだけでなくプリンス伯爵も 「わー!」 と喜んで大きな声を出したために周りの並んでいる客から注目を浴びてしまったが、今日はメルキオールの代わりに大切な接待役を受けている私である。プリンス伯爵が満足するまで何度も高い高いをしてあげたのだった。


「……ララちゃん……もう十分だ……」


 そう声が聞こえたために、高い高いを終わらせた時には、何故かプリンス伯爵もエドモンドも真っ青な顔になっていたのだった。どうやら人ごみに酔ったようだ。可愛そうに。でも見たがっていたスター・ブティック・ペコラが見れたので良かったなと私も満足できた。


 少し部屋で休みたいとプリンス伯爵が言うので、勿論また抱っこして部屋まで連れていって上げた。身体強化を掛けたお姫様抱っこで階段もひょひょいのひょいだ。エドモンドはプリンス伯爵がソファでぐったりしたころにやっと部屋へと戻って来た。人ごみに酔ってしまったらしい二人はお昼まで休むと言うので、私はポーションを置いて部屋を後にすることにした。接待は完璧だと自分を褒めたいぐらいだった。


 お昼を食べたら夜のレストランでのディナーの為にお腹を空かせるように、剣術の稽古を一緒にしましょうと伝えると、プリンス伯爵はごくりと喉を鳴らし黙って頷いていた。子供だからと私の事を心配してくれているのか緊張した顔になっていた。これは本気で相手をするしかないなと接待役としてまた気合が入った私なのであった。


 プリンス伯爵の部屋を出て、リアム達の部屋でも行こうと思ったところで声を掛けられた。振り向くとそこにはジェルモリッツオ国の武器商人のマクシミリアン・ミュラーがいたのだった。


「ミュラーさん、ご無沙汰しております。遅れていると聞きましたが無事にお着きになったのですね」

「ララ様ご無沙汰しております。昨夜遅くに到着いたしました。これからリアム様のお部屋に伺うのですが、ご一緒しても構いませんか?」

「ええ、勿論です」


 するとミュラーが自分の後ろにいた男性を紹介してくれた。見習いのパウル、御者のベンの傍にはライオンの鬣の様な髪型をした、体ががっしりとした男性がいたのであった。頬には傷があり百獣の王の様な雰囲気を出していた。その男性は私を見ると見た目とは正反対の優しい笑顔でニッコリと笑ってくれたのだった。


「ララ様、友人のカエサル・フェルッチョです。以前お話ししたジェルモリッツオの英雄ですよ」

「お嬢さん、初めまして、噂はマークから聞いていますよ」


 二人はマクシミリアン・ミュラーの事を ”マーク” と呼ぶぐらいの仲の良い間柄の様だ。確か幼馴染だとミュラーが言っていたなと私は思いだした。カエサル・フェルッチョから差し出された手は分厚く力強い物であった。これが英雄なのかと感動した私なのであった。


「初めまして、ララ・ディープウッズです。宜しくお願いします」


 私がディープウッズの名を口にしてもカエサル・フェルッチョは驚くことは無かった。きっとミュラーから話を聞いていたのだろう。そうでなくてもこの人なら驚かないかもしれないと思うような、落ち着いた人であった。流石英雄である。


 リアムの部屋へと一緒に向かい、部屋へと入った。カエサル・フェルッチョの堂々とした佇まいはとても素敵な物だった。


 リアムは先程までのハイテンションな様子よりは落ち着いてはいたが、それでも機嫌が良さそうな様子でニコニコとしていた。反対にランスの顔には疲労が浮かんでいたのだった。


 ジョンが入れてくれたお茶をソファで飲みながら皆で話をする事になった。皆お茶請けで出されたお菓子の美味しさに満足そうな顔をしていた。今日はスターベアー・ベーカリー自慢のマドレーヌだ。


「今日は、セオ様はいらっしゃらないのですね?」


 前回の武器販売の件でセオの剣を見て貰った事もあり、ミュラーはセオと話をしたかったようだ。カエサル・フェルッチョにも会わせたかったのだろう。


「セオはユルデンブルク騎士学校の受験の為に王都に行っておりまして、今不在なのです。ミュラー殿とフェルッチョ殿が来たことを話せば、残念がるでしょうね」


 リアムは目をキラキラさせながらカエサル・フェルッチョの事を見ていた。ポーションの飲み過ぎのせいでは無く英雄と会えたからだと思う。何故なら後ろに控えているジュリアンも頬を赤く染めキラキラした目でカエサル・フェルッチョの事を見ているからだ。二人共恋する乙女のようで可愛かった。


 セオの作った剣をカエサル・フェルッチョに見せることになった。カエサル・フェルッチョは手にする前から剣の輝きに感心しているようで、イライジャが魔法袋から剣を取り出した時にはニヤリと良い笑顔を見せていたのだった。


「これが噂の少年の剣ですか……」


 カエサル・フェルッチョはセオの作った剣を手に取るとジックリと見ていた。特に剣先部分には感心したかのように、何度も頷き少しニヤニヤしながら見ていた。

 

 それにしてもこのカエサル・フェルッチョと言う人はとても魅力がある人だと思った。野生のライオンが擬人化したらこの人の様だろうと思える風貌だ。許されるなら抱き着いて鬣の様な髪の毛をわしゃわしゃっと撫で繰り回したいなと思った私であった。


「この剣は、私に買い取らせてください」


 スター商会の皆が 「おおっ!」 と声を上げた。セオがこの場に居ないのがとても残念であった。

 

 ミュラーの到着が遅れた一因はカエサル・フェルッチョを旅の途中で拾ってきたからだそうであった。普段からあちらこちらの国を周り大型な魔獣などを倒して回っているカエサル・フェルッチョは、プリンス伯爵と同じで、ジッとしていられない人の様であった。どこの国に居るのかカエサル・フェルッチョから手紙がこない限り、場所が分からなくて連絡の使用が無かったのだが、スター商会の紙飛行機型の手紙のお陰で、頻繁に連絡が取れるようになったそうだ。

 カエサル・フェルッチョも手紙を見たことでスター商会にとても興味が湧いて、今回ミュラーと一緒に来ることになったとの事であった。


 私はスター商会を楽しみにしているカエサル・フェルッチョに、お昼過ぎにプリンス伯爵と剣の稽古をする事を伝えた。

 新しい剣を手にして使ってみたいのではないかと思ったからだ。接待をするようになって気が利く女になれた私であった。


 リアムとランスは忙しいからか頭痛がするような顔をしていたが、カエサル・フェルッチョは私の提案に笑みがこぼれていた。とても嬉しそうだ。でも隣のミュラーは青くなって心配そうな表情を浮かべていたのであった。


「これはレストランでの食事の前に、いい楽しみが出来たよ」


 そう言って私の頭をくしゃくしゃっと優しく撫でると、ミュラーとカエサル・フェルッチョはリアムの部屋を出て行ったのであった。


 リアムが何かを言いたそうだったが私はそれに気が付かず、カエサル・フェルッチョが出ていった扉を見つめた。

 あのライオンの様な髪の毛に触ってみたいなーとそんな事を考えていた。そう、彼の事を撫で繰り回したいのだ。


「……ララ? ボーっとしてどうした?」


 私が扉を見つめたままだったので、リアムが心配そうに声を掛けてきた。ポーションの効果を薄めるためか、大きなコップにはたっぷりと水が入っており、ランスに飲むように進められている。私はそんな二人の方へと良い表情で向き返った。


「カエサル・フェルッチョさんが(ライオンの様で)素敵すぎて、抱かれてみたいと思ってたのです」


 リアムは大量の水を ぶーっと 口から吹き出し、テーブルの上を水浸しにしてしまったのだった。まだポーションの効果は消えていないようだ。ハイテンションである。

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