第162話 傭兵の面接③

「メルメルさん、つまり隊員全員をウチで雇えば問題ないってことですよね?」

「「はっ?!」」


 メルキオール・ファングとニールはリアムでなく、幼い私が突然口出したことに驚いているようだった。リアムは私の横で またか…… という風に片手で額を押さえ、ため息をついていた。頭が痛い様だ。


「ちょ、ちょっと待て嬢ちゃん……色々と突っ込みたいところだが、まずそのメルメルって呼び方は何だ?」


 メルキオールは困惑したような顔で私に問いかけてきた。隣に座っているニールはメルキオールが自分の事をメルメルと言ったのが可笑しかったのか 「ぶほっ」 と吹き出していた。

 メルキオールはそれをギロリと一睨みするとまた私の方へと顔を向けた。


「メルキオールさんって言いづらかったので……じゃあメルさんって呼びますね」

「メルさん……まあいい、で、全員雇うってのはどういうことだ?」


 メルキオールは少し恥ずかしいのか頬をピンク色に染めていた。私からするとメルさんだと羊みたいなのでメルメルの方が良い気がするのだが、本人が望まないのであれば、メルさんにしておこう。

 ニールはメルキオールの反対を向いて笑っていないそぶりを見せていたが、肩が揺れているので、笑っている事はバレバレであった。これは後でニールはメルキオールにしごかれそうだなと思って同情したのだった。


「私はスター商会で傭兵を買い取ろうと思って、今日の面接をお願いしました」

「……買い取る? 隊員全員をか?」

「はい、そうです」


 先に会った二隊を選んでいたら高額な金額になっていたとは思うが、それでもスター商会に必要な人材であったなら買取る気でいた。けれどどう考えてもスター商会に相応しいのはこの ”星の牙” と言う名の傭兵隊であり、彼らが望んでいる物が手に入る環境に有るのもスター商会だと私は思ったのだ。


「……嬢ちゃん……俺の隊には、何とか学校を卒業出来たってやつしかいないんだぞ……分かっているのか?」


 私はメルキオールの問いに頷いてみせた。彼らが卒業ギリギリになってしまったのは働いていて満足に勉強も稽古も出来なかったからであろう、ただサボって成績が悪かった者をメルキオールがチームの一員にするとはとても思えなかった。

 つまり彼のお眼鏡に叶った者しか星の牙にはいないという事だ。人柄重視を望んでいる私としてはもってこいの話なので合った。


「剣術も武術もウチの店で十分に練習も出来ますし、稽古も付けることが出来ます。ですから今は強くなくても構いません」

「……ほう……それで?」

「武器も、防具も、衣食住にかかる物は全てスター商会持ちです。そして、これからもメルメル……メルさんのお眼鏡に叶った若者は、毎年雇い入れようと思っています」

「ハハハ! 嬢ちゃん、随分大きく出たな……本当にそんな事が可能なのか?」


 この世界の常識を考えれば一従業員の武器、防具、衣食住全てを店で負担するなどあり得ない事だろう。良くて衣食住、悪ければ全て自分持ちである。メルキオールが不振がるのも十分理解できた。


 そこで、スター商会側の人間が何を言っても信じて貰えないだろうと思って、ランスに受付の女性を連れて来てもらい、スター商会の従業員達の現状をメルキオール達に話してもらうことにした。第三者の話なら信じると思ったからだ。


 ランスが受付の女性を連れて来てくれたと思ったら、何故かベルティとフェルスまで一緒に来ていた。連れて来たランスは苦笑いを浮かべていたが、ベルティは何故か嬉しそうに笑っていたのだった。


「……ギ、ギルド長!」


 メルキオールはベルティの登場に驚くとガタッと音を立てて勢い良く立ち上がった。まさかギルド長までもが出てくるとは思わなかった様だ。


「メルキオール、座んな、スター商会の話が聞きたいんだってね」


 ベルティは空いてる席に座ると私にニッコリと笑いかけた。私がベルティの意図に気が付いたことに満足したようであった。

 私はベルティとフェルス、それに受付の女性パオラにも温かいレモンティーとキャラメルを出してあげた。ベルティはまず香りを楽しんでから優雅にお茶を口にしたのだった。


「ふう、ララ、あんたの入れたお茶は相変わらず美味しいねー」


 大好きなベルティに褒められるととっても嬉しくなり頬が熱くなるのが分かった。ベルティはそんな私を愛おしそうに見てくれていた。


「さて……メルキオール、あんたが聞きたいのはスター商会の事だったね……」


 メルキオールは喉をごくりと鳴らすと真剣な表情のまま頷いた。ベルティの登場に緊張しているようだ、隣のニールもさっきまでとは別人の様に小さくなっていた。


「スター商会ってのは迷惑な店なんだよ」

「「はっ?」」


 メルキオールだけでなくリアムまでも声を出していた。私はベルティらしい言い方に思わず笑いが込み上げてきたのだった。


「いいかい、良く聞きな、スター商会ってのはね――」


 ここからベルティの長い演説が始まった。とにかくブルージェの街で話題になることをスター商会がやる為、常に商業ギルドに問い合わせがある事、それから毎日の様に新商品の登録にやってきては商業ギルドの仕事を増やすこと、余りにも従業員の生活が豊かだと噂になって居るため、働きたいと商業ギルドに問い合わせる者が多い事、それからスター商会の従業員を結婚相手にと望むものが多く、商業ギルドに見合いの申し込みをしてくる様な者がいる事などなど、メルキオール達の開いた口が塞がらないほどに色々と詳しく話してくれて、嬉しくなった私なのであった。


「メルキオール、あんたのやってることは一人じゃ限界がある、あんたの貯金も底をついてんじゃないのか?」

「……ギルド長……」


 大した実力のない傭兵であれば仕事も少なく、金額も安い。メルキオールは今迄自分の貯金を切り崩してまで、若い子達の面倒を見てきたようだ。ベルティはきっとそんなメルキオールを助けたい気持ちもあってスター商会に紹介してくれたのだろう。


「スター商会の会頭はあたしが心から信頼する女さ、何の不安も無い、あんたのやりたい事の良い手助けになってくれると思うよ」


 ベルティの言葉に私は感動していた。友情を感じ今すぐにでも抱き着きたい気持ちで一杯だった。メルキオールは頭の中で何かを納得させるように間を置くと、ベルティの言葉に頷いたのだった。


「分かった……いえ、分かりました……スター商会さんさえ良ければ俺たちを全員雇って頂けますか?」


 リアムはハッとすると頷いた。どうやらリアムもベルティの言葉に感動していたようだ。少しだけ目が潤んでいた。可愛い男性である。


「では、一度実力を見せて頂けますか?」

「ああ、勿論だ。相手は……そうだな、お嬢ちゃんあんたが良いな」


  ベルティもリアムもそれからニールもここに居る皆が、メルキオールの言葉に驚いていた。だけど私にはメルキオールの相手にジュリアンでは無理な事は分かっていたので、良い笑顔で 「はい、喜んで」 と答えたのだった。


「ちょ、ちょっと待ちな、メルキオール! あんた何を考えているんだい! この馬鹿垂れ!」

「待て待て待て待て! ララ、何を良い返事してやがる! お前は馬鹿か!」


 ベルティとリアムの声が揃った。思わぬ私達の行動に焦ってしまった様だ。でも私とメルキオールだけは通じ合っていて、目で合図したのであった。


「ララ、実力を見る試合ならジュリアンでいいだろ、何でお前が相手をするんだよ」


 商業ギルドの更衣室をお借りしてノアの稽古着に着替えた後、中庭に向かう廊下を進む間、リアムはずっと同じことを言ってきた。ジュリアンを前にして本音を言うのも気が引けたのだが、余りにもリアムがしつこいので隠さず話すことにしたのだった。


「リアム、あのね、メルメルは強いの、とっても!」

「だったら尚更ララはダメだ! 俺は反対だ!」


 子供の様なわがままを言うリアムに呆れそうになったが、私を心配しての事だと思いグッと我慢して話を続けた。


「メルメルの実力を見るにはジュリアンじゃダメなの、まだ歯が立たなくてメルメルの力を出し切れないの」


 ジュリアンがガックリとしているのが目に入ったが、リアムを説得する為に鬼になった、申し訳ない。


「だったらもう合格で良いじゃないか、何も戦う必要は無い!」


 リアムの言葉を聞いて私はリアムを目を細めてみた。本気で言っているのだとしたらパンチを入れてやりたくなったからだ。


「リアム……それは副会頭としての意見なの?」

 

 リアムは ぐぅ…… と言って悔しそうな顔をした。ランスは心配そうな顔で私を見ていて、ジュリアンは相変わらずの落ち込みようだった。


「セオがいればセオにお願いしたけどね、居ないんだからしょうがないでしょ? それにこの中で一番強いのは私なんだし……」

「「「グハッ!!」」」


 6歳の幼女に言われて大ダメージを受けた三人は小さくなり、しょんぼりとしてしまった。私は困ったものだとため息をついた。


 中庭に到着すると、ベルティがメルキオールに話しかけていた。子供相手に何をするんだとか、女の子の怪我をさせたらどうするんだとか、私を心配してメルキオールに色々と言ってくれて居るようだった。ニールもフェルスも困ったようにオロオロとしてどうしていいのか分からない様子だった。


「メルメ……メルさん、お待たせしました。準備ができました」


 メルキオールは私が来たことに気が付くとニヤリと笑った。ベルティは大きなため息をつき、ニールとフェルスは相変わらずオロオロとしている、リアム達は私の後ろでしゅんとして、まだ大人しいままだった。


 私の腰に付けてある剣を見ると、メルキオールは感心したような顔になった。


「刀か?」


 私はメルキオールに笑顔を向けて頷いた。セオが私に為に打ってくれた自慢の刀だ、その辺の剣には負けない物である。

 ベルティは深く深くため息をつくと説得を諦めたように 「怪我だけはしないように」 と言ってその場から離れて行った。

 私とメルキオールは握手をし、お互いに剣を構えた。


「嬢ちゃん、俺に勝ったら ”メルメル” って呼んでも良いぜ」


 その言葉が私の心に火を着けた。絶対に勝ってメルメルと呼ぼうと決めたのだ。

 最初は様子を伺っていたメルキオールだったが、私の闘志に気が付いたのか、早速剣を振って来た。見た目はボロボロの剣だったが、中の剣の部分はよく手入れされているのが分かった、それだけでもメルキオールが真面目な剣士で有る事はアダルヘルムの教えからも良く分かった。


 メルキオールは体の小さな私が相手でも戦い方が良く分かって居るのか、低い態勢の剣さばきを見せてきた。周りからは ひー とか あー とか私を心配する声が上がっていた。


 メルキオールが必殺技の様な一撃を決めて来ようとした瞬間、私はその力の反動を使いメルキオールの両足を蹴り飛ばし、腕を使いくるりと倒すと、メルキオールの腹部へと刀を置いた。勝負あったりだ!


「そ、そこまで!」


 ニールの声と共に試合は終了となった。メルキオールはまだ信じられないかの様に仰向けになったまま空を見上げていたが、段々と笑い声を上げて、最後は大きな声で笑うと、ポニーテールでまとめている私の頭を力強く撫でたのだった。


「ガハハハッ! 嬢ちゃんつえーな! まさか負けるとは思わなかったぜ!」


 メルキオールは負けたのにとっても嬉しそうだ。私の頭をまた強い力で撫でてきた、結構痛い。

 リアム達とベルティ達もあっけに取られていたようだが、試合が無事に終わったことでホッとしている様だった。

 メルキオールは笑い終わると私に手を差し出し握手を求めてきた、私はそれを受けてニッコリと微笑んだ。


「嬢ちゃん、本当は何歳だ? エルフの血が入ってるんじゃないのか? 見た目より年上なんだろ? その剣さばき師匠が良いのか?」


 メルキオールは私に興味が湧いたようで質問をしてきた。試合にも勝ったし、雇い入れることも決まっているし、もう良いかと思って私は名乗ることにした。


「スター商会の会頭のララ・ディープウッズです。正真正銘の6歳です。剣の師匠はアダルヘルム・セレーネで、武術の師匠はマトヴィル・セレーネです。よろしくお願いします」


 自己紹介をしてぺこりと頭を下げると、メルキオールとニールの 会頭……ディ、ディープウッズ……6歳……アダルヘルム……マトヴィル…… とブツブツとそう呟く二人の声が聞こえてきたと思ったら


 「「えーーーーーーーーーーー!!」」


 と商業ギルド中に聞こえる様な叫び声を上げて、二人共その場にしゃがみ込んでしまったのだった。どうやら想像以上の事に腰を抜かしてしまった様だ……申し訳ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る