第152話 新たな面接②

 サシャは面接の後出されたグラタンとドリアを、しっかり全て食べてから荷物を取りに実家へと帰っていた。荷物はそれ程多くは無いと言うので、どうやら今日中に引越しをして来るようだ。

 サシャが戻ってきたらマシュー達スターベアー・ベーカリーのメンバーと顔合わせをさせることとなり、レストランが出来るまではスターベアー・ベーカリーで働きたいというので、暫くはそちらで働いてもらうこととなった。

 レストランやブティック兼化粧品店は建設と準備が整い次第開店と今計画しているので、それまでにスターベアー・ベーカリーのメンバーと仲良くなってくれたら良いなと思ったのだった。


「こっちにも人材が欲しいんだがな……」


 ふーっと大きなため息をつきながらリアムが疲れたような表情を浮かべてそう呟いた。今スター商会は様々な事が同時進行しているので、リアムはとても大変なのだ。

 商業ギルドを通してビール工場の従業員募集も始めているため、ある程度の募集が集まれば面接をタルコット達と一緒に始めなければならないし、ブティック兼化粧品店やレストランの開店、新商品の登録と、休む間もなく働いているのだ、人手が欲しいと思う事はしょうがない事であった。


 私がまたお散歩に出て人材を探しに行けば神様がきっかけをくれそうなのだが、セオがいま受験勉強で付き添う事が出来ない状態なので、それは却下されてしまった。

 私は気付かなかったがセオがいたとしても危ないから出かけるのは止めて欲しいと言うのが、リアム達の本心の様であった。


 アリーが入れ替えてくれたお茶を飲み休憩していると、次の面接者をアリーが応接室へと連れて来てくれた。

 一般的な髪色と瞳の可愛らしい女の子で、ナッティーやモシェ達と年が変わらないくらいの子であった。小さくお辞儀をすると指定の席に座り、緊張した面持ちでリアムの方を見てきたのだった。


「初めましてルネといいます。よろしくお願い致します」


 ルネが挨拶をするとリアムも挨拶を返して早速面接となった。まだ緊張が取れないようだが、それでもちゃんと受け答えが出来ていて、成人し立てに見えるのにしっかりとした子だなと思った。

 ランスがサシャの時と同様に志望動機を訪ねるとキラキラと琥珀色の瞳を輝かせて答えてくれた。笑顔がとっても可愛い女の子だなと私はキュンとなっていた。


「あたし……ここのお店のケーキに一目ぼれしたんです!」


 ルネは最近スターベアー・ベーカリーで売り出したケーキが大好きなようだった。元々はパンの美味しさに惚れてこの店に通いだしたようだが、お菓子売り場でクッキーを買って衝撃を受けたそうだ。この世の中にこんなに美味しくて可愛らしい食べ物があるのかと、感動したのだといった。


 その後ケーキが販売されると、可愛い見た目だけでなく味の美味しさにもすっかり虜になってしまったとの事であった。


「あの……”アフェクテュ” って食堂が私の実家なんですけど、今スターベアー・ベーカリーさんからパンを卸して頂いていて」

「ああ、アフェクテュの店の娘さんだったのか」


 リアムの言葉にルネは恥ずかしそうに頬を染めて頷いた。アフェクテュは私達がリアムと初めて会った時に食事をしたお店だ。今はスター商会から砂糖や塩、それにスターベアー・ベーカリーからは食パンを卸している。味が良くなったことで人気店になっているのだ。


「はい、店は兄夫婦が継いでいるので、あたしは今手伝いをしてるんですけど、スターベアー・ベーカリーで働きたいと父に行ったら大賛成してくれて、自分の為になるから絶対に挑戦してみろって……お菓子なんて高級な物作った事は無いんですが、それでも良かったら雇って頂きたいと思っています」


 夢に向かって突き進もうとしているルネはとっても輝いていた。ナッティーがすっかりパティシエとして成長したように、彼女もパティシエとして教育すればすぐに育ちそうであった。

 マッティとナッティーの良い相棒になってくれそうだ。


 私は魔法鞄からリアムの大好きなチョコレートケーキを取り出した。そしてルネの前に一切れ出すと 「食べてみて下さい」 と言ってみた。

 リアムは呆れた顔になっていたが、いつもの事であると割り切った。


「これは新作のチョコレートケーキなんですが、どうでしょうか?」


 ルネは聞いたことのない ”チョコレート” という言葉を一言呟いていたが、香りに食欲がそそられたのか、直ぐに一口口にした。その途端とっても幸せそうな表情を浮かべたのだった。


「美味しいです! とっても美味しくてほっぺが落ちそうです!」


 幸せそうにチョコレートケーキを食べるルネを見て、何故かリアムが喉をごくりと鳴らしていたので、私達もルネと一緒にケーキを食べることにしたのだった。


「ルネさんにはお菓子を作る【パティシエ】を目指して欲しいのですが、大丈夫ですか?」

「い、い、いいんですか?」


 ルネは私の言葉に驚くとリアム達の方へと視線を送った。やっぱりサシャ同様に子供が言っても信じられないようだ。見た目6歳児だと辛い物だなとまた感じてしまった。早く成長したい物である。


 ルネは寮に入るかは両親と相談してから決めると言うので、ランスと就職の手続きを済ませてから帰っていった。


 暫くするとアリーが今度は三人の人間を案内してきた。男性二人と女性一人だ。リアムやランス達の様子からみると、この三人はセットで面接を受ける様だ。書類に目は通していたが、三人同時に面接を受ける事は知らなかった。


 席に着くと三人が自己紹介をした。明るめの茶色い髪のジュール、黒に近い髪色のエタン、そして黄緑色の髪の女性リリアンだ。

 とっても緊張しているのか三人とも顔が青くなっていた。ジュールに至っては冷や汗を掻いているようであった。


「皆さまは、同じ研究所に勤務されていたそうですね」


 ランスの問いに三人は顔を見合わせてから頷いた。小さな声で 「はい」 とは答えていたが、小さ過ぎて聞こえない位で有った。


「それでどういった経緯で、王都の研究所でお勤めだった皆さまが、ブルージェ領のスター商会の面接に応募する形になったのでしょうか?」


 ランスの顔は笑っていたが、その目はしっかりと三人の顔を見ている。もしかしたら偵察か何かだと思って疑っている部分があるのかもしれない、そんな様子であった。


「あ、あの……王都の研究所は閉鎖予定なんです……」

「閉鎖? 薬師ギルドのだろう?」


 代表して答えていたジュールはリアムの問いに一瞬びくりとしていた。人と話すのが苦手なのだろうか他の三人ともおどおどしているように見える、何か聞かれると困ることでもあるのだろうか。


「……王都の薬師ギルドにも第一、第二とあって、おれ……私達がいたのは底辺の第五です……」

「第五……そんなにあるのか?」


 リアムは王都の薬師ギルドの研究所の多さにとても驚いているようだった。薬が高価でそこまで出回っていないのに、研究所の数が多すぎると思ったのかも知れない。


 ジュールたち三人がいた第五研究所は、薬は薬でも少し薬草の知識があれば家庭でも作れそうな傷薬の様な塗り薬だけを作る場所だった様だ。彼らはノエミやマルコとは違って地元の学校を出ただけなので、薬師ギルドでの待遇は最低だったらしい。


 毎日同じ流れ作業をして薬を作り、それが高い金額で街の薬屋に並んでいるのだが、給料が良いのは第一や第二研究所に勤める職員だけ、自分達は一般の庶民よりも劣る給料で、生活もかつかつだったそうだ。


 そんな時ブルージェ領にあるスター商会という店が、研究所を建てるとの噂を耳にしたらしい、そこで研究員を募集していると聞いて、周りの皆はそんな田舎の研究所と馬鹿にしていたが、自分達はこのチャンスにかけるしかないと王都を飛び出してきたとの事であった。


「えっ? 今生活はどうされているのですか?」


 募集を聞いて飛び出してきたならずいぶん時間が経っている。生活が苦しかったのならこの街で宿屋に泊まるのも大変だっただろうと思わず声を出していた。

 警戒している相手に何をやってるんだといった表情でリアムが私の事を見てきたが、気にせず彼らの返事を待った。


「……街の外にテントを張って野宿しています……」

「ええっ! 危険じゃないですか!」

「あ、魔獣よけの薬を炊きながら、ディープウッズの森の入口辺りでテントを張っているので、それ程危険は有りません……」


 薬師ギルドに勤めていただけあって、そういった薬の製作には詳しい様だ。それにしても女性一人のリリアンは男性二人と一緒で気にしなかったのだろうか? 私の考えが分かったのか、リリアンは 「この二人は腐れ縁で兄弟みたいなものなので、裸を見られても平気なぐらいです」 と言って笑っていた。


 何故かリアム達の方が、少し頬が赤くなっていたのだった。


「こちらからの手紙はどうやって受け取ったのですか?」

 

 ランスの問いにジュールたちは笑って答えた。ブルージェ領に着いたらテント暮らしをする事は覚悟していたので、スター商会からの手紙が配送されたらテントまで届けて欲しいと郵便飛脚の人に頼んであったそうだ。 

 そして最初の偽の不合格通知が届いて放心状態となり、動けなかった事が幸いして、その後のランスからの手紙とすれ違う事がなく、今日無事に面接に来れたそうだった。


「あの……ここの研究所は……エレノア様が代表と耳にしたのですが……」


 王都に居た時はそんな情報は知らなかったのだが、ブルージェ領で生活するうちにそんな話を聞いたらしい、薬師ギルドに勤める者にとってエレノア・ディープウッズは憧れの人の様だ。ノエミやマルコもお母様の事を尊敬している。


「そうです、お母様が代表を務めます。本当の事ですよ」

「そうなのですか! そんな奇跡があるなんて……」


 三人とも抱き合って喜びそうになっていたところで、ピタリと動きが止まってしまった。

 そしてブリキのおもちゃの様に私の方へとゆっくりと首を向けると、パクパクとしながら小さな声を出したのだった。


「……お、おかあさま……ですか……?」

「はい、エレノア・ディープウッズは私のお母様です。私はスター商会の会頭のララ・ディープウッズです。よろしくお願い致しますね」


 三人は椅子に座ったままバタンと後ろに倒れてしまった。お母様の話が刺激が強すぎた様だ。リアムが呆れたような顔をしながら頭を抱えているのが目に入った。驚かせてしまって申し訳なかったと三人の様子に反省した。


 三人が気を失ってしまったので、面接は中断となった。

 ジュリアンとトミーとアーロが彼らを寮へと運んでくれて休ませることとなった。話の続きは明日が良いだろう。


 ジュールたちは元々人付き合いが苦手なのかも知れない、そうでなければエレノアの娘と名乗っただけで気絶することは無いだろう。

 彼らが運び出される姿を見ながら私はそんな事を考えていたのだった。


 ジュールたちが応接室から運ばれて行くと、リアムにガシッと肩を捕まえられた。笑っているがちょっと目が怖い……まるでアダルヘルムみたいだ。


「ララ……お前は大人しくしてるって意味が分かってんのか?」


 リアムはそう言いながら私の頭をげんこつでぐりぐりとやってきた、ランスが 「リアム様、おやめください」 と言って止めてくれているが、手加減なしで結構痛い。面接中にちょっとお話しただけなのに酷い仕打ちだ。


 やっと離してくれたリアムから逃れて、頭を抱えながら恨めし気に見上げると、満足したのか鼻でフンッと笑われてしまった。

 か弱い乙女に酷い仕打ちである、今度ぐりぐりされそうになったら、身体強化して防御しようと決めた私であった。


「リアム酷いよ、頭割れちゃう!」

「お前に全く反省の色が無いからだ、大人しくしてないといつか痛い目見るんだぞ、来年からはセオがいないんだからな」

「むー……そうだけど、グリグリは痛かったー」


 リアムは はー っとため息をつくと、私を抱き上げ膝へ乗せてくれて頭を優しく撫で始めた。ランスがこちらを見てクスリと笑っていたが、リアムは気にすることなく私をぎゅっと抱きしめると真剣な声で話し出した。


「良いかララ……お前はとっても大事な存在なんだよ、だからもっと気を付けて欲しいんだ。今までは良い人間としか出会わなかったかも知れないが、これからも同じとは限らないだろう?」


 本気で心配してくれているリアムの気持ちが伝わってきて、私はリアムの肩口に顎を乗せたまま頷いた。リアムは私を抱きしめたままで頭をまた撫で始めた。


「頼むから危ない事はしないでくれ、俺はもう大事な人間がいなくなるのは嫌なんだ……」


 リアムは自分の護衛であり友人だった人が亡くなった過去がある、きっとそれを思いだしたのだろう、私の事をきつくぎゅーっと抱きしめてから離した。周りにいるランス達もその事を思いだしたのか、悲し気な表情をしていた。

 最近の私は勝手に出かけたりと、確かにリアムに心配ばかりを掛けていた気がする、ちょっとだけ反省した私なのだった。


「リアムごめんね……なるべく大人しくしてるね……」


 リアムがあきれ顔で 「なるべくかよ……」 と言って笑って見せたので、私も笑い返したのであった。

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