第153話 増築の準備

「ララ様おはようございます」

「チャーリーさん、ユリアーナさん、おはようございます。朝食の帰りですか?」

「ええ、今日の食事もとても美味しくいただきました」


 燐家のエイベル夫妻は使用人二人と共に、2週間前からスター商会の客室に泊まっている。

 客人として食事は部屋まで持っていこうと思っていたのだが、食堂で自分で選び食べるというスタイルが気になったらしく、是非食堂でとお願いされてしまい、皆が仕事へと向かった後の空いている時間に食堂で食事を取っている。


 「自分達は働いていないので遅い時間で大丈夫です」 と遠慮して気遣ってくれている様だが、エイベルが連れて来た使用人の話では 「普段の食事の時間とそれほど変わらないから大丈夫です」 との事であった。


 そして少しリアム達と時間をずらした方が、ミアやピート、それからタッド達とゆっくり話しながら食事が出来るそうで、喜ばれているとの事であった。

 こちらに気を使わせずに心配りが出来るエイベル夫妻を、改めて素敵なご夫婦だなと思った私なのであった。


「リアム様には先程お伝えしたのですが、お話がありますので、準備が整いましたら執務室へと伺わせていただきます」

「はい、畏まりました。それでは後でリアムの執務室でお待ちしております」


 燐家の解体作業だが、土地購入の手続きが終わって、片付けが一通り済んだところで直ぐに作業に入る予定でいたのだが、そこでエイベル夫妻の王都に住む長男から待ったが入った。


 余りにもチャーリー達に都合がいい好条件の話だった為、騙されて居るのではないかと息子さんが心配になったようで、ブルージェ領へと突然やって来たのだった。


 つい最近までは気味の悪いお化け屋敷の隣の家という事で、全く買い手が付かなかったのにも関わらず、いい話が急に入って来たことで不安になったようであった。


 リアム達もこれは実際に見て貰った方が良いだろうと、エイベル夫妻と共に息子さんもスター商会の客室へとご招待したのだった。

 リアム達の話や、スター商会の人気度を見て、やっと安心してくれた息子さんは、王都へと先に帰っていった。チャーリー達は息子さんに魔法袋に入った荷物だけ預け、屋敷が新しい形に変わったのを見届けてから、この街を経つことに決まっていたのであった。


 私はそんなチャーリー達に何か屋敷の想い出が残ったものをプレゼントしたいなと、一人密かに考えているのであった。


 先日新しく雇った面々だが、全員が寮へと住むことになった。特に面接中に倒れてしまったジュール、エタン、リリアンの研究員三名は、今まで住んでいた王都の研究所の寮とのあまりの格差に、涙ながらに喜んでいた。

 そんな三人をマルコ達に合わせたところ、なんとノエミの事を知っていたらしく、第一研究所の……といって驚いていた。

 ノエミはとても有名だったらしく(貴族出身、男性嫌い、優秀と色んな意味で)三人は最初はとても緊張していた様子だったのだが、そこは流石ビルとカイで有る、直ぐにジュール、エタン、リリアン達が職場になじめるように常に話しかけてあげて、皆すっかり仲良くなったのであった。


 そしてスターベアー・ベーカリーで働きだしたサシャとルネだが、初日から馴染んでいた。先ずサシャは人当たりの良い笑顔で、マシュー達にそれぞれのパンの味の評価を話したりと、料理人の心をがっちりと捕まえていた。

 そして仕事はレジやイートインスペースの方を受け持ってくれていたのだが、営業スマイル0円が爆発的人気となり、サシャ目当ての主婦の方が多く詰め掛けるようになって、益々忙しくなったスターベアー・ベーカリーなのであった。


 そしてルネだがパティシエになるために、ナッティーと熊のマスコットのマッティの指導の下頑張っているようで、毎日とても努力をしているのだと、マシュー夫妻がとても褒めていて、その上また娘が出来たと言って目じりを下げていたのが微笑ましく見えたのだった。


 私は今日もセオとルイをディープウッズ家に置いて、リタ、ブライス、アリスを連れてスター商会へと来ていた。セオ達は相変わらずの試験勉強でディープウッズ家に居残りであった。


 ロージーが子供たちの勉強を見てくれているのだが、こうして人数も増えて年齢の差もある為、もう一人ぐらい教育者が必要だなと私は思い始めていた。来年にはタッドも学校入学の為の試験勉強が必要となってくる。勿論今のタッドなら十分に合格できる実力はあるのだが、スター商会に居る人間として、ブルージェ領領民学校で目立つ為にも、主席を取りたいと言っているタッドを、全力で応援してあげたい私なのであった。


 リタ達を図書室へと送り届けてからリアムの執務室へと向かった。明日から工事に入る為、今日は最終の打ち合わせをする予定でいた。部屋の中へと入るとこちらも変わらずとっても忙しそうにしていた。やはり早めにリアムの下に人が必要だなと思ったのだった。


「おう、ララ来たか、今日もセオはいないんだな……」


 セオがいないと私の行動が心配らしいリアムは、いつも朝の挨拶の後私の後ろを確認しては残念そうな顔をしていた。本当は私の心配ではなく大好きなセオがいないから寂しいのだろうなと心の中で思っていた。

 その証拠にリアムの言葉を聞いてランスはいつも小さくため息をつき、目頭を押さえているのを見逃さない私であった。


「チャーリーさん達から、話があるって言われたけど」


 明日から始める工事の建設設計図を確認しながら、リアムに話しかけた。リアムは仕事の手を止めて私の方を見ると自分も聞いていると頷いた。でも内容までは聞いていない様であった。


 そうこうするうちにチャーリーとユリアーナが執務室へとやって来た。使用人も一緒だ。今チャーリー達と一緒にいる使用人は以前屋敷であった年配の使用人ではなく、ビル達と大して変わらない男女二人の人たちであった。

 顔がよく似ている所を見ると兄弟の様であった。年配の使用人達は屋敷の引越し作業が終わったとともに、皆引退したようであった。年齢も年齢だけに仕方なかったのかも知れないが、エイベル夫妻は少し寂しそうであった。息子さんの屋敷には十分に使用人がいる為、解散の形を取ったとの事だった。


「エイベル様、それでお話というのは?」

「はい……この二人の事なのですが」


 私達が後ろに控えている使用人二人に視線を送ると、使用人の二人も話の内容がまさか自分の事だったとは思っていなかった様で、驚きこちらに視線を向けたてきた。何だろう? と思っているような表情だった。


「この二人は双子の兄妹でグレアムとギセラと申します。私共の屋敷で幼いころに引き取り育ててまいりました」


 息子さんが王都に住み始めたころ、スラムにいた彼らを縁があり養い子として引き取ったそうだ、いずれはこの屋敷の跡を継がせてもいいとも思っていたそうだが、買い手のつかない様な古い屋敷を二人に任せては負担になると思い、それは諦めたそうであった。

 

「今年無事に学校を卒業いたしまして、どこに出しても恥ずかしくないように躾けてきたつもりでおります。この子達は私どもと王都に付いて来ようと思っているようですが、まだ若いこの子達を私共の様な老人の使用人として使うには可哀想で……もし出来ましたらこちらのお店で働かせて頂けないかと思ったのです」

「「えっ?」」

「「なっ、旦那様!」」


 私とリアムも驚いたが双子二人は全く想像していなかった事の様で、明らかに動揺し首を横に振っていた。でもチャーリーはニッコリと笑うと彼らを制しリアムの方へと向き合った。


「リアム様、ララ様、いかがでしょうか……」


 リアムは驚いた顔のまま私とランスの方を見るとチャーリーに頷いて見せた。スター商会は人材不足だ、どこにも断る理由などないのであった。


「エイベル様、こちらとしてはとても有難いお話ですが……ただご本人たちの意思がありますから……」


 彼らのチャーリー達と離れたくないという表情を見て、リアムはそう答えた。チャーリーは頷くと双子の方へと向いて話を始めた。


「グレアム、ギセラ、君達が私達夫妻に恩義を感じて一生を捧げようとしてくれている事は知っているよ……だけどね私達夫婦が望むのは君たちの幸せなんだよ……」

「「旦那様……」」

「君たちはまだ若い、これからだ。それをこんな老夫婦の生活に付き合う必要は無い。この店はね、凄い店なんだよ。私も商人の血を引く人間だから分かる、スター商会はすぐに王都に店を持つことになるだろう……」


 リアムもランス達もチャーリーからそんな高い評価を貰って驚いたような顔をしていた。確かに王都に店を構えるのを目標にしているが、それを他人から認められるとは思っていなかった様だ。


「スター商会はレチェンテ国だけではなく世界中の国々からいずれは注目される様な店になるだろう、そんな店に勤めることが出来るなんて、幸運なことは逃がすべきじゃない。リアム様とララ様に出会えた奇跡を大切にして欲しいのだ。分かるね……」

「「旦那様……」」


 双子はチャーリーの君たちに幸せになって貰いたいと言う熱い思いを聞いて、目が潤んでいた。チャーリーが親として養ってきたこの二人が、目標を持ち新しいことに挑戦する姿を見たいのだろうと私は思い胸が熱くなった。

 若い二人には情熱を持って生きて行って欲しいのだろう……


「あー、エイベル様……二人にも少し考える時間を与えてはいかがでしょうか……」

「……そうですね……」


 リアムの言葉にチャーリーがそう答えると、双子の男性の方のグレアムが首を振った。目には熱い物が込み上げているようであった。


「いいえ、ウエルス様、考える時間は必要ありません。私をこちらで働かさせてください」

「ウエルス様、私もです。旦那様が望むのならば私はそれに従います。どうかこちらで働かさせてください」


 二人には先程までの動揺した様子はなく、強い意志が見て取れた。それをチャーリーもユリアーナも自分の事の様に喜び嬉しそうに見ていた。

 リアムはこちらこそ人材不足で助かりますと言って二人を受け入れた。チャーリーは 「本当は自分がもっと若ければ、スター商会で働きたかった」 のだと、その夢をグレアムとギセラに託すのだと伝えると、二人は益々真剣な表情になり、必ず店の役に立って見せますと言って張り切っていたのだった。


 チャーリー達が出ていった後、少しソファで休憩をすることにして、グレアムとギセラをどこに配置するかを話し合った。


「まあ、最初はランスに鍛えてもらうことになるだろうな……」


 リアムの言葉を聞いてランスは最初からそのつもりだったのか笑顔で頷いていた。鍛えがいがありますと言ってなんだか嬉しそうに微笑んでいた。

 成人したばかりの新人が入ったことで、自分の後継者でも出来たような喜びであった。リアムもこれで少し忙しさが改善されるかもしれないと言って笑っていた。


「あの二人もスラム出身なんだね……」


 グレアムとギセラの事をチャーリーがスラムから引き取ったと聞いて、私はルイ達4人の事を思い出していた。確かに彼らが恩を感じて私のそばにずっといると言われるよりは、目標に向かって外へ出てくれる方がずっといい、チャーリーとユリアーナの気持ちが良く分かったのだった。


「まあ、双子という事で未だに忌避する者が居るからな……それに金の無い家だと育てるのは無理だろうしな……」


 言葉は濁しているが捨てられた子供たちなのだろうという、リアムの言いたい事は伝わってきた。だからこそ拾ってくれたチャーリー達に、尚更恩を感じているのかも知れなかった。


「……リアム……ブライス達が私に恩を感じてここから出て行くことを諦めようとしたら、背中を押してあげてくれる?」


 私が言っても彼らは聞かないだろう……だったらスター商会の副会頭であり私の友人であるリアムにお願いするのが一番だと思った。リアムも私の気持ちを察してくれたのか、「任せろ」 といって頷いてくれた。


 その後髪がボサボサになるぐらい頭をわしゃわしゃと撫でられたので、私もお返しに撫で返してあげて二人で大笑いしていると、ランスに細い目で見られてしまったのであった。


 怖い怖い……

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