第五章 受験生と店の発展
第151話 受験の準備と新たな面接
納の月を迎え、セオとルイの受験まで残すところあと二週間を切っていた。
最近は模擬試験なるものをアダルヘルムとマトヴィル監修のもと、二人は連日の様に受けていた。
これは試験当日緊張しないようにとアダルヘルムが考えてくれたものなのだが、実技はともかく筆記試験はセオでも毎回は満点を取ることが難しい様であった。
それでもセオはほぼ満点を取っていて、間違えると言ってもちょっとしたミスで有り、それほど問題では無いのだが、アダルヘルムの記録に追いつくと言う目標があるセオには、許せない事の様だった。
そしてルイだが筆記試験の方は半分の点数が取れればいいという散々な成績であった。本人も合格できるか不安になっていたが、見ている私やリタ、ブライス、アリスまで不安になってしまった。
だがルイは一瞬落ち込んでもすぐに立ち直り、自分の不得意な所を何度も復習して少しづつ成績を上げているのであった。
それにしても王都の騎士学校というのはこれ程高度な勉強をして居るのだなと、テスト問題を見て感心していたところ、アダルヘルムに――
「これは卒業試験の問題なのですよ……入学試験問題ではセオには簡単すぎますから」
と涼し気な笑顔で言われてしまい、セオと特にルイが気の毒になった私なのであった。
その為最近はセオもディープウッズ家に残ることが多く、私はスター商会の外へは絶対に絶対に絶対に(何故か三回言われた)出ない事を約束させられて、店にリタやブライス、アリスと共に向かっているのであった。
リタ達三人を勉強する部屋である図書室へと送り届けると、リアムの居る執務室へと向かった。リアムは相変わらずとっても忙しく働いており、ウエルス邸には店の定休日の時だけ帰っているようであった。
ベルトランドとグラッツア達が寂しがるのではないかと心配をしたのだが、自宅の護衛の為に置いてきているブレイデンとリアナの子弟コンビに使用人皆が夢中の様で、リアムの事はそれ程心配されていないのだと言っていた。
だが私はグラッツア達がリアムの仕事の邪魔にならないように、あえてそう言っているのだろうなと思っていた。皆から愛されているリアムなのであった。
暫くするとローガンが手紙を持って部屋へと入って来た、いつもならアリーかオリーが持ってきそうなものなのに可笑しいなと思っていたら、どうやらウエルス邸に届いた手紙をローガンが取りに行っていたようであった。
リアムは何通かの手紙に目を通すと、一つの手紙を見てピタリと止まった。そしてローガンの顔を見てから小さく頷いたのであった。
「リアム、その手紙何か有ったの?」
私が質問するとリアムは明らかに様子が可笑しくなった。本人は普段通りに振る舞っているつもりのようだが、毎日のように顔を合わせて居ればちょっと笑顔が引きつっているのも分かるのだ。
母親(ララが勝手に思っている)の感をなめて貰っちゃ困るのだ。
「あ、ああ、夜会の案内状だ……まあいつもの事だな」
ハハハッと棒読みの笑いを私の方に向けてきたので、尚更怪しいなと思ったがそれ以上は突っ込んで聞くのは止めた。
リアムが私に話したくないと思う事を無理矢理聞き出してもしょうがないのである、それに手紙はスター商会ではなく、ウエルス邸に届いたものだ、私が口出すべきものでは無いからであった。
リアムが届いた紹介状を見せてくれたのだが、一緒に入っていた別の紙をサッと下の方へと隠していた。私(母親)に見られたくないというお年頃なのだろうが、余りにも隠し方がへたくそで笑ってしまった私なのであった。後ろで仕事をしていたランスが残念な目でリアムの事を見ていたので、思わず吹き出しそうになってしまい、我慢するのが大変だった。
「リアム、夜会に出るの?」
「あ、ああ……ヒッツウエルズ領である大きな夜会だからな、顔繋ぎの為にも行こうと思っている」
「ふーん……珍しいね、夜会に出るなんて」
スター商会は今やブルージェ領で大人気の店になっている為、夜会に出なくても勝手に相手(客)の方からやってくるのだが、リアム的にはその夜会には出たい様であった。
「い、いずれ王都に店を持つなら、繋がりが大切だからな」
引きつった笑顔でそう答えるリアムに私は素敵な笑顔を向けると、いじめるのは止めてあげた。リアムの事だ、いずれ教えてくれるだろう。
リアム達の仕事が一段落したところで、面接の準備の為に一階にある応接室へと向かった。今日は以前裏ギルドに邪魔されたと思われる、面接者のやり直し面接をする日なのであった。
30人いた応募者は5人になってしまったが、他の店に行かずに待っていてくれたと思うと、嬉しい気持ちになるのであった。
準備を整えて面接者を待っていると、早速一人目の人がやってきたようで、アリーが案内をして部屋へまで連れて来てくれた。ルイより明るめの朱色に近いような髪色と、黒い瞳をした男性はリアムと同じくらいの年齢に見えた、そしてアイドルの様な可愛らしい笑顔で私達に挨拶をしたのだった。
「初めまして、サシャと申します。本日は楽しみにしておりました、宜しくお願い致します」
席に座るようにリアムが促すととても素晴らしい身のこなしで座って見せた。たったそれだけの事できちんと教養教育を受けた人なのだなと感心した私であった。
「では、スター商会への志望動機をお聞かせ願えますか?」
サシャは頷くと品のある話し方で喋り出した。
「私はこちらのパンを始めて頂いた時に衝撃を受けました……何と美味しいのかと……元々食に関係する仕事に付きたく以前の店で働いていたのですが……お世辞にも美味しいとは言えませんでした……里帰りでこの街に来た時評判の店があると聞いても始めは半信半疑でした、ですがパンを食べた瞬間これは運命だと思いました」
「……運命ですか……?」
「はい! 運命です! こんな偶然は無いと思いました! ですので従業員募集の話を聞いた瞬間店を辞めこちらの街に戻ってまいりました」
サシャは王都にある大きなレストランのホールスタッフとして働いていたようだ。だが、一年に一度貰える長い休みでブルージェ領に里帰りした時に、友人から進められてこの店にパンを食べに来たようだった。
サシャはスターベアー・ベーカリーの店内のイートインスペースにも驚いたようだが、何よりもそのパンの美味しさに驚き、友人にスター商会の従業員募集が出たら教えて欲しいと頼み込んで王都へと戻ったらしい。
偽の不合格通知が届いた後もスター商会で働くことを諦めることが出来ず、実家の店を手伝いながら次の機会を待っていたそうだ。
「これだけの有名店ですから必ずまた従業員は募集すると思っておりました……まさかあの不合格通知が偽物だとは思いませんでしたが……」
不合格通知が届いた時はショックで寝込んでしまったほどだったらしい、だが、それでも諦めきれず、自分が足りなかった部分を勉強し直そうと思っていたところに、スター商会からの手紙が届き、飛び上がるほど嬉しかったのだと、頬を染めながら話してくれた。
まだ採用になるとは決まっていない事は重々承知しているのだが、それでも自分の熱意を伝えられる場があるだけでも有難いのだと、サシャは話してくれた。
ちらりとリアム達の顔を見ると良い印象だった様で、サシャの言葉に良い笑顔で頷いていたのだった。
これは採用だろうなと思いながら私からもサシャに質問をすることにした。リアムは渋い顔をしていたが、私は聞いてみたい事が有ったのだった。
「サシャさん、スターベアー・ベーカリーで一番好きなパンはどれでしょうか?」
「……い、一番……ですか……」
サシャは今までの質問にはスイスイ答えていたのだが、ここに来て考え込んでしまった。一番を決められないのか歯ぎしりしそうなほど悩むと、やっと答えてくれたのだった。
「どれも……どれも美味しくて悩むところなのですが……バケットでしょうか……旨みが一番ある様な気がします……」
私は答えを聞いてふむふむと頷く、サシャは小さな子がいることには特に疑問は持たなかった様だが、一番にはまだ悩んでいるのか ああ……でも…… とその後も考えているような様子であった。
次にスター商会で働くとしたらどんな仕事が良いかを聞いてみた。
「仕事はどのような内容でも構いません、勿論食に関する仕事に付ければとは思っておりますが、こちらで働かせて頂けるのでしたら、どのような仕事でも覚えるつもりでおります」
サシャは今度はすんなりと答えてくれた、先程までとは別人のようである。
私は魔法鞄からグラタンとドリアを出すとどちらが食べたいかサシャに聞いてみた、リアムはそんな私を見て頭を抱えていたが、サシャは二つの料理を見比べると呻りだしてしまった。
「うー……どちらも……食べてみたいですが……ふぬぅー……強いて言えばこちらでしょうか」
「ドリアですか……どうしてこちらを選んだのですか?」
私の質問に 食べたことが無いからだ とサシャは答えると、喉をごくりと鳴らした、目の前にある料理が食べたいのかハンサムな顔が崩れて緩くなっているのが面白かった。
「サシャさん、この料理を一口ずつ食べてご意見を頂けますか?」
私がサシャにスプーンを渡すと嬉しそうに微笑んで頷き、早速グラタンとドリアを口にした、幸せそうな表情を浮かべてゆっくりと味わい、口の中で楽しんでいるようであった。
「これは……なんと美味しいのでしょうか……他の店にはない旨みがあります……一体何を使えばこうも美味しくなるのでしょう……それにチーズも他店とは味が全く違います……普通の牛乳ではないのでしょうか? 味わったことのない程のコクがありますね……」
「フフフ……サシャさん、貴方を採用させてください」
「えっ? ええっ?!」
サシャは子供が急に採用と言った事に驚くとともに、面接当日に採用が決まると思っていなかったのか、目を見開きリアム達の方へと視線を送っていた。
リアムは苦笑いを浮かべていたが、私が料理を出した時点である程度予想していたのか、それ程驚くことは無かった。
「サシャさん、貴方はきっとマシュー達と気が合います。新しいレストランで働いてください!」
「あ、新しい……レストランですか?」
リアムがサシャにこれからスター商会がレストランを開店させようと思っている事を教えてあげた、そしてそこで従業員として働いてほしい事を伝えると、サシャはキラキラした目になりとても
嬉しそうに頷いていたのだった。
「サシャさんはご実家がこの街でしたらそこから通われますか? それとも寮に入られますか?」
「出来ましたら寮に入らせて頂きたいです。実家は兄が結婚して継いでおりますので」
話を聞いてこれは寮も新しい土地に増やさないといけないなと思った、まだ部屋は空いているがこれからの事を考えると、今のうちに部屋数を増やしておいた方が良いだろう。
ランスがサシャに書類を渡している時に私はそんな事を考えていた。
サシャは明日からでも働きたいと言うので、直ぐに引っ越してきて貰うことになった。寮の案内などはモシェとボビーにでも任せようかなと考えていたら、サシャがリアム達に話しかけた。
出来れば会頭にご挨拶をしたいとのことだったので、私はサシャに近付き挨拶をした。
「サシャさん、会頭のララ・ディープウッズです。これは本当に運命だと思います、どうかよろしくお願い致しますね」
レストランを開店させようと思った時にこうやっていい人材が現れたのは、やはり神様のお陰であり運命だと私は思った。安心させる様にニッコリ笑ってサシャに挨拶をしたのだが、やはりサシェも他の人たち同様にディープウッズの名を聞いて青くなってしまったのだった。
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