第150話 閑話22  ブルージェ領領民の日常

 ブルージェ領内は不況の真っただ中で有った。頼りの領主が急に亡くなり、新しく領主となった息子は以前から出来が悪いと評判で、あっという間に経済がどん底に落ちてしまったと領民達は思っていた。


 その上、裏ギルド達は以前よりも幅を利かせ、手の付けられない状態となり、街の警備隊までもが悪行を行うという、信じられない様な最低の街へと化していたのであった。


 そして不況で金が回らなくなれば庶民はたちまち生活が苦しくなった。この一、二年の間で潰れる店は増え、スラムに落ちる者や、奴隷落ちするものまでが増えて行ったのであった。


 そんな領内状況に領民達は少しでも明るい話題を求めていた。そしてある日、中央地区に有ったお化け屋敷が消えたことで、街は大騒ぎとなったのであった。


「おい、知ってるか、あの有名なお化け屋敷が一夜のうちに消えたらしいぞ」

「ああ! 聞いたぞ、今は大きな結界が張られていて中が見えなくなっているそうだ、一体どうなっているんだ?」


 領民達は突然の出来事に我先にとお化け屋敷が建っていた場所へと押し掛けた。そこで新たな情報を入手するのであった。


「おい、お化け屋敷に新しい店が出来るそうだぞ」

「ああ、今日はスゲー高価な菓子を安く売ってたらしい……」

「明後日は大掛かりな菓子の販売会が有るらしいぞ」

「リアム・ウエルスってやつが代表らしい、詳しい事はウエルス邸に訪ねろって聞いたぞ」


 領民達はワクワクした気持ちが抑えられず、店がどこまで出来ているのかを見に行ったり、ウエルス邸に話を聞きに行ったりと、新しい情報を一早く手に入れようと動き出したのだった。


「今日は裏ギルドの奴らをのしちまったそうだ」

「俺も聞いたぞ、一瞬の出来事だったらしい、あの裏ギルドの強面達が全く歯が立たなかったそうだ」

「今日見たエルフの男性とっても素敵だったわよねー」

「ええ、お二人共王子様の様だったわー」


 我が物顔で悪事を働く裏ギルドの人間には領民達はうんざりしていた。それを一瞬でやっつけてしまった新しい店には益々注目が集まるとともに、街を良くしてくれるのではと期待が高まっていった。


 そしてお菓子販売会当日は、そんな期待を寄せる領民達が新しい店の前に大勢押し掛けることとなったのだ。


「この高級お菓子、”クッキー” って名前なんですって」

「1ブレなんて安いわよねー」

「これ、滅茶苦茶うめえぞ!」

「早く店が開店しねーかな、俺、毎日通うぞ」


 クッキーを手にし、美味しさに驚愕した領民達は、店が出来たら必ず行こうと心に誓った。

 それぐらい販売していたクッキーと言う名のお菓子は、今まで食べたことがない程美味しく、皆一口で魅了されてしまったのであった。


「おい、あのお化け屋敷の店、明日開店だとさ」

「はあ?! この前までお化け屋敷があっただろう?」

「あっという間に建っちまったんだよ」

「私、ウエルス家に問い合わせてみたの、”スター商会” って言うらしいわ」

「私も聞いたわ、パン屋もあるらしいのよ、楽しみねー」


 ブルージェの街は久しぶりに明るい話題で持ちきりになった。

 ブルージェ領民皆が開店を心待ちにしており、売り切れの為この前の販売会でお菓子を購入できなかったものは、誰よりも先に店に行こうと決めて、朝早くから並ぶものが続出するのであった。


 副会頭であるリアム・ウエルスが開店を待ち望んで並ぶ客の前で挨拶を始めた。オレンジ色に輝く髪をなびかせて、堂々と演説を始めた。あの悪名が付いて回るウエルス家の者とは思えない美しい姿に、皆が釘付けとなり、女性達に至っては頬を染めポーっとしているものが多数いたのだった。


「開店!」


 リアム・ウエルスの合図と共にスターベアー・ベーカリーの扉が開かれた。店の中には美味しそうなパンが綺麗に陳列されており、他の店では有り得ない、パンを掴む ”トング” と言う名の道具や、”トレー” と言う名の受け皿が用意されていた。

 入口に立っているリアム・ウエルスが、入ってくる客に挨拶をしながらそれを次々と渡していく、そして店内にいる別の従業員が、パンの取り方やパンの味の説明をし、その上、並んでいるパンの横には一口サイズに切られた味見用のパンが入った小さな籠が置いてあり、そこには試食と書いてあって、パンの味を見てから買う品を選べるようになっていたのだった。


「副会頭さん、この試食ってのは勝手に食べて良いのかい?」

「はい、遠慮なさらずに興味のある物を手に取ってみて下さい。後の方の分はすぐに補充されますので大丈夫ですよ」

「副会頭さん、あそこのテーブルで買ったパンを食べて良いのかい?」

「はい、あちらはイートインスペースとなっておりますので、パンでもお菓子でもご購入いただいた方はお使い頂けます」

「副会頭さん、このお茶も無料なのか?」

「ええ、イートインスペースのお茶と水は無料となっております、当店自慢のお茶を用意しておりますので、味を見て頂けるとこちらとしても有難いです」


 ブルージェでは有り得ない過剰なサービスに皆驚いた。もしかしてウエルス商会のある王都ではこれが当たり前なのか? と話し合ってみたが、王都に行った事が有る者でも、こんな事はあり得ないと言っていた。それに値段も他とは比べものにならない位安く、その上味は一級品だった。

 これは他の店がかすんじまうなと領民達皆が思ったのであった。


 そしてまだ店の中に入れず並んでいる者には、可愛い子供たちが試供品のパンを配ってくれた、その上、小さな ”紙コップ” とやらにお茶を入れてくれて、欲しい人には配っていたのだった。


 こんな店は世界中どこを探しても無いだろう……


 領民達はそう思い、スター商会こそがブルージェ領の活気を取り戻す鍵になるのではと思った、そしてこの店を自分たちも支えて行けたらとそう思うのであった。


 開店から暫くしてもスターベアー・ベーカリーの込み具合は相変わらずだった。昼時になれば行列ができ、イートインスペースは常に満席だった。それでもあの味に惹かれ、どんなに込み合っていても並ぶものは後が絶えなかった。


 そしてスター商会の方だが、スター商会で販売する品を目当てにブルージェ領の商人だけではなく、他領や王都からも商人が訪れ、領全体がスター商会のお陰で潤っていったのであった。


 そんな時、商業ギルドでスター商会が新しく従業員の募集を掛けていると街で噂になった。これはチャンスかもしれないと多くの者がその募集に詰め掛けた、そして第一次審査では30名ほど、面接では誰も合格しなかったのだと話が広がり、スター商会は採用に厳し過ぎるのでは? と噂が流れるようになった。


(スター商会の面接が出来なかったのは裏ギルドのせいらしいぜ、知ってるかーい?)


「お前今なんか言ったか?」

「えっ? お前が裏ギルドのせいって言ったんじゃないのか?」

「えっ? 裏ギルドのせいなのか?」


(裏ギルドのせいだぜ、スター商会は人手を欲しがってるぜ)


 この後、ブルージェの街では所々で緑の妖精が目撃される事となる。なんでもその妖精は毛玉の様にモワモワっとしており、噂話のある所にそっと近づいては良い情報を聞くと、1ブレを置いて行くのだと面白い話が領民の間で広がっていった。

 それもその妖精はディープウッズの森の妖精らしく、幸せを運んでくるのだと言われていく事となり、一目妖精に会いたいブルージェ領の領民は、益々噂話が好きになっていくのであった。



「なあ、知ってるか、今度領主様とスター商会が共同でビール工場を建てるそうだぞ」

「「何だ? そんな話聞いてないぞ!」」

「緑の妖精が出たらしいぞ、この噂は本当だ」

「お、俺、面接受けようかな……」

「俺も……今働いてるところは給料が安くてよー……」


 その後カイスの街に突然白い建物が出来たことで、ビール工場の噂は本当だったのだと領民達は思うのだった。その上、視察に訪れた領主が、噂されていた様なぼんくらではなく、立派な紳士だったと新たな噂が流れるようになった。



――そして、スター商会では――


「ララ様、ジャンに鞄を作って下さったのですか?」


 イライジャは自分の賢獣であるジャンが、先日から黄色い肩掛けの鞄を付けている事に気が付いていた。ジャンに聞いてみると神様から貰ったのだと言ったので、やはりララだったかと自分の推測が正しかったことを確信したのだった。


「イライジャ、そうなのです。外に出かけるジャンには魔法鞄が必要だと思って作ってみました」

「ま、魔法鞄なのですか?」

「そうですよ、中はそこまで広くないですけど、立派な魔法鞄です」


 イライジャは思わぬララの言葉に気を失いそうになった。まさかこんな小さな鞄が魔法鞄と誰が思うだろうか……イライジャはてっきり洋服と同じ装飾品の一部であると思っていたのだ。

 ララがそれ程中は広くないと言うので確認をして見たが、そこらの店で高額で取引をされている、魔道具の魔法袋並みの容量があった。

 それをこれ程小さいサイズで作り、惜しげもなく賢獣に渡してしまうララの行動に、意識が遠のきそうになったのだった。


 まあ、ジャン自身が高価な魔道具なのですが……


「それで……ジャンは鞄に何を入れてるんだ?」

(神様から貰った【お年玉】だぜー、あーるじ)

「はい? おとし……? ララ様、【お年玉】とは何でしょうか?」


 ララはジャンに言って鞄の中からその【お年玉】というものを一つ取り出させた。それは紺色の小さな封筒に星の絵柄が付いており、見たことのない字で【お年玉】と書かれているようであった。


「この中には1ブレが入っているんです」

「は、はあ……」

「ジャンが良い情報だなと思った相手には、これをプレゼントするようにと伝えてあるんですよ」


 イライジャは街で噂になっている ”緑の妖精” が、ジャンの事だとここで初めて気が付いた。そしてそれがララの仕業だったとは……

 そう言えば、ジャンが拾ってくる噂は質の良い物ばかり……

 どう考えても妖精に会いたくて、そこらじゅうで領民達が色々な噂話をしているのだと思うと、頭が痛くなるイライジャなのであった。


「ララ様……この事はリアム様はご存じで?」

「あっ、そういえば言ってませんでしたね」


 ニッコリと微笑むララとその横で笑いをこらえているセオを連れて、イライジャはすぐにリアムの執務室へと向かった。


 本当にこの姫様は……目を離すと何をしでかすか分かりませんね……


 リアムの執務室に着くと、パールがジャンと同じ様な鞄を下げていた、色はジャンの物とは違い、赤い鞄で有った。リアムやランスの様子を見ても、それが魔法鞄だとは気が付いていない様だった。


「おう、ララ、セオ、来たのか……イライジャ、どうした、顔色が悪いぞ?」


 イライジャはジャンの持っている鞄が魔法鞄であり、街で噂になっている妖精がジャンであったことをリアム達に伝えた。

 するとランスはすぐにパールの鞄の中を見て、その中の広さに驚き青い顔になっていったのだった。


「パールは計算が得意ですから鞄の中に計算用の用紙をたくさん入れておきました。パール、好きなだけ使ってね」

(はい、神様ありがとうございます。大切に使わせて頂きます)

 

 パールの鞄の中には見たことのない【計算ノート】と言う物が沢山入っていた。紙は高価な上、この【計算ノート】と言う物は何処にも売っていない物だ、リアムがこめかみを押さえているのがイライジャの目に入った。


「ララ……まさか……ブレイやリアナにもか?」

「勿論、ココも魔法鞄持ってるし、モディも尻尾の先に魔法袋のついたリボン付けてるし、あの子達だけ無いのは可哀想でしょ? だから首輪の部分に小さな魔法袋を付けたの、あの子達は遊ぶのが好きだから、私が作ったおもちゃを沢山入れておいたよ」


 ララは何でもない様にそう言ったが、高価な魔道具である賢獣たちに、また高価な魔道具を付けて、その上その中には沢山の宝物を入れているような物である。リアムが頭を抱えてしまう気持ちが、この部屋にいるララとセオ以外には十分に良く分かったのだった。


 話を聞くうちにイライジャは何だか嫌な予感がして、ララに念の為もう一度質問をして見ることにした。


「ララ様……ちなみにジャンの持っているお年玉の総金額はおいくらでしょうか……」

「えーと……この前儀礼用の剣を売った物をそのままお年玉にしたから……50ロット(日本円にして500万ぐらい)ぐらいかな?」


 ララとセオ以外の皆が ひゅっ と息をのんで言葉を詰まらせたのは、仕方がない事であろう……


 こののち領民の間で、スター商会には神の使いである賢獣が住み着いているのだと噂が広まり、ブルージェ領だけではなくレチェンテ国全体に、そしてアルデバラン全体にまで話は広がっていき、一目賢獣や妖精に会いたいものがスター商会へ訪れるようになっていくのだが、それはまた別の話である――

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