第131話 スラムの子

「なあ……アリスは大丈夫なのか? 死んだりしないよな?」


 赤い髪の男の子が心配そうに私に尋ねてきた。私は安心させるように頷いて見せたが、よく見るとこの子達は皆ガリガリに痩せていて、全員が顔色が悪い様に見えた。きっと満足な食事を取ることも出来なかったのだろうと思うと、如何に自分が恵まれた存在であるのかが良く分かった。


 まずはアリスと呼ばれた小さな女の子に鑑定をかける。


【アリス 女 4歳 水疱瘡 栄養失調】


 やはりここに居ては治る物も治らない事を鑑定をして改めて思った、この場所は病人には相応しくない。次にここに居る全員に癒しと洗浄魔法を掛けた、私も含め保菌者になった可能性があるだろう、屋敷に着いたらまた掛けなければならないだろうが、先ずはこの場で他の人に水疱瘡が広がらないようにしたかったのだ。


 突然魔法を掛けられて自分たちの体が光ったことにセオ以外の皆が驚いた顔になった、本当はポーションもアリスに飲ませたいのだが、まだぐったりしている状態のアリスには飲ませることが出来なかった。


 栄養失調状態がかなり酷すぎる……


 アリスと同い年のピートとドロシーを知っているだけに、体が痩せて手首などが痛々しいほどに細い事がとても悲しかった、ももや二の腕などもとても子供の物とは思えないほどにガリガリになっていて、見るに堪えなかった。


「家へ連れて行きます、皆、準備して」

「えっ? でも……俺達は……」

「みんな家へ連れて行きます! ここに居てはみんなも病気になってしまいます、荷物が大丈夫ならもう出発しますよ」


 セオにアリスを抱えて貰おうと思って頼んだら、赤い髪の男の子が自分がアリスを抱えると言い出した。


「貴方、身体強化は出来る?」

「し? しんたいきょうか?」

「大通りに出ないと馬車は出せないから、そこまではずっとアリスを抱えなければならないの、それが出来る?」


 ニカノールが自分がと言いだしそうな様子だったが、赤い髪の男の子は私の質問に真剣な表情で頷いた。


 私は付け焼刃だが身体強化のかけ方を男の子に教えた。自分の魔力を感じ、体全体をその魔力で覆うのだと教えると、何となくだが男の子は分かったようで、頷くと、アリスを抱えたのだった。


「では急ぎましょう」


 もう辺りは暗くなり始めていたので、急いで大通りまで出ることにした。だが、子供たちの家を出ると、見るからにガラの悪そうな男達が家の前に集まっていた。

 

「へへへ、ここでスゲー魔法使った奴がいるだろう、そいつを出しな」


 先程の私が使った魔法の光に虫のように引き寄せられたのだろう、癒しは高価な魔法と言われるだけあって、早速目に付けた者達が近づいて来たようだった。


 大人数の男たちに囲まれて子供たちは顔色が悪くなり、怯えているように見えた。今までこんな危ない場所で無事でいられたことが不思議になるくらいだ。ニカノールは先程の件でセオの強さを分かっているので、落ち着いた表情で、私とセオの動きを見守っていたのだった。


 この後またいちゃもんを付けられないためにも正当防衛にしたいため、私が前に出るとセオに目配せをした、そしてにっこりと笑って自分が魔法を使ったのだと自己紹介をして見せた。


「こんばんはおじさま方、先程の魔法は私が使いました。でも捕まえるのは無理だと思いますわ」


 私を見ると、男たちはニヤニヤと笑い出した。子供と、大人でも如何にも弱そうなニカノールしかいないのだから、それも当然であろう。彼らにしたら簡単に手に入る高級品が目の前にある様な物なのである、それも仕方がないと思った。


「へへへ、このガキは高く売れるぞ、顔にケガをさせないように捕まえろよ」

「「へいっ!」」


 武器を持った十数人の男達が、この狭い路地で私に襲い掛かろうとしてきた、残念ながら彼らの体型ではいっぺんには襲い掛かってこれず、路地に合わせて二人ずつで私を捕まえようとしてきたのだ。


 セオ相手にわざわざ少ない人数にして襲い掛かるなんて、お馬鹿さんだよね……


 私がそんな事を考えている間に、セオはあっと言う間に男たちを倒してしまった。たとえ武器を持っていたとしても、セオからしたら赤子の手をひねる程度の物だった様だ。人を見かけで判断するとろくなことにならないのは、これで彼らも分かった事だろう。


 セオが複数の大人の男性をあっと言う間に倒してしまったので、子供たちはとても驚いていた。特に赤い髪の男の子は スゲー! と言って目を輝かせていたのだった。


「この人達は放っておいていいよね、自業自得だし。さあ行きましょう、遅くなちゃった……」


 私が前に出てセオが後ろで子供たちを間に挟み、しんがりにはニカノールが付いてくれた。また襲われるかと警戒していたが、その後は特に問題なく進むことが出来、大通りまで何とか順調に到着したのだった。


 大通りに出てすぐにかぼちゃの馬車を出した、今回は人の目など気にせず堂々と道端で魔力を使い大きくする、御者であるスノーとウインも動ける状態にすると、ニカノールを含め、皆が啞然となって私達の作業を見ていた、だがアリスの事が有るので気にせず行動させてもらう。

 道行く人も余りの出来事に立ち止まって見ていたが、私は気にすることなく子供たちを馬車へと乗り込ませた。


「ニカも乗って」

「えっ……でも、あたしは……」


 遠慮しているニカノールをグイっと馬車へと押し込んだ、最後に私とセオも乗り込むと出発だ。


 馬車の中では皆が目を輝かせて馬車の中に見入っていた、もしかしたら馬車に乗ること自体初めてだったのかもしれない、座席を触ったり窓の外を眺めてみたりと、興味津々な様子であった。


 スノーとウインに急ぐようにと伝えてあったので、行よりも随分早くスター商会へと戻ることが出来た。


 スター商会の門をくぐると、ニカノールが慌てたような声を出した。


「ちょっ、ちょっとララちゃん、ここスター商会じゃないの?!」

「えっ? そうだよ? 店に連れて行くって言ったよね?」


 分かり切った事だと思っていたのに、ニカノールが不思議な事を言うので、私は首を傾げてしまった。だがニカノールは首が飛んでいきそうなほどに左右に振った後、私に返事を返した。


「き、き、聞いてないわよ、ララちゃん……お家にご招待って言っていたじゃない!」


 そうだったかな? と考えてみたが、やはり私の中ではニカノールのことは 店に連れてきたい という思いが大前提だったような気がした。

 家でも店でもさほど変わらないだろうと自分で納得すると、ニカノールの顔を見て頷いて見せた。


「ここは私の家も同然だから、問題無いの」

「ええっ?!」

「私スター商会の会頭なの、だからお客様として堂々としていたら大丈夫だからね」


 ニカノールを安心させるように笑顔で伝えたのだが、会頭…… と小さく呟くとニカノールは青くなってしまった。子供達も私とニカノールの会話を聞いていたようで、驚いた表情を浮かべたあと、青くなってしまった。


 馬車を玄関先に止めると、リアム達が慌てて飛び出してきた。どうしたのだろうと思ったが、後ろにアダルヘルムとマトヴィルがいたことで、そう言えば何も言わずに店を出て来たことを思い出した。

 散歩の予定だったのだが、随分時間が経ってしまったことに気が付き、心配させてしまったなぁ……と反省したのだった。


 怒られるのを覚悟して私が馬車から降りると、案の定リアムは凄い形相で私に近づいて来た。


「ララ! お前は! 俺たちがどれだけ――」


 リアムはそこまで言いかけると、後からセオ以外の人間が降りて来たことに驚いて見せた、降りてきたニカノール以外の子供たちがボロボロの服を着て、その上とてもやせ細っている事にまた驚き、そして最後に降りてきたアリスがぐったりとしているのを見ると、グッとお叱りの言葉を飲み込んだのだった。


 アダムヘルムやマトヴィルは何かを察してくれたのだろう、すぐに赤い髪の男の子に近づくとアリスを受け取ってくれた、赤い髪の男の子はアリスを離すと力尽きたようにへなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。

 初めての身体強化でここまでアリスを運んできたのだから、そうなってしまってもしょうがない事である、意識はある様だが魔力はかなり減っているようであった。


 マトヴィルが赤い髪の男の子をおんぶしてあげて、スター商会の中へと皆で入った、入口付近には商品がショーケースに入って並べられている為、連れてきた皆が眩しい物でも見るような様子で目を奪われていた。


「リアム……ごめんなさい……明日詳しく説明します……」


 リアムは頷くと早く行けという様に手を降ってきた、私は笑顔で頷くとアダルヘルム達の後を追ったのだった。


 スター商会の廊下を足早で歩きながら転移部屋へと向かっていると、ニカノールが小さな声で話しかけて来た。


「ねぇ、ねぇ、ララちゃん……私達どこへ向かっているの……? それにあの前を歩く素敵な人たちは誰なの?」

「今は転移部屋に向かっているの」

「てっ、転移?」

「そう、私の家に早く戻る手段なの」

「そ……そうなのね……」


 ニカノールは固い表情だったが、何とか話に納得して返事をしてくれたので、私はそのまま話を続けた。


「これから行くのはディープウッズ家、私はディープウッズの娘なの、それで前を歩いているのは、私の家族のアダルヘルムとマトヴィルなの」

「ディッ!」


 ニカノールはそう一言声を発すると口元を押さえて立ち止まってしまった、なので遅れないように私はニカノールの肘を引っ張って歩かせた、少しヨレヨレしていたが、何とかニカノールは歩いて付いてきたのだった。


 転移部屋に入ると子供たちにペンダントを渡した、転移をするために必要な魔道具だ。アリスはアダルヘルムが抱えたままで、意識が無くても転移出来るように、念の為私がアリスのぶらんと垂れた細い手を握り、皆で素早く転移をしたのだった。


 ディープウッズ家の転移部屋の前ではオルガとアリナが待っていてくれた、リアムが通信魔道具で連絡を入れていてくれた様だった。

 すぐに客間へと皆で向う、廊下を歩きながら、皆が窓から見える屋敷の様子に驚いていた。


「ララちゃん……ここはお城よね……お家とは呼べないと思うんだけど……」


 ニカノールはキョロキョロしながら青い顔で話しかけて来た、私はリアムも最初同じようなことを言っていたなと懐かしく感じながら、ニカノールに頷いて見せた。


 客間へと着くと部屋ではお母様が待っていてくれた、傍には先日渡したドワーフ人形のクックとトートも一緒にいた。


「ララ、お帰りなさい、さあその子を診ましょうね」


 お母様がそう言って微笑むと子供たちは真っ赤な顔になり、ニカノールに至っては うっ…… と言って胸を押さえたまま固まってしまったのだった。

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