第132話 ドレス選び

「ララ、とても丁寧な癒しが掛けられたようね……」


 アリスの診察を終えると、お母様がニッコリと微笑みながら私の魔法を褒めてくれた、アリスの病気自体は私の癒しでほぼ改善されたようだった。

 問題はこれだけやせ細った栄養失調状態である、こればかりは少しずつ栄養を取っていくしかない、勿論ポーションを使う予定でいるが、体力のない体には劇薬になってしまう為、ロゼッタの時と同様に薄めて点滴をすることとなった。


 点滴の準備を始めて針を出すと連れてきた皆が青い顔になった、体に針を刺すという行為が怖い様だ。勿論どのように治療をするのか説明をしたのだが、それでもアリスの細い腕に針を刺すときは、ニカノールも含め皆が視線をそらしていた。


「これでアリスは大丈夫ですよ、後は美味しいご飯をたくさん食べればすぐに元気になるからね」


 私の言葉を聞いて子供達はやっと安心できたのか、ホッとした表情を浮かべていた、ニカノールもだ。

 点滴を始めたことでアリスの顔色も少しずつ赤みをさしてきて、呼吸も寝息に変わった、これで一安心である。


 そういえばアリス以外の子供たちの名前を聞いていなかった事を今頃気が付いた、色々あってバタついていたのでそんな時間も無かったのだ。


「あの、皆の名前を聞いてもいいかしら?」


 私が問いかけると、子供たちも名乗ることを忘れていたことを思いだしたのだろう、赤い髪の男の子がハッとすると頷いて見せた。


「俺はルイだ、あの、アリスを助けてくれてありがとう……ご、ございます」


 ルイと名乗った赤い髪の男の子は礼を述べると頭を下げた。この子が一番背が高いので年齢も上でリーダーのようだった、セオと同じぐらいだと思うが、子供が小さな子を守るのは大変だっただろうと胸が痛んだ。


「あたしは、リタよ……」


 ちょっと気の強そうなラベンダー色の髪の女の子は、名前を名乗るとそっぽを向いた、少し恥ずかしそうにしていて、頬も赤かった。


「ぼ、僕はブライスです。よろしくお願いします」


 黄色い髪の男の子は名乗ると頭を下げた、緊張しているのか少し手が震えているようだった、リタとブライスの二人はゼンと同じぐらいに見えた、小さな子が4人であの家にいたかと思うと、凄く大変で不安だっただろうと思い、そんな辛い思いをする子がいなくなればいいのにと思った。


「私はララ・ディープウッズ、それとセオ、今この部屋に居るのは私の大切な家族です。皆宜しくね」


 子供達はディープウッズの名を聞いて顔を見合わせた後、皆で揃って頭を下げた、お母様を始め私の家族皆が子供たちの様子を見て何かを察してくれたのだろう、優しい微笑みを浮かべていたのだった


「あ、あの……あたし……じゃない私も自己紹介させてください、今日ララちゃん……ララ様と街出会いました、ニカノールといいます。よろしくお願いいたします」


 ニカノールはディープウッズに来たことでとても緊張しているようで、美しい顔がこわばっていた、私はそんなニカノールに近づくと手を握って家族の皆に紹介をした。


「お母様、みんな、ニカノールとは今日お友達になったの、とっても優しくて素敵な人なのよ」

「まぁ、ララ、街でお友達を作ってくるなんて、リアム殿の時みたいですわね」


 お母様がそう言って フフフ…… と微笑むとニカノールも子供達も真っ赤になってしまった、やはりお母様の微笑みは衝撃が強い様だ。


 皆の自己紹介の後、私は今日の経緯を家族に話した。散歩に出かけた話、それからスラムをのぞいたら襲われそうになった話、その後ニカノールが助けに入ってくれた話などをすると、マトヴィルとお母様は面白そうに笑っていたが、オルガとアリナそしてアダルヘルムは困ったようにため息をついていた。


 そして次に子供たちと会った経緯も話した、アリスが病気で助けを求めていたのに、薬師ギルドの人はルイを突き飛ばしたのだと話すと、お母様は微笑んではいたが明らかに怒っているのが魔力の動きで分かった。


「本当に……薬師ギルドというのは、昔から変わらないのですわね……」


 お母様はどうやら昔薬師ギルドと何か有ったようだ、だからお母様の薬があまりこの世界に広がっていないのかもしれない、何よりもこの話をした時のアダルヘルムの氷の微笑がとても怖かったので、きっと ”愚かな輩” が居たのだろうなと、想像して寒気がした。アダルヘルムを怒らせるなんて命知らずも良いところである。


 アリスが落ち着いたこともあり、お母様達は皆に挨拶をすると部屋から出て行った、アリスのお世話はアリナとドワーフ人形のルミとアイスが見て居てくれる事になったので、私はニカノールと子供達を休ませることにした。


「アリスの点滴は少し時間が掛かるから、その間に皆は湯浴みをして、着替えと食事をしましょうか」


 アリスの事はアリナ達に任せて、とにかくまずは子供達に湯浴みをさせようと思った。ここに来るまでに洗浄魔法は掛けたのだが、たぶんずっと同じ服を毎日着ていたのだろう、所々服は破れており、勿論針と糸も無かったのだろう、補修などはせず、何枚かの服を重ね着している状態だった。


 セオにはルイとブライスをお願いして湯浴みを一緒にしてもらうことにした、勿論新しい洋服の事もお願いしておく、それからリタとニカノールは私の部屋へと一緒に向かった。

 ニカノールの事はスノーにお願いして客間に後で案内してもらう予定だが、取りあえずは私の部屋へと来てもらったのだった。


「リタは何色が好きなの?」

「えっ?」


 私の部屋のウオークインクローゼットを開けて、リタに似合いそうな洋服を選ぶことにした。ここにはオルガが作ってくれた少し大きめのサイズの服もあるので、私より背が高いリタにも合うサイズはあるだろう。


「きゃー! 凄い! 綺麗なドレスばかりじゃないの!」


 クローゼットの中に入るとニカノールが頬を真っ赤に染めて興奮した顔になった、色々なドレスに触りその肌触りを確かめて居る様だった。


「どれも一級品の品ね……」


 ニカノールは ほう…… とため息をつきながら、ドレスを持って自分にあてていた、そんな可愛い様子のニカノールを見て、後で似合う服を用意してあげようと心に誓った。きっとニカノールならどんな服でも着こなしてしまうだろう。

 リタは先程までの勝気な様子とは違い、ドレスを前にしり込みをしているようだった、どうしたのかなと首を傾げると、悲しそうな表情を浮かべていたのだった。


「リタどうしたの? 気に入った洋服が無かったの?」


 私の問いにリタはフルフルと首を振った、初めて会った時の威勢のよさが全く無い、ニカノールもリタの様子に気が付いて手に持っていたドレスを置くと、心配そうに私達の方へと近づいて来た。


「あ、そうか……私のドレスだから嫌なのかな? ごめんね、明日には作ってあげられると思うから今日だけは我慢してね」

「えっ? 私にドレスを作ってくれるの?」

「えっ? ララちゃんドレスを作れるの?」


 リタとニカノールの声が揃った、私は二人に質問に頷いたが思わず笑いがこぼれた、二人も揃った事がおかしかったのか顔を見合わせて笑い出したのだった。


「あの……私……あんまり綺麗じゃないけど……似合うドレスがある?」


 もじもじしているリタを見て今度は私とニカノールが顔を見合わせてしまった、今までスラムでお風呂にも入らず服も毎日同じものを着ていたため、きっと汚いとか心無い人に言われてしまったのだろう。こんなに可愛いのに自分に自信が無くなってしまった様だ、私はリタに近付くとカサカサにひび割れている小さな手を握った。


「リタ、リタはとっても可愛いよ」

「えっ?」

「そうよ、あたしもそう思うわ!」


 ニカノールと私の言葉を聞いても、リタは信じられない様だった。


「で、でも髪も変な色だもの……」


 ラベンダー色の可愛らしい髪をしているのだが、お風呂に入っていないので確かに少し痛んでいる、だが決して変な色などではない、こんな幼い子の乙女心を傷つけた人間を探し出してパンチしたくなってしまった。


「よし! じゃあ、ドレスはニカに選んでもらおう!」

「ええっ! 責任重大じゃないの!」

「それで、その間に私とリタはお風呂に入って来よう」

「おふろ?」


 お風呂も知らないリタがとても可愛そうになってしまったが、同情してはリタをかえって傷つけてしまう為、私はただニッコリと笑うだけに留めた、そして――


「私がリタをピッカピカに磨いて、リタが本当はどれぐらい可愛いのか見せてあげるね!」


 ドレスの事はニカノールにお願いして、私はポカンと呆けているリタを連れてバスルームへと向かった、ニカノールは気合を入れてリタに似合うドレスを選ぶと言って張り切っていた、綺麗なものがやっぱり大好きなようだった。


 風呂場ではリタを頭から指の先まで磨き上げてあげた、リタはシャワーや石鹼、そしてシャンプーやリンスなど風呂場にある物全てに驚いていた、私にされるがままに大人しくしていて、やはり小さくても綺麗になれるという事が嬉しい様であった。


 その後はバスローブのままで部屋に行き、ニカノールの選んだドレスを見せてもらった、ニカノールはラベンダー色の髪に合うようにと紺と白色を使った可愛いドレスを選んでいた。私がそれを着替えさせてあげて、それからツインテールに髪を結び、ドレスと同じ色のリボンを付けてあげた。

 鏡に映った自分を見たときのリタは、とっても可愛らしかった。


「こ、これが私なの……?」


 リタは信じられないといった表情を浮かべた後、頬を染め可愛くはにかんで見せた。


「あ、あの……ララ……ニカ……ありがとう……」


 真っ赤になったリタを見て私とニカは思わず抱き着いてしまった、リタの可愛い仕草にときめいてしまったのだ。

 その後服に合う靴も出してあげると、またリタは可愛い顔を見せてくれた、私は心の中で 女の子の万歳! と思わず叫んでいたのだった。


 三人でそんな事をしていると、セオと一緒にルイとブライス、そしてその後ろに食事を乗せた台車を押してウインが入ってきた。

 いつもの夕飯時間もだいぶ過ぎていたために、早速私の部屋で皆と食事を取ることにした。

 

 食事の準備を手伝っていると、ルイとブライスの驚いた声が聞こえて来た。


「リタ? リタだよね?」

「リタなのか? 別人みたいだ?」


 私が可愛く仕上げたリタに二人は驚いているようで、リタの上々な仕上がりに思わず私がにやけていると、セオがそれをランスのように目を細めてみてきた。


「やっぱり変……?」


 リタが自信なさげにそう答えると、ルイとブライスは勢い良く首を横に振った。


「「すっごい可愛い! お姫様みたいだ!」」


 ルイとブライスにそう言われ、顔を赤くしながら小さく ありがとう…… と言ったリタを、心底可愛いと思った私なのであった。女の子最高!

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