第130話 カイスの街で
「あたしの名前はニカノール、ニカって呼んで頂戴、貴方達のお名前は?」
「ララです」
「セオです」
「フフフ、そう、良いお名前ね、それに貴方達はとってもいい子ね」
ニカノールは嬉しそうな表情を浮かべると、私とセオの頭を優しく撫でた。何だかお母様の様な触り方にちょっと照れてしまった。
ふと私達を撫でたニカノールの手が目に入った、爪や手の先までも綺麗にケアしている、顔もそうだが、ニカノールはとても美容に気を付けているのが分かる。
元々の素材の良い美男子さもあるとは思うが、ニカノールの美しさは普段からの努力の成果であると私は感心したのだった。
「ニカさんはすっごく綺麗ですけど、化粧品とかには気を使っているんですか?」
「あらぁー! 分かるのー?! ララちゃんてば子供なのに凄いわねー!」
「肌が凄く綺麗だし、指先までも綺麗にしてるでしょう、今まで会ったどんな人よりも綺麗だと思う」
「きゃあ、もう、やだぁ、ララちゃんてば褒め過ぎよー!」
褒められて恥ずかしかったのか、私の背中をドーンとニカノールは叩いてきた。思わぬ不意打ちに吹っ飛びそうになってしまった、どんなにニカノールが女性らしくしてても力は男性並みのようだ、セオが私の体を抑えながら苦笑いを浮かべていた。
「スター商会って知ってる?」
自分の店の名前が出て思わず注文したお茶をリアムのように吹き出しそうになってしまい、口に含んでいたお茶を無理矢理飲み込むとごくりと喉がなった、ニカノールには聴こえていなかった様でホッとした。
「し、知ってます……でも何でですか?」
「あの店の商品がこの街のグラジュスって店でだけ手に入るんだけどね、それがとっても良いのよ!」
「そうなのですか?! えっ? 因みにどの名前の化粧品ですか?」
「あら、ララちゃんてば、化粧品に興味があるのね、流石女の子ね、うふふ、良いわよ教えてあげるわね」
そこからニカノールと私の化粧品談議が始まった。基礎化粧品はどれが良いか、使い方は、ファンデーションは、口紅はと二人で盛り上がり、気が付けばお茶を三杯もお代わりしていた。
ただ側で話を聞いていたセオには苦痛のようだったらしく、振り向いたら瞑想にふけっていたので、申し訳ない気持ちになってしまったのだった。
まだ全然話足りないのだが、辺りが夕暮れ時を迎えてきたために、そろそろお開きにしようという事になり、店の外へと出た。
そこで私はすっかり打ち解けたニカノールにスター商会へ遊びに来ないかと、誘ってみることにした。
「ねえ、ニカ、お仕事がお休みの日に遊びに来ない?」
「あら? ララちゃんのお家に誘ってくれてるの? でもダメよ、あたしみたいなのをお家に上げたら……」
「えっ? 何で?」
ニカノールは少し影を落としたような表情で微笑むと、首を横に振った。
「あたしたちみたいな人間は嫌われてるのよ……そんな奴がララちゃんみたいないい子の家に言ったりしたら、迷惑を掛けちゃうのよ……だからね、今日だけのお付き合いにしましょ」
そう言って離れて行こうとするニカノールの長い腕を私は思わず掴んだ、こんなに優しい人を迷惑などと思う人間が居るのならば、その人の方がおかしいのだ。
男は男らしくなどそんな必要は無い、自分の人生を悔いのないように楽しんで生きなければ勿体ない、前世でずっと我慢して、自分のやりたい事も、夢も見つけることが出来なかった私は、強くそう思った。
「ニカはもう私の友達だもの、今日だけなんて絶対に嫌だ」
「……ララちゃん……」
「それにね、私の家族はニカの事を絶対に嫌ったりなんてしないから、安心して!」
ニカノールは目を潤ませると私の手をぎゅっと握ってきた、綺麗ですべすべのニカノールの手を見て、こんな時だが思わずウットリとしてしまった。
そしてニカノールを店に呼ぶために仕事の予定を尋ねてみると、今は失業中との事らしく、勤めていた店が不況の煽りで閉店となってしまい、現在は貯金を切り崩して生活しているとの事であった。
なので、呼んでもらえるならいつでも良いと言って貰えたのであった。
「えっ? そうなの? じゃあ、今日は?」
「えっ? きょ、今日?」
「うん! ニカこのまま私達と一緒に行こうよ」
後ろで話を聞いていたセオが急に私の肩を掴んできた、どうやら リアムに連絡を入れなさい という事らしい、笑顔なのに何故かセオの顔がちょっと怖かった。アダルヘルムみたいだ。
私は魔法鞄からすぐに通信魔道具を取りだそうとしたが、そこでもセオに止められてしまった。こんな人が行きかう往来で、見たことのない魔道具を出すなという事らしい。
しょうがなく速達の紙飛行機にでも書いて連絡しようかなと考えていたところで、子供の大きな声が聞こえてきた。
「なあ、頼むよ、あんた薬師ギルドの人だろ、ちょっとでいいんだ、妹を見てくれないか?」
声のする方を見て見るとセオぐらい身長の赤い髪の男の子が、男性の肘にしがみついて、懇願している様子が目に入った。
男の子の後ろには他に二人子供が一緒にいて、その男性を引き留めようと三人で取り囲んでいるように見えた。
「なあ、頼むよ、ちょっと診てくれたらそれで良いからさ、金は必ず払うからさ」
「「お願いします!」」
後ろの2人も声をそろえて頼んでいるが、その男性は見るからに迷惑そうな表情を浮かべていた。道行く人に注目されていることも、その顔の原因になっているようだった。
「離せ! 俺は暇じゃないんだ、一々病人の面倒なんて診てられるか!」
男性は何とかしがみつく子を引き離そうと腕を振っているが、その子は絶対に離れないぞという表情で、男性の腕に何とかしがみついていた。
「なあ、頼むよ、あんたの居るところに妹を連れて行っても良いからさ、診てくれないか?」
「フンッ! お前たちスラムのガキだろ、そんな汚いなりで俺の家に来られても、こっちが困る」
「だったら――」
「第一本当にお前らに金が払えるのか? 診てやってからやっぱり金は有りませんじゃ、この世の中通用しないんだぞ!」
男性は子供たちにそう言うと、捕まっていた男の子を足蹴にして引き離した、男の子は蹴られた勢いで、出店の棚にぶつかり倒れてしまった。それを見ていたニカノールが、その男に詰め寄った。
「てめぇ! 子供に何してんだよ!」
初めて聞くニカノールのドスの効いた男声にビックリはしたが、セオと一緒に蹴とばされた男の子の所へと向かう、どうやら勢いがあっただけで何処もけがはしていない様だ、一緒にいた子供達二人もホッとした表情を浮かべていた。
「な、な、何だよ! あんたには関係ないだろ」
「関係ないけど、子供にあんな無体を働いている所を見て、黙っていられるわけないでしょ!」
「な、何だお前はオカマか? 気持ち悪いな! だったらお前があいつらを診てやればいいだろ!」
そう言い残すと男性はニカノールの手を振り払い、サッサと走って逃げてしまった。ニカノールの怒りは収まらなかったのか、わなわなと震えて顔に怒りが滲み出ていた。
野次馬のように集まってきていた人々も、男性が逃げて行くと、興味を失ったのか逃げるように離れていった。自分達にまとわりつかれても困るとでも思ったのかもしれない。
「大丈夫?」
倒れていた赤い髪の男の子にハンカチを差し出したが、プイっと横を向かれてしまった、同情はされたく無い様だ。
「ちょっと、あんた邪魔をしないでよ!」
一緒にいた子供の中の女の子方が私の方を睨むと、ずいっと身を出して私と赤い髪の男の子の間に入ってきた。女の子はラベンダー色の可愛いらしい髪色をしていて、少し気が強そうな様子だ。スラムの子という事もあって、あえてそう装っているのかもしれない。
もう一人の子供は男の子で黄色の髪をして少し頬にはそばかすがあった、おどおどして、どうしていいか分からない様子だった。
「ねぇ、私に話を聞かせてくれないかしら、何か力になれるかもしれないわ」
私がそう言うと赤い髪の男の子はすがるような表情で私を見てきたが、ラベンダー色の髪を持つ女の子はそれが気に入らなかった様で、ムッとした表情を浮かべると口を開いた。
「ちょっと、あんたみたいな小さな子に何かできるわけないでしょ! あっちに行って頂戴!」
女の子は二人の男の子の手を引っ張ると、私達から離れようと歩き出した、だがそれをニカノールが手を広げて止めた。
「お嬢ちゃん、困ってるんでしょ、こういう時は意地になったらダメよ」
ニカノールに優しく諭されると、女の子は少し顔が赤くなり下を向いてしまった、そんな女の子の頭をニカノールは優しく撫でると小さな声で三人に話しかけた。
「そこにいるララちゃんはね、小さいけど凄い魔法使いなのよ」
三人がそれを聞いて一斉に私の事を見てきた、ちょっと視線が痛い。
「なんと、ララは癒しが使えるのよ」
「「「えっ?!」」」
赤い髪の男の子がごくりと喉を鳴らすと、勢い良く私に頭を下げてきた。
「頼む! 俺の妹を助けてくれないか!」
男の子を起こして詳しく話を聞いてみると、3日前から妹さんの熱が下がらず、ぐったりしているとの事であった。
それも体中に発疹が出て居る様で、どうしていいのか分からなくなり、先程の薬師ギルドに勤めている男性に声を掛けたのだそうだった。
彼らはスラムに子供たち4人だけで住んでいるそうで、出店の手伝いなどして、少しの賃金を貰い何とか暮らしているとの事だった。
この前までは彼らが ”おじさん” と呼んでいる、手助けしてくれる人がいたらしいのだが、急に来なくなってしまったそうだった。
「警備隊の奴が気に入らない人間がいると、いちゃもん付けてしょっ引いてくんだよ……」
赤い髪の男の子が苦い顔でそう言って教えてくれた。その ”おじさん” と呼ばれる人が本当に捕まったかは分からないが、可能性は高い様だった。
ニカノールも同じ様な経験があるのか、話を聞いて曇った顔で頷いていたのだった。
急ぎ足で先程の気持ち悪い男の人たちを、セオが倒した辺りまで戻ってくると、流石にあの人たちの姿は見えなかった。
だが、夕暮れ時なだけあって、如何にもガラの悪そうな人たちが歩いていたり、男性を呼び込もうとしている娼婦らしき人たちが道端に立っているのが目に入った。
こんな危険な場所で、子供だけで生活していたのかと思うと、胸が苦しくなってしまった。
「こっちだ」
赤い髪の男の子が案内してくれたのは、狭い路地の間に薄い板で屋根を作った、とても家とは呼べる様では無い場所であった。
壁はその路地脇に立つ店の物であり、入口はボロボロの布でただ覆っているだけだった、これがスラムに住む子供たちの当たり前なのだと思うと、涙が出そうになってしまった。
グッと涙をこらえ、小さな家の中に入ると、私より幼い女の子がベットとは呼べない様な布の上で寝かされていた。
顔色は悪くランプのない部屋の中でも青白くなっているのが分かった、熱は高いはずなのに、汗をかかず元気もない。そして体中には確かに発疹が出ており、息も苦しそうな様子であった。
体調が悪い以前の問題で、まず衛生的にこのスラムという場所が病人にはふさわしくない場所であった、匂いだけでなく、ネズミが居たり、虫が湧いていたりと、空気が濁っているように感じた。
そしてこの家と呼べない部屋は、隙間風があり、日も当たらないじめじめとした場所にあり、これでは元気な人間でも病気になってしまうだろうと、私は思ったのだった。
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