第127話 ノエミと屋敷購入の手続
気を失ってしまったノエミには皆驚いていたようだったが、マルコが認める研究者として能力と、貴族の子爵家の娘としての情報力をリアム達も認めて、無事にスター商会で雇うことになった。
ただし、子供たちには出来るだけ近づけない事と、ビルとカイがマルコの事も含めて面倒を見ると言う条件付きで有った。
マルコはノエミの注意が自分からノアに動いたことで、一緒に働く事への嫌悪感は無くなった様だった。
元々ノエミの研究者として能力は認めていたので、自分に害が無ければ一緒に研究を行う相手として、不満は無い様であった。
問題はビルとカイが二人の面倒を見ることを嫌がるのではないかという事だったのだが、この兄弟の懐は深いのか、マルコの事もノエミの事も特に嫌がることはまったく無かった。
「二人共殴ってくるわけじゃないですからね、それにあれぐらいの我儘は可愛いもんですよ」
そう言って笑い合うビルとカイを見て、精神年齢はマルコとノエミよりこの兄弟の方がかなり上だなと感じたのだった。
そして、ノエミにはノアに夢中になっている所に申し訳ないのだが、私が本当はララという女の子なのだという事を伝えることにした。
この事でやはり勤めたくないと言われる可能性も有ったのだが、いつまでもララの存在を隠すのは無理があるし、後で騙されたと騒がれるのも嫌だったので話す決意をしたのだった。
意を決してノエミにララ・ディープウッズだと変身を解除して名乗ったのだが、そこまで思い悩む必要も無かったようだった。
「で、では……ララ様がノア様でいらっしゃるのですね!」
「はい……ララ・ディープウッズといいます。こんな私ではダメですか?」
ノアの姿で首を傾げながらノエミを見つめると、目を潤ませ、わなわなと震え出した。頬は赤く染まり、神に祈るような形で手を組んでいる。
「これは……これは……奇跡ですわ! ララ様に出会えたことに感謝いたします!」
ノエミはそう言って私に抱き着くと、頬ずりを始めた。
「私! ララ様とノア様から一生離れませんわ!」
抱き着いてきたノエミの事をいい子いい子しながら、取りあえず落ち着かせると、うっとりした目で私を見ていたので、ララがノアでもノエミには大丈夫な事が分かってホッとした私であった。
ノエミは男性らしい男の人が苦手な様なので、一生本当の男になることのない私の事は望み通りの様らしい。なので心配していた雇用問題も簡単に解決したのであった。
ノエミを寮に案内したり、スター商会内もノアの姿のままで私が案内をした。子爵家の娘であるノエミには物足りない作りでは無いかと思ったのだが、設備が素晴らしいと言って目を輝かせて見ていたのでこれも問題は無かったようだった。
そしてここでふと貴族の娘なのに護衛も側付きのメイドもノエミが連れて来ていないことに疑問を持った。普通は貴族の子となればタルコットの様にイタロやピエトロの様な立場の人間を傍に置いておくものだ。
メイナードに関してはブライアンの思惑で側付きが居なかったのだが、それは問題外だ。
私に至ってもセオやアリナがいるので、ノエミに護衛が付いていないことを不思議に思った。
「ノエミには護衛や側付きのメイドはいないのですか?」
私と手をつなぎながら歩いているノエミが急にピタリと停止してしまった。だが、貴族の娘らしい笑顔は顔に張り付いたままだった。
「……護衛は、置いてまいりました……」
「置いて?」
「はい。それから側付きのメイドは私が薬師ギルドに入る際に、丁度結婚いたしましたので、それからは指定のメイドは雇っていませんでしたの……」
「そ……そうなのですね……では、ここでメイドを付けなくても大丈夫ですか?」
「はい。自分の事は自分で出来ますので問題ありません。ノア様、お気遣い有難うございます」
置いてきたという護衛の事が少し気になったが、ノエミはそれ以上話そうとする様子は見られなかったので、少し恐怖を感じてそのままにしておいたのだった。触らぬ神に祟りなしである。
その後は皆にもノエミの事を紹介して回り、私のノアとしての仕事は終わったのだった。
翌日の火の日、燐家に屋敷購入のための手続きをしに伺うことになっていたので、私も会頭としてリアム達と一緒に行くことにした。
リアム達にはララが来る必要は無いと言われたのだが、やはり会頭としてこれまでの事をきちんと挨拶をしなければと思ったので、大人しくしている事を約束してついていく事にした。
隣の屋敷は元は古くからある商家だった様で、建物の大きさはスター商会と変わらぬ広さがあった。商家自体は数代前に跡を継ぐ者が居なくなった時点で辞めており、現在は屋敷としてのみ使用しているようであった。
燐家に着くと白髪の使用人が応接室へと案内してくれた。歳は取っている様だが、その物腰は柔らかく、年季の入った素晴らしい対応であった。
その後お茶を入れてくれたメイドも年齢が高い様だったので、新しい使用人は雇わないようにしているのだろうという事が何となく分かった。
美味しいお茶を味わっていると、屋敷の主である夫妻が応接室へとやって来た。老夫婦というには失礼な年齢に見える、品のあるご夫婦であった。
「今日はわざわざお越しいただきまして、有難うございます。チャーリー・エイベルです。隣は妻のユリアーナです」
屋敷の主である優しそうな紳士が笑顔を向けてリアムに挨拶をして来た。隣に並んでいる夫人も穏やかな笑顔でいる姿を見て、私は素敵なご夫婦だなと嬉しく思ったのだった。
「初めまして、副会頭のリアム・ウエルスです。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」
チャーリーとリアムは握手を交わすとお互いに良い笑顔で微笑んだ、そして席に座ると購入の商談兼手続きを早速始めた。
ランスが夫妻に差し出した書類を見てチャーリーがすぐに目を丸くした、とても驚いている様だった。
「こんな高い値段で買い取って頂けるのですか?」
こちらの表示した金額が想像以上に高かった様だ。査定を頼んだ業者には、もっと安い見積もりを出されていたとの事だった。
それもこの辺りが商業地帯という事もあり、この屋敷を買い取ってまでここに住もうと思う人も少なく、また不況のせいか、大店がわざわざ田舎町であるブルージェ領で大きな店を出そうとすることも無いらしく、ある程度値段を下げなければ、買い手が付かないと思われたからだそうだった。
「本当はもっと早くに売り出そうと思っていたのですが……」
チャーリーの退職と同時に屋敷を売り払い、王都に居る息子さんの屋敷に移り住む予定だったそうだが、売り手が付かず数年たってしまったとの事だった。
「これまで隣がお化け屋敷と言われる場所でしたので、その横の屋敷に住もうと思う者は現れなかったのです……」
それがスター商会が出来たことで、この屋敷も何とか査定が付くぐらいにはなったそうだ。そしてスター商会の人気が凄まじく、もしかしたらすぐに店を大きくしたいのではないかと思い、屋敷販売の話を声掛けしてくれたのだそうだった。
それに――
「本当にスター商会の従業員の皆様にはお世話になったのですよ」
タッドとゼンが毎日の様に出来立てのパンやお菓子を届けてくれたり、トミーとアーロが手の届かない場所の掃除を進んで行ってくれたりと、スター商会が出来てからは良いことばかりが続いていたそうで、とても感謝してくれているのだとエイベル夫妻は嬉しそうにお礼を言ってくれたのだった。
「それで引取日ですが、ご都合はいつが宜しいでしょうか?」
屋敷の荷物の片づけや、引越しの準備を考えると、出来れば一か月は欲しいのだそうだ。
そしてリアムがこの引っ越し作業もトミーやアーロを手伝いに回すのだと約束していた。これはトミーとアーロの2人が言い出したことで、この屋敷に手伝いに来るといつもお茶を出してくれたりと良くして頂いたそうで、そのお礼を兼ねて何かしたいとリアムに言ってきたのだそうだ。
「いいや、そこまでして頂くのは……」
チャーリーとユリアーナは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。だが業者に頼むとしてもこの屋敷の広さではかなりの金額もかかるだろうし、使用人たちにやってもらうにしても、年齢が皆高いため荷物の片づけは厳しいのではないかと、この屋敷に出入りして付き合いのあったトミー達は考えていたのであった。
その事を二人に伝えると、とても感謝され、有難く好意に甘えさせて頂くと言ってくれたのだった。
「あの……」
私が手を挙げて声を出すとリアムが微笑みながらも睨むという特技を身に付けてこちらを見てきた。何かやらかすのではないかと心配している様だが、少し大人になった私は常識も学んできている為、リアムの心配するようなことはしないのだと、笑顔で頷いて見せたのだった。
「良かったらこれを……片付けや引っ越しにお使いください」
私は自分の魔法鞄から魔法袋である赤と緑の二色の巾着を取り出した。店でも販売している物だが、急な事に備えて普段から持っている私の私物なので、チャーリーとユリアーナに渡しても問題無い物であった。こういった常識が身に付いた自分を褒めてあげたいぐらいだ。
「これは……魔法袋ではないのですか?」
巾着を手に取ったチャーリーが驚いたような顔をして私を見た後、リアムの方にお伺いを立てる様に顔を向けた。子供が急に魔法袋を出したことに驚いたようで、どうしていいのか困っているようにも見えた。
「はい、魔法袋ですが、私個人の物ですので気にせずお使いください」
「い、いいえ、この様な高価な物……もしもの事が有っても弁償できませんので……」
「あ、貸し出しではなく差し上げます」
「えっ?」
「あ、大きな屋敷ですから二つじゃ足りないですよね? もう二つ出しておきますね」
私がテーブルの上に魔法袋をもう後2つ出すと、チャーリー達は口を開けたまま固まってしまった。リアムは最近よく見せる無表情の無我の境地を開いていた。常識的な話だと思うが何かいけなかっただろうか……
そうか、私の説明が足りなかったのか! とリアムの表情で気付き、チャーリー達に話を続けた。
「魔法袋は私が作った物ですので気にせず受け取ってください、今までウチの従業員がお世話になりましたお礼です」
チャーリー達はまだ呆然としたまま固まっている、どうやら説明がもう少し必要なようだ。
「えーと、引越しの【ダンボール箱】代わりに使って頂ければ良いのです、魔法袋の中の広さはかなりあると思いますので、倉庫代わりにもなると思います」
周りを見ると皆が動かなくなってしまった、セオだけが頬を膨らませ笑うのを我慢している様だ。
私はこてんと首を傾げて何が行けなかったのかと考えた、そこでダンボール箱という日本語を使っていたことに気が付き、また説明を始めた。
「【ダンボール箱】というのは、荷物を入れる箱の事です……魔法鞄に似たものですね……あ! 魔法鞄の方が良いですか?」
自分が如何に気が利かないか気が付いた私は、リアムに渡したものと同じ魔法鞄もテーブルに出した。これで皆納得がいっただろうと、どや顔でリアム達を見て見たのだが相変わらずの無表情で固まったままで有った。
すると、驚いた顔のままだったチャーリーが何とか動き出して、私が渡した魔法鞄を手に取ると、何とか声を絞り出したのだった。
「あの……お嬢様はいったい……」
そこで私は常識人になったと思っていたのだが、自分が名前を名乗っていなかったことを思い出した。それで突然魔法袋を取りだしたから、ここまで驚かれたのだと納得したのであった。
常識人になったつもりだったのに……まだまだだったみたい……
反省しながら私はチャーリー達の方へ向いて微笑むと、自己紹介をしたのだった。
「名乗らず失礼いたしました。私はララ・ディープウッズ。スター商会の会頭です」
私が名乗った途端、チャーリー達が何故か真っ青になってしまったのだった。
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