第128話 隣人とリアムの説教

「ディ……ディープウッズ……」


 チャーリー達はぼそりと呟くと青い顔のまま固まってしまった。ディープウッズの名を聞くとよく見かける光景に私は うんうん、そうだよね と頷きながら いつもの事だよね と納得すると話を続けた。


 引っ越しとなった時には何が一番困るか、それは荷物を片付けた後、引っ越すまでの生活ではないだろうか。


 この世界にはトラックなどない、引越しの荷物を早めに片付ければ、後は宿屋などに移動して仮住まいをしながらの作業となるだろう。

 魔法袋を渡したので然程そこには困らないかもしれないが、やはり高齢の身で宿屋から屋敷まで、毎日の様に通う事は大変では無いかと私は考えたのであった。


「エイベルさん、引越しの荷物をある程度まとめられたら、スター商会の客室に泊まられませんか?」

「えっ?」

「荷物が少ない中での屋敷での生活は大変だと思うのです」

「い……いや、しかし……」

「ああ、使用人の方もご一緒で大丈夫ですよ、客間は十分にございますので」


 そう言って私は満足して微笑んだ。

 常識しきある大人の親切な対応であると思ったからだ、セオに顔を向ければにっこりと笑っている、やっぱり私の気持ちがセオには分かる様だった。


 リアムの方にも顔を向けてみると、何故か頭を抱えたまま足元を見つめていた。リアム的には私の言動に何か問題が合った様だ、大人は考えが違うのかもしれない。


 すると、チャーリーとエイベルが顔を見合わせて、何かを目配せしていた。お互いの考えを目と目で話し合ったのだろう、そんな信頼し合った夫婦らしさにうっとりした私であった。


 こんな夫婦になれたらいいな……相手は見つかってないけど……


 そんな事を考えていたら、チャーリーが真剣な表情で私に話しかけてきた。


「……あの……ディープウッズの姫様とは知らず……」

「あ、チャーリーさん、私がディープウッズの家の者だという事は気にしないで下さい」

「いや……しかし……」

「この引っ越しのお手伝いの件は、隣人としての提案です。ディープウッズは関係ありません」


 チャーリーは困惑気味の表情で、リアム達スター商会の大人たちに視線を向けた、どうしたら良いのか分からず助けを求めているようにも見えた。


 それを見かねたリアムが頭を抱えるのを止めてやっと動き出した。ひきっつてはいるが笑顔を浮かべていた。


「あー……エイベルさん、会頭の言う通りです。隣人として協力させて下さい」

「いや……しかし……」

「では、そうですね、王都に行かれましたらスター商会の話を周りに話して頂けますか?」

「話? ですか?」

「ええ、我々が王都まで行くのは大変です、ですので、エイベルさんがスター商会の話を王都でして下さるだけで、こちらとしては十分に有難いのです」

「それは勿論させていただきますが……ですが、そんなことで宜しいのでしょうか?」


 リアムはにっこりと笑ってエイベルを安心させた。何かをやってもらうことで魔法袋の貸し出しや、スター商会に宿泊する事を少しでも気楽にさせようと言うリアムの心配りに、私はさすがだなと感心したのであった。


 それからエイベルは魔法袋を一つだけ借りると言って受け取ってくれた。元々引っ越す際に家具などはほぼ処分をする予定だったそうだ、なので持っていく予定だった物だけを魔法袋に入れて王都へと持っていき、移動が終われば魔法袋は送ってよこすとの事であった。


「エイベルさん、魔法袋は受け取ってください」

「いいえ、これは高価な物ですから……それは……」


 私は遠慮するエイベルに首を振った、リアムが私を見ている視線が何故か痛い、だがそんなことは気にせずに話を続けた。


「使った感想をお聞きしたいのです」

「感想ですか?」

「はい、長く使って頂いて、問題が無いか教えて頂けると助かります」


 リアムの真似をして相手が気を使わないで、魔法袋を受け取ってくれる様に話を運んでみて、どや顔でリアムの方を見てみたのだが、何故かため息を付かれてしまったのだった。


「……分かりました……魔法袋を細部まで調べ上げ、毎週様子をご報告させて頂きます」

「えっ? いえ、そこまでしなくても……」

「畏まりました。では一月分をまとめてからご連絡するようにいたします」


 エイベルはとても真剣な表情で私にそう言ってきた。何だかとても重く受け止められているようで、以前のワイアット達の事を思いだしてしまった。


 このままではまた聖女とか言われてしまう……


 これは何とかしなければと思い、私はエイベルに提案をした。


「あの……エイベルさん、他にもスター商会の商品を使って見て頂けませんか?」

「えっ?」

「そうですね……【モニター】……あー、商品の性能を意見していただく方になって頂いて、スター商会と今後もお付き合いいただけると嬉しいのですが?」


 フフフ、仕事として振れば気を使わないだろう……


 エイベルの表情もやっと柔らかくなったところを見ると私の思惑は成功したようだ。思わずニヤリと顔が緩んでしまった。


「まさか……まさか……伝説のディープウッズ家の姫様とお付き合い出来るようになるとは……不肖エイベル、命をかけてスター商会の為に尽くさせて頂くことを、ここに誓わせて頂きます」


 そう言ってエイベルを始め、ユリアーナ、そして近くにいた使用人たちも私に向かって跪いてしまった。思ったことと違う状態になってしまったことに私は焦ってしまった。そんな私をリアムがもう口を開くなというような目で、ギロリと睨んできた。


 その後リアムが何とかエイベル達をなだめて、モニターとしての仕事を気軽に考えて欲しいと説得してくれていた。ただそれが慈悲深いと思われたようで、エイベル達から見るスター商会の株はまた上がった様だった。


 この後、無料で屋敷を渡したいと言い出したエイベル達をリアムが落ち着かせ、予定通りの金額で買い取る手続きが何とか出来たのであった。



 そんな事があって、やっと屋敷購入の手続きが済んだ後、リアムの執務室へと皆で向かった。ソファへと腰かけ、ジョンが入れてくれた美味しいお茶で一息つく、いつもの流れだ。


 すると突然リアムが、私の頭をぐりぐりとげんこつ二つで挟んできた。


「おーまーえーはー!」

「痛い痛い! リアム痛いよー」


 ランスに止められたリアムは私を離してくれたが、その顔は怒っているのが分かった。そこまで怒られる様な事はしていないと思うのだが何かいけなかっただろうか。


 私はリアムが怒っている理由が分からず、こめかみを摩りながら首を傾げた。


「ララ! 何度も何度も言うが、おまえはもうちょっと警戒をしろ!」

「警戒? してるけど?」


 私的にはリアムやセオが居るからこそ名を名乗ったり、会頭である事を安心して告げているのだが、それでも警戒が足りないのだろうか? キョトンとしている私を見て、リアムがガックリと肩を落とすとまたため息をついた。

 今日何度目だろうか……


「あのなー……世の中良い奴ばかりじゃないんだぞ、お前の名前を聞いて利用しようとする奴は沢山いるんだ、もっと気を付けろ!」

「でもエイベルさん達は良い人だったでしょ?」


 スター商会の従業員が何度も足を運ぶという事は、それだけであの夫婦が善良で有り、優しい人たちなのが私にも分かる。

 それに子供たちでさえも、毎日の様に足を運んでいたのだ。きっと可愛がってもらったのだろう事が分かった、それだけで十分に信用に値する人なのである。


 だが私の返答を聞いてリアムは益々呆れたような顔になってしまった。何を言っても理解しない私の事を諦めたのか、今度はセオの方に振り向いた。


「セーオー! お前の主の事だぞー! もっとちゃんと見ておけよー!」


 リアムの睨みにもセオはどこ吹く風だ。自分の担当は護衛なので、商談関係はリアムの担当と思っているようだった。


「あれはリアム担当でしょ? 俺は護衛だし」


 セオの言葉を聞いてリアムはソファへと倒れるように座り込んでしまった。背もたれにだらりと身を任せているのでハッキリ言ってだらしない、ランスの顔が曇るのが分かった。


「……それで……隣の土地はどうやって使う?」

「えっ?」


 私達に何を言っても無駄だと思ったのか、リアムは突然話を変えてきた。ただし、三人掛けのソファに等々寝転び、長い足をひじ掛けの上に投げだしてしまった。今度はランスの顔が怖くなっていた。


 私はリアムのお説教が終わったことにホッとしながら、隣の土地についての考えを話してみた。


「一番は【レストラン】 食事処かな……」


 マシュー夫妻の息子であるモシェと、友人のボビーが来たことでスターベアー・ベーカリーの従業員は今充実している。

 レストランを開くとしたらもっと人数は必要だが、取りあえず私が食べたい味を表現できる料理人は十分にそろっていると言えよう。


 リアムも同じ考えだったのかうんうんと頷いていた。


「他には? あれだけの広さだ、何かあるんじゃないのか?」


 本当は研究所を建てられたら良いのだが、ディープウッズ家の研究所と言わなければならないので、研究所は森に作らなければならない、そう考えると病院? とも思うのだが私がずっと医師として滞在するのは無理なので、これも却下となる、そうなると――


「【ブティック】と化粧品販売店かな……」


 今売上が一番多い化粧品だが、小売店で販売するときにはかなりの高額になってしまっている。スター商会が直接化粧品を販売する店を開けば、それだけ値段を下げて売ることが出来るのだ。

 勿論、他店との兼ね合いもあるので、そこまで安くすることが出来ないのは分かっているのだが、出来れば皆が気軽に変えるようになればいいなと思っているのであった。


「ぶ、ぶてぃっく? ってなんだ?」


 知らない言葉を聞いてリアムは興味を持ったようで、ダラシなく寝そべっていたソファから起き上がって私の方に身を乗り出してきた。さっきまでのランスの顔が怖かったのでホッとした。


「高級【ブランド】店みたいに、洋服や鞄とかを販売出来たら良いなって思ってて、結局スター商会の商品を他店に販売すると高くなってしまうでしょ? 出来るだけ購入できる人を増やしたいの」

「ふむ……服飾店に近いのか?」

「うん、【マネキン】とか飾って【トータルコーデ】とかを見せて、お洒落にもっと興味を持ってもらえるようになると良いなとは思っているんだけど」


 そうなると、そこの店長やら従業員が必要になってくる、何処まで行っても従業員不足問題が付いてくることに頭が痛くなってくるのであった。


「そうか……じゃあ、全部作るか……」

「えっ?」

「ララがやりたい事を手伝うのが俺の仕事だからな……まあ、何とかなるだろう」

「リアム……」


 益々仕事が忙しくなりそうだと言いながらも、私の希望を何とか叶えてくれようとしてくれるリアムの心強さと優しさに、私は嬉しくなった。

 さっきまであんなに怒っていたのに、優しく微笑みお茶を飲む姿は別人の様だった。


 あの日偶然リアムと会えたのは、やはり神様の思し召しだったのだと今ならわかる。私がこの世界でやりたい事を出来るようにと、神様がリアムを私に差し向けてくれたのだろう。

 私は神様に感謝するとともに、優しくて頼りになるリアムにも感謝したのであった。


「リアム、有難う、頼りにしてるよ」


 真っ赤になって顔をそむけるリアムを、可愛いなと思った私であった。

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