第126話 マルコの友人?

 今日はマルコの友人の面接日である。どうやらその友人と言うのは学生時代の先輩の様だ。


 世界最高峰といわれるガイム国のグレイベアード魔法高等学校で同じ学科を学んだ先輩後輩の中らしい。


 あの話の後マルコが私の頼みでその先輩に手紙を送ると、二つ返事でスター商会へすぐに行くと答えてくれたようだった。それもレチェンテ国にあるユルデンブルク王都の薬師ギルドを辞めてまでだ。やはりマルコの友人だけあって変態……いや、少し変わっているのかなと思った私であった。


「ゆ、ゆ、友人なのではない、ただの知り合いだ!」


 私がマルコの友人の事を詳しく聞こうと思って尋ねると、マルコは必ずこのセリフを言って、あまり多くを語らなかった。ビルもどんな人物なのか聞いてくれたようだが、一緒に薬草の研究をした話はしてくれても、その友人がどんな人なのかは聞き出せなかった様だった。


「まあ、来たら分かるから良いかな、それに優秀なのはマルコも認めているんだもんね」


 カイがマルコから聞いた話によると、その友人はとても優秀なようで、就職先も引く手あまただったそうだ。その中から王都の薬師ギルドを選んだそうだが、マルコの実家があるブロバニク領の薬師ギルドよりも入るのが難しいそうだ。


 マルコも優秀だったため王都の薬師ギルドにでも入れそうなものだが、何故かその友人が居るからこそ、そこには行きたくなかったのだと呟いていたと、カイが私にひっそりと教えてくれたのだった。


 友人が居る場所に就職したくないなんて、もしかしたらライバルなのかな? 


 なんて想像が膨らみ、だからただの知り合いなのだとマルコは頑なに友人と認めないのかも知れないと、勝手に思う私であった。


 そして今日は、そんなマルコのお願いで私はノアの姿でこの面接に出席している。勿論リアムたちもいるのだが、何故か私を真ん中の席に置き、リアム達を端に座らせたマルコであった。


「マルコ……面接の主導はリアムなんだけど……?」

「知っている! 知っているぞ、ララ! ララ様!」


 マルコの友人という事で面接にはマルコ、ビル、カイも出席しているのだが、何故かビルとカイの間にマルコは座っていた。本来ならマルコ達は面接に居なくても良いのだが、その友人とビル達の相性を見たかった事と、リアムが言うには、何でもそのマルコの友人経っての希望だった様だった。


 間もなくマルコの友人は来る時間となる頃に、タッド達、子供組が面接場となっている応接室へとやってきた。そこにはタッドとゼン、それからキースだけが居た、他の子達はロージーとお勉強中の様だ。


「マルコ兄ちゃんに呼ばれてきました」

「うむ! よく来た子供たちよ! さあここに座れ!」


 マルコの指定した席は、タッドとゼンが私の右隣で、キースがセオの左隣だった。何故か私達を中央に座らせると、自分はまたビルとカイの間にちょこんと座ったのだった。


 すると、アリーに連れられてマルコの友人が面接をする応接室へと入ってきた。背中には大きな大きなリュックを抱え、両手にも大きなカバンを持っていた。どうやらスター商会に住み込みで働く気満々の様で、荷物をすべて持ってきたようだった。


 私は面接に邪魔なその荷物を預かるために、マルコの友人に声を掛けようとした所、大きな甲高い声が室内に響き渡った。


「まぁーーー!! マルコちゃん!! 久しぶりね! 相変わらず何て可愛いのかしら!」


 そう言ってその女性は抱えていた荷物を放り投げるとマルコに向かって突進していった。マルコは真っ青な顔をして、ビルの後ろに隠れるように身をそらした。


「ええい! 近寄るな! この破廉恥女め!」


 辛辣な言葉を発しているマルコだが明らかに怯えているのが分かる、だが彼女はそんなマルコの言葉も嬉しい様で頬を染め嬉しそうにしていた。カイが何とか彼女をマルコに近づかせないようにしているが、女性相手に力づくでは出来ない為、困って居る様だった。


 彼女の行動に呆然としていた私だったが、ハッとして自分を取り戻すとその女性に声を掛けた。


「あの、落ち着いて下さい、マルコは逃げませんから、どうか席に――」

「まぁーーー! まあ、まあ、まあ!」


 彼女は私の言葉の途中で奇声を発すると、今度はノアの姿の私に突進して来ようとした。それをセオが間に入り止めようとした、だが彼女は今度はセオの顔を見るとまた奇声を発した。


「まぁーーー! まあ、まあ、まあ!」


 そして、ソファに座っている、怯えた顔をしたタッド達が目に入ったのだろう、そちらにも目を向けると頬を染め手をムンクの様に添えるとまた叫び出したのだった。


「まぁーーー! ここは天上なのかしら!!」


 そう叫ぶと彼女の顔は真っ赤になり、鼻血を噴き出しながら後ろへと倒れてしまったのであった。


 セオがサッと彼女を支えてくれたので、大事には至らなかったが、私は念の為彼女の脈や瞳孔を覗いてみた。どうやらただ興奮しすぎただけだったようで、ホッとするとともに室内に居る呆然としているメンバーに、彼女の状態を報告したのだった。


「大丈夫です。ただの興奮のしすぎです……」


 私の言葉に固まって動かなくなっていたリアムたちも、ハッとして動き出した。彼女もすぐに目を覚ましそうだから、取りあえずソファへと横にさせておき、タッド達は危険な為、ロージーのいる図書室へと戻って貰った。


 暫くすると彼女は目を覚まし、起き上がった。一度大騒ぎをしたせいか、先程よりは落ち着いていた。だが、マルコは青くなったままで、またビルとカイの間に隠れるように座ったので有った。


 この人……ショタなんだね……だからマルコはノアの姿でって言ったんだ……


 そんな事を考えながら私は彼女の脈を取り、大丈夫だと判断をし、念の為癒しを掛けると、彼女は驚いて顔をして私をジッと見つめた後、何故か頬を染め、私を抱っこして膝の上に乗せたのだった。


 そして今彼女はノアの姿の私を抱っこしたままリアム達の面接を受けている。セオは彼女に引っ張られ、彼女の視線の範囲に入る斜め前に立たされていた。そしてマルコは彼女の執着が私達に向いている事にホッとした表情を浮かべていたのであった。


「えー……では……お名前を教えて頂けますか?」

「はい、ノエミ・ヴァッカ、子爵家の娘です。マルコちゃん……マルコとはグレイベアード魔法高等学校で一緒でしたわ」


 マルコの友人である女性はノエミ・ヴァッカと名乗った。髪はこの世界で一般的な茶色の物だが、光悦茶と言えばいいだろうか穏やかで落ち着いた色合いをしていた。そして見た目はマイラの様な出来る女という装いを見せていた、先程の件と今私を抱えて居なければ、誰もが優秀な研究員という事を疑わなかったであろう。


 リアムは苦笑いを浮かべながらノエミに質問を続けた。


「それで、ここで働きたいとの事ですが、こちらとしてもそれは有難いのですが、志望の動機をお聞きしても宜しいでしょうか?」


 リアムの言葉にノエミは抑揚に頷くと、熱く語りだした。


「それは、勿論マルコちゃん……マルコが居るからですわ!」

「はっ?」

「マルコちゃんは、成人して5年も経っているのに、少年の様な美しさを保っているのです!」

「はあ……?」

「それに加えとても優秀で、研究者としても素晴らしいのです! こんな奇跡を近くで見れるチャンスは有りませんわ!」

「そ……そうなのですか……しかし子爵家のお嬢様がこのような商会に勤めても大丈夫なのでしょうか?」


 リアムの言葉にノエミはクスクスと笑い出した。先程までとは別人のように上品な仕草だ。


「王都でもこのお店の事は噂になっておりますの、知らない貴族が居るとしたら流行遅れとして馬鹿にされるでしょうね……」


 ノエミの言葉を聞いてリアム達は満更でもなさそうな表情を浮かべた。王都で噂になるという事はこんな片田舎で商売をする商会としては、貴族や王都にある大店に頼み込んで宣伝でもして貰わない限り難しい事だ。

 それも何年もかけてやっと出来るような事だろう、それを開店から1年にも満たない商会がやってのけたのだ。尚更話のネタにされるのは間違いない事であった。有難い事である。


「それに……この商会はディープウッズ家と繋がりが有るのでは? と噂されてますの……」

「……そうですか……勿論ただの噂ですがね……」

「フフフ、大丈夫ですわ。私はここで聞いたことをどこかで話すことには興味がありません、ですが、貴族一人に知られたら100人には話が広まると思った方が宜しいかと思います……」


 ノエミの話を聞いてリアム達の顔が真剣な物へと変わった。ディープウッズ家の事はやはりどこからか漏れている様だ。一番怪しいのはブライアンだろうか、それとリアムのお兄さんも怪しいところであった。


「ところで、薬師ギルドは辞めても良かったのでしょうか?」


 この質問には今まで上品で穏やかな表情を浮かべていたノエミの表情がガラリと変わり、苦虫を嚙み潰したような表情になったのだった。


「……生き地獄でしたわ……」


 ノエミの話では、薬師ギルドは男性が多く、それも見た目が汚くて不潔な人間が研究所には多かった様だ。その上、体を触られたりする事もあり、マルコが王都の薬師ギルドに就職しなかった時点で、辞めてしまおうと思っていたそうなのだが――


「兄に薬師ギルドを辞めるのならば結婚をしろと言われたのです……」


 薬師ギルドならば貴族の娘が勤めていたとしても何の問題も無いが、他の店やどこかの研究所に勤めるぐらいならば、働くことを辞めて子爵家の娘として、家の為に嫁に行くように兄に言われたそうだった。


「まあ……それは辛かったですね……」


 前世で親の言いなりのまま結婚した私としてはノエミの話はとても胸に響いた。思わず抱えられているままノエミの頬に手を置き同情してしまった。


「それで良くこの店に勤めることをお兄様が許されましたね……」


 私の言葉にポーっとなっていたノエミだったが、リアムの声にハッとするとまた話を続けた。だけどノエミの頬に添えた私の手に自分の手を重ねる事は忘れなかった。


「兄にはこの店がディープウッズ家と本当に繋がりが有るのかを調べると言って説得いたしました。勿論この店の事を本当に知らせる気など有りませんわ……」


 薬師ギルドを辞めた時点でお兄さんはノエミに結婚をして欲しかった様だ。既に20歳を超えているノエミは貴族の世界では行き遅れと言われてしまう年齢に差し掛かっている。今までは王都の薬師ギルドに勤めているという名分があったが、それが使えない今、お兄さんからしたらすぐにでも結婚してもらいたかった様だった。


「私は好きでもない相手と結婚など死んでもしたくないのです。それもあんな毛むくじゃらで気持悪い生き物と一生添い遂げなければならないなど、拷問と変わりませんわ」


 私にはノエミの気持ちが痛いほどわかった。たとえ貴族の子女ならばそれを受け入れるのが当たり前だと言われても、知識を持ち、自分で生活も出来るようなノエミにとっては、好きでもない相手との結婚など何の魅力も無い物であっただろう。


 私はノエミの膝から飛び降りると、彼女の手を取りその琥珀色の瞳を見つめた。


 そして――


「ノエミさん、わた……僕の名前はノア・ディープウッズです」

「……ディープウッズ……」


 ディープウッズの名を聞いて大きく見開いたノエミの目を見ながら、一つ頷き話しを続けた。

 リアム達が頭を抱えているのが見えたが気にしない。


「僕は子供ですがここの会頭です、どうか貴女の事を僕に守らせて下さいませんか?」


 そう言ってノエミに笑いかけた途端、彼女は真っ赤になってまた気を失い倒れてしまった。どうやらノアの姿にノックアウトされてしまった様だ。


 この後ノエミの中で、ノアの順位が1位となり、マルコは安心することが出来たため、無事に研究員として一緒に働くことになったのである。

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