第111話 閑話10  夏と言えば……

「マルコ、試験用なんですから、もう少し小さいものにしましょう」

「いいや、ララ、いやララ様! 試験だからこそ本番同様の物で作らなければ意味がないであろう」

「でも店で飛ばすには限度がありますよ」


 私とマルコは二人で作業室の薬剤室にこもって居た。セオは鍛冶室で注文の入った包丁を作っており、ビルは改装工事の以来の仕事の為に不在であった。

 そこで私がマルコの相手をする事になったのだが、つい前世の花火の話になり、最初は手持ち花火を面白半分で作っていたのだがいつしか本気になってしまい、私とマルコは巨大な打ち上げ花火を作り始めていたのだった。


 火薬を入れる星掛け器の部分は最初はドッチボール位の大きさにして実験をし、成功してから私が入れるぐらいの大きさの物で作ろうと話し合っていたのだが、マルコと夢中になるうちに、試験的に作る物も本番サイズにしようと言う事になってしまったのだった。


「花火って、勝手に打ち上げて良いのかしら?」


 前世の世界ではだめに決まっているが、この世界ではどうなのだろうかと疑問に思った。


「ふむ、だが、森の中で危険信号弾や魔獣爆弾は普通に使っているぞ! 別に構わないのではないか?」


 マルコの言う事も一理あるが、この店の建っている場所は街の中心部だ。それも中央地区であり建物が密集している場所である。こんな所で花火を打ち上げても大丈夫なのか心配になる。

 そもそも観賞用の花火が無い世界だ。急に空に光る物が大きな音で打ち上げられたら、腰を抜かす人が出てしまいそうな気がした。


「ララが、いや、ララ様が打ち上げた癒しは別に問題なかったのだろう?」


 私が始めて癒しの練習をした時に膨らみ過ぎた魔力を押さえることが出来ず、空に放り投げたのだ。それは奇跡の光としてこの街で呼ばれているようで、花火の様に空ではじけたのだが特には問題になってはいなかったのだ。マルコはそのことを言っているのだった。


「そうだよねー、じゃあ大丈夫かな? 今日の夕方少し暗くなってきたら実験をしてみましょうか」


 私とマルコが打ち上げの実験を楽しみのあまりニヤリとしたのは、しょうがない事であった。


 そして、夕方になりマルコと約束した打ち上げの時間になった。そろそろスターベアー・ベーカリーも閉店の時間となるので、今はみんなは片付けを手伝う為に店の方に行っているだろう。

 リアム達は執務室で仕事中だし、セオは出来上がった包丁をリアム達の居る部屋へと届けに行っている。ビルは間もなくスター商会に改装工事をした屋敷から戻ってくる時間だろうか。

 つまり今店の裏庭には私とマルコだけが居るのである、始めて作った花火が思った形と色になるのか、私とマルコは期待に胸を膨らませていた。


 花火玉を打ち上げ筒に入れる、魔道具なので火は使わず、魔力で打ち上げる物だ。なので近くに居ても火の粉が降ってくるわけでは無いので、私でも安心して打ち上げることが出来る。

 私がスイッチ代わりに打ち上げ筒に軽く魔力を通すと、大きな音を立てて空に花火玉が飛び出していった。そして、上空で ドーン! と大きな音を立てると見事な花火が上空に広がったのだった。


「【たーまやー!】」


 上空に大きく広がった美しい花を見ながら思わず日本語の掛け声が出て居た。花火の色は中心が黄色、中間が赤、そして一番外側は緑色だ。思った通りの色が出て居る。只打ち上げの際の ひゅるるるー という笛の様な音が足りなかった。これは花火玉にわざと笛の音がなるようにしてあるのだと前世で聞いた事が有った。後はこれを表現できたら完璧であろう。


 私とマルコは上々な花火の出来上がりに、手を叩き合って喜び合った――


「マルコ! 凄いですよ! 成功です!」

「うむ! うむ! 俺の人生で最高の実験だ! これは素晴らしい!」


 私とマルコが興奮して喜び合っていると、顔色を変えてこちらへと走ってくるセオやリアム達の姿が見えた。私は実験が成功したことが嬉しくて笑顔でみんなに手を振った。勿論マルコも万歳をして手を大きく振っている。


「セオ、リアム! 花火凄かったでしょ!」

「うむ! 我らの共同作業は成功したのだ! ガハハハッ!」


 喜ぶ私達にリアムのげんこつが落ちてきた、特にマルコに対してのげんこつは ゴツン! と良い音がした。


「「痛い!」」

「おーまーえーらーなー!」


 リアムは頭に角でも生えてるんでは無いかと思うような、鬼の形相だ。周りに集まってきたランス達大人組は、私とマルコを見て呆れた顔をしている。セオだけはリアムの後ろで、クスクスと笑う音がリアムに聞こえないように静かに笑っていたのだった。


「えー? 何で怒られるの?」

「そうだぞ! 我らは実験をしただけだ!」

「役所に許可も出さずあんな大掛かりな実験するんじゃねー! 特にマルコ! お前は大人なんだ、役所に許可が必要なことぐらい知ってるだろう!」


 マルコと私は顔を見合わせた。やっぱり許可が必要だった様だ。どうやらマルコは今までの実験は室内で、それも研究所として許可された場所で行ってい居たために、許可などは取ったことが無く、役所に書類を提出する事が必要だった事は知らなかった様だ。

 私とマルコのキョトンとしている顔を見てリアムが大きな大きなため息をついた。腰に手を置き足元を見つめている。がっくりと肩を落とし、疲れ切って居る様だった。

 そこにスターベアー・ベーカリーの片付けを終えたであろうタッド達やマシュー達などが続々と集まってきた。皆、目をキラキラとさせている。


「ララ様ー! さっきのなあに? 凄かったー!」

「外を歩いていた人たちも綺麗だと言って騒いでましたよ」


 どうやら評判は良い様だ、私とマルコの顔に笑顔が戻る。それをリアムが眉間にしわを寄せながら見ていた。

 そこへトミーとアーロが慌てて駆け寄ってきた。スターベアー・ベーカリー終了後の見回りに出て居た様だが、何か有った様だ。


「大変です! 街の人間が次の光はまだかと店の周りに集まってきています!」

「それから、他の商会からの問い合わせで、面談の申し込みが来ています!」


 リアムはまたため息をつくと、私とマルコの方へと顔を向けた。


「ララ、今の爆弾みたいなやつを沢山作るのにどれくらいかかる?」

「花火? 数にもよるけど、もうマルコと50個ぐらいは作ってあるから、100個ぐらいならすぐに出来るよ」


 魔法を使えば数を増やしていくのはちょちょいのちょいである。最初の一個を作るのが一番大変なのだ。だが、答えを聞いてリアムは呆れた顔になった。既に私達がそんなにも作っていたとは思わなかった様だ。


「ランス、役所の許可が下りるのにどれぐらいかかる?」

「そうですね、馴染みに頼めば一週間ぐらいかと……」

「はぁー、分かった。トミーとアーロ、悪いが外に集まっている野次馬に次の花火は一週間後……いや次の樹の日(土曜日)だと伝えてくれ、それから、商談希望の者には花火? だったか、それは販売はしていないと伝えてくれるか」

「「はい! 畏まりました」」

「それから、スターベアー・ベーカリーのみんな、次の樹の日は夜まで店を開けて欲しい、花火? 祭りを催すから準備を頼む」

「は、はい!」


 どうやらリアムは花火を打ち上げて店に人を呼ぶ様だ。祭をスター商会で開催して売り上げを伸ばすのと、店を大々的に宣伝しようと思い付いたみたいだった。

 私は花火大会が出来ることが嬉しくなり、リアムに勢い良く抱き着いた。


「リアム! お祭りをするの?」

「ああ、あれだけの物を何発も打ち上げれば、自然と客が寄ってくるだろう。いっその事スターベアー・ベーカリーを開けておいて、パンも売って宣伝もしちまおうと思ってな」


 私は うんうん とリアムに頷いて見せる。子供達も祭りと聞いて手を叩いて喜んでいた。そこへ外での仕事を終えたビルが帰って来た。ビルは馬車の中から見た花火と、店の周りに集まっていた人たちに困惑して居る様だった。


「あの? 何かあったのでしょうか?」


 リアムは私から離れてビルの方にポンと手を置くと、真剣な表情になった。


「ビル……マルコから目を離すなよ……」

「はっ? はい!」


 ビルは自分が居ない間にマルコが何かやらかしたのだとリアムの様子で聡った様だ。リアムは良い返事をしたビルに頷いて見せると、今度はセオの肩に手を置いた。


「セオ……ララの事を……本当に頼むな……」


 セオは苦笑いをしてリアムに頷いて見せると、優しくリアムの背中をポンポンと叩いてあげていた。急に祭りを開催することになったので、ただでさえ忙しいリアムは益々忙しく大変になる。ランスやイライジャ達もぐったりして居る様だった。

 ここは私が何とかしなくては! そう思い私はみんなに提案を伝えた。


「スター商会で他にも露店を出しましょう。かき氷や、【焼きそば】なんかも良いですね。それから、当日はアダルヘルムとマトヴィルに手伝いに来てもらいましょうね。それと近所の方に騒がしくなる事のご挨拶にお伺いしなければいけませんね。後は他店で一緒に露店を開きたい人を募集しましょうか? そして、店の裏庭と前庭を開放して中庭で花火を打ち上げても良いかも知れませんね。それから、ブリアンナにお願いして半被を作っても――」


 私の肩にリアムの手がポンと置かれた。顔を見ると明らかに憔悴しきった表情を浮かべている。周りの人たちもポカンとして私の事を見ていた。セオだけが頬を少し膨らませて吹き出したいのを我慢しているように見えた。


 その後リアムには準備は自分達がやるから、おまえとマルコは大人しく、大人しく、大人しく(何故か三回も言われた)花火とやらを作ることに集中しててくれと、言われてしまったのであった。


 それから準備は着々と進み、遂に花火大会であるスター商会祭りが開催される事となった。今日は皆で揃いの星色の半被を着ている。背中にはスター商会のロゴマークである星を入れて、私が日本語で書いた すたあ商会 とプリントした。そしてアダルヘルムとマトヴィルが手伝いに来てくれていて、スター商会の露店をドワーフ人形達と手伝ってくれていた。

 アダルヘルムには星型と熊型のベビーカステラの露店を頼み、マトヴィルには唐揚げの露店をお願いした。ベアーズ達と子供達、そしてミリーとミアはかき氷屋と綿菓子屋を露店で開いてもらった。後の皆はいつものスターベアー・ベーカリーをオープンさせている。

 そしてトミーとアーロは一番大変な周囲の防犯担当だ。懇意にしている商会の何店舗かも露店や警備を手伝ってくれることとなり、スター商会祭りはリアムの掛け声で始まったのだった。


「それでは、これよりスター商会が開催致します、花火大会を始めさせていただきます! 皆さま存分に楽しんで下さい!」


 私とマルコは少しずつ花火を打ち上げていく、勿論ビルとセオが私達二人にべったりと引っ付いて打ち上げを手伝ってくれている。

 花火が上がるたびに見ている観客の大きな歓声が聞こえてくる、皆楽しんでくれている様だ。私とマルコは自分達の作った花火をみんなが喜んでくれることが嬉しくなった。星や花そして熊の形などの花火が上がるたびに歓声が聞こえてきた。

 そして最後に10発連打を打ち上げた。地面が揺れるぐらいの大きな花火を10発連打で上げると、観客から歓声と共に拍手が上がり、花火大会は無事終了となったのだった。


 そして、スターベアー・ベーカリーはこの日一日で一月分の売上をたたき出し。アダムヘルムやマトヴィルの露店は売り切れるまで人が途切れることが無く、中には笑顔を向けられて倒れそうになるほどの人がいたらしく、防犯担当のトミーとアーロは目が離せなかったそうだ。

 かき氷や綿あめなども街の人から気に入られたようで、たくさんの売り上げに貢献してくれたのだった。


 そしてこの祭りは毎年恒例の行事になっていく、リアムは毎年夏になると倒れそうになる位忙しくなるのだが、この花火大会を何とか毎年開催させて、ブルージェ領と共にスター商会を有名にさせていった。

 そして街の人たち間で、祭りの名前はスター祭と名付けられ、ブルージェ領の観光の目玉になっていき、レチェンテ国全体で有名になっていくのだが、それはまた別の話である――


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