第112話 閑話11  セオの日常

 セオドア・ディープウッズの朝は早い


 朝はララの部屋で目覚める、森で助けられてから毎日一緒のベットでララとセオは寝ている、最初はセオの体調が良くなるまでの数日だけ一緒に眠る予定だったのだが、今ではそれが当たり前になっていた、セオは可愛いララと一緒に居られて嬉しいので別に構わないのだが、段々と年ごろになっていくララの寝顔を見ることに少し罪悪感を感じ始めても居た

 ララは誰もが振り返る程の美少女だ、金色の髪に全てを見通す様な美しい水色の瞳、利発で可愛らしい笑顔、誰もがララに夢中になってしまうのを、これまで一緒に過ごしてきたセオは知っていた。


 だからこそいつまでも独り占めしていたい様な気持ちと、益々綺麗になっていくララを意識しないでそばに居ることの難しさに、悩んでいるセオでもあった。


 だが、ディープウッズ家の家族はそんなセオの気持ちをどこまで理解しているのか分からないが、とにかくセオにはララと一緒にいて欲しい様で、同じベットで寝ることに関しても何も文句は無い様だった。何故ならララはこれまでベットを一人で抜け出すことが度々あったからだ。寝間着のまま屋敷をうろつくことは勿論のこと、夜深い時間に小さな女の子が一人で森へ行き、皆に死ぬほど心配を掛けてきているからの事でもあった。

 勿論森へ行ったのはセオを助けるためであったのだが、一言相談するという事がララには出来ない様だった。


「良いかセオ、ララ様は思い立ったらすぐに行動に移される方だ。決して目を離さないよう気を付ける様にして欲しい」


 剣のマスターであるアダルヘルムからは、この言葉を良く掛けられる。つまりセオはララの護衛であり、無茶をさせないための見張り役でもあるのだ。そしてララが無鉄砲に飛び出さないように、常に一緒に居て行動を止める係りでもあった。


 先日もスター商会の開店の日にセオが少し目を離すとララは姿を消していた。セオやリアム、マスターや師匠がどれだけ心配したのかも知らないで、呑気な顔でお茶をしていた。またその相手というのが、自分の店に因縁を付けてきた集団の一人だったのだ。

 一体ララの頭の中はどうなっているのかと不思議になり、困ってしまったセオであった。


 でもそんなララが大好きなんだけどね……


 そう思いながらセオはまだ目を覚まさないララの頬をそっと撫でた。可愛らしい寝顔を見れるのはセオだけの特権だ。いつまで続くか分からないが、この時間を大切にしたいと思うセオであった。


「ん……セオ、おはよう。今日も早いね」


 寝起きの良いララは目を覚ますとすぐに起き上がってセオに微笑んできた。そして頬におはようの口付けをするまでが毎日の一連の流れであった。

 セオは熱くなる頬を撫でながらララに微笑み返した。今日もまたララのお陰で、充実した一日が始まるのだ。


 先ずは簡単に身支度を整えると転移の練習を二人で行う。ララは6歳でありながら自分の身支度が一人でも出来るのだ。セオの様に男の子ならまだしも、女の子はドレスを着るために、普通はメイドの手伝いが居る物だ。だが、ララはあっという間に着替え終わると、髪もササっと結い上げた。アリナはララが何でも一人で出来るようになってしまった為、とても寂しそうにしていた。なので夜の湯浴みの後のブラッシングにはとても熱がこもっている。間もなく寝るだけだと言うのにも拘らず、就寝前のララの髪はアリナの努力のかいあって、いつもサラサラして綺麗であった。


 そして、この着替えがセオにとっては大問題であった。ララはまだ小さいためか羞恥心が少ないのだ。平気でセオの前で着替え始めてしまう。セオは自室に戻り着替えをするのだが、まだララの部屋の中にセオが居るうちから、ララは寝間着を脱ぎだしてしまうのだった。


 これにはほとほと困っていた、以前風呂場でもノアからララに戻った事が有ったのだ、ララには裸になるという事が恥ずかしい事では無い様だった。自分の前ならともかく、タッド達の前でも同じ事をしでかさないようにと注意をしてみたのだが……


「ぺったんこだから大丈夫だよ!」


 と、意味の分からない言葉が返ってきただけであった。セオはこのことからも、ララからは目を離さないように気を付けようと固く誓ったのであった。



 転移を終えて屋敷に戻ってくると、ここからセオは朝食の時間まで剣の自主練習をする。相手はモディとココだ。二人はこの朝の時間の練習が大好きだった。

 モディには魔法の攻撃を仕掛けてもらう。毒吹雪や瘴気の渦を如何に回避するかがセオの身体能力の向上に役立っていた。そしてココは糸を使って攻撃を仕掛けてくる。ココの糸は簡単には切れない為、剣の扱いには細心の注意を払わなければならなかった。そして何よりココはセオの魔力を食べるのだ。体や剣から溢れ出す魔力を オイシイ、オイシイ と言って喜んで食べていた。なので体にまとう魔力も無駄にしないように気を付けなければならず、セオに取ってとてもいい練習になるのであった。


 ララはこの朝錬にノアの姿で参加する日もあれば、裏庭にある小屋に籠って作業する日もあった。だが、またこれも問題だった。ララは物作りに熱中すると時間を忘れてしまうのだ。タイマーという名の魔道具があるにもかかわらず、音が鳴っているのに気づかないほど集中をし、自分の世界に入ってしまうのであった。


 なのでこれを止めるのもセオの仕事の一つであった。ララが気が付くまで声を掛け、朝食に遅れないようにしなければならないのだ。

 朝練をしながらセオはララが作ってくれた腕時計を見た。するとそろそろ部屋に戻ってシャワーを浴びなければ朝食に間に合わない時間になっていた。

 すぐにララの元へと向かう、小屋に行ってみると今日のララは作業が一段落ついていたようで、セオが部屋に入ってきたことにすぐに気づき、手を差し出してきたので、セオは柔らかく小さなララの手を掴むと、一緒に部屋へと戻ったのだった。


「ララ、今日は何を作っていたの?」

「フフフ、【ティッシュペーパー】を作ってたの」

「てぃっしゅぺーぱー? あのララが作ったトイレの紙みたいなやつ?」

「そう、それに近いかな、トイレットペーパーの紙をもっと柔らかくして、鼻をかんだりしても肌が痛まないようにしたのよ、後でリアムの所に行ったら見せるね」


 ララはそう言ってニッコリとセオに笑顔を見せた。セオにはララがどうしてこんなにも新しい商品を発明できるのか不思議でしょうがなかった。紙は高級品だ、なのにそれを惜しげもなくトイレで使えるようにして見せた。勿論贅沢な話なのでそんな事をしているのはララが改装工事をした、ディープウッズ家とリアムの家とスター商会ぐらいだろう。


 だからこそ店に訪れる客は驚いている。リアムと商談をする為に店に来た者は、店の至る所にある見たことのない商品に目を輝かせるのであった。中には黙って持ち帰ろうとしてセディとアディに捕まった者もいたぐらいだ。

 そんな目の肥えた人たちがトイレに行くと必ず悲鳴を上げるのだ。水で流れるトイレ、ウオシュレットの機能、そしてトイレットペーパーに驚くのだ。中には30分もトイレから出て来ない者もいて、リアムが頭を抱えていたのを覚えている。それぐらい驚く物を簡単に作り出すララが、セオには不思議でしょうがないのであった。


 朝食を終えスター商会へと向かう。今は週の三回はスター商会で過ごしている。勿論勉強日でも夕方時間があれば店に行くこともある。

 ただ、ララやセオは子供なのに働きすぎだと言われて止められることも多々あった。でもララやセオにとって店に行くことは仕事というよりも森に遊びに行くような感覚に近かった。物作りの事もそうだ。仕事というよりは趣味である。だから疲れるという感覚はあまり無いのだが、大人組から見ると働き過ぎの様に見える様だった。


 店に着きリアムの執務室へと向かう。ここまでがいつもの流れだ。ララはリアムの事を信頼しているようで店の事は全てリアムに任せている。会った時からリアムはセオにとっても優しく頼りになる存在だった。ただし最近は可哀想に感じることも増えていた。何故ならララが次から次へと新商品を作り、店に持っていくからだった。


 これにより手続きやまた新しい商談が増える。副会頭だが会頭の仕事を受け持つリアムは、休む間が無いほど忙しい様だった。


「リアム、見て【ティッシュペーパー】を作ったの」


 ララが嬉しそうに魔法鞄から【ティッシュペーパー】を取り出すとリアムだけでなくランスやイライジャまで目を丸くしているのが分かった。そして大きなため息をつくと、ララとセオが座るソファの向かい側に来て、新商品であるティッシュペーパーを手に取った。


「この紙は柔らかいな……それにとても薄い……」


 リアムは一枚箱から紙を取り出すと、揉むような手つきでティッシュペーパーを触りだした。その様子にララは満足そうな笑みを浮かべている。


「これは何に使うんだ? トイレの紙とは違うんだろ?」

「これは鼻をかんだり、ちょっとした汚れを拭いたりするのに使います」

「なっ! 紙は高いんだぞ、そんなの手拭いで出来るだろう……」


 ララは人差し指を顔の前に出すと チッチッチ と言って指を振った。


「【衛生的】にそれは許せません。それにこの紙は再利用することが出来るので、問題ないんですよ」


 ララは当然の様に話しているが、チェーニ一族出身のセオでもその再利用というのがどんなに凄い事か分かった。それにこんなに紙を薄くすることも柔らかくすることもララだからこそ出来ることであり、リアム達が頭を抱えてしまうのも当然なのであった。


「まったく……おまえは、簡単にスゲー物作ってきやがって……取り敢えずこれも商品化するんだな……」

「うん、マルコとビルに後で教えておくね、あとこれも――」


 そう言ってララは手のひらサイズの見た事の無い物を出した、リアムも何か分からず首を傾げている


「これは何だ? 柔らかいが……」


 ララはそれを手に取ると少し破いた、中からはティッシュペーパーと同じ素材の紙が出た来て皆が驚いた。


「これはティッシュペーパーの小さいサイズで、ポケットティッシュです」

「はぁ? こんなもんまで作ったのかよ!」


 ララはニッコリ笑うとポケットティッシュをひっくり返してリアム達に見せた。


「見て見て、裏にはスター商会の広告を入れてあるの、面白いでしょ。これをスターベアー・ベーカリーに来た人や、スター商会に来た人達に配ろうと思って」

「はぁ?! 無料でか?!」

「勿論! 宣伝するためだもの、お金を取るのは可笑しいでしょ」


 リアムは頭を抱えて黙り込んでしまった。ララが高価な物を何でも、誰にでもホイホイ上げてしまうのがリアムの頭痛の種の様だった。ランス達も呆れたような顔をしている。だけどセオはこんなやり取りを見ると面白くてしょうがなかった。自然と笑みがあふれて来て、それを止めるのにいつも一苦労するのであった。


「……配るのは分かった。それで何個用意してあるんだ?」


 ララはリアムに聞かれると、魔法鞄から大きな箱を三箱取り出した。


「一箱に千個入ってるから全部で三千あるかな、あ、あとこれも――」


 ララは先程のポケットティッシュよりも少し小さめの、同じ様なポケットティッシュを鞄から取り出した。そしてまた一枚取り出すとリアム達に渡して見せた。


「これは……紙に何かマークが入ってるぞ、それにいい香りがする……」

「可愛いでしょ! 子供用のポケットティッシュなの! マスコット熊達とスター商会の星のマークをプリントして、イチゴの香りを付けてみたの、これは少し時間が掛かったから千個しか作れなかったんだけど、子供達喜ぶよね!」


 セオは噴き出して笑いそうになるのを何とかこらえてリアム達の方を見た。するとリアムを始め全員が無表情で何かを悟ったような顔になっていたのだった。


 その後商業ギルドのギルド長であるベルティにもポケットティッシュとティッシュペーパーを上げに行きたいと言うララを、何とかトミーとアーロに行かせるという事で諦めさせ、一通り店での作業を終えるとディープウッズの屋敷へと戻った。


 リアム達は今夜も店に泊まり込みになるのだと言って、泣きそうな顔になっていたのだった。


 夕食を終えてララの自室へと戻り 二人きりのまったりタイム とララが名付けた時間を迎える。セオはこのララと他愛もない事を話す時間が何よりも好きであり大切な時間でもあった。


 間もなくセオは学校入学となる、そうしたらこんな時間も、そして一緒に夜を過ごすことも叶わなくなるのだ。自分の夢の為とはいえ、この時間が無くなってしまうのは、セオにはとても寂しい物であった。


「ねぇセオ……学校に行ったら、なかなか戻ってこれなくなるのかな?」

「うん……そうだね、長い休みの時だけになるかな……」


 ララがセオにぎゅっと抱き着いてきた。どうやらセオだけでなくララもこの時間が無くなってしまうことが寂しい様で、同じ思いにセオは少し嬉しくなった。


「ララ、大丈夫だよ。何かあったらすぐに転移して飛んでくるから」


 そう言ってセオの方からもララを抱きしめると、安心したような笑顔をセオに向けてきた。セオはララの頭を優しく撫でながら、必ず騎士になりこの笑顔を守り抜こうと強く思ったのだった。


 こうしてセオの充実した一日は過ぎて行き、また新しい朝を迎えるのである。

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