第110話 閑話9  カレンダー

 スター商会の自分の執務室で、私は一生懸命にとある人物の絵を描き上げていた。これは年末に向けて今から準備しておかなければならない物であり、お付き合いのある商会や、お世話になっている商業ギルドや近所の方々に、年末のご挨拶として送る品であった。


「ララ、何か作業してるんだって?」


 セオが裏庭でタッド達に剣術の稽古を付けた後、リアムを連れて私の執務室へと戻ってきた。二人共汗をかいている様子を見ると、リアムも稽古に参加して居た様だ。


「何だ、絵を描いていたのか?」


 リアムとセオは何気なく私の手元を覗き込んできた。すると急に顔色が変わり二人で顔を見合わせた。


「何だこれ、マスターと師匠の絵ばかりじゃないか!」


 私が描いていたのはアダルヘルムとマトヴィルの姿絵だ。顔だけアップの物などもあり、二人の普段見せる様々な表情が描かれていた。意味が分からず困惑している二人に、この絵の用途を話すことにした。


「これは年末の挨拶の際に、取引先に配る【カレンダー】に使う物なのです!」


 そう、この世界には暦表(こよみひょう)なる物はあるが、前世の様なカレンダーが無いのである。

 なので売り物ではなくこの店と取引のある店にだけ渡す、特別なカレンダーを作ろうと思ったのだった。

 勿論商品としてのカレンダーも、花の絵や森の中の絵を描いて作る予定だが、この店と取引があることで得られる、特別なものを用意したかったのであった。


「ララ、それでなんでマスターと師匠の絵が必要なの?」

「ふっふっふ、セオ君、良くぞ聞いてくれました」


 私は引き出しから既に作り終えている、二種類のカレンダーを取り出した。そして先ずは最初に賢獣カレンダーを二人に見せてみた。


「これは賢獣カレンダーです」

「「賢獣カレンダー?!」」

「そう、暦表と言えば分かりやすいでしょうか、一月ごとに可愛らしい賢獣達の絵が描かれているのですよ」


 私は ふっふっふ と笑いながら一月ごとにめくって見せる。


 1月はスター商会のマスコット熊であるアリーとオリー、2月はリアムの賢獣ブレイ、3月はセオの賢獣モディ、4月はアダルヘルムの賢獣アル、5月はマトヴィルの賢獣アーニャ、そして6月はマスコット熊のセディとアディとマッティ、7月は私の誕生月なのでココ、8月から11月はそれぞれをグループで描き、最終月の12月は全員をサンタの恰好で描いてみた力作なのだ。


 賢獣カレンダーを見るとセオの目が輝きだした。どうやらかなり気に入ってくれた様だ。リアムも9月のブレイがココやモディと戯れている姿が描かれているのが気に入ったようで、目尻を下げながら9月を一番長く見ていた。


「どうですか? かわいいでしょ?」


 前世のアイドルのカレンダーを目標に作り上げたので、賢獣達がかなり可愛く描かれている。こんな素敵なカレンダーを気に入らないはずが無いのだ。


「俺! コレ欲しい!」


 セオが普段は物を強請ったりなどはしないのだが、賢獣達の可愛さにノックアウトされたようで、頬を染めて頼んできた。既に魔法陣を使ってコピーを50部程作成しているので、どうぞとお渡しする。

 リアムも欲しそうな顔をしていたが見せた1部しか無いと思っていたのだろう、我慢しているようだったので、キャビネットから同じものを取出して渡してあげた。


 すると目の前に新しいお菓子でも出て来たときの様な、キラキラした表情を浮かべて、喜んで受けとった。


 次に私はもう一つ出来上がっているカレンダーを見せることにする。ただしこれは男性従業員の意見が聞きたいので、ドワーフ人形のスノーに頼んで、手の空いている男性陣を呼んでもらうことにした。

 少しすると部屋にはランス、イライジャ、ジュリアン、トミーとアーロそしてビルがやってきた。マシューはスターベアー・ベーカリーが開いている時間だった為、残念ながら来れなかった様だ。


「ララ様、新商品とは何でしょうか?」


 質問してきたランスにこくりと頷いて見せると、私は美女カレンダーを男性陣に見せることにした。


 1月、先ずはお母様だ。雪の中で佇む女神の様なお母様を描いてみた。2月、今度はオルガだ。オルガの色っぽさを出して描いている。3月、可愛らしいアリナだ。花に囲まれた美しいアリナを描いた。そして、4月は私とノア、美女とは呼べないが双子の可愛らしさを描いて見せた。


「これは……暦表なのですか? 何と素晴らしい!」


 お母様の描かれている1月を食い入るように見ながら、ランスが感心したように声を出した。そして美女カレンダーに見入っている男性陣に、私は8月をめくって見せてみた。


 そこには色とりどりの水着を着た、美しい美女達が描かれていたのであった。勿論、破廉恥になってはいけないので、ワンピースの水着である。それもレースで足などは隠れている、だがその少し透けて見えるところが男心をくすぐるのか、全員が真っ赤な顔になりカレンダーから顔を逸らした。でも視線だけは絵を見ているので、気にいっては居る様だった。


「どうですか? これは30冊限定の特別カレンダーですよ、皆が欲しがるとは思いませんか?」


 これには皆がギラギラした目で頷いて見せた。私が 欲しい人にはプレゼントしますよ と言うと皆が手を上げたので、あっと言う間に残りが22部になってしまった。


 珍しくセオも欲しがったので理由を聞くと、私とノアの描かれている月が気に入ったのだと、頬を染めて言っていたので、心がほっこり温まった私であった。


 因みにジュリアンは3月のアリナを直視できない様で、顔を手で覆い、指の隙間からそっと覗いて見ていたので、笑ってしまったのであった。


「という事は……ララ、まさかマスターと師匠のカレンダーもこんな感じで作るのか?」


 リアムの問いに私は小さくこくりと頷いた。アダルヘルムとマトヴィルには既に多くのファンが出来ている、このカレンダーが欲しくて取引を望む店が増えても可笑しくない位だ。だからこそプレミアが付き、価値のある年末の挨拶の品となるのであった。


「ふっふっふ……これで増々この店と取引がしたい店が増えますよ」


 そう言って私がニヤリと笑うと、男性陣のゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてきた。どうやら私はかなり悪い顔になってしまって居た様だ。



 次の日、出来上がったアダルヘルムとマトヴィルのカレンダーを、リアムとセオに見せることにした。その美丈夫カレンダーは50部だけ作っており、取引先限定早い者勝ちカレンダーにする予定でいた。

 つまり、ウチのスター商会に早く挨拶に来て重要視してくれる店程、賢獣、美女、美丈夫のカレンダーから自由に選べることとなり、無くなってしまうと、スター商会で販売予定の普通の風景画カレンダーとなってしまうという事なのだ。

 勿論こちらから挨拶に出向くこともあるので、渡せる数はかなり少なくなってしまう。その上、美丈夫カレンダーをスター商会の従業員も欲しがった事から、残りは40部となってしまった。これは噂になればアッと言う間に無くなることは間違いなかった。


 先ずは商業ギルドへと挨拶に向かった、ベルティは賢獣のカレンダーをいたく気に居てくれたので、それを渡すことになった。ベルティの後ろでは、フェルスが美女カレンダーを物欲しそうに見ていたので、後で内緒でそっと渡してあげた。すると今まで見たことのない可愛らしい笑顔で、フェルスは喜んでくれたのだった。

 商業ギルドの受付のお姉さま方もカレンダーの噂を聞きつけて来て、アダルヘルムとマトヴィルの美丈夫カレンダーを欲しがった。なので同じ様にそっと渡してあげると、女子更衣室に飾るのだと言って嬉しそうに微笑んでいたのであった。


 一番に商業ギルドへとカレンダーを持っていったことで、商業ギルドにいるスパイであるネズミ達から、色んな店へとカレンダーの情報が行ったようだった。その後、リアムの元には挨拶の面談がたくさん入り、只でさえ忙しい年末がもっと忙しくなてしまったのだった。


 挨拶に来た人たちだけで、プレミアカレンダーは全て無くなってしまったので、仕方なくご近所には普通のカレンダーとお菓子を持ってお礼に回ることになった。申し訳ない――


 ただし、スターベアー・ベーカリーには美丈夫カレンダーを飾ったので、来店するお客様からの問い合わせが殺到して、尚更リアム達を忙しくさせてしまったのだけど……



 そして、無事に年末を迎え、店を年末年始の間閉める前に忘年会をする事となった。私はここで皆に重大発表をすることにしたのだった。


「えー、皆さん今年も一年お疲れさまでした、経営も順調のまま一年を締めくくれたことを嬉しく思っています」


 皆から拍手が上がり私は手を挙げてそれに答えた。そして――


「さて、人気のあったカレンダーの事ですが、来年は従業員カレンダーを作る予定でいます」

「「はっ?!」」


 ここで大勢から間の抜けた声が上がった。自分達がカレンダーになるなど思っても居なかったのだろう、開いた口が塞がらないといった様子を見せていた。


「これは、普段皆が一生懸命に働いている姿を取引先の皆様にお伝えするための物です。ですから今回のプレミアとは別で、数も沢山作成し、全ての取引先に配る予定でいます」

「はいはーい、ララ様、僕も絵になるの?」

「ピーも?」


 可愛いゼンとピートが手を挙げて質問してきた。私はきゅんと胸がなるのを感じながら、二人に頷いて見せた。するとカレンダーになることが嬉しかったようで、その場で二人はキャッキャと踊り出した。


 ううう……なんて可愛いのかしら! 今すぐ二人を描きたい!


 そんな事を考えながら私は、啞然としている皆に話を続けた。


「なので皆さん、来年一年も良い笑顔で働けるように頑張ってくださいね」


 新年になり仕事が始まると、皆の顔つきがあからさまに変わった。私が様子を見に行くと、皆がどんなに忙しくても笑顔のままで働いているのだ。元々接客業のスターベアー・ベーカリーの皆ならわかるが、スター商会のランスやイライジャも書類をまとめているのにも拘らず、ニコニコして楽しそうに仕事をしていた。勿論リアムもだ。

 何だか気持ちが悪くなってしまい理由を聞いたところ、いつカレンダーの絵にされても良いように、笑顔でいるのだという事であった。


 これは早目に絵を描き上げてしまわないと、仕事に支障が出そうだということになり、新年一番の私の仕事は、何故か来年のカレンダー制作となってしまったのだった……




 この後、スター商会のカレンダーの噂はレチェンテ国の国中に広まっていき、カレンダー欲しさに多くの店からスター商会と取引を望む声が上がる事となり、リアムは益々忙しくなっていくのである。


 因みに、美丈夫カレンダーは有名なアダルヘルムとマトヴィルが描かれているという事もあり、騎士として、武術家として憧れを持つ多くの武闘家達からも、欲しいと声が上がるのであった。

 その為、販売不可の美丈夫カレンダーは、プレミアが付き、闇ギルドで高値で取り扱われることになっていくのだが、それはまた別の話であった。

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