第99話 領主の訪問

 ジェルモリッツオ国の商人マクシミリアン・ミュラーは商談にも客室にも満足し、自国へと戻っていった。


 とにかくミュラーはこの店での滞在を気に入ってくたようで、部屋の素晴らしさには驚いてみせていた。それから食事やメイドのアリーとオリーにも 素晴らしい! 凄い! など言って褒めちぎり、頻りに感動していたのだった。彼が帰った後少しホッとした私達であった。



 そして今日はメイナードの父親であるブルージェ領主のタルコットが、ディープウッズの屋敷へと来ることになっていた。自分の妻や子共が危険に晒されていたことをどれだけ理解して居るかは分からないが、ここに訪ねてくるという事は少しは領主としての立場を理解して、城の中を改善していると信じたいものだ。

 もし以前と変わらないままで有ったら、メイナードもロゼッタも城へ帰す気は全くない私であった。


 私は朝食を終えると、ロゼッタのいる客間へと向かった。そこでメイナードとロゼッタは朝食を摂っている、2人が食事を終えるころを見計らって健康観察へと行くのが毎朝の日課となっていた。

 そしてその後自分の勉強をしたり、スター商会へメイナードと共に行くのが日々の流れになっているのだった。


 ロゼッタはお母様の薬のお陰でかなり体が改善されていた。顔色も良くなり、最近はゆっくりだが中庭を散歩したりも出来るようになっていた。これにはドナもハンナも喜んでおり、このままこの屋敷にずっと居たいと言うほどだった。


「ロゼッタさん、おはようございます。お加減はいかがですか?」


 朝食を終え、メイナードと食後のお茶を楽しんでいるロゼッタはとても可愛らしい笑顔で私の方に振り向いた。食欲も出て来たことで、以前のようなガリガリではなくなったが、それでもまだ体の線は細かった。

 メイナードは父親によく似た髪色をしていたが、雰囲気や仕草はロゼッタにそっくりだと、いつもロゼッタの笑顔を見ると思っている私であった。


「ララ様、お陰様で今日は随分調子がいいです」


 私はロゼッタの脈を見たり、魔力の流れを見たりする、どちらも落ち着いているようで、今日タルコットと面会しても問題ないだろうと安心をした。

 メイナードも母親が日に日に元気になっていくので、心の落ち着きを取り戻しているようだし、タルコットに会っても問題ないと主治医として? 許可する事にしていた。

 ただし、私とアダルヘルムもその面談には立ち会う予定でいる、ロゼッタとメイナードが同情から帰宅を選んでしまう可能性があるため、前と同じ状況にならないためにも話は聞かせて貰おうと思っていたのだった。


「今日は父上が来られるのですよね……」


 メイナードが少し曇った表情を浮かべながらロゼッタに話し掛ける、ここでの生活が楽しいから帰りたくない気持ちと、領主の子として帰らなければと思う気持ちがある様だった。

 そんなメイナードの頬をロゼッタは優しく触れると話し出した。


「メイナード、貴方は私の宝です、例え相手が誰であっても私が貴方を守りますからね」


 ロゼッタの言葉にメイナードは嬉しそうに微笑んで見せた。ずっと会えなかった母親に毎日会い、そして甘えることが出来る事が嬉しいのであろう。二人の様子を見て尚更領主邸には帰したくないと思ってしまう私であった。

 私は二人に自分の気持を前もって話しておくことにした。遠慮から領主邸に帰ることを選択して欲しくなかったからだ。


「ロゼッタさん、体調は随分良くなりましたが、今無理をするとまた同じ状態になってしまうのは分かりますね?」


 私の言葉にロゼッタは頷く、メイナードもだ。


「私の屋敷にはずっと居て下さって構わないと思っております。ですから、整っていない環境の中へ戻ることだけは選ばないようにお願いします」


 ロゼッタは真剣な表情で はい と小さく答えると頷いた。やはり遠慮する気持ちが有った様だ。


「それからメイナード、メイナードはお勉強もお手伝いも本当によく頑張っているとってもいい子ですよ、だから我慢して嫌な人の言う事を聞く必要はないですからね」


 メイナードは嬉しそうに微笑むと頷いた。あんな小さな子を鞭で叩くような教師がいるところへなんかに、私の大切なメイナードを帰す気など微塵も無い。あのガブリエラと言う教師が領主邸にいる限りメイナードの心の傷は癒されることはないのだから……


「それでは時間になりましたら一緒に応接室へ行きましょうね。それまでゆっくりお過ごし下さい」


 私はロゼッタとメイナードに挨拶をすると部屋を後にした。

 

 領主のタルコットが来る前にやっておかなければならないことがある、先ずはリアムに挨拶だ、通信魔道具を使い連絡をする。


「リアムおはよう」

「おう、ララもセオもおはよう、今日はこっちには来ないんだな」

「うーん、領主のタルコットさんの様子次第では、午後からもしかしたら行くかも」

「そうか……無理するなよ」


 子供である私とセオが忙しく働いていることにリアムはいつも心配をしてくれている、働き蟻の日本人的には好きな事をさせて貰っているだけで、疲れや苦痛は無いのだが、6歳児がこれだけの仕事を熟しているのは心配になる様だ。リアム的には休めるときに休んでおけという事らしい。


「あー、それと、ミアの友人の面接と、ビルの弟の面接を明日やる予定だ」

「良かった、連絡取れたんだね」


 私との話の後、ビルはすぐに弟に手紙を書いたようで、家を追い出される前にビルから連絡が来たことにホッとしていたそうだ。それからミアはあの後、アーロと共に前住んでいた住宅に行き、友達にパートの事を話したそうだ。二人共とても喜んでいたそうで、子供連れで明日の面接に来てくれることになっていた。


「リアム、すぐに対応してくれて有難うね」


 通信口で照れているのか、ぶっきらぼうに おう と一言言うとリアムは通信を切った。可愛い青年である。


 その後は領主の叔父であるブライアンに渡すお菓子の箱詰めの準備をした。勿論箱の中には私の魔力たっぷりのメレオン君を忍ばせておく、これでブライアンが悪巧みを行えばすぐに分かるという物である。


 そうこうしているうちに、時間となりアリナが呼びに来てくれた。一緒にアダルヘルムもいる、このままロゼッタの部屋へと行き、皆で領主であるタルコットが待つ応接室へと向かった。


 私達が部屋に入ると緊張した面持ちでタルコットは立ち上がった、後ろにはイタロも控えている、そして護衛には先日声を掛けてきたピエトロという名の隊長がいた。どうやらアダルヘルムはちゃんと彼ら兵士の事をタルコットに伝えてくれていたようだった。


 タルコットはロゼッタとメイナードの姿を見ると、安堵したと共に驚いて居る様だった。間も無く死んでしまうかも知れないと言われていた妻が、自分の足でしっかり歩いているのだ。それもそうだろう。

 ただし、あのまま城にいたら必然的にそうなっていたのは間違いないのだが。


 それにメイナードは以前より自分に自信を持った顔つきになっている、ガブリエラから聞いていた息子のイメージとは違い、驚くのも無理は無いと思った。あのクソ婆……失礼、あのガブリエラと言う人はメイナードの事を愚かだとか、記憶力が悪いなど散々な事を言っていた。こんなにも賢そうなメイナードを見てそんな事を言ったとしたら、人を見る目がない人間と取られても可笑しくないだろう。

 それだけガブリエラはメイナードの事を、不愉快にタルコットに報告していたのだった。


 簡単に挨拶を済ませて、皆でソファへと座った。ロゼッタとメイナードは私達側だ、まだ帰す気はない事をアピールしておく。

 

「ララ様、アダルヘルム様、妻と息子がお世話になっております。それから先日は有難うございました」

「いいえ、メイナードの友人として当たり前のことをしたまでです」


 私がニッコリと微笑むとタルコットはホッとしたように笑顔を見せた。この前結界を張るときにブライアン達を吹き飛ばしてしまったので、恐れているのかもしれなかった。


「それで領主邸の方はどうですか? 何か変わりましたか?」


 タルコットの顔が曇った、イタロもだ。何だか言い辛そうに口ごもっている。

 すると一息ついて決心したような顔をして、タルコットが話し出した。


「叔父上は……私には優しい方でした。ですから……その……証拠と言いますか、何かしていたという確証が掴めませんで……」


 甘言を吐く叔父にタルコットは甘やかされてきたのだろう、結局優しい人を、そして頼りになる人を排除できない様だ。それが例え相手の思惑通りだとしても――


「そうですか、ではガブリエラ先生という方もまだいらっしゃるのですね?」


 タルコットは渋い顔をして頷いた。叔父であるブライアンの推薦の教師を、辞めさせることは出来ないのだろう。

 私は大きなため息をついた。タルコットはすっかり叔父様依存になっている、自分で考えずにブライアンの指示通りに動いていれば、間違い無いと思っている様だ。


「申し訳ありませんが、ロゼッタとメイナードをお返しすることは出来ません……」

「いや、しかし……」

「今一緒に戻られたとしても、また同じ事になるのは目に見えてます。友人として危険な場所へは送り込めません」

「そ……そんな……危険だなんて……」


 まったく分かっていないタルコットにため息が出てしまう。二人を愛しているのは分かるのだが、守ろうとする意識は低いように思える。

 私が呆れているとロゼッタがタルコットに声を掛けた。


「タルコット様、私は此度の事で子共が産めない体になりました……」


 タルコットとイタロ、それにピエトロが息を吞む声が聞こえた。淑女が人前で話すような事ではないのかもしれない、それだけにロゼッタの覚悟が分かった。


「それでも、私を妻と仰いますか?」


 タルコットはロゼッタの目をじっと見つめて話し出した。


「ロゼッタ、私は君に傍にいて欲しいと思っている。例え子共が授からなくても、君が私の妻であることは変わりはない。それに僕達にはメイナードがいる、それで十分だ」

「……分かりました。では今後はメイナードを次期領主として育て上げることに、力を注ぎ、領主としての教育していきたいと思います」

「そ、それでは戻って来てくれるんだね」


 嬉しそうな表情を浮かべるタルコットに対して、ロゼッタは首を横に振った。


「次期領主の命が狙われるような場所へは、メイナードを連れては行けません」

「そんな……」

「それと、今後は私がメイナードの勉強を見ますので、ガブリエラ先生を辞めさせてください」


 タルコットは黙ってしまった。やはりブライアン達には逆らえない様だ。


「父上、僕は今とっても楽しいです……」

「……メイナード……」

「お勉強も毎日アリーに見て貰いながらしてます。アリーはガブリエラ先生の様に鞭で叩きません。それにとっても褒めてくれます」

「メイナードはとても物覚えも良く、もう三桁の計算も出来るのですよ」

「えっ?!」


 ガブリエラからメイナードが勉強が出来ないと聞かされていたタルコットは、とても驚いたようだった。三桁の計算はこの世界では学校に入学してから習うようなレベルだからだ。


「それに、お店の手伝いもしています。皆が優しくしてくれます。それに、友達もできました。ララもセオもタッドもゼンもピートも皆僕の大切な友達です。だからここから離れたくありません」


 年齢よりも幼くて愚かだと聞かされていた息子に、ハッキリと帰りたくないと言われてタルコットはガックリと来て居る様だった。彼には領主としての自覚だけでなく、きっと信頼できる仲間も足りないのだろう、そういう風に育てられてしまったタルコットに少し同情してしまった。


「タルコットさん、貴方が信頼できる友達は何人いますか?」

「友達……?」

「それに、自分の領を歩いたことはありますか?」

「そんな危険な事はタルコット様にはさせられません……」


 イタロが自分の主を守ろうとしてきたが、それがダメなのだと思ってしまう。


「危険な領にしてしまったのはどなたなのでしょうか? 自分の守るべき領を知らなくて領主と言えますか?」


 イタロがグッと言って黙ってしまった。自分達が守り納めなければいけない領を、危険だと言っているのだから笑止千万である。

 タルコットは手を膝の上で握りしめると、悔しそうな表情を浮かべた。そして――


「でも……私にはどうしたら良いか分からないのです……」


 ポツリと涙を流しながらタルコットはそう答えたのだった。

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