第98話 弟と息子と人材不足

 その後、無事ミュラーとの商談は終わり、後の事はリアムに任せてタッド達子供の所へと向かった。決して今日の商談で色々やらかして、リアムに怒られるのが怖かったからではない。おやつに食べたケーキの感想を、みんなに聞きたかったからだ。


 大人組は商談に夢中になったせいで、ケーキの味の事は忘れてしまった様なので、本当に役に立たない……ではなく残念だった。勿論原因が私にあるので、そんな事は怖くて言い出しはしなかったが、何もリアム達まで忘れることはないだろうと私は思った。


 もう一緒に行動するようになってずいぶん経つのだから、そろそろ私やセオの行動にも慣れてくれたらいいのになと、私は自分の一般常識がない事を棚に上げて、そんな事を考えていたのだった。


 先ずは食堂に顔を出すと、ビルとマルコがケーキを丁度食べている所だった。美味しそうな表情を浮かべながら楽しそうに話をしていた。


「ビル、マルコ、ケーキの味はどうですか?」

「ララ様、どれも美味しいです! 一番が決められませんね」

「少女よ! いやララ! ララ様よ! 美味いぞ! 俺の為に作ったんだろう!」


 マルコは口を大きく開けて ガハハハッっ と顔に似合わない笑顔で笑っているが、見慣れてくると可愛らしい顔との違和感が消えてくるので不思議であった。

 ビルに至っては、マルコの様子を何とも思っていない様だった。そう最初からビルはマルコの事を嫌がらず、そして迷惑がらず、その上見た目とのギャップに気持ち悪がらずに面倒を見てあげていた。

 どうやら自分の兄弟の中でも小さな子達をマルコは連想させる様で、ビルにはマルコの事が可愛い弟の様に見えるらしかった。


 因みにビルは今年17歳、マルコは今年21歳……精神年齢は逆なのであろう……


「薬品などの研究所を作る話は聞いた?」

「はい、楽しみにしています」

「俺の為か! 俺の為だろう! 結婚――」

「場所はどこになりますか?」

「お母様が代表だから、ディープウッズの森の中にとは思っているんだけど……」

「何か問題が?」

 

 私は頷きながらセオの顔を見た。セオは分かっているので苦笑いをしているが、薬や化粧品、それから、食品などの研究をするとしたら、人を雇わなければならない。マルコを中心……いや、マルコと一緒に働ける人でないと厳しいだろう。

 ビルは製作担当なので、別の場所で働くマルコに付きっきりと言う訳にはいかなくなる、そうなるとマルコのお世話は誰がするのかという事になってくる。

 才能が有って、仕事には真面目なマルコなので辞めさせるつもりは無いのだが、問題は一緒に働ける良い人が見つかるかという事であった。


 本人を目の前にしては話せなかったのだが、ビルは何と無く私とセオの顔を見て分かってくれた様だった。マルコ本人はまったく気にせずにケーキを夢中になって食べていた。


「ララ様……ご迷惑でなければ、俺の弟と会って頂けませんか?」

「弟さんですか?」

「はい、俺は10人兄弟なんですが2つ下に弟がいて、あいつももうすぐ成人なので多分そろそろ家から追い出されると思うんです……もし迷惑でないのならここで働かせて頂けないかと……」

「もしかして、弟さんも手先が器用なのですか?」

「はい、兄弟の中で一番器用だと俺は思っています」


 ビルの弟ならいい子だろう、これならビルがマルコに付いて研究所に行っても良いし、弟さんが研究所に行きたいというのならそれでも構わない、こちらとしても有難い提案だ。

 だが、ビルは私情を挟んでいると思ったのか、申し訳なさそうな顔をしていた。なので私はビルの手をギュッと握るとニッコリと微笑んだ。


「ビル! 弟さんさえ良ければいつでもお会いしましょう! とっても有難いお話ですから」

「ほ、本当ですか?!」

「ガハハハッ、良かったな、ビル!」


 まるで他人事のようなマルコだが、ビルが喜んでいる事は友達として嬉しい様だった。私はビルに黒の紙飛行機用の用紙を渡した。裏ギルドから黙って抜け出してきたビルは、今は実家とも連絡を取っていないし、外にも出歩かないようにしているため、弟さんと連絡を取るのに郵便飛脚を使う訳には行かないのであった。だが、用紙を見た途端、マルコの目つきが変わった。


「なっ! なんだ、なんだそれは! 俺にも見せろ!」


 紙飛行機は今現在、郵便飛脚の事を考えて商品として販売してない。その上、私が全て作っている為、マルコ達は見たことが無かった。

 見たことのない商品を目にして大騒ぎをしているマルコに、仕方なく音のなるピンクの鶴型折り紙を渡して大人しくさせた。これは商品として販売しているので他の人に見られても問題はない。

 ただ、作るのに魔力をかなり使う為、マルコに作れるかは分からないところでもあった。


 ビルに紙飛行機の使い方を教えて、弟さんにいつでも良いから面接に来るように伝えてもらう。ビルはとても嬉しそうに微笑んだ後、私にお礼を言った。


 私はビルがこの店に来てから、とても幸せそうに働いているのを嬉しく思ったのだった。


 その後スターベアー・ベーカリーに顔を出した。子供達は一生懸命仕事のお手伝いをしているようで、レジに入ったり、洗い物をしたり、分量を量ったりと、普段から手伝っているタッドとゼンはすっかり戦力になっていた。

 メイナードとピートには2人と同じ事をしろと言っても無理なので、試食用のパンを切らせたり、物の片づけをさせたりと、ミリーとミアがレジに入りながら出来る仕事を割り振ってあげていた。一生懸命頑張る姿はとても可愛かった。


 ケーキは子供達以外は休憩中に食べる様で、まだ食べておらず意見が聞けなかったが、子供達はどれも美味しかったと喜んでいたので、もしかしたら全て商品化する可能性もあった。

 その為にはやはり人手が欲しい……ここまで良い人たちに恵まれているので、商業ギルドでいい人材が見つかればいいのだが、誰でも良い訳ではないので難しいところでもあった。


 私が難しい顔をしていたのが分かったのか、心配そうにナッティーが声を掛けてきた。


「ララ様、どうかしましたか?」

「あ、ごめんなさい。人材不足で皆さんが忙しいのは分かってはいるんだけど、すぐには良い人が見つからないかも知れなくて……」


 今はドワーフ人形やマスコット熊たちの協力で何とか店を回していけているが、ずっとこのままではいけないだろう。もっとドワーフ人形を増やしても構わないが、出来れば人を雇って街の活性化にも繋げていきたい。

 だからといって誰でも良いという訳には行かないし、難しいところでもある。


「あの……ララ様……ウチの息子を呼んでも宜しいでしょうか?」

「えっ?」

「ペイジ、バカなことを言うな、あいつは修行中だぞ!」

「でも……」


 マシューに怒られてペイジは口を噤んでしまった。私は詳しく聞きたくなって、マシューに頭を下げた。


「マシュー、ペイジから話を聞いてもいいかしら? 店が繫盛しすぎて人材不足なのです、子供たちが学校に通う前に人材を集めたいのです」


 いずれは私も学校に行くようになるが、先ずはセオが学校入学まで一年を切っている。次にタッドだ、その後ゼンも入学となると、ちょっとしたことを手伝ってくれている彼らが一斉にいなくなってしまったら、店は回らなくなってしまう。子供ながらも彼等は十分に戦力なのだ。


 マシューは私が頭を下げたことで、ペイジが話すことを許してくれた。二人の息子さんは王都の大きな店に修行に出ている様だ。マシュー夫妻が鍛えただけあって、かなりの料理の腕前らしいが、下積み期間の為今は皿洗いのみの仕事らしい。それに不満は無いのだが、問題は先輩からのいじめの様だ。

 才能があるだけに妬みがひどく、賄いを作ろうものならどんなものでもまずいと言われ、捨てられてしまっている様だ。

 今まで何も文句も言わず頑張っていたらしいが、同期の子が足蹴にされているのを見て、遂に切れてしまった様だった。


 それで、居ずらくなって母親であるペイジに相談してきた様だ。その友達も連れて実家の店に戻っても良いかとの連絡だったらしいが、店は潰れた と伝えると、今もいじめに耐えながらその店で働いているとのことだった。


 私はふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じた、今すぐマシューの息子さんの居る店に怒鳴り込みたくなったのだ。そんな私に気が付きセオがそっと手を握ってきた。私は深呼吸をして気持を落ち着かせる。


「マシュー、ペイジ、息子さんを面接させていただけませんか?」

「しかし、あいつは修行中で……」

「マシュー、今の息子さんの店で、本当に修行になっていますか?」


 マシューはグッと口をつぐんだ。息子を甘やかしたくは無いのだろうが、ただのいじめしか受けていない店では、修行にならない事は分かっているのだろう。


「……ララ様のお眼鏡に叶うか分かりませんが……息子で宜しければ、面接をお願いします……」

「マシュー、有難うございます!」


 マシューの言葉にペイジもホッとしたような表情を見せた。早速、今日にでも手紙を書くと請け負ってくれた。


「ララ様、あの……昼間だけでも働ける者は、必要ありませんか?」


 話が聞こえたミアが声を掛けてきた。


「どなたか良い方がいらっしゃるのですか?」


 ミアは私の顔を見ながらこくんと頷いた。そばにいるピートも何だか嬉しそうに真似をして頷いている。


 可愛い――


「以前住んでいた集合住宅で友達がいたのですが、内職をしている者が殆どでした。小さな子共がいると普通には働けませんし、女性は働ける場所も少ないですから……でもこちらであれば、順番に子供の面倒を見ながらでも働かせて頂ける気がして……差し出がましいのですが……いかがでしょうか?」

「成程! 【パート】さんですね! それは有難いですね!」

「ぱ……ぱあと? ですか?」

「因みに何人いらっしゃいますか?」

「はい、私の友達は二人です。一人は5歳の子供を持つ友人と、もう一人は6歳4歳の兄弟の子を持つ友人です」


 大変有難い話だと私はミアにお願いして、その二人に連絡を取ってもらうことにした。これで少し人材不足が解消される、でも研究所を作るとなると、まだまだ人が必要なのであった。


「皆さんのお陰でスターベアー・ベーカリーは何とかなりそうですね。本当に皆さんは私の宝物です。これからも私を支えて下さいね」


 そうお礼を言ってスターベアー・ベーカリーを後にしたのだが、皆が私の言葉に感極まって泣いている事など気付きもしない私であった。


 ミュラーとの話も終わっただろうと、リアムの執務室に向かった。リアムは案の定執務室に戻っていて、仕事に精を出していた。私とセオが部屋へ入っていくと、何故かギロリとこちらを睨んできたのだった。


「リアムどうしたの?」


 リアムは私の言葉を聞くと大きく目を見開いた後ため息をついた。周りの皆も同じ様にため息をついている。


「ララ、セオちょっとそこへ座れ」


 リアムに言われて私とセオはソファへと座った。執務用の椅子に座っていたリアムも、私達の向かい側のソファへと座りジッとこちらを見てきた。


 何かミュラーと問題でもあったのだろうか?


「お前たち、自重って言葉を知ってるか?」


 私とセオはリアムの言葉にこくんと頷いたが頭の中は ? である。


「前から何度も何度も言っているが、常識を少しは考えろ!」

「何の事?」


 私たちが意味が分からず問い返すと、リアムは呆れた顔になってしまった。一体どうしたのだろうか。


「セオはまだ良い……ブルーアイアンの事は可愛いもんだ」

「はあ……?」

「はあ? じゃない、一番の問題児はララ、お前だ!」


 そう言えばミュラーの前でノアに変身したりと、色々とやらかしたのを思い出した。従業員の事ですっかり忘れていた私は笑って誤魔化してみた。


「えへへ、まあ、いつもの事って事で、リアムごめんね」


 リアムは頭を抱えてしまった。周りの皆もだ。


 暫くしてリアムが復活するとお小言が始まった。とにかく簡単に正体を現すなとか、高価な物を人にホイホイ渡すなとか、商品として出すなら俺に先に話しておけとか……いつもいつも言われている言葉に素直に ハイ、ごめんなさい と言いながら謝り、何とか許しを得ることが出来たのだった。


「それで、話が有ったんだろ?」


 やっと機嫌が直ったリアムがお茶を飲みながら、質問をしてきた。いっぱいお小言を言って喉が渇いたようだ。ジョンが入れてくれたお茶を一気に飲み干している。


「あのね、従業員が増えそうなの!」


 私はビルやスターベアー・ベーカリーの皆と話した事をリアムに伝えた。するとリアムも嬉しそうに頷いてくれた。


「そうか……スターベアー・ベーカリーの方は何とかなりそうだな、後はこっちと研究所か……」

「商業ギルドには募集は掛けてるんでしょ?」

「ああ、また面接だな……」


 仕事がどんどん増えていくリアムは、また大きくため息をついたのだった。


 ごめんね、リアム……宜しくね。


 そう心の中で思う私であった。

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