第97話 剣の行方
「あー、セオ殿は儀礼用の剣をお作りになる気はございませんか?」
「儀礼用ですか?」
「はい、式典などに使われる装飾が凝った物です。どうでしょうか?」
セオはすぐに首を振った。ミュラーも答えが分かっていたのか笑顔で頷いていた。
「やはりそうですか……有名な鍛冶師ほど実用的な物以外は作りたがらない……不思議なものです」
ミュラーの話では、実用的な剣はどんなに良いものでも、それ程高くは買取れないらしい。残念ながら儀礼用の、普通の剣としては使えない装飾に力を入れたものほど高いのだそうだ。
「それにしてもこの剣の鉄は、一般の物とは違う気がいたしますが……」
「それは魔鉄であるブルーアイアンを使っています」
「なっ!」
私とセオ以外の人が驚いた顔をしている、どうやらまた常識のない事しでかしてしまったようだ。
「魔鉄を使うだけでも造り込みは大変なものになりますが、そうですか……ブルーアイアンですか……」
「ミュラー様、ブルーアイアンが高価なのは私も存じておりますが、作り込みが大変とはどういった意味でしょうか?」
ミュラーはリアムに一つ頷くと真剣な表情で答えた。
作り込みとは剣を仕上げていく段階の事だが、魔鉄を使う場合、製作者が多くの魔力を注ぎ込まなければならない大変な作業だ。
その中でブルーアイアンは気まぐれな魔鉄と言われるぐらい、温度や湿度によって変化してしまう大変な魔鉄らしく、熟練の鍛冶師でもブルーアイアンを使うのは嫌がるほどの物であり、それを11歳の少年がこれほどまでの剣に仕上げたことに、ミュラーは驚いたようだった。
「セオ殿はもしや、刀もお作りになられていらっしゃいますか?」
「……はい……」
「そうですか……ですから造り込みがお上手なのですね……それにしてもこれだけの物を作り上げるとは……魔力量も大変高いのでしょう……」
ミュラーは剣を持ったまま黙り込んでしまった。何かを考えている様だ――
「あの……ミュラー様?」
しびれを切らしたリアムが声を掛けると、ミュラーはハッとしてこちらに目を向けた、現実に戻ってきたようだ。
「あの、差し出がましいようですが、この剣を持つのにふさわしい方を紹介したいのですが……」
「と、言いますと?」
セオの作った剣は魔力の多い者でなければ扱うことが出来ない様だ。ミュラーが買い取っても良いが、普通の騎士では買い取ることも難しい様な金額になる為、王や貴族の家に飾られるようになるのが関の山らしい。
だったら本当に使うことのできる人間を紹介したいのだとミュラーは言ってくれた。セオが儀礼用の剣を作る気がないと言った事で、剣としての価値を全うできるように考えてくれた様だ。
「カエサル・フェルッチョ殿の名をご存じかな?」
リアムが商談中とは思えない表情でミュラーを見た。私とセオ以外の人たちも同じ表情だ。
「ジェルモリッツオの英雄じゃないですか!」
リアムの驚きに満足したようにミュラーは頷くと、笑顔を見せた。リアムの後ろに控えているジュリアンも目をキラキラさせている所を見ると、剣を持つものにとって憧れの人の様だ。
ミュラーの話では、英雄のカエサル・フェルッチョとミュラーは幼馴染だそうで、歳も近く小さな頃はよく遊んでいたらしい。ただ、フラフラと世界中を旅しているそうなので、すぐに連絡が付くかは分からないのだそうだ。
「それでも宜しければカエサル・フェルッチョを紹介したいのですが」
「はい! 是非お願いします!」
何故か元気いっぱいにリアムが返事をしたので、笑ってしまった私とセオであった。
その後ミュラーにセオが作った包丁も見て貰った。こちらは無事買取になって、沢山仕入れてもらえた。
ミュラーとリアムが満足そうな商談を終えて話し込んでいる時に、私は儀礼用の剣の事が気になっていた。今も作っている人は居るだろうが、私でも作れるのではないかと思ったからだ。
「ミュラーさん」
「はい……えー、ノア君……ではなくて……」
「ああ、失礼いたしました。ララです。ララ・ディープウッズです」
「えっ? ディ……ディープウッズ……」
ミュラーは私の名を聞いてこれまでの人たちと同じ様に驚いた顔をしていたが、いつもの事だと思い私は気にせず話続けた。ただ、リアムが頭を押さえていたのが少し心配だった。
「あの……先程の儀礼用の剣のことですが、私が作るのはダメでしょうか?」
私は驚いている皆を気にせず、自分の魔法鞄から以前作った剣を取り出した。セオの様には素晴らしいとは言えないかもしれないが、アダルヘルムからは合格点は貰っている物だ。
この剣はとある実験をしたくて作り上げたものであった、それは鉱物だ。
家の地下倉庫にあったに鉱物を加工してみたくて実験してみると、今度は取り出した宝石を使ってみたくなり、剣の柄や柄頭などに宝石をはめてみたのだ、ただし、その分重くなってしまい剣としての実用性は無いなと自己満足の作品になっていたのだった。
これでも商品になるのなら、宝石を使った作品を作るのが楽しい私としては、渡りに船の話であった。
ミュラーは私の剣を手に持つ前に手袋をはめた、これは宝石が付いているからだと思うが、作品が少しは認めてもらえたのかなと思うと嬉しくて顔がにやけてしまった。
「これは……ルビーですか?」
ミュラーは十字鍔の部分にはめ込んである赤い宝石を見て、震えて居る様だった。確かにルビーだが、この世界にも普通に宝石はあるのでそれ程驚く物では無いはずなのだが……
私が頷いて見せると、ミュラーを始め、商人組は固まってしまった。
「これ程大きな天然ルビーは初めて見ました……」
「えっ?!」
ディープウッズの地下倉庫には沢山あるのだが、どうやら珍しい物の様だった。やはり世間一般の常識の無さを改めて痛感してしまった。
でもアダルヘルムに見せたけど、そんなことは一言も言ってはいなかった。ただ宝石をはめたことで、弱くなる部分がどうしても出てしまうので、 実践では使えませんね と言われた程度だったのだ。
「ブレードの部分は……まさかレッドアイアンでしょうか?」
私が頷くとミュラーは驚きを隠せない目で私をジッと見てきた。セオが使ったブルーアイアンよりも剣にする事は、それ程難しく無い魔鉱石なのだが、何か問題があっただろうか?
セオの方を見てみたがフルフルと首を振っていたので、驚かれる意味が分からない様だった。
「ミュラー様、レッドアイアンは我々でもよく耳にしますが、何か問題がありましたでしょうか?」
私達と同じ様に疑問に思ったリアムがミュラーに質問してくれた。ミュラーは一つ頷くと真剣な表情で話し始めた。
「レッドアイアンとブラックアイアンは魔鉱石の中でもそれ程珍しいものではありません。ただ、レッドアイアンは作り手の魔力によって輝きが違うのです……」
「「えっ?!」」
そんな事は私とセオが参考にしている本には載っていなかった、初耳である。つまり魔力量無限の私が作った剣は珍しいということだ。
「レッドアイアンを使った剣で、これ程の輝きの見せている物は他には無いでしょう……お小さいのにララ様は凄い魔法使いでいらっしゃるのですね……」
感心していたミュラーだったが、森でのことを思いだしたのか、あれだけの事を簡単になされる方に愚問でしたね と一人納得していたようだった。
「これは……一国の王が持つべき剣でございますね……是非当店で買い取らせて頂きたいと思います。ただ出来ましたら、盾も同じ装飾で作って頂けると有難いのですが……」
「ああ、それでしたらありますよ」
私は魔法鞄から同じ様な装飾で作った盾を取り出した。ただし、こちらはもっと大きなルビーをはめ込んである物だ。
勿論これもアダルヘルムに実践では使えないとダメ出しされた物であった。
「これは……また、何とも素晴らしい……ルビーの大きさもそうですが、周りのダイヤモンドも輝きが素晴らしいですね……加工された方はかなりの技術をお持ちの様だ……」
「いえいえ、それほどでもないですよ」
魔道具を作ってカットも研磨もしているので、それ程難しくは無いのだ。きっとセオがやったらもっと上手に出来ただろう。
だが、私の言葉を聞いてミュラーはこれ程目は大きく見開けるのかと驚くと、感心するような顔で私の方を見てきた。
「ま、まさか……ララ様が加工を?」
「ええ……? 勿論です。全て私が行いました」
普通は違うのだろうか? なぜそこまで驚かれるのか分からずセオに助けを求めると、セオも困って居る様だった。仕方なくリアムの方に目をやると、無我の境地を迎えているような表情を浮かべていた。
「リアム様! これは大変なことでございます! 国家機密案件であると思います!」
ミュラーは無表情で大人しくしていたリアムに向かって、前のめりに話し出した。リアムは我に返ったのかハッとすると、ミュラーに頷いて見せた。
「これ程の剣の作り手がこの店に二人もいらっしゃると分かれば、多くの国から狙われる事となります。護衛は大丈夫なのでしょうか?」
ミュラーは真剣に心配をしてくれている様だ、確かに宝石が沢山入っているので剣は高価になるだろう。でもそれよりも私とセオの事を心配してくれているようで嬉しくなった。
「ミュラー様、有難うございます。仰る通りこの子たちは規格外でして、我々も隠すのに必死なのです」
だけど本人に自覚が無いんだけどなっ! というリアムの心の声が聞こえたような気がした。
「それでですね、我が店としましては、剣の販売はミュラー様のお店だけにしたいのですが、いかがでしょうか?」
「それは……ウチと専属契約を結んでいただけるという事で宜しいのでしょうか?」
私達の事をあまり知られたくないので、剣の価値を知ってからどうするか決めようと話していたのだが、リアム的にミュラーの話を聞いて秘密にした方が良いと思ったのだろう。
それに、剣の事よりも私達の事を心配してくれるミュラーの人柄を、リアムは気に入ったのだなと私は思った。
「ミュラーさん、良かったらこれを貰って頂けませんか?」
私は魔法鞄から一番初めに宝石を使って作った剣を取り出した。初めての手作りで、ミュラーに売り物として見せた剣ほどの作品ではないが、店に飾る分には十分の品だろう。
「ララ様、お待ちください! それには高価な宝石が入っております。簡単には受け取れません!」
「えっ? でもこれはアメジストですよ?」
練習用にと無難なアメジストを選んだのだ。それ程問題ではないと思うのだがミュラーは首を横に振った。
どうやら宝石の大きさが問題の様だ。幾らアメジストと言って手に入りやすい宝石であっても、それだけ大きなものとなればかなりの金額になってしまう、 じゃあ頂きまーす とはなら無い様だった。
結局宝石の入った小さな短剣を三本プレゼントとして渡すことで合意を得ることが出来た。それでも恐縮しているミュラーに本当は10本セットの物だと話すと、もう何も言わなくなってしまったのであった。
どうやらミュラーもリアムと同じ、無我の境地に降り立ったようで深く考えるのは止めた様だった。
この後ケーキの味見の感想を聞こうと思っていたのだが、あまりの衝撃があった為か、みんな味を覚えておらず、結局保留になってしまったのであった。
残念……
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