第100話 友人の作り方

 ああ、この人は前世の私に似ているのかもしれない……

 

 タルコットの涙を見て私はふとそう思った。親の言いなりになっていたあの頃、私は自分の意志では動いていなかった。父親の望む通りに進学し、結婚し、そして父が亡くなった時には何も残らなかった。

 きっと彼はもがいているが、本当にどうしていいのか分からないのだ。何を信じて良いのかも、そして自分がどうしたいのかも……


「タルコットさん、先ずは友人を作りましょうか……」

「……友人ですか……?」


 タルコットはサッと涙を拭うと、私の方へと目を向けてきた。その目は期待に満ちている。


「イタロさんとは友人ですか?」

「いえ……友人というよりも……小さな頃から傍に居る家族でしょうか……」

「それです!」

「そういう人を増やしていきましょう! 何でも相談できる相手を先ずは作るべきです」

「お待ちください、タルコット様は領主であります。そんな気軽に友人など……」

「イタロさん、貴方の気持ちは分かります。タルコットさんを守りたいのですよね。でも領主としてそれで良いのでしょうか? 今貴方がしてることは領主の知識や人脈を跳ね除けている事になりませんか?」


 イタロはハッとすると黙ってしまった。今の状況を考えると孤立無援なのが分かったのだろう。だからこそブライアン達に依存してしまうのだ。


「ピエトロさんの事はどうですか? 友人でしょうか?」


 ピエトロは自分の名前が出たことに一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの様子に戻った。さすが隊長だけの事は有る。


「いいえ……お恥ずかしながらピエトロの事は、アダルヘルム様のお手紙で知ったばかりで……」


 自分の領主邸を守る護衛でもある兵士の事も知らなかったのだと、恥ずかしそうにタルコットは俯いた。彼は本当に何も知らされず、そして知ろうともしなかったのだろう。


「では、今から友人になればいいと思います」

「いや……私は立場が……」


 ピエトロは困ったようにそう口にしたが、私は首を横に振った。


「ピエトロさん、仕事とはいえ貴方は良く知らない相手の事を命をかけて守れますか? タルコットさんも知らない人に守って貰って安心できますか?」


 タルコット、イタロ、そしてピエトロもグッと押し黙ってしまった。結局お互いに信用できる仲間ではないという事だ、信頼関係がないのに相談する事など出来ないだろう。


「私の護衛は隣におりますセオです。私はセオの事を友人であり家族であり、そして何より大切な人だと思っております。彼の事は心から信頼していますし、何があっても二人で乗り切ろうと思える相手です。

 そして、メイナード、彼も私の友人です。大切な存在ですし、どんな手段を使っても守りたいと思える相手です。

 タルコットさんもそういう相手をまずは増やしましょう、それからです」


 タルコット、イタロ、ピエトロは顔を見合わせた。友人になるといってもどうしていいのか分から無い様だ。確かに友人を作ったことのないタルコットと、そのタルコットの事を主としてしか見ていないイタロ、そして今まで兵士として領主は雲の上の存在だったピエトロ、腹を割って話せと言ってもなかなか難しいのかもしれない。


 三人が困った表情を浮かべているのを見かねたアダルヘルムが、三人に提案を出した。


「では、ロゼッタ様のお見舞いを兼ねて、毎週この屋敷に来ていただきましょうか」

「「えっ?」」

「タルコット殿、イタロ殿、ピエトロ殿の指導を私が行わせていただきます」

「「えっっ?」」

「あの……アダルヘルム宜しいのですか?」


 伝説の騎士であるアダルヘルムの指導が受けれると聞いて、三人は頬をピンクに染めて震えているようだが大丈夫だろうか、アダルヘルムが今浮かべている笑顔は氷の微笑である。その事に気が付いていない三人の命が心配だ……セオもアダルヘルムの顔を見て心配そうな表情を浮かべていた。


「ララ様にこれ程心配をお掛けしているにも拘らず、いつまでもグダグダとしている者を放ってはおけませんからね……」


 今の笑顔は完璧に怒っている時のアダルヘルムだ……タルコット達は優しさと勘違いしているのか、感動した表情を浮かべている……


「マトヴィル達にも協力してもらいましょう。武術、剣術、それと領の運営に関してもお教えいたしましょうか」


 そう言ってアダルヘルムはニッコリと微笑んだが、私とセオはこれから待つ三人の修行を考えて、青くなったのだった。


 それから話し合いの結果、毎週太陽の日にタルコット達はディープウッズ家へと来ることになった。

 療養所にいるロゼッタとメイナードに会いに行くという口実で、領主邸を出て来るそうだが、仕事は大丈夫なのかと心配になってしまった。

 するとアダルヘルムが小さな声で、大した仕事をしていなでしょうから大丈夫でしょう と私とセオにだけ聞こえる様に笑顔のまま言っていたのが、とても恐ろしかった私であった。


「タルコットさん、こちらをブライアンさんにお渡しください」

「これは何でしょうか?」

「お菓子の詰め合わせです。先日結界を張る際に転ばせてしまいましてので、そのお詫びです」


 転ばせたというよりは吹き飛ばしたのだが(それもわざと)、私は申し訳ない気持ちを込めてニッコリと笑ってお菓子を差し出した。

 勿論中にはメレオン君が待機中だ、メレオン君には私の魔力をたっぷりと分け与えており、ブライアンの事も指示済みだ。姿を消してずっとブライアンに張り付く事は間違いないで有ろう。


「これは……スター商会という所のお菓子でしょうか?」

「ご存知でしたか?」


 街の情報に疎そうなタルコットが私の店を知っていることに驚いた。まだ新しい店なので領主にまで情報は届いていないと思ったのだ。

 タルコットは私の言葉に頷くと、チラッとピエトロの方を見た。


「ピエトロから報告がありました。何かあればスター商会のリアム・ウエルスの所へと向かうように言われたと」


 そう言えば馬車の中からそんな事を叫んだ事を思い出した。そしてリアムの名前を聞いて、良いことを思いついたのであった。


「そうですよ! スター商会へ遊びに来ればいいのですよ!」

「へっ?」


 リアムやイライジャ達ならタルコットと年齢も近いし、いい友達になれるだろう。

 その上街の情報も十分に入る、私が信頼している人間でもあるし、全てが丸く収まるではないか。


 友達の作り方が分かってきたら、自分の領主邸でも信用できる人を増やしていけばいい、リアムから信用できる貴族と繋がりを作って貰うという手も勿論ある、一石二鳥ではないだろうか。


 私がそのことを皆の前で話すと、アダルヘルムも良い案だと納得してくれた。イタロは 商人など と少し渋い顔をしていたが、私の店であり、リアムは私とセオの大切な友達でもあると話すと、渋々同意したのだった。

 メイナードも毎日スター商会へ行っているのだと教えると、タルコットはとても興味を持ってくれた様だった。


「あの、ララ様、私も体調が戻りましたら、ララ様のお店に行ってみたいのですが……」


 ロゼッタが少し頬を染めながら小さく手を挙げて私にお願いをしてきた。毎日の様にメイナードからスター商会の話を聞いていて、行ってみたいと思っていたとの事だった。


「では次回タルコットさんがいらっしゃる際は、皆でスター商会へ行きましょう」


 タルコット達は少し不安そうだったが、メイナードとロゼッタが嬉しそうな顔を見せると、覚悟を決めた様だった。


 スター商会へ行くだけなので、そこまで警戒しなくても大丈夫なのだが、お忍びで出かけたことがないタルコットに取っては、街に行くと言う事は勇気がいることなのかもしれなかった。


「あの……失礼を承知でお聞きしますが、ララ様はおいくつなのでしょうか……」


 タルコットが女性に年齢を聞くのは失礼だと知りながらも、私の年齢が気になったようだ。別に隠す必要も無いので私は素直に教えた。


「6歳ですが、それが何か?」

「……6歳ですか……エルフ族では無いのですよね……」

「はあ……? 人族ですが……?」


 勿論薄くだがエルフの血は入っている。でも鑑定すれば人間と出ることは間違いないだろう。

 そして私の年齢を確認した途端、タルコット達がショックを受けてしまった様だった。自分の子供と同じ年齢の子に諭されて、不甲斐なさを感じたのかもしれない。

 だが蘭子時代の年齢を足すと、タルコット達は自分の子でも可笑しくない位だ。そこはしょうがないだろう。


「タルコット様、ララ様は少し他の子供とは違いますので」

「それはディープウッズの家の者だからという事でしょうか……」


 アダルヘルムはタルコットを見てクスリと笑った。


「アラスター様にそっくりなのですよ」


 答えはそれだけで十分の様だった。お父様の伝説は本にもなっているので、今までどんなことを行ってきたのかは、この世界の人達ならば小さな子でも話で聞いているそうなのだ。

 だからこそ始めてリアムに会った時に、お父様やお母様の事を詳しく知らない私に驚いていたのであった。


 こうして一通り話を終えるとタルコット達は領主邸へ帰ることになった。ロゼッタはタルコットに微笑み、安心して屋敷に戻れるようにして頂ける事を期待しています と発破をかけたのだった。


 午後になり時間が出来たので、リアムの元へタルコット達の話をする為にセオと共にスター商会へと向かった。

 リアムの執務室では相変わらず皆が忙しそうに働いていた。ジュリアンは護衛だがすっかり事務作業にもなれていて、一生懸命書類をまとめて居る様だった。


 ジョンも下僕というより秘書に近く、リアムのスケジュールの管理を受け持っていて、リアムはアイドル並みに忙しく、分刻みのスケジュールで動いている様だった。


「リアム、皆さんお疲れ様です」

「おお、ララ来たのか、もう面談は終わったのか?」


 私はこくんと頷き、忙しいリアムにおやつを出してあげた。今日はお煎餅にしてみた。最近は甘いものばかりなので、リアムの体を考えての事だ。


 リアムは これも旨いな と言いながら気に入った味のお煎餅をすぐに食べだしていた、それを見てジョンが急いでお茶を入れていた。


「リアム、今度の太陽の日に領主のタルコットさんが来るから友達になってくれる?」


 リアムは私の言葉を聞くと、食べかけのお煎餅を飲み込んでしまったようで、咳こみだしてしまった。慌ててジョンが今入れたばかりのお茶をリアムに渡した。


「ゴホッゴホッ……ララお前何を……ゴホッ」

「イライジャ達もイタロさんて領主の補佐? の方が来るから友達になってあげてね」

「はっ?」

「ピエトロさんは年齢的にジュリアンよりもトミーとアーロのが良いかな、後はロゼッタさんだけど……ミアとミリーと仲良くなれるかしら」

「ちょ、ちょっと待て待て! 何がどうなってそうなった? 最初から詳しく話してくれ!」


 私は今日の話し合いの内容をリアム達に伝えた。勿論ブライアンにお土産としてメレオン君を渡したことも伝えておく、こちら側にいるカメレーナちゃんは、イライジャが喜んで管理することになっていた。


「つまりあれか、世間知らずの坊ちゃんに街の情報を教えてやれと、それと共に友達になってやれという事か?」


 理解力のあるリアムに感心しながら笑って微笑むと、リアムは大きなため息をついて頭を抱えてしまったのであった。

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