第96話 ジェルモリッツオ国の商人

 今日は以前森で助けたジェルモリッツオ国の商人、マクシミリアン・ミュラーがスター商会に訪ねてくる日だ。

 何度かリアムが手紙のやり取りをしていたのだが、お互いにスケジュールが合わず、見送りになっていた。


 何せ、ジェルモリッツオ国からレチェンテ国のブルージェ領まで出向くとなると、隣の国とはいえ、行きだけでも馬車の旅で一週間は見ていなければならない。

 それも順調に行ってその日数である。何かあったことを考えると往復で一か月は見ておきたいところだろう。

 それだけ会頭が店を空けるという事は、店に取ってかなりの負担になってしまう。だからこそ中々実現しなかった商談でもあった。


 森で会った時に武器商人であるミュラーの馬車が壊れてしまったのも、この長旅を考えると納得物であった。


 ミュラーにはスター商会で普通に販売している商品の他に、セオが作った武器を見て貰おうと思っていた。今のセオの作る剣はアダルヘルムも納得のいく作品に仕上がっていて、商品としてもかなりの価値のある物であるとアダルヘルムは言っていた。


 但し、刀だけは頑として売らないと宣言しているセオであった。まだ満足する物が出来ていない事と、私の為だけに刀は作りたいのだと嬉しい事を言ってくれたのだった。


 セオの目標とする刀は、お父様が作った【一騎当千】と名付けられた刀であるため、まだまだ修行が足りないのだそうだ。

 稽古に対してもそうだが、刀作りでもセオのストイックな部分が見えて、尊敬しなおした私であった。


 ミュラー一行は今日からこの店に二泊ほど滞在する事になっている。ここに来る前にも別の街で商談を済ませてから来るそうで、スター商会では少しゆっくり出来るようにと、リアムが気を利かせてミュラーに進めてくれたのだった。

 ミュラーも別の商人からこの店の噂を聞いているのか、宿泊をとても楽しみにしているのだと手紙に書いてあったのだとリアムが教えてくれた。


 アリーとオリーが客室を綺麗に整えてくれてあるので、すでに準備は万端である。後はミュラーの到着を待つだけだった。


 リアムの執務室で話しながらくつろいでいると、タッド達が部屋へとやって来た。午前中はタッド、ゼン、ピートそれからメイナードの四人でアリーに教わりながら勉強をしていた。

 最近はメイナードもスター商会へ来るのが日課になっており、タッド達と仲良くなって一緒にいる時間が増えた。今も部屋にやって来た理由は、メイナードも連れてスターベアー・ベーカリーに行っても良いかと聞きに来たためだった。


「お店の中なら大丈夫よ、でも外には危ないから出ないでね」

「はーい、分かりましたー」


 四人は仲良さげに部屋を出ると、スターベアー・ベーカリーの方へと嬉しそうに歩いて行った。

 メイナードは今は目にするもの全てが新鮮な様で、タッド達が仕事として毎日のように行っている掃除や洗い物などを楽しそうに手伝っていた。領主の子にそんな事をさせて良いのかと言う意見もあったが、領主の子だからこそ庶民の生活が分かっていなければならないのでは? と私が言うと、確かにその通りだな となって、メイナードは今は自由にやりたい事を何でも挑戦させてあげているところである。

 ただし、まだまだタッド達の様に上手には出来ないのだが、それでもとても楽しそうに良い笑顔でお手伝いが出来ているので、良かったと安心している所だ。


(リアム様、お客様がいらっしゃいました)


 アリーがジェルモリッツオ国の商人、マクシミリアン・ミュラーが着いたと呼びに来てくれた。私達は早速ミュラーが待つ応接室へと降りて行った。


 森で会った時はミュラーの事をよく見ていなかったが、ガッチリとした体型に日に焼けた肌は、如何にも武器商人という感じだった。この国で一般的な茶色の髪を短めに揃えてあり、商人としても品がある人であった。

 後ろのは森でも一緒だった見習いのパウルと御者のベンも一緒に連れて来てくれた様だった。ベンは以前と変わらない様子だったが、見習いのパウルは背も伸びてすっかり立派な青年となっていた。黄色い髪を後ろに一つにまとめ、落ち着いた雰囲気を出していた。もう見習いとは呼べないのかもしれないなと思った私であった。


「ミラーさん、お久しぶりです、お元気そうで何よりです」


 私はニッコリと笑って手を差し出した。ミュラーは握手を受けてはくれたが訝し気な表情を浮かべていた。


「ミュラー様、ウエルス家の三男のリアムです。覚えておいででしょうか?」

「おお、リアム君。いや、もう立派な紳士だ、リアム様ですね。すっかり立派になられて、店の開店の話には驚きましたよ」


 リアムとミュラーはガッチリ握手をすると、向かい合うようにしてソファへと座った。

 ミリーが入れてくれたお茶と共に、私が作ったケーキも出してみた。間もなくスターベアー・ベーカリーではケーキ類も販売したいと思っているために、私の中では試食会を兼ねていた。

 朝から5種類のケーキを焼き上げたので、甘党のリアムは話を聞いてとても楽しみにしていたのだった。


 今日準備したものはショートケーキ、モンブラン、チーズケーキ、ロールケーキ、シフォンケーキの5種類だ。本当はチョコケーキが欲しいところだが、ディープウッズ家の屋敷にはカカオがあるのだが、世間一般的にまだ普及されていないという事で、それを販売するとなるとかなり高価な値段になってしまう為に、仕方なく諦めたのだった。

 どこかでカカオが安価で手に入れば良いのだがと、私は心のメモの中にカカオを何とかする事! と太文字で記入したのだった。


 まあ、研究所が出来たらそこで育てても良いよね……


 そんな事を考えていると、各種類のケーキが乗ったお皿をミュラーが真剣に見つめていた。全て味見出来る様に小さめにカットしてあるのだが、気に入らなかっただろうか。

 リアムもそんなミュラーの様子が気になったのか、自分のケーキには珍しくまだ手を出さずに、ミュラーに話しかけた。


「ミュラー様、もしや甘いものがお嫌いでしたか?」


 ミュラーはリアムの言葉にハッとすると、大きく首を振った。


「いえ……驚いてしまいまして……これはお菓子なのですね……この店の食べ物は美味しいとの評判は聞いておりましたが、まさかこれほど美しいものとは思いませんでした」


 ミュラーはどうやら綺麗なケーキを崩してしまうのが勿体ないと思ってくれていた様だ。私はそれが嬉しくなり頬が緩むのが分かった。

 ミュラーは一口ケーキを口にすると、目を大きく広げて次々と口にしていった。パウルやベンにも同じように5種類のケーキを出したのだが、一口食べると見合って目を見開いていたので、とても気に入ってくれたのが見ていて良く分かった。

 リアムは勿論、あっと言う間にケーキを食べ終わり、既にお茶をお代わりしていたのだった。


 今日はこのケーキを子供達や従業員にも用意してあるので、後で皆の意見も聞くのが楽しみであった。

 スターベアー・ベーカリーの今の従業員の人数だと、沢山の種類のケーキは準備できないため、最初のうちは3種類の定番と、季節のケーキ1種の4種類位を販売して行こうかなと今は考えている。

 勿論、近々商業ギルドへ従業員募集を掛ける予定なので、採用出来る人数によっては変わってくるのだけれども――


 私がケーキを食べながらそんな事を考えていると、ミュラーが少し申し訳なさそうな顔でリアムに話しかけてきた。


「あの、リアム様、私達を森で助けて下さった少年にお会いしたいのだが……」


 ミュラーの言葉に私は危なくケーキを落としそうになってしまった。すっかり忘れていたのだが、ミュラーを助けた時はノアの姿だったのだ。


 セオは私の隣でアダルヘルムが良くやる頭抱える仕草を見せて大きなため息をついた。リアムはミュラーの方に笑顔を向けたままだが、何故かその笑顔がとても怖く感じた。


「あの! ミュラーさん、あの時の子供は私なのです」


 どうやら余計なことを言ってしまったようで、リアムが私の方へと向けた目は余計なことを言うな と言って居る様だった。セオも呆れたように私の事を見ていた。


 まあ、でもここまで話したらしょうがないよね……


 と私は思い、すぐにノアに変身することにした。リアムやセオの


「「あっ!」」


 と言う声が聞こえたが、その時にはノアへの変身は終わっていたのであった。


「ミュラーさん、ノアです。驚かせてしまって申し訳ありません」


 ミュラー達は私が急にノアになった事に口を大きく開けて驚いていたが、自分を取り戻すと、私の方へと近づいてきて両手を握った。


「ノア君、ノア君、いやー! 良かった、あれは夢だったのではと思っていたのだよ!」

「えっ?」


 どうやらディープウッズの森では妖精に会うことが出来るなどの言い伝えがあるために、あの出来事は夢だったのではないかと思っていたそうだ。

 そんな時リアムから届いた開店案内の手紙に、森で会った者だとの書いたメモが付いていた、一瞬騙されているのでは? と不安が浮かんだそうだが、あの日の出来事は自分たち三人しか知らない事だったので、この店に来れば詳しく分かるだろうと思って、商談を受けてくれたのだそうだ。


 ここへ来るまでにスター商会の噂は沢山耳にしたそうで、とにかくいい品が安く手に入るし、泊まらせて貰った客室は素晴らしいものだったと、皆が口を揃へて言っていたので、安心したとのことだった。


「いやー、本当に、本当に、あの時は助かったよ。有難う! あれだけの事が出来る子だ。変装が上手でも納得できるよ」


 ミュラーは満足いくまで私の手を握った後、元の自分の席へと戻った。私はララの姿に戻り座りなおすと、お茶を一口飲んだ。何だか慌ててしまったためか、とても喉が渇いたのだった。

 それにリアムとセオに後でお小言を言われそうな気がして、変な汗が出てしまったのである。


 それからリアムとミュラーの商談が始まった。ミュラーは噂でこの店の魔法袋は容量が多いと聞いていたので、今回はそれを目的に来たようだった。


 リアムから商品である魔法袋と鞄、そしてリュックを見せられると、思った以上にいい品だった様で、販売用だけでなく自分用にも購入するのだと言って、かなりの量を購入してくれた。会計を握るランスは、勿論満足げな表情を浮かべていたのだった。


「ミュラー様、こちらを見て頂きたいのですが」


 リアムはセオが作った剣を取り出してミュラーの前に置いた。武器商人であるミュラーは表情が急に変わり、鋭い目つきで剣をジックリと検分したのだった。


「これは……大変素晴らしい品だ……これもこの店の商品なのですか?」


 セオの作った剣は武器商人のミュラーでも満足のいく品の様で、リアムに話しかけながらも目だけは剣を見ていた。


「それはウチのセオ……ここに居る少年ですが、彼が作った作品なのです」

「えっ?!」


 ミュラーだけでなく、パウルもベンも驚いた表情でセオを見つめていた。それだけ子供がこれだけの剣を作り上げるのは珍しい事なのだろう。


「いやー……これだけの剣を作り上げることが出来る職人が、わが国でも何人いることか……それをこれだけ小さな……いや、お若い方が作り上げたとは……大変驚きました……失礼ですが年齢をお聞きしても?」


 セオは褒められて少し恥ずかしそうにしながら、ミュラーに答えた。


「11歳です」

「何と! まだ入学前の方でしたか……」


 ミュラーは はー とか ほー とか感心した声を出しながら、何度も剣とセオの顔を見ていた。セオは恥ずかしいのか、顔がほんのりと赤くなっていたのだった。

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