第89話 頼りない男と腹黒男

「タルコット、この方達がメイナードを助けてくれた方かね?」


 タルコットは頷いて見せたが、どうして叔父がここにやって来たのか分からない様でオロオロとしていた。それを見て叔父上と呼ばれた男は微笑むと、タルコットを安心させるようなそぶりを見せた。


「迷子になったメイナードを心配して城に来てみたら見付かったと使用人から聞いてね、それも助けてくれた人たちが今丁度良く城に居るというじゃないか、これは挨拶をしなければと思ったのだよ」


 タルコットは話を聞いて納得していた様子だったが、それは可笑しいと私とアダルヘルムには分かった。私達が来ることはこの二人しか知らないと言っていた。それにここまで私達を案内してくれたメイドも、メイナードを助けた相手だとハッキリ分かっていないから私達に確認してきたのだろう。つまりタルコットの動きはこの叔父に筒抜けだという事だ。

 そんな都合よく来客時間に合わせて城にこれるという事は、手紙が届いた時点で何らかの方法を使い分かっていたのかもしれない。

 

 つまりこの叔父がメイナードを危険にさらした犯人という可能性が高いだろう……


「さあ、タルコット、恩人に紹介をしてくれるかな?」

「ああ……ええ……あ、はい……」


 タルコットは少し挙動不審になりながら、部屋に入ってきた三人の紹介を始めた。


「まず、叔父のブライアン・ブルージェです」


 ブライアンと紹介された男はメイナードよりも濃い水色の髪をしていた。瞳の色はタルコットと同じ茶色の目であった。


「それから従兄弟のデルリアンとメイナードの家庭教師のガブリエラ先生です」


 何故ブライアンは息子まで連れてきたのかは分からないが、大人しそうな息子は私の方を見ると微笑んできた。そして家庭教師のガブリエラ、この人がメイナードに鞭を振るった人物なのかと思うと、私は今すぐ同じ様にしてやりたい気持ちが溢れてきた。


「それからこちらはディ――」

「アダルヘルム・セレーネです、こちらは娘のアリナです」


 アダルヘルムは紹介しようとしたタルコットとの口を封じる様に自分の名を名乗った。そして私のことをアリナの名を借りて娘だと紹介したのだった。

 ポカンとしているタルコットにはブライアンは気が付いていない様で、アダルヘルムに握手を求めて来たのでそれに応じた、そして――


「いやぁ、これも何かの縁を感じますなぁ、私の息子は18歳なのですが、娘さんと仲良くなれそうな気がするのですがどうでしょうか?」

「はぁ……?」


 良く分からないがブライアンは私と息子を仲良くさせたいようだ。メイナードに対抗意識を持っているのかもしれない、息子のデルリアンもニヤリと笑って私の方に視線を送ってきた。


 気持ち悪い……


 私がそんな風に思っていると、隣に座るアダルヘルムから威圧の様な強い魔力を感じた。何かに怒っているようでいつも以上に綺麗な笑顔なのが逆に怖い、ブルージェ領の皆がアダルヘルムのその美しい笑顔に顔が引きつっているのが良く分かった。


「あの……お聞きしたいのですが、メイナードの体に傷が有った事はご存知ですか?」


 私が問いかけると家庭教師のガブリエラが鼻で笑いながら答えた。


「それは、愛の鞭ですわ」

「愛の鞭?」

「ええ……タルコット様の前で大変申し上げにくいのですが、メイナード様は記憶力が悪く勉強が出来ませんで、仕方なく鞭を振るうしかなかったのですわ」

「メイナードは6歳ですよ?」

「ええ、存じてます、それが何か?」

「そんな小さな子に癒しが効かない位の鞭打ちが必要だったと?」

「年齢は関係ありませんわ、要はそうしなければ覚えられないほど愚かだという事ですわ」


 その言葉に私の怒りは爆発した。完全に威圧になっているのが自分でも分かった。そして抑えるつもりもない事も、アダルヘルムが止める気がない事も良く分かった。


「では、私がメイナードの勉強を見ます」

「はっ、あなたみたいな子供が?」

「アリナさん、ガブリエラ先生は私が推薦した素晴らしい先生なのだよ。グレイベアード魔法高等学校を卒業されているんだ」


 だから何だ? と言いたいところをグッと堪え、アダルヘルムを真似た笑顔でブルージェ領の皆を睨みつける。威圧を使っているので皆が青くなるのが分かった。


「もし私がメイナードを教育して学習能力が向上したら、それはガブリエラさんが愚かだと証明できるという事ですよね?」

「「なっ?!」」

「その時はメイナードにした事と同じようにさせて頂きますので、覚悟しておいて下さいませ」


 私がニッコリと笑ってそう伝えると、威圧で苦しいのか皆 ひっ とか うっ とか言っていたのだが魔力を抑えることはしようとは思わなかった。そして最後に一言付け加えて置く――


「ああ、そうそう、私は陽炎熊ぐらいの魔獣は簡単に倒せますので、少し力が入ってしまうかもしれませんが、ご了承くださいませ」


 ガブリエラはその後何も言ってはこなかった。勿論私とアダルヘルムの威圧の強さに何もしゃべれなかったというのもあるのだが。


「タルコット様、それではそろそろ奥様に面会させて頂けますか?」

「あ……はい……」

「まて、タルコット、お前の奥方は体調が悪いのだろう、そこに客人を連れていくのか?」

「ああ……ええ……そうですよね……」


 煮え切らないタルコットにアダルヘルムが口をはさむ。


「私は薬に詳しいので、お役に立てるかと思いますが?」

「いや……しかし……」

 

 ブライアンはバツの悪そうな顔をした。タルコットの妻の様子を見て欲しく無い様だ。そこにアダルヘルムがもう一声かける。


「薬師である私が見ることに何か問題でも?」

「いや……そう言う訳では……」


 ブライアンは怒りの矛先を自分の甥の方へと向けた。

「タルコット、そもそもお前が第二夫人を娶って子供を作っていればこんな事には――」


 そこでブライアンは言葉を切った。さすがにそれ以上は客人の前で言うのはしのばれたようだ、だが、今更取り繕っても遅いだろう、私とアダルヘルムの中ではブライアンこそが諸悪の根源だと認定されているのだから。


「あの……あの……叔父上、申し訳ありません……」


 怯える様に謝るタルコットを見て、これではどちらが領主なのか分からないなと思ってしまった私であった。



 暫くすると先程私とアダルヘルムを案内してくれたメイドが部屋までやって来た。どうやら彼女がタルコットの妻の部屋へと案内してくれるようだ。


「ブルージェ様は、奥様の所へは向かわれないのですか?」


 私の質問に今度はタルコットがバツが悪いような顔を浮かべた。


「その……私は……面会を止められていまして……」


 領主に病気がうつってはいけないと接触禁止を言い渡されている様だ。勿論誰からとは聞かないが、この様子を見ればすぐに分かることである。


「妻の代わりはいても、領主の代わりはいませんからね」


 ブライアンは当たり前のことだと言うように笑って見せた。私は妻を蔑ろにする様な物言いに軽蔑するような視線をブライアンに送った。

 ブライアンはそんな事は気付きもせず、タルコットの肩を抱くと、いい加減見切りをつけて新しい妻を娶れと話しかけていたので、聞きたくないと思い、簡単に挨拶を済ませて部屋を後にしたのだった。


 メイドに連れられて向かった先は、城の奥深いとても小さな部屋だった。まるで使用人のような部屋に領主夫人は病気を理由に押し込められている様だった。廊下を歩きながら一緒にいるメイドが何か言いたそうな様子を感じたので、こちらから話しかけてみることにした。


「あの、メイドさん」

「はい、ドナとお呼び下さいませ」

「ドナさん、領主様はいつもあんな感じなのですか?」


 ドナは困ったような表情を浮かべると、周りを確認してから小さく頷いて見せた。そして目には涙を溜めているように見えた。

 私はそれに気づき何か言いたいことがあるのだろうと、その場に立ち止まると小さな結界を張って見せた。するとドナは驚いた顔をして私の方を見つめてきた。


「ドナさん、何か言いたい事が有るのではないですか?」


 ドナはその言葉に我慢していた涙を流し始めた。アダルヘルムがサッとハンカチを出し涙を拭って上げると、ドナは真っ赤になりながらもすぐに立場を思い出したのか、涙をグッと止めたのだった。


「こんな事はお客様にお話することではない事は分かっているのですが、メイナード様をお救い頂いたお二人にお願いがあるのです……どうか、奥様をお救い頂けないでしょうか?」


 ドナはそう言いながら私達に頭を深く下げてきた。私はドナの身を起こすと、詳しく話を聞くことにした。


 前領主が亡くなってから、事あるごとにタルコットの叔父が領の事に口を挟むようになって来たそうだ。タルコットは元々自信がない性格だった様で、叔父の言いなりになり全てを信じてしまうようになったらしい。

 その頃タルコットの妻である領主夫人の第二子懐妊が分かったのだが、原因は分からないが流産してしまったそうだ。それから体調を崩した夫人に、領の薬師が薬を処方しているのだが一向に良くなる様子もなく、今では起き上がる事もできなくなってしまって居るとの事だった。


「どうか、どうか、お願い致します。奥様をお救い下さいませ……」


 また泣き出してしまったドナの背中を私は優しくなでた。アダルヘルムも今度は涙を拭うのではなくハンカチを直接渡してあげた。

 ドナは頬を染めながら渡されたハンカチで涙をぬぐうと、有難うございますと微笑んで見せたのだった。


 私は結界が張ってあるので、もう一つ聞きたかった事を質問することにした。メイナードが良く手紙に書いていたメイドのハンナの事だ。もし彼女がこの城にまだ居るのであれば、屋敷へ戻るときに連れていきたいと思っていたのだ。メイナードも知った顔があれば安心するだろうと思ったからでもあった。


「あの、ドナさん、ハンナさんというメイドさんをご存知ですか?」


 ドナは息を吞んでこちらを向いた。とても驚いているのが分かった。


「何故、ハンナの事を……?」

「メイナードから以前聞いた事が有って、まだ城にいるのですか?」


 ドナは目を伏せると首を横に振った


「ハンナは……姉は……メイナード様を甘やかしすぎると言われて、暇を出されました……」


 ドナは悔しそうな顔を見せると、アダルヘルムから渡されたハンカチをギュッときつく握ったのだった……

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