第79話 ブロバニク領の商人

 私達はかぼちゃの馬車を走らせ、ブルージェ領のアズレブの街の中にある、木漏れ日の宿に着いた。


 宿は田舎町には勿体無いぐらいの立派な宿だった。私達の店スター商会もそうだが、この街で三階建ての建物は珍しいのだが、木漏れ日の宿は三階建ての立派な門構えの宿屋だった。

 これは普通の庶民では泊まることが出来ないかもしれないと私は思った、この宿に泊まっているというだけでブロバニク領の商人ビアンキは、かなりの大店だという事が分かった。


 リアムがウエルス家の名前を知らない私達に初めて会った時に驚いていたが、これだけの大店との人脈があるところを見ると、やはりウエルス家の三男坊というのは伊達では無い様だ。

 勿論本人はそれが嫌だったようだが、今では自分の容姿も名前も、使える物は何でも使ってやると言う意気込みが見える。リアムのふてくされていた時期を私は知らないが、目標に向かって生き生きとしている今のリアムはとても素敵だと思う。



 子供の私とセオが受付に話を通すのは流石に可笑しいので、ジュリアンが送られて来た手紙を見せながら宿の受付に話しかける、私とセオは使用人見習いの振りをした。


「済まない――」


 ジュリアンがカウンターから受付の女性に話しかけると、彼女は一瞬ジュリアンの背の高さに驚いていたようだが、すぐに営業スマイルに戻ると頷き対応してくれたので、さすがは大きな宿の従業員だと感心した。


「お客様どうなさいましたか?」

「ファウスト・ビアンキ様が体調不良で寝込まれていると連絡が入ったので迎えに来たのだが、繋いでもらえるだろうか?」


 ジュリアンはリアムとワイアット宛に届いた手紙を受付嬢に見せた。彼女はにこりと微笑むと宿泊者名簿に目を通して、別の従業員に声を掛けた。


「ビアンキ様にウチの者が確認に行って参りますので、少々お待ちください」


 彼女はそう言ってロビーのソファで座って待つようにと促して来た。私達はそれに従いソファへと腰掛ける、するとすぐにメイドの様な女性がお茶を持ってきてくれた。さすがだなと思ってしまう宿であった。


 従業員の教育がしっかりしてるよね……こういう宿は安心だよね……


 私がそんな事を考えながらお茶を味わっていると、先程ビアンキの所へと向かったであろう従業員が慌てた様子で戻って来た。


「た……た、大変です!」

「どんな時でも大きな声を出さないように」


 微笑みながら受付の女性に注意された従業員はごくりと喉を鳴らし、一つ頷くと彼女の耳元で小さく何かを呟いた。


「何ですって!」


 あんなに落ち着いていた女性が慌てているようで大きな声を出した。私達はソファからすぐに立ち上がりカウンターへと向かった。


「何かあったのですか?」


 ジュリアンの問い掛けに二人は困惑した表情を浮かべた。話していいのか困っているような感じが見受けられた。私は悪い予感がしてしまい、見習いの振りをしていた事など忘れて二人に話しかけた。


「もしかして、ビアンキさんの様子がおかしいのでは無いのですか?」


 二人が顔を見合わせて頷く。宿泊者本人に確認が取れていないのに、話してはいけないからか声には出さないようだった。


「貴方、ビアンキさんの部屋に入ったの?」


 先程部屋に行ったと思われる従業員がブンブンと首を縦に振った。少し私の威圧からか青い顔になっている。

 私は念の為、すぐさま彼に洗浄魔法と癒しを掛けた、病魔が広がっては大変だからだ。彼は急に暖かな光に包まれたことに驚くと、体が軽くなったのかキョロキョロし出した。そんな様子は無視して私は魔法鞄から薬を出し彼に渡した。


「病気が移った可能性があるから、すぐに薬を飲みなさい!」


 彼は私の威圧に怯えてるのか頷くとすぐに薬を飲み切った。私はそれをしっかり確認するとビアンキの状態を彼に聞いた。


「それで、彼の様子は?」

「は、はい……あの」

「あの!」


 彼が話そうとしたら口を挟んできたのは受付の女性だった。彼女にも私の威圧が分かるのか少し青い顔をしている。


「あの……どんなご様子でも、ビアンキ様を連れていって頂けるのですか?」


 私はその言葉に最悪の事を思い浮かべた。もしや間に合わなくてもう亡くなってしまったのだろうか……そんな思いを振り払い彼女に頷いて見せる、受付の女性は明らかにホッとすると、ジュリアンではなく私に話し始めた。


「ビアンキ様は言葉も利けない位衰弱されているようでして、一緒に宿泊している下僕も近くで倒れていたようなのですが……」

「すぐに部屋の鍵を!」

「はっ、はい!」

 

 完璧に威圧していたのが自分でもわかった。ビアンキの様子次第で、私達が連れて帰るのを引き下がるとでも思ったのだろうか……

 いや、これだけの大きな宿だ。きっと医者か薬師に見せた方が良いとでも思ったのだろう。そう気持ちを切り替えて、私は気持ちを落ち着かせた。セオはさっきから私の手を握ってくれているし、ジュリアンも心配そうに私を見ていた。私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせるように努めた。


 受付の女性が震える手で鍵を渡して来たので、私とセオは身体強化を掛けて一気に階段を駆け上がる。ジュリアンはその速さについてこれず、少し遅れを取りながら後から階段を駆け上がってきた。

 ビアンキの部屋の前で私はセオに顔を覆う布を渡す。病気を寄せ付けない魔法陣を急遽書いたナフキン位の大きさの布だ。それで顔を覆っているとジュリアンも部屋の前にやってきたので、同じ様に布を渡した。


 準備が出来た私達は鍵を開けてビアンキの部屋へと入った。そこには意識を無くしてベットで横たわるビアンキと、その横で蹲っている下僕らしき人物がいた。すぐに私は二人に鑑定を掛け、流行り病だと確認して癒しを掛ける。効果は余りないかも知れないが、何もしないよりはましなことは分かっている、体力だけでも戻しておきたい。


 そしてジュリアンがビアンキを抱え、セオが下僕を抱えて部屋を出る。2人の荷物はサッと丸めて私の魔法鞄に放り込んだ。忘れ物があってもこの宿なら大丈夫そうな気もするが、周りを見渡し何もないことを確認してから、部屋には洗浄魔法を掛けて置く、菌を消すためだ。

 セオとジュリアンにはそのまま馬車へと向かってもらい、私は受付へと向かった。


 私の身長には少し高いカウンターだが、背伸びをして顔を受付の女性に見せると、鍵を渡して部屋を浄化したことを伝えた。彼女は少し怯える様に頷いていたが、理解はしてくれた様だった。

 それから二人の宿の代金を肩代わりして支払い、最後にお願いをしてから宿を出た。


「もしこの宿で他にも体調の悪い人が出たら、すぐにスター商会のリアム・ウエルスに連絡してください。いいですね!」


 そう、脅迫ではなく、お願いをして宿を後にしたのだった――



 スター商会に戻りオリーとアリーが準備してくれた部屋へと向かう。リアム達の姿は見えなかったので、商談の最中なのかも知れない。


 すぐに二人をベットに降ろしてもらう、申し訳ないが、看病の関係上相部屋にしてもらった。セオとジュリアンが二人を下ろしている間に、私は有る物を準備した。ジュリアンはそれを見て真っ青な顔になった。髪も青いので面白くなっていた。


「ラ……ララ様……それは、何を?」

「これは点滴です」


 針を見せながら微笑むとジュリアンは ヒィッ と言って益々青くなった。とてもじゃないが憧れのアリナには見せられない姿だろう。


 私はセオを森で助けた後、点滴が必要だと思い準備していたものだ。気を失った人物に何かを飲ませるのはとても危険な行為だからだ。

 魔法の鑑定を使えば血管もすぐわかり点滴はすぐに刺すことが出来た。後は二人が少しでも早く良くなることを祈るだけだった。


 オリーとアリーに二人を任せて私達は部屋を出た。勿論念の為自分たちにも洗浄魔法と癒しを掛ける。流石にお昼をとっくに過ぎているのでお腹が空いている。リアムに報告もしたいので、取り敢えずリアムの執務室へ行ってから、お昼を食べることにした。


 リアムの執務室にはイライジャだけがいて執務を行っていた。私達の顔を見るとホッとした様子を見せた。


「ララ様、お帰りなさいませ、ビアンキ様はいかがでしたか?」

「イライジャお疲れ様です。ビアンキさんはやはり流行り病でした。今点滴をしていますので、じき落ち着くと思いますよ……」

「て……点滴ですか?」

「ええ……」


 イライジャがため息を吐き苦笑いを浮かべた。何かまた私はやらかしたのだろうか……セオに目で訴えたが分からない様で首を傾げていた。するとイライジャが呆れたように話し出した。


「本当にララ様は、次から次へと……点滴と言うのはお薬ですか?」

「ええと……薬と言うか……薬を体に入れる道具? でしょうか?」


 イライジャはまたため息をつくと、眉間の皺に手を置いた。何かを悩んでいる様だ……どうしたのだろうか?


「本当にこれでは、リアム様の体がいくつあっても足りませんね……」

「はぁ……?」

「いいですか、くれぐれも流行り病の薬の事と、その点滴とやらの事はご内密に!」


 イライジャの真剣な表情が怖くて私は はい! と良い返事をしながら頷いたのだった。


 イライジャがアダルヘルム化してる気がするよ―!



 イライジャがワイアットにもビアンキの事を報告してくると言って部屋を出て行ったので、私達はその間にお昼を簡単に食べることにした。

 私の魔法鞄から食事を取出し、セオとジュリアンと私の三人でマトヴィル特製のグラタンを食べる。こちらの世界の乳製品はコクがありとても美味しい上に、マトヴィルの手が加わっているので素晴らしい出来になっている。マトヴィルの料理を常に食べれる事に感謝しながら食事を終えると、リアムとランスが部屋へと戻って来た。後ろには丁度会ったのかイライジャも居た。


「なんだか、いい香りだな?」

「リアムも食べる?」


 リアムは少し考えた後、首を横に振った。何かと戦って勝ったようだ。


「最近仕事ばっかで動いて無いからな……」


 確かにリアムはスター商会に泊まり込むぐらい忙しく働いて居る。剣も満足に振っていない様で、朝少しだけジュリアンに相手をして貰っているようだ。確かに商談も引切り無しだし、私が子供だから会頭の仕事もやらなければならないし、スターベアー・ベーカリーの方の経営の仕事もある、ランスとイライジャがいてもかなりの仕事量だろう……


 そんなリアムに何かしてあげたくなって声を掛ける


「リアム、【ランニングマシーン】でも作ろうか?」

「ら? らんに……? なんだそりゃ?」

「室内で運動できる道具? かな?」


 その言葉にリアムを始めセオ以外が頭を抱えてため息をついた。一体皆どうしたのだろうか? 私とセオが首を傾げているとリアムが力なく話しかけてきた。


「ララ……頼むから暫く大人しくしててくれ……」

「えっ?」


 別に暴れてるつもりはないのだが、何か拙かったのだろうか……


「物を作るのを暫く待ってほしい……」

「へっ?」

「お前の今まで作った商品の登録だけでも、今は一杯一杯なんだ……これ以上は手が回らない……」

「えっ?」

「リアム様……ララ様は点滴なる物を作られたそうですよ……」


 イライジャが口を挟んできた、リアムの顔は真っ青でまるでジュリアンの髪の様だ。


「まさか……薬か?」

「いいえ、薬を体に流し込む魔道具だそうです……」


 私は道具とは言ったけど魔道具なんて言ってないのに、と思ったが、リアムは大きなため息をついてしゃがみ込んでしまったので、そんなことは頭から消えていったのだった。

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