第80話 流行り病

「あの……リアム、大丈夫?」


 リアムはふーっと大きくため息をつくと、勢い良く立ち上がり自分の仕事用の椅子にドカッと座った。私が作ったクッション性の高い自慢の椅子なので勢い良く座っても問題無いが、この世界の市販の椅子なら腰を痛めてしまいそうな勢いだ。私がそんな事を考えているとリアムがやっと答えた。


「ララ……薬類は販売できないかも知れない……」

「そうなの? どうして?」


 リアムは私を申し訳なさそうに見てから、理由を話し出した。どうやら薬師ギルドとの兼ね合いで、スター商会から薬を販売するのは難しい様だ。薬師ギルドに製法だけを販売して、薬は薬師ギルドで作るのが一般的らしい。

 他に競売相手がいないため薬の値段は高いし、癒しが出来る癒し手は価値がある人間として高額の金銭を要求している様だ。だから病気がはやると薬を手に入れられずに亡くなる人も多いらしく、特にお金のない貧乏人は癒しどころか、薬も買うのが難しいそうだ。


「ララが作った薬は作り方を売ったとしても、作れる奴はほぼいないだろう……

 もし作れたとしても高額の薬になってしまう、だから今の所は売るつもりはないんだ……」

「うーん……それって、この街の薬師ギルドだけ?」

「いいや、この国全体だな……いや世界全体か……」


 リアムはふがいなくて悪いなっと言って無理矢理笑顔を見せた。世界の常識なら別にリアムのせいではないだろう。でも対抗馬がいないなら、薬が安くなることはこの先もないかも知れない。高くても薬師ギルドの薬しかなければ買うしかないのだから。

 それはお金がない庶民からしたら死活問題だ。こんな事は許される事では無い気がする。


 私はふと名案が浮かんだ。


 この世界ではダメなんだよね、だったら――


 私がリアムに話しかけようとしたら、扉をノックする音がしてアリーが部屋へと入って来た。


(お客様が目を覚まされました)


 どうやら点滴も終わり、ブロバニク領の商人ビアンキが目を覚ましたようだ。私はすぐに様子を見に行こうと立ち上がると、リアムも一緒に来ると言って後を付いてきた。

 私的には病気を移したくないので、リアムは一緒に連れて行きたくは無かったのだが、知らない子供に説明されたとしても混乱を招くだけだぞ と説得されて一緒に来てもらうこととなった。


 イライジャはワイアットから、ビアンキが目を覚ましたら教えて欲しいと言われていたらしく、アリーの言葉を聞くとワイアットを呼びに部屋へと向かった。

 まあ、ワイアットとビアンキの客間は隣通しなので、呼びに行くと言ってもすぐなのだが……


 そんなこんなで、病気の方の元に大勢で押し掛ける形になってしまったのだが、致し方無いだろう。

 私が動けばセオが付いてくるのは勿論だし、リアムが動けばジュリアンとランスが付いてくるからだ。

 つまりワイアットとイライジャも含め、7人もがビアンキの元へと押し掛ける形になっているのだった。


「ビアンキさん、体調はいかがですか?」


 私が話しかけると、先程より別人の様に顔色が良くなったビアンキがこちらを見て笑顔を見せた。どうやら点滴により随分体調が改善された様だ。

 同じ部屋で寝ている下僕らしき男性も、目を覚ましたらしくこちらを見ていた。気を失っていたからか今の現状が理解できないようで、驚いたような顔をしていた。


「君が……助けてくれたのかい……?」


 私はその言葉に笑顔で頷くと、ビアンキに鑑定を掛けた。


【ファウスト・ビアンキ 男 36歳 病気 流行り風邪 治りかけ】


 頭に情報が入って来てホッとした。ワイアットと同じく治りかけとなっているので、後は療養すればすぐに良くなるだろう。どうやら峠は越したようだ。


「すみません、症状を確認するために鑑定を掛けさせて頂きました。どうやら病状は落ち着いたようです。もう暫くすれば元通りになりますからね」

「……君は……」

「ビアンキ殿」

「ワイアット殿! それに……ウエルス家のリアム殿まで……ああ、そうか手紙が届いたのだね……」


 三人が話始めたので、私はその場を離れ下僕の症状を見に彼の元へと近づいた。下僕が主と同じ部屋で休んでいるのが申し訳ないのか、落ち込むような表情を見せているが、顔色は落ち着いているようだ。


 私は彼にもそっと鑑定を掛けてみた――


【エルモ 男 16歳 流行り風邪 治りかけ】


 どうやら下僕の彼も病状は大丈夫そうだ。間に合って本当によかったとホッと胸をなで下ろした。


「エルモさん、もう大丈夫ですからね。ビアンキさんが体調を崩されて、貴方も大変だったでしょう……症状が落ち着けば個人部屋か、この部屋内にある使用人部屋へと移れますから、今はここでゆっくり休んで下さいね」


 私がそう声を掛けると、ビアンキの下僕のエルモは声を出して泣き出してしまった。病気の時は誰もが心細くなるものだからと、私は彼の手握り励ました。


「大丈夫ですからね……一人でよく頑張りましたね、もう心配いらないですよ……」

「ううう……聖女様……有難うございます……」


 エルモは益々涙が零れ出したので、私は彼のベットによじ登りギュッと抱きしめて背中を摩ってあげた。この世界では成人しているとはいえ、16歳の男の子が一人で倒れた主を看病していたのは大変だっただろう。混乱して私を聖女様と思っても仕方がない事である。


 しばらくするとエルモは泣き止んだので、腫れて赤くなった目元に癒しを掛けてあげた。まだ寝てるようにと促すと彼は素直にそれに従い、安心した笑顔を見せて布団に潜り込んだのだった。


 その姿にホッとしてリアム達の方へと振り向くと、いつの間にか皆が私とエルモの様子を見ていたようだった。セオがそばに居たのは分かっていたが、何故かセオのエルモを見る目が少しだけ怖かった。


「あ……あの……どうかしましたか?」


 私が戸惑っていると、ワイアットが口を開いた。


「今リアム様に聞いたのですが、貴女がこの店の会頭なのですね……そうとは知らず無礼な口を利きまして、申し訳ございません」


 ワイアットは深々と頭を下げた。ベットに居るビアンキまで首を動かし頭を下げようとしている姿が見えたので、私は慌てて二人を止めた。


「ワイアットさん、頭を上げて下さい! それから、ビアンキさんは無理をしてはいけません」


 二人は顔を見合わせると苦笑いを浮かべた。見るからに子供の私が言ったので、可笑しかったのかも知れない。


「あの……お名前をお聞きしても……?」


 そう言えば流行り病のバタバタのせいで、名前をきちんと名乗って居なかった事に気が付いた。リアムがワイアットとビアンキの二人に会頭が私であると話したと言う事は、信用できる人たちであるという事だろう。

 チラッとリアムを見ると、笑顔で頷いて見せたので、私は安心して彼らに名前を名乗った――


「私はスター商会の会頭、ララ・ディープウッズです。ワイアットさんビアンキさんこれから宜しくお願い致しますね」

「「ディ……ディープウッズ……」」


 やっぱりだが私が名乗ると二人は顔色が悪くなってしまった。ディープウッズの名は衝撃が強すぎるようだ。青くなっている二人に手助けしたのはリアムだった。自分が名を聞かされた時の衝撃を他の人が受けているのを見ると、嬉しいのか少しニヤニヤしているようにも見えた。


「あー、取り敢えず、お二人はまだ体調も戻っておりませんし、お話は明日以降にいたしましょう」


 リアムが笑顔で二人を安心させると、ワイアットとビアンキは頷いて見せた。明らかにホッとして居る様だった。


 私達が部屋を後にしようとした時、何とか起き上がりビアンキがそっと私に声を掛けてきた。


「姫様……命を助けて頂いて、有難うございました」


 ニッコリと微笑み、ビアンキは深く頭を下げたのだった。



 次の日にはワイアットは病気も完治し、すっかり元通りになった様だった。やっと湯浴みが出来ると喜んで風呂場に向かったのだが、性能の良さに驚き、暫く裸のまま隅々まで見入ってしまったのだと後で教えてくれた。勿論トイレは体調が悪かった初日に床を撫でまわすようにして見たらしい……

 リアムもそうだったが、さすが商人であると感心してしまった。まさか体調の悪い中そこまでするとは、ある意味凄い根性である。勿論アリーは注意をしたらしいのだが……


「いやー、どこの宿よりもここの店の客室は素晴らしいですね、他の宿屋には泊まれなくなってしまいますよ」


 元気になったワイアットとやっと商談できるようになり、リアムと向かい合うと嬉しそうにそう話してきた。今まで色々な宿に泊まって来たが、国内外を始めベットやソファの柔らかさ、お風呂やトイレの洗礼さ、それにアリーやオリーの気遣いと、どれをとっても一流のホテル以上だと褒めてくれた。勿論これから商談があるので過度に褒めているのかも知れないが、作った本人としてはとても嬉しくなり、つい顔がにやけてしまった。


「何よりも食事が美味しかったですね……本当にここに住み着きたいぐらいだ……」


 食事はマトヴィルの料理を再現できるマッティが作ったものなので、味が美味しいのは当然であろうが、それを従業員皆が食べていることを知ると、ワイアットはとても驚いていたそうだ。

 普通の店では有り得ない事だと言って、自らこの待遇の良さは誰にも話さないと、店の中を案内してくれたイライジャに約束していたそうだ。勿論、下僕のチャドも同じであった。


「では、商談を始めましょうか」


 そう言ってリアムが微笑むと、ワイアットはとてもいい笑顔で頷いた。


 先ずは前回の商談の時に欲しがっていたレースである、これは今ある全色2反ずつ欲しいと言われた。今は自動化でどんどんレースが仕上がっているので、何の問題も無い量だ。

 次に私の作った生地であるが、これも前回と同じ数だけ欲しいと申し込まれたので、リアムは勿論了解した。

 そして次にワイアットはタオルも欲しいと言って来た。これも自動化で作り上げているので、何の問題もなく販売出来る。挨拶状を送った時は全て白色だったが、今は5色ほど種類があるのでそれをワイアットに見せると、全色購入する事となった。

 それからブリアンナ作成のドレスを見せると、自分の店で抱えているお針子では、ここまでの作品は作れないと言って、これもドレスや男性用のYシャツを含め10着も購入となった。


 前回もかなりの数を購入しているので、これほど買うと資金は大丈夫なのかと心配になてくる、私の心配が顔に出て居たのか、ワイアットは前回の品で十分に稼ぐことが出来たのだと、笑って見せてくれたので、私はホッとしたのだった。


「あの空飛ぶ手紙は販売してはいないのですか?」


 ビアンキに連絡する手段として使った紙飛行機型の手紙を、ワイアットは気に入ってくれたようだ。案内状も黄色い紙飛行機で飛ばしたのだが、荷物を運ぶ魔道具だと思ったのかもしれない。

 普段から手紙のやり取りをするための物として、とても興味がある様だった。


「あれは郵便飛脚の仕事が無くならない様にと、会頭が今の所販売を控えているのですよ」

「そうなのですか……」


 ワイアットは明らかにしょんぼりとしていた。かなり欲しかったようだ。私とリアムはその様子にクスリと笑うと、有る物をワイアットの前に置いて見せた。


 ピンクの音楽を奏でる鶴型の折り紙だ。リアムがサッと文字を書くと折り紙は勝手に鶴の形に変形し、ワイアットへ向かって音楽を奏でながら飛んで行った。


『ワイアットさん、これは恋文用の手紙用紙だ』


 ワイアットの手のひらの中で鶴はリアムの声でそう喋ると、大人しく翼を閉じた。

 これにはかなり驚いたようで、ワイアットも下僕のチャドも声が出せない様だった。


 勿論この折り紙もワイアットは購入することとなった。ただし値段はリアムとランスが高めに設定してあったので、10枚しか購入は出来なかったのだが、それでもワイアットはとても嬉しそうにしていたのだった。

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