第三章 ブルージェ領主

第73話 開店準備

 店の開店に向けて動き出してから早数日、遂に明日が開店となった。


 この数日間で色々なことがあった。先ずは商業ギルドへ行って、トミーとアーロの事でベルティにお礼を言いに行ってきた。勿論彼ら二人も一緒だ。

 トミーとアーロはギルド長の応接室へと入ることに、とても緊張しているようだったが、私達が居るから大丈夫よ と軽く背中を叩き安心させると、苦笑いを浮かべながら 子供に心配されるとは…… と呟き、部屋へと入っていった。


 久しぶりに会うベルティは相変わらず美しく、とてもカッコイイと思わせる女性だった。トミーとアーロの事はそっちのけで、私達は化粧品の話で盛り上がり、私が作った化粧品が凄く良いとの事で早速注文を貰うことが出来た。

勿論受付の女性たちの注文も入り、リアムとランスはホクホク顔になっていた。


 私は早期注文のお礼として、夜用のパックを彼女達に渡すと これじゃあお金を支払った意味がなくなりそう と苦笑いをされてしまった。

 なので 宣伝をよろしくお願いします と伝えると、商業ギルドの人脈を使ってでも広めてくれると請け負ってくれて、安上がりで効果が絶大な宣伝となった。


 最後にベルティがトミーとアーロの事を思い出したように声を掛け、しっかりと私を守るようにと言ってくれたのがとても嬉しかった。


 次にミリーだが、急遽雇うことになったので、今働いている職場になるべく早く辞めたいと伝えると、契約違反だと言って脅されてしまった。

 私は安月給でこき使っていたと聞いていたので、字が読めないミリーに酷い契約を結ばせたんじゃないかと、怒り心頭になり、その店に乗り込んでやろうと思ったのだが、案の定皆に取り押さえられてしまい、ランスが作った書類を持って比較的見た目の厳ついトミーがミリーに付き添ってくれて、無事契約解除する事が出来た。


 その悪どい店は、実際ミリーとは契約も結んでおらず、給料も誤魔化していたようで、それを知ったミリーは 字を必ず覚えて騙されない人間になりたい と張り切っていたのだった。


 そんなミリーの先生役にトミーが立候補しており、なんだかいいムードの2人だな なんて私は思ってにやけていた。


 ブリアンナにミシンを見せるとすっかり夢中になってしまい、気が付くと休憩時間や作業時間を超えて徹夜までしそうな勢いだったので、時間を守らなければミシンには触らせないと注意すると、キチンと時間を守るようになった。

 ただししょんぼりして元気が無くなってしまったので、刺繡が出来るミシンや、レース編み機などを新しく見せてあげると、早く使いたいと元気が戻ってくれた。

 仕事以外の時間で使いたいときも、徹夜だけはダメだと約束させると、少し目が泳いでいたが、作りたいものが沢山有ると言って最後は張り切っていたのだった。

そんなブリアンナの作ってくれたベアーズ達の衣装は、男の子達にはベスト、女の子たちにはメイド服だった。ただしマッティだけにはコック服も作ってくれていた。とても可愛くて皆に似合っていた。


 次に案内状の郵送だ。リアムの知り合いの店舗や貴族へ、タオルと一緒に黄色い紙飛行機で飛ばした。全部で50通ぐらいあったが、これでも人選したのだとリアムは言っていた。流石大店の子息である、人脈が広い。

勿論私が話した以前森で会ったジェルモリッツオ国の商人、マクシミリアン・ミュラーにも忘れずに送ってくれて、この案内状には私が一言 森で会った者です と付け加えておいたのだった。


 私が作った魔道具でマスコットのベアーズ達はこの店で早速大活躍している。

食堂の運営をしているマッティは勿論のこと、アリーは子供達に勉強を教えたり、オリーは裁縫室に籠っているブリアンナの助手をしたり、アディとセディはアーロ、トミー、ジュリアンの剣術と武術の稽古の相手をしてあげている。

可愛い白と紺の熊にボコボコにされる大人の姿を見ると、シュールで笑えてしまった。例え模写だとしても二体とも護衛専門で作っているため、その辺の騎士では相手にもならないのを知らずに訓練をして、可愛いからとなめてかかった三人には、私が癒しを掛けてあげて怪我を治してあげたのだった。


 スターベアー・ベーカリーでは試作品の練習が始まっていた。天然酵母を作ったパンの作り方の練習と、珍しい料理器具が沢山あるのでその使い方を覚えて貰うことと、お菓子などの甘未の少ないこの世界では、作ったことなど無いに等しいマシューやナッティーに、ゆっくり丁寧に教えていった。


 この作業にはマッティも参加する。マトヴィルを模写しているだけあって、マッティは教えなくても全ての作業をこなすことが出来た。私が店に来れない時はマッティがリーダーになって、彼らに料理を教えてくれることになった。

 可愛い熊なのに口調はマトヴィルなので、誰かが失敗したりするとマッティは ガハハハッ と声を出して笑っていたのが面白かった。


 アーロの子供ピートやミリーの子供のタッドとゼンは、すぐに兄弟のように仲良くなった。今まで近所に遊び相手も居なかった彼らは、裏庭の遊具で楽しそうに遊んでいる。

勿論それだけではなく三人とも店の手伝いをする気満々で、ミリーとパン屋を手伝ったり、ピートの母のミアの寮の掃除などを一生懸命に手伝っていた。


 勉強もよく頑張っていて、アリーに毎日休みなく教わっているので、簡単な絵本など読める様になってきていた。

 でも彼らが一番頑張っているのは、スターベアー・ベーカリーで作った試作品を食べることだった。パンなどは寮で食事時に皆に出し感想を聞いて居るが、お菓子は頑張って? 彼らが食べてくれていた。

 お陰でガリガリだった彼らも少し肉が付いてきたように思えて、一安心した私のであった。


 マシューの妻ペイジは、長年自分の店を切り盛りしていただけあって、ナッティーよりも手際が良かった。そして何より面倒見が良いので、他の女性陣から母親の様に慕われていた。特にナッティーは彼等の息子と同い年らしく、可愛くて仕方ないと言って自分達の寮の部屋にも呼んだりして、親元を離れていても寂しくないように気を使って上げていた。

 ナッティーもそれが嬉しい様で、たまにマシュー夫妻の部屋に泊まったりして、本当の親子のように仲良くして居る様だった。


 ミアとミリーは子持ちの母親で年も近く、その上名前も似ているということもあって、姉妹のように仲良くなった。私が従業員用に支給した服や化粧品、日常必需品など使っては意見交換している様だった。


 そんなこんなで忙しい準備を終え、遂に明日が開店となった。

 私は自分の執務室で沢山の広告を朝から作って奮闘していた。勿論セオも有無も言わせず手伝わされている。

そこへノックの音がしてリアムが入って来た。ここのところの忙しさで、転移で屋敷に帰るのが面倒くさいと言って、リアムは数日間店に泊まり込みで働いて居る様だった。

 リアムの体を心配した私に、ランスがそっと 本当は興奮して屋敷でジッとしていられないだけなのですよ…… と笑って教えてくれた。


 リアムは真面目で働き者の青年なのである。


「リアム、おはよう!」

「おはよう……って、おまえら何時から来てるんだよ、早すぎるだろ!」

「泊まり込みで仕事してる人に言われたくないけど――」

「おまえなぁ……年がいくつ離れてると思ってるんだよ……」

「えー……【一回り】以上かな……?」

「えっ? ひと……?なんだって? あー……、それより、何作ってるんだ?」


 私は 良くぞ聞いてくれました と言ってニヤリと笑った。リアムは嫌な予感しかしないと言って苦笑いを浮かべながら、私が差し出した紙に目をやった。するとすぐに顔つきが変わった。勿論横から見ていたランスもだ。


「これは……この店の広告か?」

「さすが、リアム! 正解です!」

「ちょっと待て……紙は高いんだぞ……一体何枚作ったんだ?」

「うーん……300枚ぐらいかな?」

「3……300?!」


 私が作った広告には割引券が付いている。前以って用意いしていた割引券はこの前販売会で配ってしまったため、開店当日に割引券が付いた広告を配ろうと思い立ったのだ。なので当日来た人に渡す割引券付き広告100枚、近所に挨拶がてら配る物が100枚、そしてお世話になっている商業ギルドへ渡す物を100枚急いで作ったのだ。

その上この紙は回収すれば再利用出来る優れ物で、余っても次回の広告や割引券などを作るのに使用出来るのだ。こういう時に魔法って素晴らしいと改めて感じる私であった。


 話を聞いたリアムが頭を抱えてしまった。そんなに困らせる様な事はしてないはずなのに、どうしたのだろうかと思っていたら、薄っぺらい笑みを浮かべて私に聞いてきた。


「ララ……その挨拶回りは誰が行くんだ?」

「えっ? 勿論、会頭の私が――」

「却下!」


 リアムはランスに指示を出し、イライジャとトミーとアーロ、そして、タッドとゼンをこの部屋に呼び出した。そして皆が揃うと指示を出し始めた。


「トミーとアーロ、それとタッドとゼンはそれぞれペアーになって近所の挨拶回りに行って貰いたい」

「挨拶回りですか?」

「そうだ、この広告が割引券になっている、近所だけじゃなく通りがかりに欲しがる奴がいたら渡していいぞ、頼むな!」

「「はい!」」


 四人は頷くと早速100枚の広告を持って部屋を出て行った。次にリアムはイライジャに指示を出した。イライジャはそれを嬉しそうに笑顔で待っていた。


「イライジャは商業ギルドへ行ってくれるか? 護衛に……そうだな、アディとセディを連れていけ」

「アディとセディですか?」

「ああ、あいつらは容赦なく強いが見た目は可愛い子熊だ。沢山の目を引くだろう……思いっ切り宣伝して来いよ!」

「畏まりました」


 イライジャは私達にお辞儀をして、とっても嬉しそうにこの部屋を出て行った。ベアーズ達はまだこの店の者とディープウッズ家の家族しか存在を知らない、きっと商業ギルドへ行けばかなりの注目を浴びるだろう。噂が好きなイライジャが嬉々として出掛ける気持ちがよく分かった。



 それから私はセオと共にスターベアー・ベーカリーに降りていき、明日のオープンに向けての準備を始めた。魔法袋に締まっておけば出来立てそのままで保存できるので、出来るだけ沢山の作ってしまおうとどんどん焼いていく。

勿論マシュー夫妻やナッティー、ミリーも一緒に作業を行う。明日は朝早くから焼きはじめ、匂いでも人を呼び寄せるつもりでいるが、先日の販売会の事を考えると、朝焼いたものだけではすぐに売り切れてしまうだろう。だから今のうちに出来るだけストックを作っておきたいのだ。


 するといい匂いに誘われてか、広告を配りに行ったタッドとゼンがスターベアー・ベーカリーへとやって来た。後ろにはトミーとアーロもいる。どうやらあれだけの広告をもう配り終わってきたようだ。


「もう配り終わったのですか?!」


 私が驚くと子供たちはキラキラした顔になり、大人たちは苦笑いになった。一体何があったのだろうか? すると興奮したタッドとゼンが話し出した--


「あのさ、近所を配って回ってたら、それを知った人たちがたくさん集まって来てさ!」

「僕の所も! 沢山来たの!」

「それで、あっという間に広告持っていかれちゃったんだ!」

「凄かったの! 僕消えちゃうかと思ったー!」


 タッドとゼンは人がたくさん押し寄せてきて楽しかった様だが、守る側としては大変だっただろう……トミーとアーロの苦笑いの理由が分かった……


「トミーとアーロ……お疲れ様でした。大変でしたね……」


 二人は首を振り、私に笑顔を向けた。


「いいえ、会頭……いえ、ララ様、俺は今とても幸せなんです」

「俺もです!」


 二人共顔を見合わせると笑い出した。とても嬉しそうに――


「こんなにやりがいのある仕事は初めてなんです……何か目に見えて自分が守る物が分かるっていうか……」

「俺もです。ここが俺の店。そして、俺の家って感じがして、何が何でも守りたいって思ってます!」


 二人の言葉に胸が熱くなった。こんなにもこの店を大切に思ってくれるなんて……スター商会を作って良かったと思える言葉だ。

 私は2人ににっこりと笑ってお礼を言った。


「トミー、アーロ有難うございます。私も貴方達にそう言って頂けて幸せですよて… さあ! 明日は開店ですよ! みんな頑張りましょうね!」


 私の言葉に皆が おー! と気合を入れて作業に戻った。明日はきっと今までで一番忙しい1日になるだろう……

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