第72話 閑話5  媚薬

「これで完成かな?」

 

 私は今スター商会の作業部屋である物を作っていた。商品化はするかは分からないが、ディープウッズ家の屋敷で本を読んだ時から作ってみたかったものだ。先日やっと森の中で今まで手に入れられ無かった最後の材料を見つけたのだ。これでこの薬が作れると思った時、私の顔からはあくどい笑みが零れていたことだろう……


「ララ、作業終わった?」

「おい、ララ昼飯にしようぜ」


 そう言ってセオとリアムが作業部屋へと入ってきた。すると漂う香りに眉を寄せた。


「何か甘い香りがする……」

「そうだなぁ……ララお菓子でも作ってたのか?」

「ふむふむ。お二人とも他にはこの香からどんなことを連想しますか?」

「うーん……ララのお風呂上がりの匂いに似てるかも……」

「そうだなぁ……ララの髪の香りを強くしたみたいに感じるなぁ……」


 私はその言葉にニヤリとする。2人が私の事を子供だと思って恋愛対象に見ていないのは知っているが、この薬の香りを嗅ぐだけで私の事を連想するとは、これは成功だと思いほくそ笑んだ。


「フッフッフッ……セオ君、リアム君、これは媚薬……惚れ薬なのだよ!」


 私は瓶に入った惚れ薬を彼らの前に出し、胸を張って見せた。顔は自信満々のどや顔である。


「今香りをかいだだけで私を好きだと意識したでしょ? 香だけでも好きな相手だと認識させたと思うんだよね……」


 私の言葉を聞いて二人共真っ赤になってしまった。流石に6歳児を好きだと思わせたのは可哀想だったかもしれない……

 そんな二人の手を握ると、部屋に漂う薬のせいか身をこわばらせて益々赤くなった。まるで初めて夜伽を迎える乙女の様だ――


 私はうぶな女の子みたいな二人をソファに座らせると、詳しい話をする事にした。

 

 二人をジッと見つめると顔は赤いまま目を潤ませて私を見ている。恋する乙女の様な恥じらいを見せる可愛い二人に、私はニッコリと笑い話しかけたーー


「今から私がこの薬を飲んで実験しようと思っています」


 二人は顔を見合わせると睨むようにしてこちらを見てきた。やっと普段の2人らしくなってきたようだ。


「ララにそんな事をさせられないよ!」

「そうだぞ! だったら俺が飲んでやる!」


 私は二人に大きくため息を付いた。そんな事を私が二人にさせる訳が無いことをどうやら分かっていないようだ。それに私がこの部屋で2人の前で飲むのが一番問題が無いに決まっているのだ。


「あのね、二人が薬を飲んで可笑しくなった時に、誰が押さえるの?」

「「なっ?」」

「リアムが私を襲ったら? セオが私を襲ったら? 大問題でしょ? でも私なら二人に好き好き大好きって言って、キスしたり抱き付くぐらいだと思うんだよね」


 二人がごくりと喉を鳴らした。そして何かを考え出した様にじっと薬を見つめる。真剣な目が少し怖い……


「セオ、ここは俺に任せてお前は注文の入ってた包丁を作ってきていいぞ」

「リアムこそ早くお昼食べないと、午後からの会合に間に合わなくなるから、ここは俺に任せてくれていいよ」


 何故か二人の間には火花の様な物が見える。これもこの薬の香りのせいなのかも知れない。


「俺はララの商売の相棒だからな、俺が見守るのが筋だろう」

「俺はララの護衛だ、ララを守るのが仕事なんだ」


 二人は熱い視線で見つめ合っている。そこで私はハッとした、これは二人が両想いになっている状態では無いのかと……

 ジッと観察していると彼らは私の視線に気付きまた頬を赤らめ始めた。どうやらまだこの部屋の香りに誘惑されている様だ……


 仕方なく薬は魔法鞄にしまい、部屋を浄化してみることにした。香りは消えたが二人の様子は何故かあまり変わりはないようだったーー


「うーん……二人は好きな人いないの?」

「「はあ?!」」

「いるんだったらその人に飲んでもらっても良いけど……うーん……」


 二人の顔はまた赤くなった何かを想像したようだ。リアムは頭を抱えて俯きながら 俺は幼児趣味じゃない と自分に言い聞かせているし、セオは目をつむり 俺は護衛俺は護衛 とブツブツ呟いている。

 私はそんな二人を放っておいて、魔法袋から薬を出して一口だけ口に付けてみることにした。


「「あっ!」」


 2人の声が聞こえたが、そのすぐあと私の顔は真っ黒い何かで覆われてしまった。


(ココ アルジ スキ アルジ ホレテル)


 今日一緒にスター商会へ来ていた銀蜘蛛のココが、急に私に飛びついて来たのだ。私はココの姿を見た途端に胸が苦しくなった。ココの事が好きで好きでたまらなくなったのだ。


「ココ! 私の可愛い天使! 私もあなたのことが大好きですよ!」


 どれぐらい時間がたっただろうか、ふと我に変えるとリアムとセオが私とココの事を見つめていた。自分の腕時計を見つめて見ると、どうやら10分ぐらい意識を無くしていた様だ。


 一口で10分ぐらいココに夢中になっていたみたい……


 私は薬を飲んでからの自分の様子をリアムとセオに聞いてみた。


「ねぇ、リアム、セオ、私の様子はどうだった?」

「あ、ああ……まぁ、普段の二人とあまり変わらなかった気がするな……」

「うん、普段からココとララ仲良しだし……」


 そうか、私とココはすでに両思いだからあまり効果は無いのか、それに私が薬を飲んだ事で、私の魔力をまとっているココまで薬を飲んだ状態になったのかもしれないーー


「この薬は失敗かなぁー……」

「「えっ?!」」


 私は二人に事情を説明する。同じ魔力をまとっていると二人とも同じ症状が出てしまう事、それから薬を飲んだ後初めて目に入った者を好きになってしまう可能性がある事をだ……


「商品として自分が思う相手とは違う人に効果が出ても迷惑なだけだものね……」

「でも、目の前に居れば良いだけの話だろ?」


 リアムが何故か食いついて来た。薬に思い入れがあるようだ。もしかして……セオに飲ませたいのかしら? とリアムの気持ちを知っている私は疑ってしまう。


「ダメ、コレは商品にはしません。処分します」

「「処分?!」」


 驚いてる二人に私は頷いてみせる。私が求める媚薬である惚れ薬は誰かれ構わず好きにさせる物では無く、恋のきっかけになれば良いなと思った物だ。これでは、恋の奴隷になってしまうではないか……


「じゃあ、俺が処分しておいてやるよ」


 リアムが引きつった笑顔をこちらに向けてきた。普段の素敵な笑顔を知っているだけに、疑わしさ満点である。


「その薬は、武器として使えるかもしれない……」


 セオが恐ろしい事を呟いた。でもたしかに敵にこれを振り撒けば一気に片付いてしまうだろう。ただし、違う意味で危険かもしれないが……


「待て待て待て、セオまさか使う気じゃぁないよなぁ?」

「リアムこそ、本当に処分する気があるの?」


 また二人は火柱が見えるかの様に見つめ会っている。薬の効果は切れているはずだが、この薬には人を惹きつける効果があるのかもしれない。やはりもう少し研究が必要なようだ……


「もしかして二人とも、この薬が欲しいの?」


 私が見つめ合っている二人に問いかけると、顔を赤くし、こくんと小さく頷いた。何だか今日の二人はいつもより可愛いく見える、これも薬の効果なのだろうか? 

 どうしても諦め切れない様なので、休憩室に移動し仕方なく二人にも実験をさせて見る事にした。最初に見る相手はセオはモディ、リアムはブレイだ。これなら例え押し倒したとしても、何も問題は無いだろ……


「くれぐれも一口だけにして、それ以上は口に含まないでね!」


 私は二人に再度注意すると、二人は一口ずつ惚れ薬を口にしたーー


(我が主はなんと賢く聡明であろうか……従者としてこれ以上の喜びはございません!)


 モディはセオが薬を飲んだ途端にそう言うと、セオの首に巻き付いた。もう離れなくないと示すぐらいキツく巻き付いている。セオの首が締まってしまうのではと焦ったが、セオはそれを嬉しそうにして、モディの体に頬擦りを始めた。


「モディ、俺も君が居るから幸せだ。大好きだよ」


 確かに普段のセオとモディに見える気もする。だけどいつもよりかなり粘着質のありそうな態度だ。二人とも巻き付きそうな勢いに見える。


(ご主人様! カッコいい! 大好きです!)


 ブレイもリアムが薬を口にした途端にリアムに飛び付いた。普段から大好き とアピールしてるブレイだが、リアムが倒れる勢いで飛びつくのは初めてかもしれない、これも薬の効果だろう……


「ブレイ! お前はなんて可愛いんだ! おまえは俺の宝だ!」


 リアムは飛び付いて来たブレイを抱き締めると、顔をわしゃわしゃと撫でくりまわし、キスをしてまた撫で回すを繰り返している。可愛くて可愛く仕方ないといった様子だ。

 

 二人はやはり10分ぐらい賢獣とイチャイチャすると、突然ハッとして私の方を見てきた。どうやら現実に戻って来たようだ……


「何て恐ろしい薬なんだ……」

「俺盗賊に抱きつかれるなんて、絶対嫌だ……」


 どうやら自分で使ってみてこの薬の怖さが分かって貰えた様だ。好きな相手なら良いが誰かれ構わずでは危険だと気付いてくれたようで一安心だ。


「じゃあ、これは処分で良いですね!」


 二人は諦めたように頷いて見せた。私はニッコリと笑い処分する為に作業部屋へと戻ろうと歩き始めた。すると何でもない所で躓いてしまった。あっ と思った瞬間、媚薬は私の手から離れ扉の方へと飛んで行った。


「失礼します、リアム様お時間です」


 扉を開けて入って来たのはジュリアンだった。後ろにはランスやジョンも居るようだが、ジュリアンの長身の体でまったく見えていない。

 薬は扉の前に立ち塞がるジュリアンの顔にぶつかり、全てが溢れ落ちたーー


「みんな、口と鼻を覆って!」


 私の声に反応して、ジュリアン以外のメンバーは自分の服やハンカチですぐに顔を覆った。ジュリアンはただただボーッと一点を見つめたまま、立ち竦んでいる。

 心配したリアムがジュリアンに近づき声を掛けようとした。


「あっ! リアム! 洗浄するまで近づいちゃだめ!」

「えっ?!」


 私の声が届くのが遅かったようで、リアムは既にジュリアンの視界に入ってしまった……


「リアム様……私の愛しい方……」

「待て! ジュリアン、落ち着け!」


 ジュリアンはリアムを愛おしそうに見つめ、少しずつ近づいて行く。リアムはそれを避ける様に一歩ずつ後ろへとさがる、だが背の高いジュリアンの方が歩幅が広いため、あっという間に壁際へと追い込まれた。


「リアム様、どうかこの気持ちを受け止めて下さい……私は貴方の僕、貴方を愛しています……」

「待て! ジュリアン、それはーー」


 リアムの言葉はジュリアンの口付けによって塞がれてしまった。ジュリアンはリアムの両手を押さえ込み、熱い口付けを続ける。リアムは何とか振り払おうとしているが、大柄で騎士であるジュリアンを振り解くのは至難の技のようだ。みんなが唖然とその様子を眺めている時、私はハッと我に返った。


「浄化!」


 リアムとジュリアンに洗浄魔法を掛けると、やっとジュリアンはリアムから唇を離した。


「私は……いったい……」


 ジュリアンはリアムの腕をまだ握ったまま訳がわからずボーッとしている。リアムはヘナヘナとその場に蹲み込んでしまった。

 私とセオ、それにランスとジョンがリアムに駆け寄る。


「あの……リアム、大丈夫?」

「……ララ……薬はまだ有るのか?」


 私が頷くとリアムはギロリとこちらを睨んだ。そしてため息をつき私の手を握って言ったーー


 薬は全て処分してくれ……


 と……こうして初めて作った媚薬は処分されお蔵入りとなったのだった。この後しばらくリアムがジュリアンと目を合わせなかったのは、言うまでもない事である……

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