第71話 閑話4  衣装替え

 その日私はスター商会の作業部屋に籠り、ブリアンナと様々な洋服を作っていた。


 いずれは洋服専門店も開きたいと思っている私としては、平民にどのような服が需要があるのか気になるところで、ブリアンナと試行錯誤しながら、前世の記憶をもとに試作品を作っていたのだった。


「ブリアンナ、Tシャツは売れそうですか?」

「ええ、夏の暑い時期だけでなく、兵士には訓練時に練習着として需要があるのでは無いでしょうか?」

「色は白が良いですかね?」

「そうですね……白が一番需要がありそうですが、兵士にはそれぞれの部隊で色や紋章などがありますから、それを貼り付けられるといいかもしれませんね」

「なるほど……」


 普段は大人しいブリアンナも衣装の事となると饒舌になる。とにかくブリアンナは裁縫が大好きなので仕事の事であればいくらでも話していられるらしい。

 ブリアンナにミシンを始めて見せた時は、物珍しさからか寝ても覚めても触って居たい様で、私達の目を盗んでは作業部屋に内緒で籠り、黙って徹夜をしていたこともあって、止めるのに苦労したりもしたのである。

 そう考えると今は落ち着いたブリアンナである、ただし注文が入ると、相変わらず夢中になりすぎて徹夜しようとしてしまう為、今はオリー(店のマスコット)がブリアンナの様子を見て、手を止めさせると言う仕事を覚えてくれたのであった。


 さすがオルガの分身だけあってとても優秀だ――


「ララ、兵士の事が聞きたいならトミーかアーロかジュリアンに聞いてみたら?」


 一緒に作業部屋に居るセオが名案を出してくれて、ブリアンナと顔を見合わせてポンと手を打った。


 そうだウチの店には頼もしい騎士たちがいた、その上この街出身となれば、いろいろと詳しい事は間違い無いだろう。

 セオが皆を呼んできてくれるというので、その間に私とブリアンナは作った衣装を見せるための準備を大急ぎでしていく。

 暫くすると呼び出した面々の他に、リアムやランスそしてイライジャまでも来てくれた。ジョンだけをリアムの仕事部屋に残して、皆で来てくれた様だった。


「リアム、仕事は大丈夫なの?」

「新商品の開発も仕事のうちだろう? 俺が詳しく分かっていなければ販売できないからな」


 リアムの言葉にそれもそうだと納得する。


 先ずは皆にTシャツを見せながら、ブリアンナと話した事を伝えていく。

 部隊によってTシャツの色を変えたり、胸の辺りなどに紋章を入れたりする話の事などだ。これには皆がとてもいい案だと賛成してくれて、この街だけで注文が入ったとしても、かなりの売り上げになりそうだと、ランスがほくほく顔になっていた。

 イライジャも王都にどう宣伝しようかと、嬉しそうにランスと同じ様な表情を浮かべてほくそ笑んでいたので、どうやら販売確定の様で、私とブリアンナもニッコリ顔になったのであった。


「それで他にもあるんだろ?」


 さすがリアムである、これだけで終わらない事は分かっていたようだ。私は見本の為に自分用に作った衣装と、セオには男性用に作った衣装を着てみて貰うことにした。

 

「何だそれは?」


 着替え終わって皆の前に登場すると、見たことのない衣装にリアムが目を輝かせた。好奇心いっぱいの少年のような顔をしている。


「これは【戦隊服】です」

「せんたい? 戦う為の服って事か? 鎧とは違うのか?」


 私は腕にはめてある腕輪を皆に見せた。これに魔力を少し流すと戦隊服に変身できる。勿論鎧よりも頑丈な素材を使っていて、普通の刃物などは通すことが出来ない優れモノだ。これは前世の記憶の戦隊ヒーローから考え付いたものであった。


「ジュリアン、セオに切りかかってみて貰えますか?」

「えっ?! 宜しいのですか?」


 ジュリアンは恐る恐るセオに剣を振り下ろした。セオがそれを腕で止めるとジュリアンの剣は半分に折れてしまった。

 余りの出来事に皆が驚いた顔をして、セオとジュリアンの事を見つめていた。


「なっ……何だその服は!」

「フフフ……凄いでしょう? 【ヘルメット】もあるんだよ」


 【ヘルメット】が分からない皆に、顔面防御用のマスクだと説明しながら、私とセオはヘルメットを被った。これで頭部への攻撃も防ぐことが出来るのだと説明もする。


「スゲー……これは売れるぞ……魔力もそんなに使わないんだろ?」


 リアムの言葉に私はこくんと頷いた。でもランスとイライジャは私達の着ている戦闘服を触り首を傾げている、何か疑問に思った様だ。


「ララ様……これは何の素材で出来ているのでしょうか?」

「ああ、これは竜の皮で出来ています」

「「はっ?!」」

「お父様が討伐した竜の素材が屋敷の地下倉庫に沢山眠っていたので、それを使いました。ヘルメットは竜の爪を加工したものです。これはマトヴィルに相談して再生能力の高いヒュドラの皮を使用しています。ですから裁縫作業は――」

「待て待て待て!」


 私の話は慌てたリアムの言葉に遮られてしまった。他の皆は口を開いた状態で呆けている。一体どうしたのだろうか。


「ララ、おまえとセオの常識の無さを、俺は忘れていた……」

「「へっ?」」


 どうやら竜の素材自体が幻の品の様で、それを加工したものを販売するなどとんでもないことの様だ。竜の中でもヒュドラは伝説の竜とされており、鱗一枚でも大金になってしまうので、それで作った衣装となればとんでもいない金額になってしまい、誰も買うことが出来ないだろうと言われてしまった。

 なので残念ながら戦隊服はお蔵入りとなってしまったのである。


 気に入っていただけに残念だよ……


 私は気を取り直して次の衣装へと着替えた。

 前世でいうところの学校の制服だ。こちらにも学校はあるが制服は無いそうなので、これから広めるのにちょうどいいのではないかと思い、作ってみたものである。

 勿論、男性用はセオに着てもらって皆に見て貰う。


「どうですか? 学校の制服に丁度いいと思うのですが」


 私とブリアンナが作った制服は、紺色のブレザーに女性の物はえんじ色のチェックのスカートを合わせて、男性には同じ色合いのチェックのズボンを合わせてある。

 それと男性にはズボンと同じ色合いのネクタイを付けて、女性用にはスカートと同じ色のリボンを付けてみた。

 私的には良い出来だと思っているので、彼らの反応がとても気になるところである。


「ふむ……学校の指定服という事でございますね」


 ランスとイライジャの厳しい商人の目が入って来た。二人とも私とセオの着ている衣装を触りながら、肌触りを確かめている。トミーとアーロは庶民が買える金額なのかが、一番気になる様だった。

 ただし、リアムだけは違うことが気になった様だった。


「スカート丈が短くないか?」


 確かにこの世界では短く感じるだろう。何せ私が作った制服は、前世の記憶が元なので膝までしか丈が無い。靴下を履いてはいるが、しっかりと膝小僧が見えているので、リアムはそこが気になったようだ。


「確かに……これでは女性は外を歩けませんね……破廉恥過ぎます」

「これでは破廉恥行為として、我々販売側が捕まってしまうかもしれませんね……」

「せめて破廉恥に見えないためにも、踝近くまでは丈が欲しいところですね……」


 どうやらこのスカート丈では販売は無理の様だ。しかし踝近くまで丈を伸ばすと、昔のヤンキー女子の様になってしまい、ブレザーとは全く合わなくなってしまう。それでは可愛さが失われてしまう為、こちらは再度修正することとなった。

 それにしても余りにも皆に何度も破廉恥だと言われてしまったので、何だか自分が恥ずかしい人間の様に感じてしまった私であった。


 そして最後の衣装を見せる。これは何種類かあるので、皆に手に取って見て貰うことにした。


「これは何だ? レースで出来ている様だが……女性ものか?」

「これは【ネグリジェ】です。女性用の寝間着ですね」


 そう言った途端、男性全員の顔が真っ赤になった。別に下着では無いのだが、レースという事で透けてしまうことでも想像してしまったのかも知れない。


「あの、これは【ベビードール】……あー、下着ではないですよ」


 そう話しかけたのだがまだ皆赤い顔のままだ。セオだけは私とブリアンナが作っていたのを知っているので、無我の境地で無表情の顔でいる。

 私は皆に何といえば理解してもらえるかを考えた、そして知っている相手に着せてみたところを、想像させればいいのではないかと思いついたのだった。


「皆さん、これはレースで出来ていますが、別に透けてはいないのですよ」


 私は一着の赤いネグリジェを広げて見せた。これは夜伽に使えそうな真っ赤な色合いの少し胸元が広いものだ。でも裾丈は踝近くまであるので、決して破廉恥なものでは無いはずなのだ。


「これを着ている大好きな女性を想像してみて下さい。とっても美しいと思いませんか?」


 皆説明を聞くと益々顔が真っ赤になってしまった。その様子からどうやら上手く想像出来た様だと安心をする。子供用のネグリジェもあるので私が試しに着て見せてみようと思ったのだが、これは何故かセオとリアムに全力で止められてしまった。

 せっかく可愛い水色のレースを使って作ったのだが、皆に見せることが出来なくてとても残念だ。なのでセオとリアムに また三人で秘密基地に泊まった時に着て見せるね と言ったら二人同時に頭を抱えられてしまった。何故だか分からないがセオもリアムも耳や首まで真っ赤になっていたので、きっと好きな相手が着たところなどを想像してしまったのだろう……


「ララ様、どうしてこの様な物を作られたのですか?」


 一番最初に平常心を取り戻したイライジャが私に質問してきた。私は良くぞ聞いてくれましたと、どや顔になった。


「女性は基本的に可愛いものが好きなのですよ。寝るときにも可愛い物を身に着けていたいものなのです」


 話を聞いてそうなのかと皆がこちらを見てきた。どうやら商売人として気になる情報の様だった。私は皆の顔を見ながら話を続ける。


「それにマンネリ化した夜伽にも刺激を与えるのに、丁度よくありませんか?」


 子づくりが仕事に含まれる王や領主などには、マンネリ化しないためにもこの様な衣装が必要ではないのかと私が話すと、子供が考える様な事ではありませんね と言いながらも、ランスやイライジャはとても興味を持ってくれたようで、二人のネグリジェを見る目が変わったのが明らかに解った。

 私はトミーとアーロにも話しかけてみた。庶民にも受け入れられる物のはずなのだからだ。


「アーロ、ミアが着た姿を想像してみて下さい。美しいと思いませんか?」


 アーロは真っ赤な顔になりごくりと喉を鳴らしたので、試供品だと言ってミアに似合いそうなピンク色のネグリジェを一枚渡した。するとアーロは早速使ってみますと、嬉しそうに小さな声で呟いていたので気に入ってくれた様だった。


「トミーは奥さんはいませんが……そうですね……ミリーが着てみたらと想像してみて下さい。とても魅力的だと思いませんか?」


 トミーは手に持っていた薄紫のネグリジェをミリーが着たところを想像してしまったのか、真っ赤になりその場にしゃがみ込んでしまった。皆が同情するような目をトミーに向けていた……


「ジュリアン! これをアリナが着ている所を想像して下さい。可愛いアリナが――」


 話の途中でジュリアンは手に持った真白なネグリジェを抱えたまま、後ろにバタンと倒れてしまった。私は驚いてジュリアンの様子を慌てて見て見ると、真っ赤な顔で白目をむいていた。鼻からは鼻血を流していたので、どうやら想像して興奮しすぎてしまった様だ。男性陣皆がジュリアンの事を可哀想な目で見ていたのだった……


 その後、ネグリジェはランスとイライジャの手によって、この国全体に広がって行き、スター商会に大きな利益をもたらした。何故か購入者は女性ではなくほぼ男性が占めていたのだが、この衣装のお陰か、出生率が延び離婚率が下がったのだとの情報が、イライジャから入るのはまだまだ先の話なので合った――

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