第74話 スター商会 開店
スターベアー・ベーカリーの開店の日、私とセオは朝早くに転移陣を使って店へとやって来た。嬉しいことにスターベアー・ベーカリーではリアムを始め、ランス、イライジャ、ジョン、ジュリアンそして、マシュー夫妻、ナッティー、それと子熊のマスコットのマッティが既に準備を始めてくれていた。
店中にいい香りが漂い、店内の商品棚には既に多くのパンやお菓子が並んでいる。朝8時からオープンの予定なので充分な仕上りだろう。
そこへトミーとアーロが慌てて駆け込んだ来た。彼らも朝早くから起きて、店の見回りに出ていてくれたようで、手には箒を持ち掃除もしてくれていた様だった。
「大変です! もう外にはかなりの人が並んでいます!」
「このままだと、通行の妨げになりそうです!」
二人の言葉にリアムは頷き、皆に指示を出していく。
「よし! トミーとアーロはスターベアー・ベーカリーの門を開けて前庭の中に外に並んで待ってる奴らを入れろ、必ず順番を守らせて怪我の無いようにゆっくり誘導しろよ」
「「はい!」」
リアムの指示を聞いて、すぐに二人は外へと駆け出していく。
「イライジャ、悪いが一時間開店が早まることをミリー達親子に伝えて来てくれ、準備出来次第でいいから手伝いに来るようにと、それから、ミアは手伝える範囲で良いから無理するなと伝えてくれ、あと戻ってくる時に残りの4体の子熊も引き連れてきてくれるか?」
「畏まりました」
イライジャは嬉しそうに内扉を開けると、寮の方へと向かっていった。
「さあ、皆、一時間開店を早めるぞ! 心して掛かってくれ!」
「「はい!」」
一時間開店が早まった事で、急ピッチで店内の商品を仕上げていく。棚には溢れんばかりのパンやお菓子が並んでいき、入口の外からは並んでいる客が いい匂いだ とか販売会ぶりにあのお菓子が食べられる とか口々に喋っている声が聞こえてきて、楽しみにしていてくれるのが伝わってきた。
ミリー達親子がスターベアー・ベーカリーに来ると、リアムは店のコスチュームである揃いのエプロンを外し、自室へと戻っていった。開店前に会頭挨拶があるのだが私がする訳にも行かず、副会頭のリアムが代わりに挨拶をお客様にしてくれるのだ、その為以前渡したオルガ作成のスーツに着替えに行ったのだった。
開店時間(予定より1時間前)となり、リアムが店のドアを開けて客の前へと立った。あちらこちらから 待ってました とか 楽しみにしてたぞ などの声が上がる。リアムはそれに手を上げて答えた。
リアムはこうやって客観的に見るととてもいい男である。輝くようなオレンジ色の髪、少し色気があり品のある顔、背が高くスラッとしたモデルの様な体型、どれも自然と目を引く要素のある風貌だ。
その上若くしてこれだけの店の代表である、女性達は放ってはおかないだろなと思った。やはり並んでいる客の中には、明らかにポーっと見つめている人もいる。これから益々リアムが色々な意味で注目を浴びて行くのは間違いないだろう……
今日はスター商会の開店でもあるが、スターベアー・ベーカリーが混む事を見越して、リアムに申し込まれている面談は全て来週以降に回してくれてある。案内状を出した店も含め全てだ。こんな気遣いも出来て優しい男を世間が無視できるわけがないのだ。
きっと実家の家族もリアムの魅力に惑わされて、ちょっかいを掛けてきたのだろうーー
まあ、だからと言ってこれまでのリアムに対する行いを許すつもりは私には勿論無いけどねーー
特に長男は尻たたきの刑、決定だからね!
そんな事を私が考えているとリアムの挨拶が始まった。いよいよ開店の時間である。
「皆さん、本日はお忙しい中わざわざ我がスター商会へお集まりいただき有難うございます。皆様に美味しいものを安く提供するために、我々スター商会はスターベアー・ベーカリーを開店いたします。試供品のパンなどもございますので、色々と味わってから気に入ったものをお買い求めください、では、開店!」
リアムの声を合図に客が店へと入ってきた。トミーとアーロが一斉に詰め掛けない様に、20人ぐらいずつ案内している。並んでいる人達には子供たちとマッティ以外の熊達が、味見として小さくカットされたパンをトレーにのせて回わり、並んでいる間にを食べてもらっている。
皆、味見が出来ることにも驚いていたが、一番は動いて喋る熊たちにであった。可愛い可愛いと撫でられて自然と魔力を供給して貰えている、自分の狙い通りになったことに私はほくそ笑んでいた。しめしめである。
すると、アダルヘルムとマトヴィルが屋敷から転移陣を使って手伝いにやってきてくれた。まさか一時間も早く開店しているとは思わなかった様で、店の様子を見た途端苦笑いを浮かべていた。
「やはり、ララ様は思い通りには行きませんね……」
「ああ……街へ行き初めて数か月で店出しちまうぐらいだからな……」
「もう、二人共、早めの開店を決めたのはリアムですよ!」
私の言葉にセオを含めた三人が笑い出し、リアム様も随分と振り回されるのに慣れてきたようだ と言ってまた笑っていた。
私は三人をキッと睨みながら、朝早くから働いて居る人たちを少しずつ順番に休ませたいのでと言って交代をお願いした。
マトヴィルは厨房に入りサッとマッティに魔力を流してあげた。マッティだけは人と触れ合っていないため、朝から魔力供給出来て居なかったのだ。マトヴィルのお陰であっと言う間に元気になったマッティは、俄然やる気が湧いて居る様で、力強くパン生地をこねていた。
先ずはマシュー夫妻が休憩に入る。厨房は100人力のマトヴィルが来たため心配はいらないが、二人はやはり少しでも店から離れるのが嫌な様だった。
「夕方まで長丁場になるんですから、休める時に休んでください」
私がそう話すと頷いて二階の休憩室へと上がっていった。アダルヘルムにはレジで奮闘しているランスやイライジャ、ジョン、ジュリアンの誰かと交代してもらうようにお願いをした。
店には4台のレジがあるがどれも今は行列が出来ている。だがアダルヘルムがレジに入った途端その列は極端に差が出来てしまい、アダルヘルムのレジばかりに客が(特に女性客)並んでしまう事となった。
それに気が付いたアーロがレジに並ぶ場所を一か所にして、4台のレジが均等に流れるようにした。客の中にはガックリと肩を落とすものもいた。
「味見のパン、お代わりお願いします」
空っぽになったトレーを持ってタッドとゼンが厨房へとやって来た。今日はスターベアー・ベーカリーのコスチュームである揃いのエプロンを2人とも付けている。
初めて会った時とは違い、清潔な服を着た可愛らしい彼らは、熊たちと同じぐらい客に可愛がられて居る様だった。
2人とも仕事をする事が楽しい様で、キラキラした笑顔で試供品のカットされたパンを嬉しそうに持って行き、また外に並んでいる客へと提供をしていた。とってもいい子達である。
「私も外に出て、どれだけ人が並んでるのかみたいな……」
と呟いたらセオに却下されてしまった。今日は客が多く詰め掛けるのが分かっていたので、私は厨房から先には出てはならないと決められていたのだ……
しょんぼりと落ち込んでいるとセオが大きなため息をつき、二階の窓からなら人並みを見ても良いよと言ってくれたので、一旦作業する手を止め、二階に行くことになった。
休憩室に入り休んでいるマシュー夫妻とランスに声をかけながら、窓を開けて外を見てみた。するとスターベアー・ベーカリーからの長い列が、スター商会の周りを囲むように出来ていた。凄い人である。私は最後尾がどこなのか見ようと他の部屋にも行ってみることにした。
するとミシン部屋(作業部屋)からカタカタと音が聞こえてきた。今日は皆開店で出払っている為、誰もいないはずなのに可笑しいなと、セオと首を傾げながら覗くとそこには――
「ブリアンナ!」
「あ、ララ様、おはようございますー」
呑気なブリアンナの姿があった……
「皆いないんですが、どうかしたのでしょうか?」
今日が開店だと伝えたはずだが、耳に入っていなかったらしいブリアンナは、何故皆がいないのか疑問にいちを思ったらしいが、ミシンを使ううちに忘れてしまった様だ……
「ブリアンナ……今日が店の開店ですよ……」
「えっ? そうなのですか? それで皆さんいらっしゃらなかったのですね……」
接客が苦手なブリアンナをスターベアー・ベーカリーの手伝いに回すのは無理だろうと私は悟り、作業はほどほどにと伝えて部屋を出た。
すると着替える為に上に上がって来たリアムとバッタリ会った。ブリアンナの話をすると、苦笑いを浮かべながら スター商会の方でドレスの注文が入ってるから、作業をさせて置けば良い とのお達しが出たので、そのままリアムの部屋のある三階へと向かった。
リアムの部屋は丁度建物の中心の一番高い場所にあるので、窓を開けると行列がよく見えた。私は身体強化を目にかけて最後尾を探した。
「あ、セオ! あそこが最後尾じゃない?」
セオも目に身体強化を掛けて覗き込む、着替えたリアムも窓に近づいて一緒に外を眺める。
「本当だ、丁度屋敷一周ぐらいだね」
「お前ら目がいいなぁ……」
「リアム、目に身体強化を掛けるんだよ。ほら、トミーとアーロの顔まで見えるでしょう?」
「成程……あいつら疲れてんじゃねーか? なんか顔が真っ赤だぞ……」
「本当だ……じゃあ、私がノアになって交代――」
「「ダメだ!」」
2人に同時にダメ出しされてしまった……残念……
結局リアムがウエルス家に転移で一旦戻って、パーカーという護衛を連れて来てくれた。そしてジュリアンとパーカーが外で警備をし、トミーとアーロを休ませる事になった。ジュリアンが入っていたレジにはセオが入り、結局私はまた厨房に戻ったのだった。残念。
タッドとゼンも働き詰めなので、ミアとピートが交代し、熊たちと共に試供品の味見を頑張って配ってくれていた。
お昼を過ぎたころには波が少し落ち着いてきたので、昼休憩に順番で入って貰うことになった。朝一度、皆休憩を取ったとはいえ、これだけの人を捌いていたのでかなり疲れている様だった。
この混雑具合がずっと続くようならまた新しく人を雇わなければならないだろう、取り敢えず明日からはドワーフ人形達を数体連れて来て、簡単な仕事を手伝わせようかな……とそんな事を考えながら、少し空いてきた店内を見ていると、この前も見かけた帽子の男性が目に入った――
うーん……あの人どっかで見たことあるんだよね……
記憶力の良いセオはあのままレジに入っているし……リアムは相変わらず入口で来る人達に頭を下げている。私はその帽子の男性が気になり、彼がレジでの支払を終えるのを見計らって、そっと店の裏口から抜け出し声を掛けてみることにした。
「あの……」
帽子の男性は後ろから声を掛けられたことにビクッとした後、私の方に振り向いた。相手が小さな女の子だと分かると明らかにホッとした様子を見せた。
「嬢ちゃん……なんだ?」
「何処かでお会いしたことありませんか?」
まるでナンパの様だが、そう声をかけながら帽子の男性の顔をジッと見た。すると脳裏にある人物が浮かび上がってきた。
「あっ! 【ヤンキー】の後ろにいた人だ!」
「はぁ?!」
その帽子の男性はあの『俺達の島で勝手をするな』と言ってきた男たちの仲間の一人だったのだ――
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