第61話 話合い

 リアム達が来たので作業を中断させて、お昼に入ることにした。

 リアム達にお昼を食べたのか確認すると、食べてはきたらしいがマトヴィルの作った料理を食べたそうだったので、(特にリアムが)一緒に昼食を取ることになった。


 私はまたテントを出し、皆を中へと促す。案の定中へ入ってからも皆が入口で一時停止してしまった。イライジャは全てが初体験なのでしょうがないとしても、リアム達にはいい加減私の作る物に慣れてもらいたいものである。


 呆けているリアム達を引っ張りダイニングテーブルの方へと促した。今日は人数が多いので、ソファよりそちらのが良いだろうと思ったからだ。ちらりとリアム達の方へと目をやると、イライジャが目を輝かせてテント内を見ていることに気が付いた。

 商人の目からして良い物が沢山のあるように見えるのかも知れない。そう言えばリアム達も最初はそうだったなと思い出して笑いがこみ上げてきた。


 私がほくそ笑んでいると、アダルヘルムとマトヴィルが魔法袋からヴィリマークの肉で作ったビーフシチューを出してセッティングを始めてくれていた。下僕のジョンもそれを手伝っている。

 私も手伝いに入ろうと思ったが、アダルヘルムに リアムさまと話を進めていて下さい と言ってもらえたので、席に着き話を始める事にした。


 そこでまだ目がランランと輝いているイライジャから質問が上がった。貴女はどなたですか? と――


 そう言えば今日もノアの姿だったことを思い出し苦笑いになった。私は一度変身を解きイライジャに説明をしたのだった。


「イライジャ、私はたまにノアと言う名の男の子になるので、覚えておいてくださいね」


 イライジャに向かって笑いかけると、目を真ん丸にして驚いていた。面接の時から笑みを絶やさない彼のこんな顔が見れてたので少し嬉しくなってくる。

 リアムが説明が簡単すぎだろと呟いていたが、一緒に仕事を始めていけば、そのうち私の事も詳しく分かって来るだろうから、余り気にしないでおいた。


「そっ……それで、会頭のお名前は?」


 私はポンと手を打った。そう言えばまだ名前を名乗っていなかった事を思い出した。面接のときは自分が会頭だと言っただけで、名前までは教えていなかったのだ。

 私はイライジャに向き合い、名前を名乗ったーー


「ララ・ディープウッズです。今後も宜しくお願い致します」

「ディ…… ディープウッズ……」


 イライジャはそう言った後、リアム達に助けを求める様に彼らの顔を見た。皆がこくんと頷くのを見て、喉をごくりと鳴らしたのだった。

 そんなお化けでも見たように驚かなくてもいいのにと思ったが、リアムにあれが普通の反応だと言われ、そう言えばリアム達も最初固まってたなと思い出し、私は納得したのだった。




 今日の昼食のパンはバケットだ。これも天然酵母を使って作っている。固めのパンに慣れているこの世界の人達なら、きっと気に入ると思って作ったものだ。屋敷でマトヴィルと最初に使った時は、皆が感動して喜んでいたので、きっとリアム達も気に居るはずだと私は思っていた。


「師匠の作る食事は、滅茶苦茶美味しいです!」


 リアムが感動して頬をピンクに染めながら、マトヴィルに感動を伝えている。他のメンバーも言葉には出さないがリアムの言葉に相槌を打っていた。勿論イライジャもだ。


 皆がバケットにも手を出し始めたので、感想を聞いてみる事にした。


「おー! 俺これぐらいの固さのパンが好きだな」


 リアムの反応はどうやら好感触の様だ。私は自分の魔法鞄からバタールとブールも出してみた。この世界の人達の固さの好みを知りたいからだ。


 パンはどれも合格点で反応が良かったが、バケットが一番良い様だった。これから作るパン屋では、食パンとバケットを中心に作っていこうかなと、心のメモに刻んでおいた。


 美味しい食事を終えて、明日の販売会の話となった。リアム達はお昼を食べてきたと言っていたが、皆しっかり一人前は食べていたのだった。


 リアムが店舗の工事の進み具合に驚いてくれたお陰で、お小言を忘れていくれていたようだったが、販売会の話になったとたん、顔つきが急に変わったようにも思えた。私はリアムから目を逸らし、イライジャに顔を向けた。勿論リアムから逃げているのではなく、聞きたいことがあるからだ。


「イライジャは、今日どうして一緒に来たのですか?」


 落ち着きを取り戻し、普段の笑顔に戻ったイライジャはニッコリと笑って私に答えてくれた。


「私には子飼いの者が数名いるのですが――」


 どうやら情報を集めるために、イライジャ専任のスパイがいる様だ。私はふむふむと頷きながら話を聞いた。


「その者達がここでのお菓子の販売会の事を掴んで参りまして、気になってしまい、リアム様のご自宅にお伺いしたのでございます。

 そうしたら屋敷中がてんやわんやとなっておいででして、そのままお手伝いに参加したのでございます」


 どうやら販売会の問い合わせがリアムの家に殺到していた様だ。イライジャは嬉しそうに話しているが、リアムは苦笑いを浮かべている。


「実際、イライジャが来てくれて本当に助かったんだよ……」


 クッキーの販売会の後、味の報告に訪れる人や、販売の事を訪ねて来る人、それから郵便飛脚が届いたり、商家から店の事で面談を希望してくる人などが前回よりも殺到してしまい、リアムとランスだけでは手が回らなくなってしまったそうだ。

 勿論ジュリアンや、ジョン、ウエルス家の人達も対応はしてくれたのだが、商売の事や、新店の事が分かっているわけでは無いので限度があったそうだ、けれど、イライジャが来てくれたことで、仕事が分担でき、とても助かったのだそうだ。


「イライジャはこの街の事を、隅々まで知ってるからな」


 面談の取付に来た商家などはリアム達はブルージェ領の大店なら分かるが、流石に個人経営だけの小さな店までには詳しくはなかったようだ。

 それにイライジャはこの街の裏事情も良く分かっているので、評判の悪い商家などの情報も教えて貰えたそうだ。


「イライジャは救世主ですね、有難うございます!」


 イライジャは少し微笑むと、首を振ってからこちらを見た。


「私がやりたくてやったことでございます。お礼を言って頂くことではございません。それに私は、今とても楽しいのです」

「楽しいのですか?」

「はい、子供のようにワクワクしております。新しい店で働くのが楽しみで仕方ないのです。ですからこうやって、面接の後すぐに働かせて頂ける事に感謝しているのです」


 イライジャの笑顔を見ていると、本心の様だった。リアムも嬉しそうに微笑んでいる。

 勿論私も店が出来る事が楽しみだが、働いてくれる人たちまでがこんなにも楽しみにしてくれている事にとても嬉しくなった。


「あ、そうだイライジャ、子飼い? の方たちに掛かった費用も今後は経費で計上して下さいね」

「いや、それは……」


 断ろうとするイライジャに私は首を振って見せる。日本人の感覚として、この世界の従業員に対する扱いは搾取している様にしか見えない。休みも無く働くのが当たり前だし、給料も決して良いとは言えない。

 困窮する庶民が増えるのも当然のことだと思った。私の店で働く人たちにはそんな事はしたくないのだ。

 福利厚生をキチンと決めて、有休も作る予定でいる。これはリアムにも相談したことで、リアムは最初驚いていたが私が休みを取ることの効率化を話すと、分かってくれたようだった。


「皆が揃ったら働き方について話す予定でいますが、採用の合格通知と共に、この店の働き方についての案内も入っていましたよね?」

「ええ…… 読ませて頂きました」

「でしたら遠慮はいりません、経費として計上して下さい。お金の事はランスが担当で良いのですよね?」


 ランスはいつもの微笑みのまま、イライジャに頷いて見せた。


「ウチの店から働き方も改革をいたしましょう! そしてこの街の人だけではなく、国中の人が働き先として憧れる様な店を作って行きましょう!」


 イライジャは 改革 と言う言葉を聞いて、とても嬉しそうに頷いて見せた。目標は高く持って居たいので、この街一番の……ううん、この国一番の商家に上り詰めたいと思う。


 勿論、リアムに一番頑張って貰わなければならないのだけれど……


 私の考えが伝わったのか、リアムは寒気を感じたような素振りを見せていた。そんな様子を心の中で笑いながら、明日の販売会の打ち合わせを始めた。それと今日絡んできた人たちの話も勿論伝えてみた。


「裏ギルドの奴らかも知れないな……」


 リアムは顎に手を置き考えている様だ。商業ギルドの見回りが今日こない事を知っていての行動だと、リアムは睨んだようだ。


「商業ギルドの行動が、裏ギルドに筒抜けって事?」

「うーん、まあ、何処まで情報が洩れてるかは分からないが、可能性が高いだろうな」


 私とリアムが考え込んでいると、イライジャが手を挙げて意見を言ってきた。


「商業ギルドには、私の子飼いもおります」

「「えっ?」」


 驚く私達にイライジャは頷いて見せる。


「ギルドの職員も皆、生活していくのがやっとですからね、臨時収入は助かる物です。ですから商業ギルドの情報はほぼ裏ギルドに伝わっているでしょう。ただし、ギルド長の部屋での会合までは届いてはいないと思いますが」


 イライジャの話だと、商業ギルドの職員を子飼いに使っているのはある程度大店の商家達なら当たり前の様だった。ギルド長も知っていることだと思うと、イライジャは言う。

 情報が命の商人として、ギルドの情報はとても大切な物らしい。きっと明日の販売会の事も裏ギルドには届いていると思うとイライジャは言った。


「明日は嫌がらせに来ることは無いだろう……」

「リアム、どうしてそう思うの?」

  

 リアムはアダルヘルムが入れてくれたお茶を味わいながら、優雅に答えてくれた。


「今日痛い目に遭ったんだ、流石に顔が出せないだろう。それに明日は商業ギルドの見回りの奴らが手伝いに来たいって言って張り切ってたよ」

「それって、トミーさんとアーロさん?」

「そうだ、ララに、あー……ノアにか? 良い物貰ったからお礼がしたいってうちに訪ねて来たぞ、ギルド長にも手伝いに行かさせてくれって直談判したみたいだ」


 私はトミーとアーロの二人の気持に感謝した。こちらの方が色々と手伝って貰っている形なのに有難い事だ。


「それで、明日はどれぐらい販売するんだ?」

「うーん、今のところ500パックぐらいかな?」

「500?!」


 リアムはくつろいだ様子で椅子に座っていたのに、急にこちらへ身を乗り出してきた。目を大きく開けて私を見ている。


「あれ? 少なすぎた?」


 セオに手伝って貰って頑張って作ったのだが、足りなかっただろうか? 今日も帰ってから少しは作業をする予定なので、足り無い様ならまだ増やせるが、明日の準備で他にも作りたい物があるので、出来ればその数で行きたい。


「いや、多すぎないか?」


 どうやら数は大丈夫そうだ。多い分には魔法袋があるので、特に問題ないだろう。

 でも昨日の事を考えると、それぐらいは売れてしまうような気がする。昨日の販売会に参加していないリアムに、状況を説明することにした。


「でもね、昨日の販売会では、私の魔法バックの在庫が無くなったんだよね。勿論500個もなかったけど、今まで作って閉まっていた物が全て出てしまったし、ココのおやつのクッキーまで、売り切れちゃったんだよね……

 それにね、売上が418ブレだったの……」


 一個1ブレで販売したのはリアムにも伝えてあったので、リアムは驚いてお茶の入ったカップを落としそうになっていた。


「まさか……そんなに売れてるとは……」


 リアムは驚きを隠せない様で、カップを両手で支えたまま固まってしまった。ランスやイライジャなど、他のみんなも固まって居るのが分かった。


「500個で足りると思う?」


 リアムは苦笑いになった、多分足りないと思ったのだろう。この前は急な販売会だった。だが今回は違う。街中に情報はかなり回っているだろう。

 リアムはカップをやっと置いて、ふーっと大きくため息を付いた。


「まぁ、頑張ってみるさ」


 そう言って楽しそうにリアムは笑ったのだった。

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