第60話 店の建築③

 朝早起きをして、クッキー作りに精を出した。セオも包装を手伝ってくれている。小屋中がクッキーのいい香りに包まれているので、ココはソワソワしていた。味見を待っている様だ。

 昨日の即席販売会でココの大切なおやつである、馬と熊の型抜きクッキーも出し切ってしまったので、そちらも販売用の分を含めて沢山作って行く。

 それとスター商会の名を広める為に、星型のクッキーも作成もする。大風呂で流れ星を見るのが大好きなココは、星の形のクッキーに大興奮をした。

 ココが余りにも可愛いので、味見用に数枚お皿に入れて渡してあげた。ココはとっても喜び、星の型抜きクッキーを手(足?)に取ってじっくり見つめてから、嬉しそうに味わって食べていた。

 セオはそんなココの様子を見てときめいたのか、頬を少し染めてジッと見つめていた。ウチのココは世界一可愛い銀蜘蛛なので、それも仕方の無い事である。セオに片思い中のリアムも銀蜘蛛並みに可愛い容姿であれば、セオの心を鷲掴み出来ただろうに、残念だなと作業をしながら考えていた私であった。


 ある程度の作業を終えて、店の建築工事の為、私達の土地へと向かう時間となった。今日もアダルヘルムとマトヴィルが一緒だ。2人が手伝ってくれると、作業効率が高いのでとても有難い。

 その上彼らにはファンが出来ているので、来るだけで店の良い宣伝効果になっていた。


 そんな事を考えていると、あっと言う間に私達の敷地に着いた。馬車から降りて基礎工事の終わっている私達の店を見ると、結界がしっかりと効いていて何も問題の無い様だった。

 ホッとして結界内に入ろうとした所で、知らない男性に声を掛けられた。またクッキーの事かなと思って振り向くと、明らかにガラの悪そうな男たちが数人近付いて来た。

 顔に傷のある男性や、目つきの悪い男性、スキンヘッドの男性もいる、もしかしたら見た目が出来るだけ怖い人達が代表で来たのかも知れない、そんな事を考え笑い出しそうになっていると、見学に来ていたアダルヘルムとマトヴィルのファンらしき人達が、この場から去っていくのが見えた。


 もしかしてこの見た目が怖そうな人達は、悪い意味で有名人なのかもしれない、この街の人達は知っている人たちなのだろうか……

 そう思っていると、最初に声を掛けて来た男がアダルヘルムに近付いて行った。アダルヘルムの方がマトヴィルよりも見た目だけは……もう一度言う、見た目だけは、はかなげに見えて弱そうに思えたのだろう、私としては騙されている彼らに少しだけ同情してしまうが、アダルヘルムを選んだのは彼らだ自業自得だろう。

 だいいち、私以外の誰を選んだとしても、その人数では相手にもならないのだから。


「おい! この辺で勝手なことをしてるって言うのはお前らか?」


 代表で話し出した男が、威嚇するように喋ってくる。まるで日本のヤンキーの様な行動に、私は笑いをこらえるのに精一杯だ。我慢のし過ぎで涙目になる。

 そんな私の様子をセオは苦笑いを浮かべて見ているが、相手側は子供が怖がって震えている様に見えたのだろう、調子に乗ってしまった様だった。


「ここら辺はなー、俺らの島なんだよ。それなりのもんを提示してくれねーと、こっちとしても許可できねーな」


 要は金をよこせと言う事だろう、昨日の販売会でかなりの人が並んで購入していたのを見ていて、売上をせしめてやろうとでも思ったのかも知れなかった。浅はかな考えに呆れてしまう。


 だが、さすがはアダルヘルムだ。そんな彼らにも冷静に対応する。鞄から書類を出すとそれを彼らの方へと向けた。字が読めるかは分からないが、ちゃんと契約していることを見せるのが大事だろう。


「ここは、我々の主が購入した土地です。今お見せしているのが商業ギルドとの契約書です。昨日の販売は私達の土地の中で行いました。あなたたちの仰る ”島” というのは何処から何処までなのか、教えて頂けるでしょうか?」


 アダルヘルムが明らかに威圧しながら笑顔でそう言うと、彼らは少し青ざめた顔になった。何故か頬をピンク色に染めている残念な人もいるが、そこは突っ込まないでおこう。

 マトヴィルは戦いになるのかなと期待している様で、少し嬉しそうな顔をしている、セオは私を守るように私の一歩前にと出てきた。


「うっ、うるせぇ! 俺らの島って言ったら、とにかく俺らのもんなんだよ! 大人しく出すもん出しやがれ!」


 その言葉を合図に、彼らは一斉に襲い掛かって来た。だがアダルヘルムが相手である、可哀想になるぐらい一瞬で、彼らは全員地べたに倒れて気を失ってしまった。

 出番の無かったマトヴィルはしょんぼりしてしまった。やっぱり戦いたかった様だ。

 だがマトヴィルが本気で相手をしたら、きっと彼らは気を失うだけでは済まなっかただろうから、優しい? アダルヘルムが相手である意味良かったのかも知れない、何故なら気を失うだけで済んだのだからだ。


 周りを見ると遠くから見守っていた人達も、自然と近付いて来ていた。彼らが一瞬で倒されたことに驚いて、目を丸くしている様だ。中には拍手をして喜んでいる人までいた。


 そうこうしていると、先程逃げて行ったと思われた人達が、どうやら街の警備隊を呼びに行ってくれていたようで、笛をピーピー鳴らしながらこちらへやって来た。


「喧嘩はここか?!」


 少し偉そうにしている警備隊の男性が、人垣をかき分けて私達の方へとやって来た。倒れている男たちを見て先ずは驚き、その後アダルヘルムを見てパッと頬が赤くなった。どうやらアダルヘルムはまた男性ファンを作った様だ。他の警備隊員は倒れている男達を見て、只々驚いているだけの様だった。


「あー……一体何があったのか、ですか?」


 最初に私達に話しかけてきた警備隊員が、顔を真っ赤にしてアダルヘルムに話しかけている。他の警備隊員がその様子にも驚いている様で、こちらに目を向けてきた。

 アダルヘルムは自分の活用性を良く心得ているのか、ニッコリと微笑むとその警備隊員に近付いて耳元に話しかけた。周りの人だかりの中には、悲鳴を上げる者やふら付く者もいて見ていて面白かった。


「こちらの方たちに土地の使用料を払うように言われまして、ここは私共の主の購入した土地ですので、お断りさせて頂いたところ、急に暴力を振ってこられようとされたので、こちら側として正当防衛で対応させて頂きました」


 アダルヘルムがニッコリ笑って書類を警備隊員に見せると、警備隊員は書類ではなく、アダルヘルムをポーッと見つめながら頷いた。

 そして倒れている男性達をロープで縛り始めた。但し、話しかけてきた警備隊員だけは、何故か手伝わずにアダルヘルムの横にずっと張り付いていたのだった。


 私はその警備隊員に、ふと思ったことを話しかけてみた。


「すみません、この捕まった人達はどうなるのでしょうか?」

「あっ? ああ……」


 警備隊員はアダルヘルム以外にも人がいることに、やっと気が付いたように私を見てきた。そしてまた少し偉そうな口調で話し出した。


「取り調べをして、前科があるような奴は罪を償わせる。まあ、初犯なら罰金で済むかも知れないが、こいつらなら下手したら奴隷落ちだろう」

「奴隷落ち……」


 その言葉に気分が悪くなる、この世界の奴隷は人として扱って貰えないと本に書いてあった。いくら悪い人たちとはいえ、余りにも重い罪になるのは可哀想だ。私の顔が曇ったのがアダルヘルムには分かったのだろう、警備隊員に話しかけてくれた。


「出来るだけ穏便に済むようにして下さいますか?」

「なっ、なんと?!」

「こちらとしてはもう手出しをされなければ、特に罪は問いませんので」


 そう言って微笑むアダルヘルムを見て、警備隊員は目をウルウルさせて感動している様だった。アダルヘルムが慈悲深い天使にでも見えているように思えた。


「分かりました! 貴方の仰る通りにさせて頂きます!」


 そう言って警備隊員はアダルヘルムの手を握り、嬉しそうに約束してくれた。さすがのアダルヘルムも苦笑いを浮かべて、迷惑そうな顔をしていた。後ろではマトヴィルとセオが笑いをこらえていた。

 私が握手をしている二人の間に割って入ると、その警備隊員は少しムッとして私をみたが、アダルヘルムの手前特に文句は言われなかった。


「あの、この人たちにこれをあげて下さい」


 私は魔法バックから袋に入った沢山のおにぎりを出し、警備隊員に手渡した。警備隊員は興味津々で袋の中を覗いている。


「これは……何だ?」

「おにぎりです、食べ物ですね。きっとこの人達お腹が空いてこんな事をしたと思うので、食べさせてあげて下さい」

「お? おにぎり?」

「あ、お兄さん(どう見てもおじさんだけど)も気になるようでしたら食べてみて下さいね」


 私が微笑んで見せると、警備隊員は怪訝そうな表情で私を見てきた。アダルヘルムやマトヴィル、セオは、私の行動に大きなため息を付いていたが、私的には彼らのお陰でまた良い宣伝が出来たので、そのお礼のつもりで渡したのだ、だがどうやらおかしな行動だった様だ。


 そんな話をしているうちに、残りの警備隊員が全員を捕縛出来たようで、気を失っている男たちを何とか引っ張って帰っていった。ただし、アダルヘルムのファンになった警備隊員だけは、名残惜しそうに何度も何度もこちらを振り返っていたので、その人も仲間に引っ張られていたのであった。


 私達は大きなため息をつきながら結界の中へと入った。この土地に来るたびに何かにまきこまれて時間を取られている、建築作業が数時間ではあるが削られてしまい、うんざりだ。


 私達は遅れを取り戻すために、早速作業へと移った。


 今日からは建て方工事に入る。木材は既に準備万端のため、どんどん組み立てていく。セオもこのあたりの作業はなれたもので、魔法で木材を持ち上げては、組み立てていく。

 あっと言う間に作業は終わり、次は床板や屋根を張上げていく作業に移った。その作業を順調に進めていると、結界の外からリアム達が入ってきた。アダムヘルムが関係者は入れるように結界を張ってくれているので、問題なく入って来れたようだ。いつものメンバーである、ランスやジュリアン、ジョンもいる。そして驚いたことに、面接で合格になったイライジャの姿もあった。

 面接後の従業員顔合わせまではまだ日にちがあるので、イライジャは自分から進んで来たようだ。その全員が結界内に入った途端に、建築中の店を見て一時停止したしまった。皆が口をポカンと開けて只々店の方を見つめている、私は何か問題があったのかと心配になって、すぐにリアム達に近付いて行った。


「リアム、どうしたの? 何か問題があった?」


 リアムはハッとして私の方を見ると、首を横に振った。言葉が出てこないようだ。リアムは一呼吸おくとなんとか声を出した。


「昨日から……工事に入ったんだよな?」

「うん、そうだけど?」


 私は首を傾げて続きの答えをまった。するとリアムはごくりと喉を鳴らしてから話し出した。


「もうほとんど、工事が終わってるじゃねーか……」


 どうやら進行の速さに驚いていたようだ。私的には今更感があるのだが、実際に私が作業している姿を、リアムは見たことが無かったかもしれないと思い出した。なので優しく諭す様に伝えてみた。


「リアム、アダルヘルムとマトヴィルがいるんだよ。作業が早く進むのは当然でしょ。それにまだここからの作業が大変なんだよ、最低でもあと一日は必要だと思う」

「それって……明日には店が出来上がるって事か?!」

「うん、だけど、そこから家具を作ったり、店舗の方にもオーブンとか入れなきゃならないし、やることは沢山あるけどね」


 最後の言葉の方はリアムには聞こえていない様だった。只々 ”明日” といってブツブツ呟いていた。一緒に来たメンバーも呆然として私の言葉を黙って聞いていたのだった。

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