第62話 販売会準備

「それで、採算は取れてるのか?」


 クッキーを1ブレで売っていることにリアムが心配そうに問いかけて来た。だが粉も、バターも、その他諸々の材料はハッキリ言ってただである。掛かっているのは私とセオの人件費ぐらいだろうか。


 今後店をオープンさせたら、店で材料も購入する予定だが、今のところはお母様の許可もあり、地下倉庫にたっぷりとある在庫を使わせて貰っている。なのでハッキリ言って儲けしかないのである。


「材料費が今のところ掛かってないからね、ぼったくってる気分なの……」


 しかし今後は材料費のことなども考えて、値段を設定して行かなければならないだろう。なので今回の販売会ではオープン前価格として販売してもらう予定だ。そのことに関してはリアムも分かっている。


 私は魔法バックから昨日の販売会の売り上げを出し、テーブルの上に置いた。


「これは昨日の販売会の売上です。ランス、店舗の開店費用に追加しておいてください」


 ランスは頷くと売上を受け取って、私がリアムに上げた魔法鞄に大事そうにしまった。後は明日の販売会の時間だが10時と伝えてあるので、その1時間前にはここに来て店舗の前庭になる部分にタープテントを建てて販売会に備える予定でいる。

 リアムにそのことを伝えると、自分たちもその時間には来る様にすると言ってくれた。勿論イライジャもだ。


「じゃあ、これで話は終わりですね」


 私がニッコリと笑ってそう言うと、リアムがギロっと私の方を睨んできた。そしていつものようにデコピンをしてきた、今日のはちょっと強めで私のおでこがぺちんと鳴った。


「ララ、とにかく思い付きで色々とやらかすなよ……」


 額をさすりながらはーいと気の抜けた返事をすると、リアムはふーっと大きなため息をついた。その様子を見てセオを始め、皆が気の毒そうに苦笑いを浮かべていた。

 どうやらリアムのお小言はこれで終わりの様だ。私は額をさすりながらリアムに笑って見せた。


「リアム、頼りにしてるうからね!」


 リアムは照れたのか少し頬を赤く染めながら頷くと、皆を引き連れて帰っていった。


 私達はテントを終い建築作業の続きを行う。午前中にかなり作業が進んでいたので、防水作業や、断熱材を使った作業を手分けして行い、帰る時間までに外壁工事までを終えることが出来た。

 これもセオとアダルヘルムそしてマトヴィルが手伝ってくれたので、あっと言う間に終わる事が出来たのだった。私1人ではこの速さで終わらせるのは無理だっただろう。

 後はこまごまな庭の手入れや、建物周りの塀の作業となるが、これでほぼ完成と言えるだろう。


 建物自体は真白な壁でできており、とても清潔感に溢れている。店の屋根は赤にして可愛らしくしており、来る人達が明るい気持ちになってくれたらいいなと思っている。私は出来上がった建物を見た後、三人に深く頭を下げてお礼を言った。


「アダルヘルム、マトヴィル、セオ! 本当に有難うございます。手伝って下さったので、とても素敵なお店が出来ました!」

 

 私が頭を上げると三人とも優しく微笑んでいた。私達は片付けをすると、綺麗な夕陽を後にして屋敷へと戻ったのだった。



 屋敷へ戻ってから、夕食も湯浴みも終えて、私はセオと共に小屋へと行った。明日の販売会で使うものを作ったり、その作業の間に、クッキーもやっぱりもう少し作っておこうと思い立ったからだ。

 暫く作業を続けて、もう一度クッキーを焼こうかなと思っていると、アリナが小屋へとやって来た。私はアリナに作ったクッキーを味見でもして貰おうと思ったが、大きなため息をつかれて呆れられてしまったのだった。


「お嬢様……もう就寝のお時間でございますよ……」


 私はアリナの言葉にハッとして時計を見ると、既に9時を過ぎていた。セオも作業の手伝いで時間を忘れて居たようで、申し訳なさそうな顔をアリナに向けていた。


「さあさあ、今日も一日中働いてらしたのです。お疲れでしょうから早く休みませんと……」


 私とセオは大慌てで片づけをして部屋へと戻った。何故ならいつもならお小言案件な筈なのに、アリナが優しくてかえって怖かったからだ……

 勿論賢い私達はそんな事はアリナに言ったりしなかったが、二人して顔が引きつってしまったのは確かだった。



 次の日、やはり何時ものように早くに目が覚めた。今日も建築工事や店舗内の家具作りなどを行うので、ララではなくノアの姿で準備を始める。

 私が一人でサッサと身支度をしていたので、部屋にやって来たアリナは呆れた顔になっていた。


 アリナは私の体が心配の様で、小さな子が夜遅くまで何日も働き詰めなのがとても気になっている様だった。だから昨日も変に優しかったのだと、私は納得したのだった。

 アリナには今夜は帰って来たらゆっくり体を休める事を約束して、屋敷を出発した私であった。



 店舗に着くとまだリアム達は来ていなかった。なので、アダルヘルムとマトヴィルは建物周りの塀の建築を行い、私とセオが前庭の部分に今日の販売会のセッティングを始めた。

 

 大部分が出来上がったころ、結界の中にリアム達がやって来た。今日も約束通りイライジャも一緒に来ていた。

 だがまた結界内に入った途端に、皆が一時停止してしまった。建物が出来上がっていることに驚いた様だ。

 それも朝から作業をしているアダルヘルムとマトヴィルの外側の塀も、間もなく出来上がろうとしていたので、残るは庭の作成と家具などになってしまった為、ほぼ全てが完成と言える形だったからだ。


 私はボケッとしているリアム達を前庭へと引っ張って来て、準備した販売所を見せると説明を始めたのだった。


「【タープテント】を張ってみたの、赤色で可愛いでしょ? ワンタッチで広げられるから便利なのよ」


 ノアの姿なのにララの言葉のまま話を進める、ここに居る人達は私がララだと知っているので、まあいいだろうと思っての事だ。

 私の説明に皆が黙って頷いている、まだ驚きから抜け出せていないようだが私は引き続き話を続けた。


「これが、ショーケースです」

「「しょ、しょーけーす?」」


 皆がこてんと首を傾げた。成人した大人たちだが、何だかその仕草が可愛く見えて、自然と笑みがこぼれた。


「リアム、この中に手を入れてみて」


 私はショーケースの販売側の入口を開けて、リアムに手を入れるように促した。リアムは恐る恐る手を入れると、大きく目を見開いてこちらを見た。どうやら驚かせることに成功した様だ。


「なんだこれ……冷たい……」

「フフフ、でしょう?」


 私は自慢げに胸を張る。この世界の商品はショーケースには入っていない。高級店でガラスのキャビネットに入っているぐらいだ。

 初めて街に遊びに来たときにそれに気が付いて、自分がお店を持つときにはショーウインドウや、ショーケースなどを作りたいと思っていたのだ。

 クッキーには冷蔵庫機能付きのショーケースは必要ないかも知れないが、折角作るのなら今後も店で使える物を作りたいと思ったのと、販売会でショーケースを見せつけたかったと言う意図もあった。


 リアムの所にかなりの商人から今日の販売会の問い合わせがあった様なので、きっとその人たちの目を引くことだろうし、良い宣伝になることは間違いなしだとほくそ笑んだ。


 リアムに続いて、皆がショーケースの中に手を入れて冷たさを確かめていた。無言で目を大きくさせて頷き合ってる男たちの姿は、かなりシュールで面白かった。私の後ろに控えていたセオも、笑いを堪えて居る様だった。


「これは……どのようにして冷たくしているのですか?」


 イライジャが興味津々で聞いてきた。情報を集めるのが大好きなので気になるのだろう。私はショーケースの一番下の部分を開けて、魔石が入っているのを見せた。かなり大き目の魔石が二つ並んで入っていて、これで一年ぐらいは持つだろうと思っている、こればかりは実際に使って見なければはっきりとは分からないが――


「魔石が原動力なのですね……」


 イライジャだけでなく皆が感心してくれているので、少し照れくさくなってしまう。だが驚かすのはこれだけでは無いのだ。私はショーケースに取り付けてあるスイッチを入れた。すると綺麗な灯りが付いてショーケースの中が明るくなった。これには男性諸君から歓声が上がった。


「ジャ、ジャーン、実は明かりもつくんでーす!」

「おー! 凄いな、それも凄い明るくて奇麗だ!」

 

 リアムの驚きぶりに嬉しくなる。アリナを心配させてまで作ったかいがあった。


「このショーケースも商品になる?」

「なるなっ!」

「なりますね!」


 皆が間髪入れずに返事をしてくれた。リアムを始めランスもイライジャも商人の目になって真剣な顔つきだ。商人では無いジョンやジュリアンさえも、後ろで頷いていた。


「多少高くても?」

「ララ……じゃない、ノアは幾らで売りたい?」


 正直言うとこれも私とセオの人件費以外今のところお金が掛かっていない。ただし、これからの事を考えるとお金を取らない訳にはいかないだろう。


「うーん、魔石別で1ロットと500ブレは?」


 この世界の庶民の一か月分の平均的な給料だ。少し高いかも知れない。


「安すぎだな……」

「そうですね……」


 リアム達が頭を抱えてしまった。庶民一か月分の給料でも安すぎるようだ。でも私はその答えに少し首を傾げる。


「最終的な値段設定はリアム達に任せるけど、本来必要な人達に行き渡る様に、余り高い金額には設定しないで欲しいの……」

「だが限度があるぞ。見たこともない商品をあまり安すぎる設定には出来ないからな……」


 私はリアムの言葉に頷く。それはしょうがない事だと私でも思うからだ。だけど街の人達が暮らしやすくなる為の物は、出来るだけ安くしたいと思っている。そんな事を考えていると、心配そうにリアムが口を挟んできた。私が落ち込んでいると思ったのだろう、優しい青年である。


「あー、そうだなぁ……二種類作っても良いかもな……」

「二種類?」

「そうだ、大店向けの物と、個人経営者向けの物だ。そこらへんの店にはこんなに立派なものは必要ないからな、もっと小さくするとか……後は……」


 まだ話中のリアムに私は思いっきり抱き着いた。顔がリアムのお腹辺りなのでみぞおち丁度よく入ってしまったのか、一瞬リアムが うっ…… と唸った。だがそんな事は気にせず、リアムのお腹にぐりぐりっと顔を押し付けた。


「リアム! 天才! 有難う! 大好き!」


 私がリアムから離れて顔を覗くと、褒められて照れたのか、リアムは耳まで真っ赤になっていた。私はそんなリアムにニッコリと笑いかけ、もう一度きつく抱き付いたのだった。



 それから次に魔法鞄からレジを取り出した。これはとても作るのに苦労したもので、セオと一緒に本を片手に何度も考えて作った力作だ。

 今日はクッキーを1ブレで販売するので、レジは必要ないかも知れないが、今後の事を考えてレジに慣れてもらう為と、勿論宣伝を兼ねてのお披露目である。

 驚いている男性陣に使い方を手解きして、早速覚えて貰う事にした。


「これは……自分で計算する事が必要なくなりますね……」


 ランスが真剣にレジを観察している、かなり興味がある様だ。レジのボタンを押してお金の出し入れ口を何度も開けたり閉めたりして、一番時間を掛けて練習していた。大人の男性でも可愛いことをするんだと、笑みが自然とこぼれて来た。私はそんな彼らにまた質問をした。


「これも売れるかな?」

「売れるな」

「売れます!」


 皆の声が揃った事に嬉しくなり、私は声を出した笑ったのだった。

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