第56話 面接 午後②

 ナツミの面接の後数人の面接をしたが、これといった良い人材は今の所居なかった。余りにも不潔な人や、料理の実践のない人は、申し訳ないが雇う気にはなれなかった。

 飲食店の面接にはリアムのお兄さんからの偵察らしき人はいなかったが、何だか物足りないまま最後の一人を迎えることとなった。


 ノックをして入って来た男性は、無表情のまま私達に頭を下げると、指定の席へと着いた。柔らかい青緑色の髪を角刈りに近い髪型にしている。手先は爪も短く、清潔感があり、まるで日本のすし職人の様だった。


「マシューさんですね」

「はい」


 マシューはリアムの問いに一言だけ答えると、また元の無表情へと戻った。どうやら緊張しているのではなく、これが普段の彼の姿の様だ。


「志望の動機をお聞かせいただけますか?」


 マシューは頷くと、話を始めた。


「俺は、接客が苦手で、店を潰しました……」


 マシューはそう言うとすぐにまた黙ってしまった。リアムが苦笑いをして続きを促す。


「それで、何故、この採用に応募を?」

「料理が好きだからだ」


 どうやらかなり口下手の様で、それだけ話すとまた黙ってしまった。リアムとランスは顔を見合わせて苦笑いをしている。どう考えても接客業には向かないタイプだろう。

 だけど私は昭和の日本男子の様で何だかマシューに好感が持てた。魔法袋からお昼に食べた照り焼きチキンバーガーを取り出し、マシューに食べて感想を言って欲しいとお願いをしてみた。リアムは私の顔をチラリと見て、いつものため息をついていた。


 マシューは照り焼きチキンバーガーの香りを嗅いだあと、大きく目を見張った。その後ごくりと喉を鳴らすと、口に含み、ゆっくりと味わうように食べだした。すると段々と目が大きく見開いていき、そしてここに来て初めての笑顔を見せた。


「美味い! これは、レッカー鳥の肉ですか? たれは醬油? あとは、砂糖? 酒も入ってるか? 他が分からねーな……

 それにしても柔らかくて香ばしい、皮の部分はパリッと焼けてるが、ただ焼いただけじゃねー気がする……何かをまぶしてんのか? うーん、小麦粉か……それからこのパンだな……初めて食べる味だ! 柔らかくって少し甘みがあって、俺が知ってる製法とは明らかに違う作り方だな、これを発明した奴は天才だ……これだけで富が得られる物だ、それだけ素晴らしい……」


 急に饒舌になったマシューを見て皆がポカンと惚けていたが、私だけがニヤニヤと笑ってしまう、この人は職人なんだと確信した。


「それは、私が作りました」

「なっ……嬢ちゃんが?」


 マシューは私の方を見てわなわなと震えだした。セオが念の為か立ち上がって私の前にと立った、警戒している様だ。マシューは勢いよく立ち上がると、がばっと床に手を付いて頭を下げた、まさに日本の土下座だ。


「頼む! 俺を弟子にしてください!」


 マシューのその言葉に、皆がびっくりしてマシューを見つめた。勿論私もだ、まさかそんな言葉が出てくるとは思ってもみなかったのだ。


「マ、マシューさん、頭を上げてください!」


 私がそう言っても、マシューは頭を床に付けたままだ。困ってリアムに助けを求める。


「あー、マシューさん、何で弟子になりたいんだ? 金儲けの為か?」


 リアムの言葉に、マシューは勢い良く顔を上げると、首を左右へと降り出した。見ているこちらが心配になるぐらいの勢いだ。


「違う、いや、違います! 俺は、こんな美味いもん初めて食った! 凄い衝撃を受けた、俺もこんなに美味いもんが作ってみてぇ! それだけだ!」


 そう言ってまた床に頭を付ける、何だか段々この人が可愛くなってくる、リアム達もそうなのか顔が優しくなっている。


「こんな子供の弟子になってもいいんですか?」


 マシューはまた勢い良く首を上げた、段々彼の首が心配になってくる。


「才能に年齢は関係ねぇ!」


 彼の真剣な言葉に皆が笑顔になる。どうやら彼を気に入った様だ。勿論私の中でも合格である。


「ではマシューさん、今後の話をしたいので席に座って下さい」


 マシューは驚いて顔を勢いよく上げると、こちらを呆けた顔でジッと見ていた。見かねたジョンが近づいて、マシューを席へと座らせた。マシューはまだ分かっていないような表情をしていた。


「マシューさん、彼女は会頭なんですよ」

「えっ?!」


 マシューは一段と驚いた顔をして私の方を見ている。頭の中の整理が付かないようだ。そんなマシューに皆が優しい笑顔を見せると、ごくりと喉を鳴らして深く息をついた。

 ジョンがそっとマシューの前に水を出してあげると、それを一気に飲み干した。


「お、お嬢さんは天才なんですね……」


 マシューはやっとその一言を絞り出すように言った。でも私は前世の記憶があるだけで、決して天才などではない。

 何もないところから作りだしたわけではないので、そう言われても素直に喜べない。本当に才能があるのはマシューやリアムの様に、何もないところから自分の物を作り上げられるような人だと私は思う。


「マシューさん、私は天才なんかじゃないんですよ。人より少し恵まれていただけです。これからはマシューさんの力を借りて、より美味しいものを作っていきたいと思っています。私に力を貸してくださいますか?」


 私がそう言うとマシューは急に大粒の涙を流し出した。暫く声を出したまま大泣きすると、ありがてぇありがてぇ と言ってずっと私の手を握って離さなかった。

 見かねたリアムがマシューを落ち着かせ、何とか泣き止ませると、後日連絡すると言ってどうにか部屋から追い出し……いやいや帰って頂いた。私達は何だか疲れてぐったりしてしまったので、最後の面接者で良かったとホッと息をついたのだった。



 その後はベルティのギルド長の応接室へと向かった。話を聞くためだ。私とセオ以外はこの街での生活が長いため、街の様子には詳しいのでほぼ私への話と言う事だろう。

 ベルティの部屋に着くとフェルスが扉を開けて案内してくれた。私達はソファへと座る。フェルスが皆にお茶を出してくれたので、面接の疲れもあることから、私は鞄からおやつを出し皆に振る舞った。

 今日はプリンを出してみたが、触感に好き嫌いがあると思うので、意見を聞いてみる。リアムは甘いもの大好きな為喜んで食べているので、聞く必要は無いかも知れないが……


「プリンのお味はいかがですか?」

「ふむ……不思議な触感だね……甘いけどなかなかに美味しいじゃないか」


 ベルティにはまあまあ気に入って貰えたようだ。甘いものがそれ程好きではないフェルスとジョンは、微妙な顔をしていたので、好みが分かれるかも知れないと思った。


「このソースがうまい!」


 リアムが頬をピンク色に染めながら、嬉しそうに話す。甘い物好きのリアムにはキャラメルソースも気に入って貰えた様なので、私はキャラメル自体を出してみることにした。


「リアム、これも食べてみて」


 リアムは今甘いものを食べたばかりなのに、すぐにキャラメルを一つ掴むと口へと頬張った。みるみるうちに顔が嬉しそうな顔へと変わっていった。


「何だこれ! スゲー美味い!」


 リアムがキラキラした顔で喜んで食べているので、他の皆も気になったのか、それぞれキャラメルを口へと運んだ。


「まぁ、これは、柔らかくて甘くて美味しいね……」


 ベルティも気に入ってくれたようで、嬉しくなる。


「これは、生キャラメルです、お菓子屋さんで販売したら売れそうですか?」

「俺は、絶対に買うな!」


 まあ、リアムはそうだろうなと私は微笑んで頷く。


「あんたの作る物は売れる物ばかりだよ、このキャラメルってやつも必ず売れると私は思うよ」

「ベルティさんにそう言って頂けると、安心できますね」


 私が喜んでいると、ベルティが小さくため息をついた。


「あんまり安い値段にするんじゃないよ」

「えっ? ダメですか?」


 安ければ買う人が喜んでくれるだろうと思うのだが、それではダメなのだろうか? 私は首を傾げてベルティの方を見た。ベルティはお茶を一口口に含んでから話出した。


「周りの店との兼ね合いもあるからね、あんたが庶民の為に安く売りたい気持ちは分かるよ。でもね、美味くて、良いものが安く手に入ったら他の店はどうなる?」

「あ……」


 私が善かれと思って価格を下げれば、同じ様な店はたまったもんじゃないだろう。下手をしたら多くの店が潰れてしまう可能性がある。お客の事ばかりで、販売する他店の事までは考えていなかったことに気付かされた。


「まぁ、そこは、ウエルス家の坊やが付いてるからね、適正価格ってやつで販売してくれれば、こちらとしては特に問題は無いよ」


 私はベルティの言葉に頷いた。商品の価格を決めるときは必ずリアムに相談するべきだと改めて思った。

 私はこの世界の価値観がまだ良く分かっていない、前世の記憶も関係しているが、ずっと森の中で暮らしていた事も大きな要因だろう。

 セオもそうだ、チェーニ一族の閉鎖された村で育った後に私の家に来たから、私と感覚が似ている。街で食事をとった時などそのいい例だろう。


「ベルティさん、有難うございます。勉強になりました」


 ベルティは私の言葉に笑顔で頷いた。私はリアムの方を向くとギュッと手を握った。


「リアム、これからも色々と迷惑かけちゃうと思うけど、私とセオの事を助けてね」


 私が見つめてそう言うと、リアムは真っ赤になりながら頷いて見せた。


「最初から、そのつもりだよ。俺はお前の商売の相棒だからな」


 リアムが笑顔でそう言ってくれたことが嬉しくて、私はリアムに思わず抱き着いた。


「リアム、カッコイイ! ありがとう、大好きだよ」


 私がリアムの頬にキスをすると、リアムは茹蛸の様に真っ赤になってしまった。首や手までもが真っ赤になっている。

 小さな子が お父さん大好き と言ってキスするのを真似て見たのだが、この世界ではダメなのだろうか? 私は困ってセオの方へと顔を向けると、アダルヘルムが良くやる額を押さえる仕草をしていた。


「おまっ! こんな所で何やってるんだよ?!」


 リアムはキスされた頬をさすりながら、真っ赤な顔のまま私を注意してきた。私は意味が解らず首を傾げる。


「大好きって表現しただけなんだけど?」


 これ以上赤くなり様が無いと思ったが、リアムはもっと真っ赤になってしまった。体調が悪いのではと心配になってきて、私がリアムに触ってみようと手を差し伸べようとすると、ベルティの大きな笑い声が部屋に響いた。


「アハハハハ! あんた達、何をやってるんだい!」


 ベルティは涙目になりながら笑っている。周りを見るとランスもフェルスも苦笑いを浮かべていた。


「そんなに変な事をしましたか?」


 訳が分からず首を傾げていると、またベルティは笑い出した。リアムの様子を見るとベルティの笑いに圧倒されたのか、顔色は少し落ち着いたようだった。


「はぁー、先が思いやられる子だねぇ……あんた達、しっかり守りなよ!」


 ベルティの言葉はどうやらリアムとセオに向けられたものだった様で、二人共真剣な顔で頷いていた。何故か私は尚更問題児になったようだ。申し訳ない……

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