第57話 街の様子と雇人

「それで、わたしたちが店を出すと問題があるのは、どちらの方なんですか?」


 一頻り笑った後のベルティに、この部屋に呼ばれた本題を問いかけてみたのだが、お茶を飲む手を止めて私の方ちらりと見てから話出した。


「何でそう思う?」


 私は周りの皆の様子を見て見るが、セオと私以外には話が通っている様だ。きっと子供には話を聞かせないつもりでいたのだろう。


「先程ギルド長は 自分達には問題がない と仰っていました。ということは、問題がある人が別に居るという事ですよね?」

「はぁー、まったく……これだから聡い子は嫌だよ……」

「ギルド長、スター商会の会長として、知っておかねばならない事を教えてください」


 ベルティはリアムの方をチラッと見た。リアムが一つ頷くと大きなため息をついて話出した。


「分かったよ……本当は子供には聞かせたくないんだけどね……」

 

 今、ブルージェ領では前領主が亡くなった事で街が混乱している中、裏ギルドが勢力を拡大している様だ。このアズレブの街でも同様で、どうも大物貴族と繋がりを持ったらしい裏ギルドが、かなりの圧力を新しい店に対して行っているようなのだ。

 古くからある店はそれなりに貴族と繋がりがあるのか、狙われる事は少ないが、新しい店は売上の一部を土地代や場所代などと言われ、どうやら巻き上げられているらしい。

 今日面接に来たマシューの店は親から受け継いだ歴史のある店だったが、貴族との繋がりなどないため、かなりの嫌がらせを受けてしまい閉店に追いやられたらしい。

 結局は弱い立場の物を狙った巻き上げ行為の様だーー


「私達も取り締まってはいるんだけどね……」


 取り締まった所で被害者側が裏ギルドが怖くて被害届を出さなければ、商業ギルドとしては手の打ちようが無いそうだ。


「それで、スター商会が狙われると?」


 ベルティは頷いて見せた。リアムは真剣な顔でベルティの話しを聞いている、覚悟していたのかもしれない……


「私の予想だけどね、確実に狙われると思うよ。新しい店で人気も出るだろう、それにウエルス家の関係者って事でやっかみもありそうだ。ディープウッズって名前を全面的に出せば手を出そうとする馬鹿な奴は減るだろうけど、それをする

気はないんだろ?」


 自分の力で店を経営していきたい私としては、ディープウッズの名前を出す気はない、それに名前を出したら出したで、今度は違う問題も起きそうだ。


「最終手段では名前を出すかもしれませんが、今は考えていません。それに店の守りは完璧にする予定です」


 私の言葉にセオ以外の全員が驚いた顔を私に向けた、まだ皆には話していないから当然である。


「何か考えがあるんだね?」


 ベルティの問いに私は笑顔で答えた。


「まだ試作段階ですので、完成出来次第お見せしますね」


 私の言葉にリアムは頭を抱えているようだったが、ベルティはニコニコと笑っている。


「フフ……本当に楽しみな子だよ……そうだ、あんた私の子にならないか?」

「「へっ?!」」


 間抜けな声を出したのは私だけでなく、リアムとフェルスもだった。セオは急に私の手を握ってきた。警戒してるのかもしれない。


「アハハハハ、冗談だよ。取ったりしないから、そんな怖い顔をするんじゃないよ」


 ベルティがセオとリアムに向かってそう言って笑った。二人は顔を見合わせると頬を染めて下を向いてしまったが、少しホッとしているようにも見える。


「鍛えがある子だけに残念だよ。まぁ、あんたたちに任せるとしようかね……」


 そう言ってベルティはセオとリアムにウインクして見せると、また豪快に笑った。二人共真剣に頷いていたが、それ程私は不安分子なのだろうか? ベルティの子供にと言う話も、きっと狙われにくくする為の処置としてという事だろう。ディープウッズと名乗らないのなら、ギルド長の娘とでも言っておけというベルティの優しさなのだと思った。


「それで話は変わるけど、何人採用する予定なんだい?」


 ランスがベルティの言葉に反応して、すぐに書類をベルティとフェルスに渡した。面接が終わってからの短い時間で採用者と不採用者を分け、書類をまとめて置てくれたようだ。こちらからの合格通知の様な手紙も添えてあるように見える。さすがリアムが認める男の事だけある、仕事がスマートだ。


「こちらが書類でございます」

「おやおや、随分と用意がいいねぇ。採否の通知まで準備出来てるのかい……」


 ベルティが書類を見ながらランスを褒めると、ランスは頷いただけだったが、リアムが妙に嬉しそうな顔をしていたので、可愛かった。やっぱり身内が褒められるのは嬉しい様で本当に可愛いリアムである。


「ふむ……合格は4人だけかい? あの土地の広さに店を出すとしたら、4人じゃ足りないだろう……」

「気に入らない者を雇う気は無いのでね。それだったら、忙しい方が良いですからね」

「ふむ……まあ、そうだろうね……」


 ベルティはリアムと話しながら、私の方をちらりと見た。その目は何かを窺っているようにも見える。


「ララ、あんた、その事も何か考えがあるんだろ?」


 私は鋭い質問に思わず笑ってしまう。


「あははは……分かりますか? さっきの店の守りの件と話が重なるので、きちんと完成したら話します」


 私の答えにベルティだけではなく、リアムまでもがジッと

私の方を見てきた、別に隠すつもりはないのだけれど、まだ完成していないので、何だか言いづらいのだ


「まあ、良い、楽しみに待つとするよ」


 ベルティは笑顔でそう言ってくれたので、私も笑顔で返事を返した。


「ところで、ブリアンナを雇ってくれるんだね」

「はい、彼女はとても才能がありそうですね」


 ブリアンナは接客が苦手そうだが、裁縫には抜きんでた才能がありそうだ。スター商会に入社してくれたら、きっと店の利益になってくれる人だろう。ベルティの推薦にありがたさを感じた。


「あれほどの才能がある人を、新店のウチへ紹介していただけてありがたいです」


 私の言葉にベルティはクスリと笑う。


「この街の他の店じゃ、あの子の才能は生かされないからね」

「そうなのですか?」

「あの子の刺繡の腕前なら、王族に出せる物が縫えるよ。でもどこの王がこんな田舎町の縫製工場や、店にそんなもん頼むんだい、良いとこ田舎貴族ぐらいだろう」


 ベルティは一口お茶を含むと、続けて話し出した。


「でもあんたのところは違う」

「えっ?」

「やり方によっては、すぐに王族から声が掛かるだろう」

「そうですか?」


 私は首を傾げる。そこまで素晴らしい品を作っている意識はあまりない、どちらかと言うと庶民の皆の生活が楽になってくれたら良いな、と思う程度のものだ。勿論作った物に対しての愛情もあるし、自信も少なからずはあるけれど、王族だったら御用達がいくらでもあるだろうし……


「まったく、本当に自分が見えていない子だねぇ……」


 ベルティは呆れた顔をすると、リアムの方へと向いた。


「あんた、この子を守るのは大変だよ、しっかりしなよ!」

「勿論です」


 リアムは笑顔でそう答えた。ベルティは今度はセオの方へと向いた、ジッと目を見ている。


「あんたは覚悟がありそうだね、騎士としてしっかり守るんだよ」

「はい!」


 ベルティは二人の返事に満足そうに頷くと、またお茶を一口飲んだのだった。



 商業ギルドからの帰り道、馬車の中でリアムから質問があった、一体何を企んでいるのか? と――


「企んでなんか無いよ」

「じゃあ、何を作っているか話せるだろ?」


 リアムは私の頭を押さえながらジッと睨んでくる、何があっても聞き出す気の様だ。私はため息をついて話し出す、本当は実用できる形にしてから話したかったのだが……


「店の【マスコット】を作ろうと思ってて……」

「マ……マスコット? なんだそりゃ?」


 私は苦笑いになる。この時代の人にマスコットと言う概念は無いだろう。どう伝えていいか考える。


「うーん……店の【キャラクター】? つまり……スノーとかウインみたいなお手伝い出来る子を作ろうと思ってて」

「そうなのか? あの人形たちか……でも魔力がかなり掛かるんだろ?」

「それについては今考え中で、良いものが出来そうなんだよね。口では説明難しいから出来たら一番にリアム達に見せるよ」


 リアムは急に嬉しそうな顔になった。何故か頬もピンクに染まっている、それで私はハッとする。セオにだけ話していたから焼きもちを焼いていたことに気が付いたのだ。


 そうだよね、私がセオを独り占めしたみたいになったら、リアムは嬉しくないよね……


 私はそう気が付いて、思わずリアムの背中をポンポンと優しく叩いてあげた。恋路は邪魔する気持ちはないからね、との励ましの気持ちだ。リアムは訳が分からず首を傾げていたけれど、いつか私の気持ちが伝わるだろう。


「それよりも、リアム達もベルティと秘密の話をしてたでしょう?」


 私がリアムの顔を訝しげに覗き込むと、すっと目をそらされた。どうやら隠し事をしていたようだ。


「別に隠してた訳じゃないぞ、ギルド長に別で呼ばれて話をしただけだ。その時にまだ子供のお前たちに、怖がらせるような話はするなって言われただけだ」

「そうなんだ、それがさっきの話ね……」


 リアムは頷いて見せた。横を見るとランスも頷いているので本当の話の様だ。

 私はそこでランスが面接の時にリアムにそっと耳打ちしていたことを思い出し、何の話をしていたのか聞いてみることにした。


「そう言えば、ランスは面接の合間にリアムに何か言っていたけど、何を話したの?」


 リアムは思いつかないのか、首を傾げている。ランスはクスッと笑うと私に話し出した。


「あれはですね……」

「ま、待て待て、ランス! 何を言うつもりだ?」


 リアムは思いだしたのか真っ赤な顔になって慌て出した、ランスはそれを見て尚更嬉しそうな顔になった。


「別に変なことはお話いたしませんよ、リアム様はララ様の事なら大抵の事は許してしまわれますね と申しただけです」

「ラン……お前!」

「そうなの?」


 私は訝しげに2人を見る。リアムの私に対する態度を見ていると、どう考えてもそうは思えない。デコピンしたり頭をぐりぐりしたり、ひどい目に合っている気がするのだ。そんな事を考えているのが分かったのか、ランスが口を開いた。


「おや? ララ様には分かりませんか?」


 私がランスの言葉に頷くと、皆が苦笑いをした。私だけ一人納得できないまま馬車は進み、自宅へと戻ったのだった。


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