第55話 面接 午後
「邪魔するよ」
私たちがお昼を取っていると、ベルティがフェルスを連れて部屋へと入って来た。どうやら面接が順調に進んでいるか気になって訪ねて来てくれたようで、何だかその気遣いに嬉しくなった。
「随分といい香りがするねぇ……」
ベルティは私達の食事の匂いが気になったようだ。照り焼きの香りが何なのかも知らないかもと私は思い、ベルティの後ろでフェルスがごくりと喉を鳴らしていたので、私は二人にも照り焼きチキンバーガーを出してあげた。
「私の作った物ですけど、良かったらどうぞ」
「これはいったい何だい?」
リアムと同じ様な問いに、何だかおかしくなる。
「レッカー鳥の照り焼きチキンバーガーです。チキンカツサンドもありますから、良かったらそちらもどうぞ」
下僕のジョンが二人に席を進め、お茶を出してあげた。二人は礼を言うとハンバーガーにかぶりついた。
「んー、これは! 美味しいじゃないか! ララ、あんたは料理も得意なんだね! それにしても、このパンの柔らかさには舌を巻くねぇ」
ベルティとフェルスの幸せそうに食べる姿にとても嬉しくなる、作ったかいがあるからだろう、蘭子時代では味わえなかった喜びでもある。
匂いにつられてか、部屋の入口の方で数人の足音が聞えた。ジュリアンが扉を開けると、ギルド長の応接室にいつも案内してくれる女性とその他数名が立っていた。
「あんた達、どうしたんだい?」
「あの、お化粧品のお礼を言いたくて伺ったのですが……」
どうやら早速ベルティは彼女たちに私が作った化粧品を渡してくれたようで、お昼休みを使ってそのお礼を言いに来てくれたらしい、彼女達の気遣いに嬉しさがこみ上げて来た。
「あの、お姉さん達も良かったら、一緒に食べませんか?」
私の言葉に彼女たちの目は輝きだした。リアムはその様子に苦笑いを浮かべている。ベルティはその様子を見て少し笑うと彼女たちを部屋へと呼んであげた。
「あんた達、お嬢さんが折角誘ってくれたんだ、有難く頂戴しな」
ベルティの言葉に彼女たちは頷くと、嬉しそうに部屋へと入って来た。化粧品のお礼も私に言ってくれると、照り焼きチキンバーガーを美味しそうに頬張っていた。
「これを店で出したら、買いたくなりますか?」
私は皆に問いかけてみた。折角大人数で食べるのだから、リサーチは忘れないで行う。
「こんなに美味しものなら私は並んででも買うわ!」
「ええ、私も! とっても美味しいもの!」
彼女たちの意見に頷いていると、ベルティが口を挟んできた。
「ララ、これを幾らで売るつもりだい?」
私は少し考える、レッカー鳥は魔獣としても簡単に倒せるので安く手に入る。小麦などは仕入の値段にもよるが、高ければこの辺りで安く購入出来る大麦パンでパテを作ってもいいだろう、問題は醬油だが、これもいずれは自家製品を作ろうと思っている。
「うーん……2ブレぐらいですかね?」
私の言葉にリアムがお茶を吹き出しそうになった、他 の皆もポカンと口を開けて私を見ている、勿論セオだけはその様子をニコニコと可愛く笑って見ているが。
「えっ? 高い?」
「馬鹿! 逆だよ、安すぎんだよ!」
リアムにまたデコピンされそうになって、私は思わず額を押さえて後ずさる、今日のリアムのデコピンは強めなので避けたくなるのだ。
「アハハ! 本当に面白い子だよ!」
ベルティは大きな声で笑い出した後、私の頭を強めに撫でた。フェルスを含め、商業ギルドの人達はそれを驚いた顔で見ている。
「こりゃあ、この子を相手に勝負しようとする店があったら、片っ端から潰れちまうね、味方にする方が良さそうだ……」
ベルティはリアムの方へ視線を送ると、リアムは真面目な顔で頷いて見せた。何やら二人で目配せし合っている様だ。私が首を傾げると、ベルティは私の方へと向き直った。
「いいかい、あんたは自分が狙われるかも知れないと、十分に注意をしないといけないよ」
ベルティの言葉に、私は黙って頷いた。
「これからは嫉妬も羨望も受けるだろう、ウエルスの坊やがどれぐらい守ってやれるか分からないけどね、あんたも自分で十分に気を付けるんだよ」
私はふと思いついたことを口にする、初めて街に来たときにリアムから教えてもらったことだ。
「それは、店によって商品の値段が余りにも違うことに関係してますか?」
ベルティは私の言葉に一瞬驚いた後、またちらりとリアムの方へと視線を送った。リアムは今度はにっこりと微笑んで見せた。
「ふぅ……しょうがないね、聡い子はこれだから嫌だよ。面接が終わったら私の部屋へおいで、話をしようじゃないか」
ベルティはそう言って微笑むと、皆を引き連れて面接会場から出ていった。私達は彼らを見送った後、午後の面接の為に部屋を整えて、これから来る就職希望者待ったのだった。
暫くすると、受付の女性に案内された可愛らしい女の子が部屋へとやって来た。落ち着いたこげ茶色の髪に、青い瞳を持っている、少しそばかすがあるが、何となく顔立ちが日本人ぽい様な気もしなくは無い、日本人とのハーフと言えなくもない少女に懐かしさを感じた。
「ナツミさん?」
彼女は驚いて私のことを見た。水色の瞳はキラキラと輝いて、頬は少しピンクに染まっている。
「凄い! 私の名前を最初から言えた人は初めてです!」
彼女は立ち上がると私の方へと近づいてきて手を握り、喜びを表してきた。どうやらそれぐらい名前を呼ばれるのが珍しい様だ。彼女はハッとすると面接会場だと思いだしたのか、慌てて自分の席へと座りなおした。
今度は明らかに真っ赤な顔をしていた。
「ナツミさんは、珍しいお名前ですね」
私の言葉に、彼女はにっこりと微笑んだ。
「はい、曾祖母の本名? がナツミって言うんですが、何故かモリーって皆に呼ばれてて、曽祖父が女の子が生まれたら絶対にナツミって名前を付けるって言ってたんですけど、結局ずっと男ばっかで、私が生まれてやっと名付けられたって言う感じです。まぁ、じいちゃん孝行が出来たんで、私としては嬉しいんですけどね」
そう言って可愛らしく笑う彼女を見ると、胸がきゅんとなった。家族思いのいい子である。
「はい、採用します」
「はっ?!」
「へっ?!」
私の言葉に皆が啞然となったが、私は全然気にしない。こんないい子、採用決定に決まっている。
「ナツミさん、あなたを採用させてください!」
「えっ? いい……いいんですか?」
ナツミは驚いて周りの大人たちの顔色を窺いだした。それもそうだろう、子供の私が急に採用と言っても冗談だと取られても可笑しくない。それに面接も始めたばかりだ、不安になるのもしょうがない事である。
「あー……ナテゥミ? さん?」
「ナッティーで大丈夫です。皆にはそう呼ばれています」
ナツミはリアムにそう言って笑顔を見せた。リアムは頷くと、笑顔を返した。
「ナッティー、彼女は会頭なんだ。だから君が断らない限りは採用させて貰おうと思う。けど面接は続けても良いかな? 君の人となりが知りたい」
ナツミは頷いているが、明らかに驚いた顔をしている。私が会頭だとは思わなかったのだろう、小さく 会頭…… と呟いていた。
「じゃあ、志望動機を聞かせてもらえるかな?」
リアムの言葉にナツミは頷くと、話し出した。
「私の家は宿屋と食事処を営んでいるんですが、兄が継ぐことになって、私は料理が好きだから実家を手伝うよりも外に出て勉強がしたかったのが、一番の理由です」
「実家はどこに?」
「チェルボニ国です」
「女の子一人で、国外に出たのか?」
リアムが驚いてナツミに問いかけた、この世界で女の子が一人で国外まで行くのは珍しい様だ、ナツミはリアムに微笑んで答えた。
「叔父がこの国にいるので、頼って出てきたんです。だから一人では無いので大丈夫です」
ニコニコと笑って答えるナツミに、みんなが好感をもった様だ。リアム達も良い笑顔を浮かべている。せっかくなので私はナツミに得意料理を聞いてみることにした。
「ナッティーの得意料理は何ですか?」
「得意というか、店の自慢の料理はコロッケでした」
「コロッケ?!」
私が勢い良く立ち上がったので、皆が一斉に私の方へと顔を向けた。セオだけがニヤニヤと笑っているが、他の人達は目を大きく開いて、驚いた顔をしている。私は魔法袋から食パンを取り出して、半斤をナツミに差し出した。
「ナッティー、このパンにコロッケを挟んで食べてみて下さい!」
「ちょっ……ラ、いや、会頭落ち着いて下さい」
リアムが食パンを持つ私の手を掴んできた。どうやら私の急な行動に怒り心頭のようで、目が笑っていない。ナツミがいなければ確実にデコピンされていただろう。
私は苦笑いを浮かべて大人しく席に座わりなおした。セオが笑いをこらえているらしく、リアムがジロッとセオの方を見ていた。私は咳払いをして、もう一度ナツミに話掛けなおした。
「あー、ナッティー、これは、私が作った食パンと言う物です。きっとコロッケと合うと思いますので、良かったらお家で食べてみてくださいね」
そう言って私はナツミの所へと近付き、食パンを渡した。ナツミは食パンを見ると目を輝かせ、少しだけパンの袋を開けて弾力や香りを味わうと、とても驚いた顔になった。目も口も大きく開けているのだ。
「これを……このパンを……会頭がお作りになったのですか?」
「はい、とっても柔らかくていい香りでしょ?」
私の言葉にナツミは大きく頷いた。そして私のことを真剣な目で見つめてきた。
「私もこんなパンが作れるようになりますか?」
「勿論です! これだけではなくて、もっと色々な種類のパンが作れますよ。それとお菓子屋さんも兼ねてますので、美味しいお菓子が沢山作れますからね」
私の言葉にナツミは大きく頷くと、とても嬉しそうな顔になり、頬をピンクに染めて食パンを大事そうに抱えていた。どうやらこちらの事も好印象を持ってもらえたようで、私は嬉しくなった。
ナツミの面接が終わり、彼女が部屋から出ていくと、リアムが笑顔から怒りの顔になってこちらを睨んできた。
私はデコピンされると思ってサッと額を押さえたが、リアムは今度はこめかみをげんこつでぐりぐりと押してきた。
「痛い痛い痛い!」
私が悲鳴をあげると、ランスが慌てだした。
「リアム様! 子供にその様な!」
「いいんだよ、ララは何度言っても反省しないから、体で覚えさせるんだ」
リアムは痛がる私を何度かぐりぐりとしてから離すと、今度は笑って傍観しているセオに向かってデコピンをした。ベチッと大きな音がする。
「イテッ!」
「イテッ、じゃねーよ! セオ、お前何で知らんぷりしてんだよ!」
「だって、商売の事でララの面倒を見るのはリアムの仕事だろ? 俺は護衛だもん」
「護衛だもん、じゃねーよ」
リアムは立ち上がってセオを捕まえようとしたが、セオはひょいッと避ける、ムッとしたリアムはジュリアンに指示を出しセオを挟み撃ちにしようとし出した、ランスがそんな三人の様子を見て苦笑いを浮かべているが、どこか嬉しそうだ。ジョンは只々後ろでオロオロとしていて可哀想だった。
皆でバタバタしていると、扉をノックする音が聞こえて、皆慌てて席へと戻った。どうやら次の面接者が来たようだ。私はリアムにぐりぐりされてボサボサになった髪を整えながら、入ってくる面接者を出迎えたのだった。
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