第24話 森の少年①
目を覚ますと日は高く上りお昼近くになっていた。
私が、がばっと勢いよく起き上がるとアリナが駆け寄ってきた。
「良かったですわ……お嬢様、心配致しました… …」
涙目のアリナを見て、胸が痛む。
「アリナ、心配をかけてごめんなさい… …あの… …あの子は? どうですか… …」
アリナは ふぅー と、一つため息を吐くと、ベットの隣の椅子へと座った。私の手を握りそっと微笑む。
「大丈夫ですよ、無事助かりました。間もなく目も覚ます頃でしょう、お嬢様の体調が大丈夫でしたら、準備をされて会いに行きましょうか」
私が頷きベットから起き上がると、コロンとココが転がった。どうやらココも疲れて今まで一緒に寝ていたらしい。私はココをそっと撫でてから肩に乗せた。
昨日少年が運ばれた部屋へアリナと行ってみると、丁度目を覚ましたところだったみたいで、まだベットに横になっていた。ボーっとしているようで天井を見ている。
私が近付くとハッとして起き上がった。
「急に起き上がってはダメよ」
私が手を出そうとすると体をビクッとさせ、ベットの端へと体を寄せた。目が覚めたら突然知らない場所にいたのだ、警戒するのは当然だ。
「お前… …誰だ… …」
そう言って懐に手をやるが何もないのを悟ったのだろう、少年はグッと布団を掴んだ。
「武器は昨日のうちに外しましたよ」
ずっとそばで見守っていたであろうオルガが、そういいながらご飯を載せたワゴンを運び、部屋へと入ってきた。
「さあさあ、少し体調を見ましょうね。そうしたらご飯にいたしましょうか。アリナは奥様をお呼びして来て頂戴、お嬢様はこちらで一緒にご飯を召し上がられますか?」
私はそこで朝ご飯を食べていないことに気が付き、オルガにうなづいてみせた。オルガは分かっていたかのように二人分の食事をテーブルにと準備した。
「さぁ、簡単に着替えましょうか」
またビックっとする少年を促し、オルガは笑顔で洗面所へと連れて行った。少年は昨日見つけたときに身に付けていた、髪と同じ闇色の服を着ていた。腹部は破け、所々刃物で切られたような跡もあった。
一体何があったのかしら… …子供が傷だらけになって倒れているなんて。誰かに襲われたのか、それとも魔獣にやられたのかしら… …
そんなことを考えていると、洋服を着替えた少年をオルガが連れて出てきた。サッと洗浄の魔法をかけたようで、先ほどよりさっぱりとしている。オルガが準備した白色のシャツが良く似合っていてとても可愛い。
前の服よりずっと子供らしさが出ている。
「さぁ、お嬢様がお待ちですよ。こちらに座って下さい」
私はオルガの言葉を聞いて、遠慮気味の少年を手招きをしてこちらに呼んだ。
「一緒にいただきましょう。マトヴィルが作るご飯はとっても美味しいのよ」
少年は少し戸惑っていたが、諦めたように素直に席に着いた。私は肩からココを下して少年にココを紹介する。
「私のお友達の銀蜘蛛のココです。大人しくていい子だから、一緒にご飯を食べてもいいかしら?」
私の手のひらの中のココを見ると、少年の顔色が分かりやすく変わった。頬を染め目が輝いている。
「銀蜘蛛だ… …」
「まぁ、銀蜘蛛が好きなの?」
「うん… …こいつすごい可愛いな」
「でしょう! すごーくかわいい子なの! ココって呼んであげてね」
こくっと頷く少年の手のひらにココを乗せてあげると、少年はすごく嬉しそうな顔をした。
「さぁ、お二人とも、お喋りはそれぐらいにしてお食事をとって下さいまし、間もなく奥様がいらっしゃいますよ」
オルガの声にハッとして食事をとりはじめる、少年は警戒しているからか、私が口にしたものを見て同じものを食べている。その姿に普通の少年ではないのかもしれないと、ふと思った。
食事を終えるころ、お母様が部屋に入ってきた。アダルヘルムやマトヴィル、アリナも一緒だ。
笑顔でそのまま食事を取るように頷き。部屋の中央にあるソファにお母様は座った。私たちは食事を終えて、オルガにお母様と向かい合って座るように案内される。
少年は明らかに緊張感をしている、それとも警戒なのか、怯えなのか、その姿には不安が見える。お母様はアリナが用意したお茶を味わうと、こちらを向いて微笑んだ。
「さぁ、では、話を致しましょうか。まず、貴方のお名前を教えてくれるかしら?」
少年は戸惑い、膝の上の手をぐっと握りしめた。
「… …名前は無い… …呼び名はある… …チェーニのリー… …セーイだ」
「ふむ… …やはりチェーニ一族のものか。髪も目の色も一族特有の紺藍だな」
アダルヘルムには分かっていたようだ。お母様も頷いている。私は チェーニ一族 と言う物が分からず、戸惑いながら手を挙げる。
「あの… …チェーニ一族とは何ですか? それに彼の呼び名は、名前とは違うのですか?」
お母様とアダルヘルムの顔を見ながら質問する。アリナも私の話に頷いているのを見ると、意味が分からなかったようだ。少年は私の方にちらりと目をやると話し出した。
「俺は… …チェーニ一族のリー生まれのセーイ… …つまり6番目だ… …」
まだ意味が分からない。こてんと首をかしげると、アダルヘルムが少年の言葉を引き継いだ。
「チェーニ一族とは、主人の影となり、闇となる一族の者です。主(おも)に情報収集や暗殺などの闇の部分を遂行する立場の者たちですね。小さな頃から厳しい修行を行い、試練を乗り越えたものだけが名を与えられる。それまでは生まれ年と、番号で呼ばれると聞いたことがあります。その番号の付け方までは詳しくは存じませんがーー」
「… …俺は成績が良くないんだ… …だからセーイ… …6番目だ… …」
少年は俯いて、ふがいない自分と戦っているようだ。
暗殺一族の子ーー
小さな頃から人を殺すために教育されるなんて… …
「6番目なら十分凄いのではないの?」
私は疑問を少年にぶつけた。少年は自嘲的な笑みを浮かべ答える。
「リー年生まれは全部で6人だ。俺はビリなんだ……」
少年の顔は曇っている、自分はダメな人間なのだと自分に言っているようだ。
「… …その試験を聞いてもいいかしら?」
お母様が少年に優しく問う。これは命令ではない、言いたくなければ答えなくていいのだと、諭すように微笑みながらお母様は声を掛けた。
少年は一つ息を吐くとゆっくりと話し出した。
「… …村では子供が生まれると、その子に動物が与えられる。その子と兄弟の様にすごす。俺には狼の子が与えられた、バルって名で可愛いがった。俺が5歳になるとリーの子が集められた。5歳になると乳母から離されてみんなで暮らすんだ。先生から教育を受けて、一人前にして貰う。5歳の終わりに最初の試験があるーー
… …自分の兄弟… …バルを… …殺さなければならない」
少年は最後の言葉を、吐き捨てるように言った。口に出すのも苦しいのが、その姿で分かる。
「俺には出来なかった… …バルは俺の兄弟だ… …だから逃がした… …そっと… …でも次の日起きると枕元にバルが… …置いてあった… …バルは死んでいた… …誰かがバルをーー」
少年が最後の言葉を言い終える前に、私は隣に座る少年の手をぎゅっと握った。少年は驚きはしたが、その手を払いのけることはしなかった。
「俺は最初の試験に失敗したから、セーイと呼ばれるようになった。でも… …そんなのはどうでもよかった… …それよりもバルのが大事だった。バルをこの森の端に埋めた… …村から近くて綺麗な所に置いてあげたかった… …」
「辛いことを話させてしまってごめんなさいね… …」
お母様は少年を優しく見つめる。少年はフルフルと左右に首を振った。オルガとアリナは少年の顔を痛々しそうに見つめている。アダルヘルムやマトヴィルも苦しそうだ。
私は少年を見つめながら、昨日のことを聞いてみることにした。
「昨日は何故、あの森にいたの?」
少年は私が置いた手を振り払うこともなく、ジッと私の目を見つめた。見つめる彼のその眼は、透き通るようなとても綺麗な夜空の色だった。
「10歳になると、見習いになる前の最後の試練を受ける… …リー生まれの子で、生き残りを決める… …俺はセーイだから、ウーノ… …一番と戦う、勝ったものだけが見習いになれる。俺は最初からウーノと戦う気はなかった。あいつは俺の友達だ。だから… …少し戦うふりだけしてあいつの剣を受けた」
それがあの刺し傷だったのだろうーー
少年は空いている方の手で、そっと腹部を撫でた。
「ウーノは俺を刺した後剣を抜かなかった… …剣を抜けば血が飛び出して、死ぬのが分かっていたからだ、先生が俺を確認してウーノの勝利を告げると。ウーノは俺にそっと 逃げろ と言った… …
俺は先生の目を盗んで飛んだ。意識をバルの墓まで飛ばしてそこに転移したんだ。その後は、バルのそばで死のうと思って剣をぬいた… … そしたら… … 」
私はソファに乗り上げ少年に思い切り抱き着いた。
ぐっと涙を我慢しているこの子に今できることは、抱きしめることだ。
少年に私は何をしてあげれるだろう……こんな小さな子をそんなひどい目に合わせるなんて。
「チェーニ一族とはどこにあるのですか… … 」
私の魔力が蠢く。体の中から熱いものがこみ上げてくる。周りの皆がぎょっとするのが分かる。だけど、許せないのだ。
「ララ様、落ち着いて下さい」
「ララ、落ち着きなさい、彼が驚いているわ… … 」
抱きしめた少年を見ると、確かに驚いている。でも怯えた様子はないようだ。私は深呼吸をして、少しずつ落ち着きを取り戻し、再び彼の手を握りなおした。
「チェーニ一族の村は、私がぶっ潰します!」
皆がその言葉に目を見開く。私はニッコリと微笑み、話を続ける。
「人殺しを作る村など、私が力づくでぶち壊します!」
「ダメだっ!」
大きな声を上げたのは少年だった。私を見つめる目には、力がこもる。握っていた手をぎゅっと握り返される。
「そんな危険なこと、絶対にダメだ!」
その言葉にハッとする、この子は本当に優しい子なのだ。
人が傷つくのが嫌なのだろう。自分が傷ついても人を助けたい。自分が傷つく事は怖くないのだ。私は彼の手を両手で包み込んで、目を見つめ話し出す。
「私は貴方を森にお願いされたのです。森の木々は貴方を守っていました」
「森が… … ?」
「そうです。貴方を助けるようにお願いされたのです。だから貴方を傷つける人を許すことは出来ません。
今は無理でも、いずれ絶対にその村に行ってそんな試験は辞めさせます! これは決定事項です」
「ダメだ… … そんなの危ない… … それに、俺は、村の場所を話すことは出来ないようになっている… … 」
言葉が段々と小さくなった、彼が言うには、小さな頃に村の場所を言えないように契約をさせられるようだ。
血の契約をーー
それがまた私の怒りに火をつける。
「大丈夫ですよ。表向きは、立派になった貴方を見せつけに村をおとづれるという事にしますから」
周りの皆が頭を抱えている。私の性格を知っている人ならば、私が必ずやることは分かっているだろう。
キョトンとしている彼に、私は笑顔で続ける。
「大人になったら、村の皆を一緒に助けに行きましょうね!」
彼は驚き目を見開くと、笑顔で大きくうなずいた。
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