第25話 森の少年②

「お母様、私、彼を私の息子に致します!」


 私は立ち上がり、大きく胸を張り力強く宣言をした。


「ララ、それは彼を貴女の養子に迎えるということですか?」

「そうです。私の子供にいたします。村の試験に落ちて私が拾ったのです。彼は私の物です。もう離しません!」


 少年はポカンと口を開けて私を見ている。皆はあきれ顔だ。


「ララ様、それは無理がございます」

「アダルヘルム、何故ですか?」

「ララ様は成人しておりません。それに、収入もございません」

「へっ?!」

「収入のない未成年が、養子を持つことなど出来ません」


 アダルヘルムの言い分はもっともだ……せっかく神様から子供が授けられているのに、自分の子に出来ないなんて……何という苦痛だ。しょんぼりと落ち込む私に、お母様が声を掛ける。


「では、ディープウッズ家の養い子と致しましょう」

「養い子ですか?」

「ええ、そうです。養子に準ずる関係ですよ。私が彼の後見人となるのです」


 養子とするには手続きがかかり、最悪はチェーニ一族に知られてしまう。だったらこのまま養い子とすれば、特に大きな手続きも無く認められるのだ。

 見習いの立場にも近いらしく、お互いが合わなければ簡単に取りやめることができるため、多くの貴族が養子をとる前に養い子として見受けし、見込みがあればそこで初めて養子として迎えるらしい。


「彼の立場を考えると、私も養い子の立場が宜しいかと思います」


 アダルヘルムもお母様に賛成だ。マトヴィルやオルガとアリナも頷いている。

 お母様は少年の手を取ると、その美しい赤い瞳で彼を見つめた。


「貴方をうちの子にしたいのだけど、どうかしら?」


 少年はお母様見て、周りのみんなを見る。どう答えていいのか分からない様子に見えるーー


「ふふふ… …そんなに難しく考え無くても大丈夫よ。そうね… …貴方の隣にいるのは、ララ、私の娘よ。貴方にこの子を一緒に守って欲しいの」

「守る?」

「そう、この子はねとーってもお転婆なのよ。危険なことも自分から飛び込んでしまうの、昨日の夜も貴方の事を助けるために、一人で夜の森に飛び込んでいったのよ。

 5歳の女の子が夜の森に1人で行くことが、どんなに危険かあなたなら分かるでしょう?」


 少年は、危険なものでも見るように大きく目を見開いて私を見た。実際には、銀蜘蛛という心強い相棒のココがいたのだが、ここは大人しく黙っておく。


「貴方がそばにいてララのことを守ってくれたら、私達はとても嬉しいし、助かるのよ」


 本当は理由など何でもいいのだ、お母様は彼がこの家に、居易い様にしてあげたいだけだ。


「でも… …俺は弱い… … 6番目だ… …」

「いいえ、それは違うわ!」


 私は思わず口を挟んだ、彼は決して弱くなどない。


「貴方は… …貴方の心は、決して弱くなどないわ。本当に強い人は相手に優しく出来る人よ、貴方は村の中で優しかっただけ、弱いのとは違うわ。自分が傷つくよりも相手が傷つくのが嫌だった。それはとても優しい行いよ。貴方はとても強くて優しい人。その試験自体が間違っているの。それでは本当に強い人間など育てる事などできないと思うわ」

「俺が強い… …?」

「ええ、とっても強くて優しい人よ」

「… …そんなこと… …初めて言われた……」

「ふふふ… …変わってるでしょ、ララはこんな子なのよ… …それに面白いでしょ? どうかしら、私たちと一緒にララを守ってくれる?」


 少年は私をジッと見つめる。真剣な熱い目だ。


「俺は… …その子に… …ララに助けられた… …だから恩返しがしたい……俺、守る! 絶対、死んでもララを守る!」

「ダメよ、死んではダメ! 私はそんなの絶対に許さないんだから!」

「えっ?!」

「どんな時でも一緒に生き残る道を優先させるのよ! 共に戦うの! 私達は2人で強くなって、悪い人をやっつけるの! 私は守られるだけなんて、絶対に嫌よ。私も貴方を守りますからね! 絶対に幸せになりましょう!」


 ふふふんっと 勝ちほっこた顔をすると、皆が笑い出した。


「これではどちらが男の子か分かりませんね… …」

「全く、ララ様は勇ましいぜ……」

「ふふ… …プロポーズのようですわ」


 何故笑われるのか分からない、だって10歳の子に、命をかけて守られるなんて、そんなの耐えられない。

 この子のことは私が守りたい、私が幸せにしたいのだ。


 お母様も笑って話を続ける。少年は何だか恥ずかしそうだ。


「では… …うちの子になってくれるという事で決定ね。そうね… …先ずは、名前を考えましょうか」

「… …だったら…セオドア…がいいです… …」


 私が手を上げる。ずっと考えていた、神様から恵まれる子供に付ける名前。


「セオドア… …神の贈り物……と言う意味ね……」

「はい、お母様。神様から私が彼を預かったのです!」

「まぁ… …ふふふ… …貴方はどう? セオドア… …気に入ったかしら?」


 少年は私を見た後、お母様の目を見てこくんと頷いた。


「では、貴方は今日からセオドア、セオドア・ディープウッズ と名乗りましょう。 セオ、宜しくね」


 お母様はセオの頬をそっと撫でる。私によくやる仕草だ。私はセオにドンっと抱き着いた。


「セオ、今日から私達は家族ですよ! ずっと一緒に居ましょうね。絶対に一緒に幸せになりましょう!」

「か… …家族?」

「そうですよ! ここにいる皆セオの家族です!」


 私がセオの頭を撫でながらそう伝えると、セオは赤くなってこくんと頷いた。みんなはその姿を微笑ましく見ていたのだった。



 こうしてセオは私の新しい家族になった。

 チェーニ一族の事は一般的にはほとんど知られていないので、セオは普通に生活を送ることが出来るそうだ。

 森にも街にも行くことが出来るのだ。もし追手が現れたらとも思ったが、試験に落ち、その上名も持たぬ子に一族が追手を差し向けることは、まずないだろうとアダルヘルムは言った。それを聞いて私はホッとした。


 セオには幸せになってもらいたい。今までの彼の事を思うと胸が痛む。そして、まだその村には同じ様に苦しむ子が沢山いるのだ。いつか必ず力を付けて、彼らを助け出したい。

 私はまた心のリストに書き込むのだった。



 セオの部屋は私の隣の部屋になった。

 様々な問題を起こしてきた私の出来るだけそばに置き、行動を共にさせたいらしい。私も出来るだけセオの側に居たいので、ちょうどいいのだけどーー

 セオに見張りをさせる様なアダルヘルムの言い方に、少しムッとした。アダルヘルム酷い。


 セオはココの事がとても気に入ったようで、私から紹介された時から夢中になっている。ココの言葉も分かるようで、一生懸命話をしている。


「ココ、今日から俺も家族なんだ、よろしくな」

(ココ、アルジノカゾク、セオ、アルジノカゾク、ナカヨクスル)

「ララ、ココは頭もいいんだな。しっかりと話せる」

「普通は違うの?」

「普通は、主以外にこんな風にハッキリと意思は伝わらない。俺もバルとずっと一緒にいたから分かる。ココは特別に頭がいい。森の主(ぬし)になれるぐらいだ。それにとっても綺麗だ。お尻のこの赤い部分なんて、凄い深い色だし、毛艶もキラキラ輝いていて綺麗だ。きっと主のララに似たんだな。ララも銀蜘蛛みたいで、すっごく綺麗だからなっ」

「まぁ、ココ! セオが私とココは綺麗だって褒めてくれたわよ。嬉しいわね」

(アルジ、キレイ、ココモキレイ、セオイイコ)

「まぁ!」


 そのココのセリフに2人で笑ってしまった。後ろで話を聞いていたアリナが、後でセオに、ララ様以外の女の子に銀蜘蛛に似ているなど言ってはなりませんと、何故か諭していたけれどーー


 一通りセオと私の部屋を探索した後は、屋敷の中を案内する。お母様のお部屋をのぞいたり、みんなの部屋の場所を案内したりした。

 マトヴィルのいる食堂に行ってお菓子とお茶を出してもらったり、オルガと一緒に地下倉庫に行ったりもした。そして最後は私の小屋へと案内する。

 小屋の中を見たセオはびっくりしていた。外の大きさと中が釣り合わないからだ。


「この小屋は私が作ったの」

「ララが?… …凄い……」

「今日からセオとココと私の三人の小屋だからね」

「えっ?」

「セオもやりたいことがあったら、この小屋を自由に使っていいのだからね」

「… …うん… …ララ、ありがとう……」


 セオは頬を染め、下を向いて照れている。その姿が可愛くて胸がきゅんとなる。


「今度森の中に作った、秘密基地にも連れて行くからね」

「秘密基地?」

「そう、私とココだけの秘密基地。今日からセオも仲間よ、大人には内緒なのよ」

「う… …うん、分かった」


 その後は二人で小屋の話や、秘密基地の話をしながら部屋へと戻った。


 夜になり、暫くは私の部屋で一緒に寝ようとセオを誘って見た。セオは最初遠慮をしていたが、家族なのだから… …とか、ココと一緒に眠れるよ… …とか、甘い言葉で誘ったら、暫く一緒に寝ると言ってくれた。

 オルガやアリナにはあんなことがあった後だから、セオの夜が心配だと言って許可してもらった。


 アリナに選んでもらった本を二人で読んで、就寝の時間となった。ココは既にベットで寝息を立てている。ココを起こさないように二人でそっとベットに入った。


「ココは本当にかわいいなぁ……」


 セオはそっとココを撫でる。代わりに私はセオの頭を撫でた。セオは撫でる私の手にそっと自分の手を重ねて、私の目をジッと見つめてきた。


「ララ、助けてくれて、ありがとう… …」


 ずっとお礼を伝えたかったのだろう、セオの見つめる目は真剣だ。私は微笑んで頷く。


「俺、絶対にララを守るから。もっともっと強くなる」

「ふふふ… …ありがとう。じゃあ、一緒にアダルヘルムとマトヴィルに鍛えてもらいましょう。2人は私の師匠とマスターなの。とっても強いのよ」

「そっか! 強いのか、凄い楽しみだ」


 私はまたセオを撫で、そしておでこにキスをした。セオは真っ赤になって、額を押さえるので、その可愛い仕草にまた胸がきゅんとなる。


「おやすみなさいのキスよ。家族はみんなするの。お母様も私が小さいときは、毎日してくださったのよ。だからセオにも家族のしるし」


 私はもう一度セオのおでこにキスをして、 おやすみなさい と伝えた。セオは真っ赤になって布団に潜り、おやすみ とくぐもった声で答えたのだった。

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