第14話 森へ行こう
夜の月になり、私は4歳になった。やっと一人で森へ行けるようになる。
この世界では誕生日をお祝いする習慣は無く、お祝いされるのは10歳と、成人する15歳の時だけらしい。
後は、結婚や学校入学の際にお祝いをする。なのでアリナ曰く、私がクリスマスプレゼントを渡したりしたことは、とても驚かれる事なのだそうだ。
アリナも成人以来のプレゼントでとても嬉しかったらしい。その後もエプロンなど色々と貰ってばかりで心苦しいのだと言われた。
私からするとアリナにいつもお世話になっているので、お礼の気持ちを表すのは当然なのだと伝えると、アリナは仕事なのですよ… …と困った顔になった。
アリナは仕事以上の事を私に与えてくれている、深い愛情だーー
「ねぇ、アリナ、アリナは私の事を大事にしてくれているでしょう」
「勿論でございます。私に、お嬢様以上に大事な物はございません」
「それは仕事だからですか? このお家から出てしまえば私の事など嫌いになりますか?」
ジッとアリナを見つめ、私は話し続ける。
「私はアリナが大好きです。勿論お母様や皆のこともです。何度も言いますが、それはアリナがお嫁さんに行ってこの家を出ても変わりません。ですから喜んで欲しいし、幸せになって貰いたいと思っております。
私が作った物をプレゼントするのは大好きを表現しているのです。お返しが欲しいわけでも、謝ってほしいわけでも無いのです。アリナがそれを使って仕事が楽になったり、ちょっとでも幸せを感じてくれればそれで良いのです。ですから申し訳ないだなんて思わないで下さいませ。笑顔を見せて下さればそれで十分お礼は頂いておりますよ」
私がアリナに笑顔を見せると、アリナは静かに涙を流した。アリナは人に愛情を向けられることに慣れていないのかもしれない。アリナの過去は知らないけれど、きっとそう感じる人生だったのだろう。
その後、これは商品開発の為の実験であり。みんなを使って商品を試しているのだと伝えた。特にマトヴィルには色々試して貰って効果を調べているのだと話してみた。アリナはそんな私の話に笑って頷き、そっと私の頭を撫でたのだった。
「それでは、森に行ってきます」
夜の月の最後の太陽の日、私は1人で森へ行く事になった。準備したリュックを背負い、ノアの姿で出発だ。
「ノア様、くれぐれも夢中になって時間を忘れることのないようにお願いいたしますね」
「はい、分かりました」
「ノア様、何かございましたら危険信号弾を使ってすぐに救援信号を送って下さい。私かマトヴィルがすぐに駆け付けさせていただきます」
「ノア様、あまり遠くまで行ってはなりませんよ。コンソラトゥール街道の手前まででございますからね」
「ノア様、十分強くなったが油断しちゃぁダメですぜ、とにかく魔獣にあったら鼻っ柱をーー」
「何を言っているのですか! 魔獣にあったら逃げて下さいまし! 危険でございます」
「そうですよ戦おうなどと思ってはいけません! マトヴィル、おかしなことを言わないで下さい」
私は苦笑いしながら頷く。まだまだ注意事項が続きそうだったが、マトヴィルのおかげで矛先が変わったようだ。マトヴィル有難うーー
夕方までには戻ると約束をし、私は皆に手を振り森へと入っていく。1人での森探検だ。
森の入口までは、最近は30分も有れば着くようになっていた。
森に入り、マトヴィルに教わった探査を先ずは行ってみる。近くには魔獣はいないようだ。
しばらく進んでは探査を繰り返す。そうこうするうちに、一匹の魔獣を感知した。極々小さい気を感じる。何だろうと思いそっと近づいてみる。
そこには、親指の爪程の弱った小さな蜘蛛がいた。何だか可哀想になり、そっと癒しを掛けてみるーー
すると、もぞもぞと動き出した。どうやら元気になったようだ。
「こんにちは。私は……僕はノアです。言葉はわかるかな?」
何となく思い付きで話しかけてみた。答えが欲しかったわけではないが、声でなく頭の中に返事が返ってきた。念話だろうか。
(コンニチハ?)
「まぁ、お返事出来るのね。どうしたの? 独りぼっちなの? お名前はある?」
返ってきた答えは、分からないだった。なぜここにいるのかも、名前というものも分からないそうだ。ただ気が付いたらここにいて、疲れてしまっていたらしい。
「お腹空いてるかな? うーん、蜘蛛って肉食かな? 魔獣? の蜘蛛だと違うのかな? ハムとかパンとか出してみるから食べられそうなもの食べてみてね」
魔法袋から食べ物を出し、小さくちぎって葉っぱの上に乗せる。ついでにお水も少し葉の上にたらしてみる。
その蜘蛛は喜んで(いるように見える)全てをぺろりと平らげた。お腹が満たされて満足したらしい蜘蛛は、私の肩に飛び乗ってきた。
感謝の気持ちが伝わってきて。何だか可愛くなる。
「ふふふ、くすぐったーい」
肩口をちょこまかと動き回ると、くすぐられているようだ。
「私は… …あー… …僕はもうすぐ家に帰るけど、あなたはお家はある?」
蜘蛛からはお家とは何か分からないと返ってきた。
「そうだよね… …うーん、どうしよう。ここに一人でいる? それとも私と一緒にお家へ行く?」
つい口調がララに戻ってしまいながら、蜘蛛に尋ねてみた。蜘蛛からは一人嫌、離れたくないと気持ちが届く。
「じゃあ、一緒にお家へ行きましょう。そうね… …呼ぶのに名前が必要よね… …うーん… …コナラの木にいたから… …ココ! 貴女の名前はココよ!」
蜘蛛が魔法を浴びたのか、キラッと光った。その姿はとても嬉しそうだ。
(ワタシ、ココ、アナタ、アルジ、マモル)
そんな言葉が聞こえた気がした。
夕方には屋敷に無事に着いた。森の方を気にしてくれていたのか、皆が出迎えてくれた。
「只今戻りました。何事もなく無事に帰ってこれました」
ホッとした皆の笑顔が見える。束ねた髪の中に隠れていたのに、人がいる事が気になったのか、ココがひょっこりと顔を出す。
「の… …ノア様… …肩に… …くっ、蜘蛛が… …」
アリナがココを指さしながら震えだす。私はココをそっと手に乗せ皆に見えるように前へ出した。
「この子はココです。お友達になりました。森で迷子になっていたので家に連れてきたのですよ」
可愛くてとてもいい子なのですよ。と自慢する。ココも嬉しそうだ。
「それは… …銀蜘蛛ですね… …」
「それも、ケツが赤いぜ、メスだ……」
「こんなになついているなんて… …」
「私は… …に、苦手なのです… …」
口々に皆が言葉を発する、連れて来ては行けなかったかしら… …
「あの… …ココは弱っていたのです… …いずれは森に返すとしても… …弱っていたものをほっておけなくて……」
「ノア様、大丈夫ですよ。ただ、銀蜘蛛だったので驚いただけです」
「銀蜘蛛だと問題があるのですか?」
「銀蜘蛛は、大人になれば10メートルぐらいの大きさになります。また、凶暴で有名で、その上雑食です」
「雑食だと問題があるのですか?」
育てるの楽だよね? と思いながら聞いてみる
「雑食という事は、何でも食べるという事です… …つまり人間のことも… …」
「えっ?!」
思わずココの顔を覗いてみる、こんなにかわいい子が私を食べるの? そんな私の姿を見てアリナの声にならない悲鳴が聞こえた。それを気にせずアダルヘルムは続ける。
「ノア様はその子を人間を食べないように育てなくてはなりません。それが出来ますか?」
「それになぁ、そいつメスなんだよ。ケツが赤いだろ。銀蜘蛛のメスっていうのは、そりゃぁ、凶暴なんだよ」
皆が困った様に私を見つめている。人間を食べてしまうかもしれない。私にココが止められるだろうか… …
ココの顔をジッと見つめていると、気持ちが伝わってきた。
(ココ、アルジ、ダイジ、アルジノナカマ、ダイジ)
心がポッと熱くなる、この子はもう私の子なのだ。人間は食べ物でないと、キチンと教育すればいい。人間の世界でも、子を教育する事は親の責任だ。もし人間を襲うようなことがあれば、私が責任を取ろう… …
私の決意が伝わったのか、アダルヘルムは笑って頷いた。
「ノア様に覚悟がおありなら、私共に反論はございません。
さぁ、疲れたでしょう。先ずは、ゆくっりお風呂にでも入って下さい」
「そうだな、ノア様、今日の夕飯は精の付くものにするからな」
「マトヴィル、ココにもお食事を作って差し上げなくてはなりませんよ」
「私もココと仲良くなれるように… …頑張ります……ひっ… …」
「皆、有難うございます! ココ、これからはこのお家が貴女のお家ですからね。皆、貴女の家族ですよ… …」
そっとココの背中を撫でる。ココの喜ぶ気持ちが伝わってきた。勿論、撫でながら大きくなっても皆のことを食べないでねと伝えてみた。アリナだけは青くなっていたけれど、みんな笑っていた。
ココはすぐに屋敷での生活に慣れた。私が勉強中は肩に乗り一緒に話を聞く。武術や、剣の稽古の時は庭の木にぶら下がり、ジッとこちらの動きを観察しているようだ。
私が小屋で作業をしている時は、庭で遊んだり、小屋の中での作業を大人しく見ていたりする。
面白かったのがお風呂を気に入った事だった。湯舟を水黽の様にスイーと泳ぐ。アリナだけはその姿にドン引いていたけれどーー
寝るときは私の枕元だ。体が小さく上下して寝息を立てている様に、可愛くて笑ってしまった。
ご飯の時間は大喜びだった。マトヴィルのご飯がとても気に入ったようだ。本当に雑食で何でも喜んで食べる。
もしかしたらグルメな蜘蛛になるかもしれない。
銀蜘蛛の寿命は長く、100年は生きるようだ。私もエルフの血が入っているので、共に過ごしていけそうだ。成長は大人になるまで4、5年かかるようで、大人になってからも暫くは体が大きくなるらしい。ココのことはアダルヘルムもとても気に入ってくれている。
私が勉強中、肩にいるココに話しかけては意思が通じるか試している。私の様にハッキリとは分からないらしいが、なんとなく言っている事は分かるそうだ。
アリナは慣れるのに一番時間が掛かった。近づくことも最初は難しかった。段々と意思が分かってくると可愛く見えてきたようで、最近はココちゃんなんてよんで可愛がっている。今度リボンをつけてみましょうか? 見た目が可愛くなるかもです。と本気で言っていた。
オルガは害虫退治をお願いしていた。庭に虫がいるのは良いが、屋敷の中には入ってこないようにして欲しいとココに頼んでいた。
マトヴィルはもう少し大きくなったら鍛えてやるからな! と言って、ココの肩? をポンッと叩いていた。
お母様は可愛いわねー。とココを手に乗せてナデナデしていた。今度研究させてね。と微笑んで、少しココを怯えさせていた。何だかんだでココはすっかり我が家の一員となったのだった。
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