第9話 クリスマスプレゼント

「ふふふん、ふふふん、ふふふっふふーん」

「まぁ、お嬢様、今日はご機嫌でございますね。その歌は初めて聞きますが何の曲でしょう。とても楽しげですね」


 アリナに朝の身支度を整えてもらいながら、私は鼻歌を歌っていた。そう、今日はクリスマスーー

 皆に自分で作ったプレゼントを渡すのが楽しみで浮かれているのだ。


「アリナ、この歌は夢の中でお父様に習いました。【ジングルベル】というのですよ。今度、地下倉庫のオルガンで弾いて見せますね!」

「まぁ、お嬢様はオルガンが弾けるのですか?」


(はっ、しまった… …浮かれすぎて余計なことを……)


「そ、そうなのです、夢の中でお父様に教わりました」


(キャー、また、夢の中設定に逃げてしまったよう〜!)


「マトヴィルとアダルヘルムが言っておりましたが、本当だったのですね。旦那様はお亡くなりになっても、奥様とお嬢様を見守ってらっしゃるのですね… …」


 アリナの顔を見るとそのピンク色の瞳に涙がにじんでいる、しまった、朝から女の子を泣かせてしまった!


 私は、話を変えなければと焦りだすーー


「あー、、アリナ、その……アッ、そ、そうです! 今日夕食の際に、オルガンをみんなの前で発表できないでしょうか?」

「まぁ、素晴らしいです! では、奥様とのお勉強の際に、オルガンの事を聞いてみましょうか?」

「は、はい、そうします」


 良かった、アリナの涙は無事に引っ込んだ。でも、余計なことを言ってしまったかも… …



 今日は花の日なので、丁度お母様とのお勉強の日だ。最近は月の日はお母様と授業、水の日は武術の稽古、金の日は自由日、花の日はお母様と授業、火の日は剣術の稽古、樹の日はアリナとお勉強、太陽の日はお休みとなっている。

 金の日はアリナやオルガにレディレッスンを受けたりもしている、マナーやダンスなどもだ。太陽の日はお休みなので、自由に本を読んだり、魔道具作成などに充てている。勿論、平日の空き時間も自由時間だ。3歳にしてはかなり頑張っている方だろう。


 授業の為にお母様の部屋に行き、いつもの席に着く。

 椅子を引いてくれるのはアダルヘルムだ。私の椅子は、身長の低さに合わせて少し高いものとなっているので、抱っこで座らせてくれる。その際アダルヘルムはウィンクも忘れない。

 最近、お母様の部屋に飾られているお父様の肖像画の横には、本物のノア肖像画が飾られている。小さな頃に亡くなったので、この大きさのものは一枚しかないらしく、今まで大事に保管されていたらしいーー


 テーブルの上には、いつものようにガラスの入れ物がセットされている。これから勉強開始だ。


「では、ララ、基礎練習から始めましょう」

「あ、お母様、その前に一つよろしいでしょうか」


 私が小さく手を挙げると、お母様は頷き、女神の笑顔を私に向けてどうぞと促してくれた。


「今日は… …えーと、【クリスマス】なので… …その… …

夕食の席でオルガンを弾きたいのですが、よろしいでしょうか?」


 お母様の顔は驚き目を大きく開けて私を見た、そんな姿まで美しいーー


「ララ、貴女、何時の間にオルガンが弾けるようになったのですか?」

「あの… …夢の中で… …お父様に教わりました……」


 そう言い終わると、お母様はアダルヘルムの方へ視線を送る、アダルヘルムはその視線を受け取り、頷いてみせる。


「確かに、あのオルガンはアラスター様の物です。でも、何故、今日なのですか?【クリスマス】とは何でしょうか?」

「【クリスマス】とは… …その… …皆には感謝する日だそうです。お父様に教わりました」


(本当は違うけど… …それにしても、お父様、マジ万能、スーパーヒーローじゃん!)


「分かりました。後でアダルヘルムにオルガンを食堂へ運んでもらいましょう。アダルヘルムお願いいたしますね」


 アダルヘルムはニッコリとすると無言で頷いた。


「ララ、今夜を楽しみにしていますね」

「はい」 


 私は、ホッとして、お母様に笑顔で返事をした。

 実際、私も蘭子時代以来の音楽とのふれあいなので、こんなに楽しみなことは無い。地下倉庫でオルガンを見かけてから、ずっと弾いてみたかったのだ。



 授業も無事に終わり、お昼や自由時間を経て、夕食の時間になった。今日は夜の事を考えると、何だかそわそわしてしまって、自由時間の読書にも身が入らなかった。私は皆に上げるプレゼントを、小さめの箱に入れて食堂へ向かった。

箱はアリナが持ってくれている。


 食堂に着くと、オルガンは既に準備されていた。それを見て私は自由時間に練習しておけば良かったと。今頃になって気付がいた。どうやらかなり浮かれていたらしい。

 いつもはキッチンにいるマトヴィルも食堂に来てくれていた、オルガンを囲むように椅子が5脚置いてあり、真ん中にお母様、お母様を挟んで右にオルガとアリナ、左にアダルヘルムとマトヴィルが座った。

 私はぺこりとお辞儀をしてから、オルガンの椅子に座る。勿論、背が低いのでアダルヘルムがサッと座らせてくれた。自由時間に選曲はしておいたので、早速弾き始める。

 先ずは今朝の鼻歌の曲、次は赤い鼻のトナカイが出る曲、三曲目は明るい曲でサンタが早めに来てしまう曲、四曲目は街にサンタが来る曲、そして最後はシックに星が光る曲だ。どれも子供が弾いてもおかしくない曲だろう。


(私完璧!)


 無事全てを弾き終わり、みんなの方に振り向くと、お母様をはじめ女性陣はハンカチで目頭を押さえている。


 拍手をしながらという、器用なことをしながら… …


 椅子から降ろしてくれたアダルヘルムもグリーンアイが潤んでいるし、マトヴィルに至っては涙ながらに立ち上がって拍手をしてくれていた。


(こんなに喜んでもらえてうれしい!)


 蘭子時代、ピアノの発表会はいつも家政婦の付き添いだった。家族にこんなに喜んでもらえたことなど、一度もなかったかもしれない… …


「ララ、素晴らしいです!」

「お嬢様感動いたしました!」


 皆が、口々に拍手をしながら褒めてくれる。それが照れ臭くもあり、嬉しくもある、頬が熱くなるのを感じた。


 感動収まらぬ皆にお礼をして、次はクリスマスプレゼントを渡すことにする。

 アリナから箱を受取り、1人、1人に巾着を渡した。


「日頃の感謝を込めて作りました。巾着の中に私が初めて作った魔道具が入っています。これは、【ミサンガ】と言って手首や足首に結んで付ける物です。色はそれぞれ皆の瞳の色になっています」


 渡したプレゼントの説明をして、魔法袋から自分の【ミサンガ】を出してつけて見せる。


「糸の部分には魔法陣を織り込みました。これは、物理攻撃から身を守るものです。魔石の方には精神攻撃が利かないように魔法を付与しました。

 あ、先日、マトヴィルに手伝ってもらって実験は成功したので、ちゃんと使えます。 あと、巾着は小さいけれど魔法袋になっているので、何かに使ってもらえたら嬉しいです」


 そう言ってみんなに微笑むと、みんなすっかり涙も引っ込んで驚いた顔をしている。


(あれ? もしかして… …あまり喜ばれていない?)


 私がそう思ってドキドキしていると、最初にお母様が口を開いた。


「ララ、これは、貴女が1人で作ったのですか?」

「はい… …みんなに喜んでもらいたくて… …内緒で作りました… …」

「お嬢様はこのために刺繡糸を欲しがったのですね」

「はい、オルガに見せるのが今日になってしまいました。ごめんなさい」

「これは国家機密案件ですね。今のうちから不穏な輩は排除すべきでしょう」

「俺はララ様を死んでも守りきるぜ」

「私も不届き者が近づいたら串刺しにしてやります」


(えっ? 何々みんなすごく物騒なんだけど… …)


 私が困惑顔をしているのが分かったお母様が、皆の方へ顔を向けて微笑んだ。


「みんな一番に言うことが間違っていますよ。ララ、有難う。こんな素敵なプレゼントを頂けて嬉しいわ」


 お母様はそう言って私の頬をさする。女神の笑顔だ。


「そうでした、お嬢様有難うございます。お裁縫もとってもお上手ですよ」

「ララ様、有難うございます。大切にさせて頂きます」

「ララ様、俺の家宝にするぜっ!」

「お嬢様、有難うございます。一生大切に使わせていただきます」

「喜んでいただけて良かったです」


 みんなに喜んでもらえてやっとホッとした私は、その後美味しく夕食を頂いた。


(本当に、嬉しい!)






「エレノア様、やはりララ様はとても優秀でございます。本日頂いた魔道具は、それぞれが特殊な能力を必要とする作品です。もしこのことが他国に知られたら、ララ様を狙う者が出ることは確実でございます」

「ええ、アダルヘルム、ララは特別な子です。ですが、だからといって、あの子をこの城に縛り付ける気は私にはありません。アラスター様の願い通り、自由に伸び伸びと育ててあげたいのです。そのための努力を私は惜しむつもりもありません」

「畏まりました。私も皆も最善を尽くさせて頂きます」

「有難うございます。皆には感謝しかありません。これからも私たち親子をよろしくお願いいたします」



 お母様とアダルヘルムが、そんな話をしているとはつゆ知らず、私はやり切った安心感からいつもより早く就寝したのだった。



 その夜、お父様の夢を見た。

 一緒に馬に乗る夢だ。その白い馬には翼があり、空を飛んでいる。ペガサスだ。

 空を駆け、アルデバランの国を見せてくれる。すごく美しい。

 そして、最後にお父様にお願いされた。


『ララこの美しい世界を守って欲しい。そして、エレノアの事を頼むよ』


 お父様の初めて見る笑顔、初めて聞く声、優しい瞳、私と同じ色の瞳。 

 お父様は私の頭を優しく撫でて、そして、ゆっくりと消えていった。


 朝起きると、確かに撫でられたような感覚があった。


(お父様、とても素敵だった……)


 想像以上にお父様は素敵だった。あの肖像画の何倍も… …お父様に会えたのは、神様からのクリスマスプレゼントだったのかもしれない、ふとそう思い私は神様に感謝するのだった。


(神様、有難うございます)

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