第7話 剣術の稽古
今日は初めての剣術の練習の日だ。武術の時と同じく、オルガが仕立てた服を着て裏庭の練習場所へと向かう。裏の塀はマトヴィルがオルガ監修のもと、一日かけて直したらしくすっかり元通りになっていた。
壊したのは私なのに申し訳ない……
裏庭へ行くとすでにアダルヘルムは待っていた。マトヴィルとは正反対の、真っ白な服がよく似合っている。
「アダルヘルムは王子様のようですね!」
銀髪、緑眼のその姿に私は思わずウットリした。
「ほぅ……ノア様は王子といつの間にかお会いしたのですか……それは、それは……どこの国の愚か者でしょうかね……」
口角の端をクッとあげ笑うアダルヘルムの姿は、まさに悪の王子の様だ……とくに目が笑っていなくて怖い。
「違いますよ、どこかの王子様となどお会いしたことなどはございません。アダルヘルムの姿が私が想像する【シンデレラ】とか【白雪姫】とかの、絵本に出てくる様な素敵な王子様そのものでしたので、そう言っただけです。ひっ、【比喩】ですから気にしないで下さいませ!」
私は焦るあまり日本語を使いながら慌てて誤解を解いた。
「そうですか、それは光栄です。……ただ、今まで私が見てきた王子は愚か者ばかりでしたので、ララ様ノア様に接触してきたものでもいたのかと思ったまでです……」
(も、もう二度と、王子様みたいとは言わないでおこう……)
「大丈夫です。王子様になど、お会いしたことなどございません!」
「さようでございますか……しかしながら今後、ララ様ノア様に近づいてくる愚かな王子がおりましたら、私にご報告頂けると幸いですね……」
(笑っているのに目が怖い! アダルヘルムに会った王子たち何をしでかしたのよー!)
「は、はい、必ず報告いたしますわ!」
私の誓いを聞いてアダルヘルムは本当の笑顔で微笑んでくれたので、私は少しホッとする。
アダルヘルムから練習前にノアとしての言葉遣いと仕草を正された。男の子としての意識を持っての態度と話しかたをするようにと……
確かにそんなことまで意識していなかった、ララそのままでいたと言われて気が付いた。
「では、今日から意識して練習いたしましょうか」
「はい、頑張ります」
先ずは、武術の練習と同じく準備運動を始める。その後は、練習用の木でできた剣を選ぶ、色々な形のものがあってすべて子供用の様だ。
剣と言っても、種類があるのだとアダルヘルムに教えてもらう、私はその中から木刀を選んだ、蘭子時代に護身の為に剣道を習っていたため、一番手になじむ気がしたからだ、洋剣も覚えたい気持ちはあるのだけれど、取り敢えずは先ずは出来る事から始めるのが良いだろうーー
「ノア様はどうしてそれを選ばれたのですか?」
「はい、あの……夢でおと、いえ父上に教わったの、いえ、教わりました」
(また夢の中設定出しちゃったけどしょうがないよね、未経験のふりはいつかボロが出てしまうもの……)
「マトヴィルもそのようなことを言っておりましたね……ふむ……では、一度見せていただけますか?」
「はい、マスターアダルヘルム!」
「ま、マスター?ですか?」
「そうです。剣の師匠ですからマスターとお呼びします。」
(世界的有名映画を見てから一度は言ってみたかった! また一つ夢がかなったよ!)
「わた、、いえ僕? のことは【パダワン】と思ってください」
マスターアダルヘルムが普段のクールな顔を崩しているのを目の端でとらえながら、その場で素振りを始める、20回ぐらい振ると復活したアダルヘルムに止められた。
「ふむ、確かに、その動きは剣道ですね……アラスター様の得意とする剣術の一つです。どうやらマトヴィルの言っていたことは本当だったのですね……てっきり酒の飲みすぎかと思っておりました。それにしても、さすがアラスター様ですね……死してなお弟子を作るとは……」
アダルヘルムは、嬉しさと、呆れが半々のような表情で微笑んだ。
「おと、いえ、父上はすごい方なのですね……」
「いずれ分かることですからお伝えいたしますが、アラスター様は騎士として、剣士、武術家、としても有名でございます。伝記などもありますし、英雄伝説も残っております。
いずれ、学校へ行くようになりましたら、アルデバランの歴史で習う事になると思います。その有名なアラスター様の子息、ご令嬢ともなれば、どこかの愚かな輩が虫けらのように近づいてくる事はまず間違いはないでしょう。
ですから、ノア様ララ様には武道を身につけ、御身を守れるようになって頂きたいのです。勿論、私が先にそのような輩を見つけた際は、生きていることを後悔するぐらい痛めつけてから処分させて頂きますので、ご安心ください。」
(所々物騒なセリフが多々あったけれど、お父様マジ凄い! 超人じゃん!)
「父上はすごいのですね! わ、、僕も少しでも近づけるように頑張ります!」
私の意気込みを聞いて、アダルヘルムは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔にお父様を凄く尊敬しているのが伝わってきた。
それから、結界魔術具を使い周りに結界を張る。結界の中で身体強化をしながらの素振りだ。
「ノア様、よろしいですか、剣の先まで自分の身体の一部だと思って魔力を通すのです」
「1―2―3――」
振りながら声を出す、今日は身体強化で素振り100回が目標だ。剣の先まで魔力を意識するのが、かなりキツイ、これが意識せず自然と出来なければいけないらしい
50回を過ぎると段々と腕が重くなってきた。魔力が乱れるのが分かる。
「ノア様、集中ですよ。最後まで気を抜かないように。さあ、最後10回は全力で!」
「97―98―99―」
(ううう、やっと解放されるよ。全力で、全力でーー)
「100!」
そう叫んで木刀をぶわっと思い切り振ると、魔力があふれたのか剣先に魔力で出来た長い剣が飛び出し、地面をスパッと切ってしまった。その長さは結界内すべてだ、まるで谷の様に深く地面がパックリと切れてしまった。
「マ、マスター! ここれは……」
アダルヘルムは手の甲を軽く口の端にあてながら、ぶっと笑った。
(いやいや、笑ってる場合じゃないでしょう。鬼来るよ、オルガのお小言案件だから、これ!)
私が焦っていると、アダルヘルムはサッと手を振り、地面を一瞬で直してしまった。アダルヘルムの魔法で谷の様になった地面はすっかり元通りだ。
「マスターカッコイイです!」
「有難うございます。普段からララ様に鍛えられておりますので、これぐらいは簡単です」
つまり、今まで私が壊してきた場所や物は、アダルヘルムが直してくれていたらしい。
(アダルヘルムには頭が上がりません。感謝あるのみです!)
「では、本日の練習はここまでにいたしましょうか」
最後にストレッチをして、始めての練習を終えた。
屋敷に戻りながら、アダルヘルムと何気ない話をする。
「そう言えば裏庭の塀はマトヴィルが一日かけて直してましたが、アダルヘルムが直せば一瞬でなおったのではありませんか?」
「……それでは、マトヴィルの反省にはなりません……」
「確かにそうですね……」
一瞬、間があったのが少し怖いけど、確かに反省として直させたんだったら、自分で直さなければしょうがないけど、実際壊したのは私なんだよね……
「ですので、ララ様にはこの魔法はまだ教えないのですよ」
つまり、壊してばかりいる私にはまだ直し方を教えたく無いと言う事だ、自分で直せるとなれば、どんどん物を壊すとでも思われているのかも知れない、そう言って微笑むアダルヘルムを、私は悪魔だと思った。
(アダルヘルム酷い……)
私は、お小言からはまだしばらくは逃げられないらしい……残念……
部屋へ戻ると、アリナがお風呂の準備をして待っていてくれた。アダルヘルムから今日は初日の練習で疲れるだろうから、練習後は湯浴みをして休憩するようにと、朝のうちに言われていたらしい。優しい心遣いに先程の嫌がらせが飛んでいく。
(アダルヘルム紳士だね。スマートだわ)
魔力を沢山使った体には、お湯がとても心地良い。ふと、作業をするアリナの手が目に留まった。真っ赤である。
「アリナ、その手はどうしたのですか?」
「ああ、寒くなってきましたので、水をたくさん使うとどうしても赤くなってしまうのですよ」
アリナは何でもない様に笑うが、こんなにかわいい子の手が痛むなんてとても辛いーー
「私のお世話のせいですね……」
「まぁ、お嬢様のせいなどではありませんわ、ちゃんと薬用のクリームなども塗っていますし、治りますから心配いりませんよ」
そう言われたが、アリナの為に何かできないかと考える。
(はっ、そうだ、癒しの魔法、回復魔法をかけてみよう)
「アリナ、少し手を見せて下さいませ」
差し出されたアリナの手を優しく握り、繊細な魔法を意識する
(アリナの手が治りますように……回復)
キラキラと輝く光が、アリナの手を包み込む。その光が消えるとアリナの手はすっかり綺麗になっていた。
「良かったです。アリナのいつもの手に戻りました」
「まぁ、お嬢様、回復魔法をかけて下さったのですね、まぁ……」
アリナは嬉しそうに手を裏表動かしながら見ている、とても喜んでもらえたようだ。よかった。
「お嬢様、有難うございます。とても嬉しいですわ。ですが、回復魔法を使える人はとても貴重なのでよ、ですから知らない方の前ではお使いにならないように気を付けてくださいませね」
「貴重なのですか?」
「はい、使える者はなかなかおりませんのでとても貴重なのです。もし、お嬢様が回復魔法を使える事を知ってお嬢様を連れ去ろうとするような者が現れたら、私、その不届き者を滅多滅多の串刺しにする自信がございますわ! まぁ、そのような不届き物は見つけ次第、消却処分といたしますけれどもね……」
(ひぃぃぃ、アリナまで物騒な事言ってるよ! まさか焼却じゃないよね! 焼いたりしないでね!)
「わ、分かりました、気を付けます!」
私の返事を聞くと、アリナは微笑んだ。
「アリナ、でも、家族の皆には使っても大丈夫ですよね?」
「家族とは、奥様のことですか。奥様になら問題ございませんよ」
「いえ、お母様だけでなく、アリナやオルガ、アダルヘルム、マトヴィルもです。みんな私の大切な家族ですから、痛い思いなどしてほしくないのです」
「まぁぁ、お嬢様たら、、本当に、、もう、、なんて可愛いのですか!」
そう言ってアリナは、私をギュッと抱きしめた。
「ア、アリナ、お風呂ですから……アリナが濡れてしまいますよ!」
慌てる私の耳にアリナの少し湿った声が聞こえてきた。
「構いませんよ……」
アリナはそのまま私を抱きしめながら頭をなで続けた……
今日のお風呂がいつもより長くなってしまったのはしょうがない、でも後でオルガに、こんなに寒い時期に長風呂とは何たることかと、注意されたのは詮方ない……
アリナも私も、ひたすら自分のせいだと謝ったのだった。
オルガには今後気を付けることをキチンと約束させられて許してもらえた。
また約束事が増えてしまったのは、仕方ないだろう……
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