第6話 武術の稽古
2ヶ月も経つとノアに変身することにもすっかり慣れたものになった。変身も、日に何度か出来る様になった。
ノアの時は、激しく動くことが多いので、髪は後ろに一つに束ねている。綺麗な銀色の髪が纏まってなびく度、アリナは素敵だとほめてくれる。彼女もエルフなので同じような髪色をしているのだけれど、ノアのは格別らしい。
今日は武術の稽古の初日だ。
ノアへの変身が落ち着いてから始めることになっていたので、すっかり寒い時期になってしまった。
まだ雪は降っていないが流石に外へ出ると寒さを感じる、でも体を動かすには丁度良い。
料理長のマトヴィルは、武術を教えてくれる。
マトヴィルもアダルヘルムと同じく、若いころにお父様に武術を教わったらしい。つまり私はお父様の孫弟子なのだ。マトヴィルは料理が好きで、若いころあちらこちらの国を巡って、料理を覚えたそうだ。その時魔獣や、盗賊に襲われないようにとお父様が教育してくれたのだと、マトヴィルから聞いた。
「さあ、ノア様、今日からビシバシ行きますぜっ」
「はい、マトヴィル師匠、よろしくお願いします!」
「し、師匠?!」
「はい、教えて下さるのですから。マトヴィルは師匠です。マトヴィル師匠ビシバシ鍛えてくださいね!」
師匠呼びをしたらマトヴィルは暫く空を見上げて、機能停止してしまった。何故だろうーー
今日のマトヴィルはいつものコックの服ではなく、動きやすいように運動着を着ている。上下黒の運動着にブーツのような靴のいでたちが、銀髪、碧眼の、マトヴィルにとても良く似合っている、私はオルガが作ってくれた運動着姿だ。
まずは軽くランニング、そしてストレッチだ、体を動かす前の準備運動も大切だとお父様に教わったそうだ。
これは出来るだけ身体強化は使わずにおこなう、本来の力を伸ばすためだ。次に武術の型を教わる。型は何だか前世の空手の動きのようだ。マトヴィルの動きをマネしながら型を作る。かなり空手に似ているので、マトヴィルに聞いてみることにした。
「師匠これは【空手】ですか?」
「これは 武の型 と言う基本の動きですが、ノア様の言う【空手】とはなんですか?」
「えーと……お父様に……夢の中で教わった武術なのですが……」
空手をどう説明して良いのかわからず、取り敢えず夢の中設定でごまかしてみる
「ほう、アラスター様にですか……夢の中で……一度見てみたいですね。ノア様ちょっとやってみてもらえますか?」
マトヴィルにそう言われて空手の型を披露してみる、蘭子時代の子供のころに護身術として習っていたものだが、意外と覚えているものだ。
三つ子の魂百までとは、まさにこの事だと感動する。最後に「エイッ」と気合を入れて締めくくり、ぺこりと挨拶までした後にマトヴィルを見ると、目が飛び出しそうになっていた。
「あの、マトヴィル……?」
「ノア様!」
その声の大きさにびくりとして私は一歩後ずさる、マトヴィルにがしっと肩を掴まれてガンガン揺さぶられた
「あなたは、凄い! それは空手ですね! いやー、夢の中でも武術を教えるなど、アラスター様はどんだけすごいんだ!」
ガハハハッと笑いながらマトヴィルは私を持ち上げ、いつもの高い高いを始めた、余りに長く持ち上げられて降ろされた時には、頭がクラクラしてしまった。
「か……空手というのですね……」
「そうです。まずは子供のころに武の型を習い、それから自分にあった武術へ進むのがこの国での基本ですね。ですがノア様は空手が出来るのならば、それを基本にして魔力を使いながらの動きを勉強しますかね。
勿論魔獣相手だと、喧嘩殺法の様なものも必要になってきますから、そちらも追々教えますぜ。
いやー、それにしても、こりゃあ、アラスター様をこえるかもしれねーなー」
ガハハハッとまたマトヴィルは笑い、私の頭をガシガシっと撫でた。かなり痛い。最後の方はだいぶ言葉が砕けていて、その分マトヴィルの嬉しさが伝わってきた。
マトヴィルもお父様の事が大好きだったのだろう……
「よし! ノア様さっきの型をもう一度、今度は身体強化をしながらやってみよう」
「はい、師匠!」
あ、またマトヴィルが機能停止だ。師匠呼びはダメかもしれない……私はそんなマトヴィルを尻目に、身体強化をかけ空手の型を行う、体を動かす度にその方向に魔力が揺れるのが分かった。
「ノア様、身体全体をまとう魔力を意識して、手薄になる所がないようにするんだ」
マトヴィルに言われて身体の魔力が均等になるように意識する。かなりの集中力が必要だ、気を抜くと一瞬で動いている部分に魔力が全て流れててしまいそうだ、私は型の最後に気合を入れて
「エイッ」と声を出した
すると、手の先から魔力ボールがすごい勢いで飛び出した!
(これって、カメ〇メハじゃん!)
ドガーン! 魔力ボールは勢い良く塀にあたり、レンガがはじけ飛び、ガガーン、ザザザザーと塀が大きく崩れる音がした。魔力ボールが飛んで行った先では、裏庭の塀の四分の一が崩れてしまったのだ。
「「えっ?!」」
私とマトヴィルは、ポカーンと口を開けたままお互いの顔を見るーー
「し……師匠……」
「ぶはははっ! スゲーぞ! ノア様! 凄い、凄い!」
(マトヴィルは大笑いしてるけど、これってお小言案件だよね……)
大笑いして喜んでいるマトヴィルを無視して、視線を感じ後ろを振り返ると、オルガが近づいてくる姿が見えた。その姿は笑顔なのに怒ったときのアリナの何十倍も迫力があるーー
私はオルガが近づいくることをマトヴィルに教えようと声を掛けた。
「し、師匠……」
「あっ?」
マトヴィルが笑った顔のまま振り返ると、ニッコリと笑うオルガの姿があった。その顔は笑顔なのにまるで般若のようだーー
「ノア様、本日の練習はこれにて終了させていただきますね」
「はっ、はい」
「さあ、マトヴィル、こちらでゆっくりとお話をいたしましょうか!」
そう言ってオルガは、マトヴィルのエルフ特有に尖った耳をギュッと引っ張り、裏へと連れて行った。
その後マトヴィルから聞いた話によると、練習の際に何があっても大丈夫なようにと結界を張ることを怠った事と、塀を壊したことを、耳が痛くなるほど怒られたそうだ。
マトヴィルご愁傷様ですーー
午後からはお勉強の時間だ。最近は体を鍛えているおかげか、お昼寝をしなくても一日もつようになってきた。その代わり、夜は前より少し早い時間に寝かされる。それでも、一日に使える時間がとても伸びたように思う。
今日は、アリナにお金について教えてもらう。
お金の種類は、下から、イル、ブレ、ロット、ロンド、シエロとある。ブレが基準となっており、ロンド、シエロなどは大金の為、殆ど見かけないらしい。
1ブレ1枚で大体温饅頭が出店で一つ買えるくらいらしい、日本円で100円ぐらいだろうか……
お金の説明を受けた後は、ひたすら計算の練習だ。でも、3歳児に合わせた問題なのでとても簡単なものだ。ほぼ一桁の足し算引き算である。あっという間に終わってしまった。
「アリナ、私もう少し難しい問題でも大丈夫そうです」
「本当ですね。短時間で全問正解でございます。お嬢様には簡単すぎたようですわね、次からは難易度を上げさせていただきますね」
アリナはそう言って微笑んだ後、美味しいお茶を出してくれた。これは今日の勉強はお終いの合図だ。私は温かいお茶にホッと一息つきながら本を読む。勉強が早く終わった後の自由時間は、ほとんど本を読む時間に充てていた。
今日は魔道具についての本を読んでいる。
”魔道具の基本の作り方”
初心者向けの魔道具など、簡単なものが載っている本だ。
「お嬢様は本当に本を読むのがお好きですね」
「ええ、今は沢山の知識がほしくて、ついつい時間があると本に夢中になってしまいます」
「知識……ですか?」
「そうです。知識です。私はこの世界ではまだ赤子同然ですもの、これではお母様の事もみんなの事も守ってあげることができません!
早く魔法使いとして一人前になって、みんなを守りたいのです! それが私の夢ですわ」
(勿論、将来の子供たちの為にもね)
子供らしからぬ事を言っていたのだけれども、本を読みながらだったので、あまり自覚はなかった。アリナも最初は私のセリフにビックリしたみたいだけれど、話を聞いてとても感動してくれた。
「お嬢様は私のことも守って下さろうとしているのですね……」
「勿論です! アリナは私の家族であり、美人で優しい自慢のお姉さまなのです。アリナが素敵な旦那様と結婚してこのお家を出ていったとしても、それは変わりませんからね。アリナの【実家】はこのお家なのです。それは一生変わりませんよ」
「お嬢様……」
アリナはそうつぶやくと、私をギュッと抱きしめた。
「アリナ、いつもありがとうございます。大好きですよ」
私はそう言って、アリナを自分からも抱きしめた。
幸せの抱擁も終え、就寝の時間となった。今日も充実した一日を終えることが出来た。まだたった三年の人生だが、前世よりとても充実している。優しい家族。そして魔法の使える世界。
素敵な世界に転生させてくれた神様に感謝しながら、その日は眠りについたのだった。
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