ついに決行!偶然を装ってバッタリ大作戦!7
時刻は十五時少し前。ランチタイムから少しずらしたおかげか、レストランの賑わいは比較的マシで、私達は無事テーブルを確保することができた。
「荒木さんのそれすげー美味そうだな」
「ポークサンドです!バーベキューサンドと迷ったんですけど、」
私は隣の独尊君に目を向けて続きを口にした。
「独尊君がバーベキューサンドにするって言うんで、せっかくだから別のにしようかなって」
ちょうど迷っていたところに独尊君がバーベキューサンドにすると言ったから、同じ物を注文するよりは別のメニューにした方が楽しいかなと思ったのだ。
お手拭きで手を拭いていた花音ちゃんが、フォークを手に取りながら思いついたように言う。
「雅美さんと兵藤さんってそんなに仲が良かったのですね。知りませんでしたわ」
「えっ、まぁそんなめちゃくちゃ仲が良いわけでもないけど……ねぇ?」
花音ちゃんにそう思われるのは何だか微妙な気がする。私はついうろたえてしまったが、それでは逆に怪しいだろうか。失敗である。
「ああ、まぁ、別に。その……姉ちゃんの入院の時とかにお世話になって、その時に話すようになったくらいで」
独尊君もあたふたしながらそう説明する。たしかに唯我さんの入院は大きなきっかけだったとは思うが、独尊君とここまで仲良くなった理由を明確に思い出せない。
「そういえば唯我さんってあの連続通り魔の被害にあったんですよね?」
椏月ちゃんはロコモコ風ハンバーガーにかぶりつく寸前で手を止め、唯我さんの方を見る。
「下っ端のあたしでも知ってるくらい情報回ってましたもん」
そう言って心配そうに眉尻を下げた。椏月ちゃんの心配は、おそらく怪我の事だけでなく、何でも屋中に名前が広まってしまった事もなのだろう。ただのアルバイトである自分の名前が勝手に独り歩きをするのはやはり余り気分が良くない。
唯我さんはいつもの通りのおっとりした微笑みを浮かべながら答えた。
「もう八ヶ月前のことですから……。入院中はむしろゆっくりできてちょうどよかったです」
隣の独尊君が何か言いたげだったが、結局何も言わなかった。案ずる言葉を伝えたかったが我慢したのだろう。何せ好きな女の子の目の前だ。彼もシスコンとは思われたくないらしい。
「そっか、あの事件もう八ヶ月も前なのか」
藍本さんが思い出すように言う。彼はカレーの中に白いライスを切り崩した。
「俺全然関わってなかったからなー。何かいつの間にか解決しちゃったって感じ」
「わかります、あたしも下っ端すぎて蚊帳の外で。青龍店は被害も少なかったですし」
藍本さんの言葉に椏月ちゃんがすかさず同意した。彼女はちゃっかりと藍本さんの隣の席をゲットしている。私と唯我さんの間に挟まっている独尊君とは、行動力が雲泥の差だ。恋心だってついさっき意識したばかりなのに。これなら私の手助けなど不要そうだ。
「うちは被害は多かったけど、俺は何故か免れたんだよな。朱雀店は直接乗り込まれてたよな?」
藍本さんは初め瀬川君に目を向けたが、反応が薄いのですぐに私に視線の先を変えた。ちなみに、白虎店の被害が特別大きかったのは、冴さんのお姉さんを殺したのは当時の白虎店だからだろう。冴さん自身は、直接手を下したのが神原さんだとは知らないはずである。
「そうなんですよ。人数少ないから襲いやすかったんでしょうね。瀬川君も入院しちゃって大変でしたよ」
私は隣の瀬川君を見た。ローストビーフ丼を食べていた瀬川君は少し顔を上げると、「そうだったね」と言った。うーん、淡白!ナイフで腕を捌かれたことをもう忘れたのだろうか。
「瀬川君がいなくなったらお店回らなさすぎるんで、それで確か椏月ちゃんに応援に来てもらったんだよね」
「そういえばそうでしたね。荒木先輩と初めて会ったのはそれでしたね」
「あれ?てことは、椏月ちゃんって瀬川君に会うの初めてじゃない?応援の時もすれ違いで結局会わなかったもんね?」
たしか瀬川君の復帰五日ほど前に椏月ちゃんは青龍店に戻っている。
「いえ、実はあの後一回会いまして。バイト休みだったんで荒木先輩いるかなーと思って朱雀店に行ったんですよ。そしたらちょうど瀬川さんが出勤してきて、そこで挨拶だけ」
「へぇー、そうだったんだ!しかもごめんね、せっかく来てくれたのに」
「いえいえ、荒木先輩大学生ですもんね。あたしより帰り遅いってことに気づかなくて」
隣の瀬川君の表情を盗み見る。これは「そんなことあったっけ……」と思っている顔だ、たぶん。そう考えながら、私は椏月ちゃんに「授業や曜日によっては早く帰れる日もあるんだけどね」と説明した。
「ていうか、俺と荒木さん以外全員高校生なのか」
「ほんとだ、たしかにそうですね。えー、なんかやですね、私達だけ年取ってるみたいじゃないですか」
藍本さんの言葉に冗談めかして返す。それに花音ちゃんが笑ってこう言った。
「まぁ私も高校生を名乗れるのはあと一年ですから、似たようなものですわ」
花音ちゃんは現在高校三年生である。三年生なのはあとは瀬川君と、たぶん唯我さんもだ。椏月ちゃんは年齢的には三年生だが、一年留年しているので現在二年生のはずだ。
「そう考えたらここにいるの三年生多いよね。瀬川君もだし、唯我さんもだよね?」
私の言葉に、唯我さんはおっとりと否定した。
「いいえ、私は二年生なんです」
「えっ」
「えっ」
私と椏月ちゃんの「えっ」が重なった。椏月ちゃんは唯我さんが年下だったことに驚いたのだろう。
私は椏月ちゃんに構っている余裕はなくて、隣の独尊君に責めるような視線を向ける。
「あれ?独尊君今二年生って言ってなかった?」
「二年だけど」
「いや弟なら一年生でしょ。唯我さん二年生なら」
混乱する私に、唯我さんは慣れた様子で説明する。
「すみません、雅美さんには言ってませんでしたね。私とどー君は双子なんです」
「えっ、双子!?」
私の他にも知らなかった者が何人かいたようで、みんな驚いて唯我さんと独尊君の顔を交互に見た。反応的にどうやら花音ちゃんと瀬川君は知っていたようだ。さすが歴が長いだけある。
「ふふ、よく驚かれるんです。私とどー君、あんまり顔が似てないから」
「言われなきゃ気づかないですね」
「唯我さんはずっと三年生だと思ってました」
「姉弟だとしてもあんま似てねーよな。似てるの目の色くらいか」
順に椏月ちゃん、私、藍本さんの反応である。確かに二人の深い黄色の瞳は同じ色だ。
椏月ちゃんは少し身を乗り出して言った。
「あ、じゃあじゃあ唯我ちゃんって呼んでもいいですか?あたしも学年的には今二年生なんです」
その提案に、唯我さんはもちろんオーケーする。
「私も椏月ちゃんって呼んでもいいですか?敬語もなしで大丈夫ですよ」
「やったー。じゃあこれから唯我ちゃんって呼ぶね!」
それから椏月ちゃんはその隣の独尊君に視線を移した。
「弟君の方は、独尊君だね!」
名前呼び宣言された独尊君は、ボソッと「何でもいいよ」と答えた。あ、こいつ意外とクラスの女子とかと会話ないタイプだな?慣れてない感じがするぞ。
ここからの流れが私を感嘆させたのだが、椏月ちゃんはごく自然な様子で自身の隣の藍本さんに顔を向けた。
「藍本さんはお名前なんて言うんですか?」
「俺?楓だよ」
「へーっ、キレイな名前ですね!じゃあ楓さんですね!」
私は思わず拍手をしそうになった。唯我さんは本気だっただろうが、おそらく独尊君は踏み台だ。唯我さんに名前呼びの許可を乞うた時に、独尊君を経て違和感なく藍本さんを名前呼びする流れを思いついたのだろう。その機転としっかりとやり遂げる行動力に私は拍手を送りたい。
やっぱり椏月ちゃんの恋愛に私の手助けなど要らないのではないだろうか。もう全部自分で解決しちゃってるもん。彼女の有無とかこの勢いで聞いちゃいそうだもん。
「ありがとうな。女の子の名前だってからかわれるからあんまり好きじゃないんだけどさ」
「えー!せっかくキレイな名前なのに!楓さんは秋生まれなんですか?」
「いや、五月。男でも女でも楓ってつける予定だったんだって」
「そうなんですね。ご両親は楓が好きなのかもしれませんね」
椏月ちゃんはそう言ってニコッと笑った。あんまり好きじゃない名前だとは言ったが、藍本さんも名前で呼ばれることは嫌ではなさそうだ。個人的には、椏月ちゃんは相当見る目があると思う。藍本さんは目立つタイプではないが、空気が読めるし気が利くし基本的に紳士だ。初めて会った時も、大きな仕事と初めての他店舗で緊張している私に気さくに話しかけてくれたし、今日だって状況を見て会話を回したりみんなを引っ張ってくれている。ゆるっとした雰囲気で、白虎店ではムードメーカーを担っていると思う。パートナーとして理想的な人物像ではないだろうか。
「思ったんだけど、メッセージアプリでグループ作らない?みんな撮った写真とか共有するでしょ?」
私は今日の課題の一つ、連絡先交換を提案してみた。メッセージアプリでのグループ作成は、花音ちゃんに独尊君の連絡先を登録してもらうには一番手っ取り早い方法だ。
「賛成です!あたしすでにけっこう写真撮ってますよ」
入場ゲートで真っ先にスマートフォンのカメラを起動していた椏月ちゃんは、パーク内のあらゆる場所で周りを巻き込んで自撮りをしていた。その次に写真を撮っていたのはおそらく花音ちゃんだろう。
「私も撮ってますわ。帰ったら妹に見せようと思っておりますの」
自撮りが多い椏月ちゃんに対し、花音ちゃんは風景ばかり撮っていた。キャピキャピしていて女子高生らしい子だと思っていたので、ほとんど全く自撮りをしないことは意外である。私を含め、他のメンバーは全然写真を撮っていなかった。入場ゲートの近くにある象徴的なモニュメントを撮った程度である。
「じゃあグループ作っとくから、みんなまた入っておいて。独尊君は唯我さん招待しておいてね」
私は一つ課題をクリアしたことにホッとしながら、そう言って微笑んだ。
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