ついに決行!偶然を装ってバッタリ大作戦!6




まず、突然聞こえてきた引きつった笑い声に肩が跳ねる。足元を冷たい空気が流れていった。左を見ると、窓から見える部屋の中にボロボロに崩れた人間の死体が仰向けに転がっていた。何も見なかったことにする。遠くで赤ん坊の泣き声がした。狂気じみた泣き声だった。突如壁から数本の青白い腕が現れた。薄暗かったので、壁に空いていた穴に気づかなかった。私は思い切り悲鳴をあげたが、瀬川君は相変わらず無言だった。一人だけ悲鳴をあげたことに恥ずかしくなりながら、うねうねと動く腕の先を足早に通り過ぎた。突然目の前に人が現れてビクつく。ただの鏡だった。何故こんなところに鏡を置くんだ。頭から血を流したお化け役の役者が迫真の演技をした。追いかけては来ないみたいで一安心した。廊下で蜘蛛の巣が私の頬を撫でた。飛び上がった。その際、瀬川君の脇腹を思い切りどつき、彼は一瞬眉を寄せた。気づいたら独尊君のことなどすっかり忘れていた。いつのまにか「ごめんなさいごめんなさい」と連呼していた。誰に謝っているのか自分でも分からなかった。

半泣きになりながら瀬川君に縋るようにしてお化け屋敷を出た私は、出口に 立っていたスタッフの女性の「お疲れ様でした〜」の声と笑顔に現実に引き戻された。顔を上げたら辺りは明るかった。生きて戻ってこれたんだなとぼんやり思った。

出口に立っていたお姉さんは、私と瀬川君の手から蝋燭を回収し、近くの機械にカチリとはめ込んだ。隣のプリンターのようなものから二枚の紙が出てくる。お姉さんはその紙を私達に手渡しながら、これはあなた達の恐怖値ですと説明した。

私はその紙に書かれている数字と内容に目を通しながら苦々しげな顔をした。どうやらあの蝋燭を模した照明には、叫び声を測定する機能が内蔵されていたらしい。それが分かっていればあんなにギャーギャー叫ばなかった、本当だ。

一足先にお化け屋敷を脱出していた他のメンバーが私達を手招きした。 早速恐怖値の見せあいっこが始まる。

「雅美さん九十八点ですのね。惜しかったではありませんの」

「いや、何も惜しくないから 」

恐怖値二十八点の花音ちゃんが私の紙を覗き込みながらそう言った。その一言を聞いて椏月ちゃんが安心した顔をする。

「よかったあ〜。あたし七十五点でみんなにバカにされてたんですけど、上には上がいるもんですね〜」

椏月ちゃんのその言葉に私は引きつった笑みを返した。

「それより唯我さんすげーぞ。全然叫ばねーの」

「ホラー系は得意なんです」

藍本さんが話し出す機会がなかった唯我さんを集団に引き込み、唯我さんはニコニコと微笑みながらそれに答えた。あの癒しオーラが漂っている微笑みの裏に、そんな逞しさが存在していたなんて知らなかった。人は見かけによらないとはまさにこのことだ。

私は集団から一歩離れて独尊君に声をかけた。

「独尊君、どうだった?」

独尊君は薄暗い表情のまま、黙って私に用紙を見せた。

「あ、ああ……。私よりマシじゃんっ」

なるべく明るい声でそう言ってみるが、私がいくら取り繕おうと独尊くんの「恐怖値六十九」という数字は変わらなかった。

「俺ずっと花音さんの後ろに隠れてたよ……」

「あー、うん、ええと……」

「絶対頼りない男だと思われた」

「これからこれから!いくらでも巻き返す機会あるから!」

私は空元気を振り回しながら、独尊くんの肩をバンバンと叩いた。集団から外れてこそこそ会話をしている私達を見ている花音ちゃんに気づいたので、私は独尊君の腕を引いてみんなの会話に混ざった。

「そういえば藍本さんは何点だったんですか?」

「俺は三十八だったわ。まぁ普通って感じだな」

藍本さんは自分の用紙をヒラヒラと見せながらそう答え、次に瀬川君に顔を向けた。

「でもやっぱこの中の一番は瀬川君だよな。二点ってすげーよ」

そう言われた瀬川君は特に表情を変えることはなかった。彼は悲鳴どころか話声すらほとんど上げなかったので、その二点はおそらく私の悲鳴が感知されてしまったのだろう。

ホラーマンションの周りは人が多いので、この場所での立ち話は向かないだろうという話になった。私達一行は近くのレストランへ移動することに決めた。

マップを頼りにレストランを探す私達。固まって歩く私達から、前の方にいた椏月ちゃんが一歩離れ、最後尾の私の腕を引いた。私と椏月ちゃんは集団から少し離れる。

何事かと思っていたら、椏月ちゃんが小声で私に話しかけてきた。

「荒木先輩、荒木先輩、ちょっとお聞きしたいことが」

どうやら他のメンバーには聞かれたくない話のようなので、私は気を使って歩くスピードを緩めた。少し遠くなった集団の最後尾を歩く瀬川君が、横目でちらりとこちらを見遣る。

「どうしたの、椏月ちゃん」

「あのですね、その……。藍本さんって彼女さんとかいるんでしょうか?」

「えっ!?」

彼女の予想もしていなかった言葉に私は目を見開き、おまけにパンフレットを地面に落っことした。椏月ちゃんは親切にもそれを拾って私に手渡してくれる。

「それを聞くってことは、つまりそういうことなんだよね?」

「ええ、まぁ……」

私の確認に、椏月ちゃんは頬を少し赤くして頷いた。さらに「お化け屋敷でしがみついちゃったんですけど、そのままでいてくれたのがかっこよくて」と付け足した。

正直、椏月ちゃんが藍本さんに興味を持つとは予想外すぎて、私の脳みそは処理が追いついていなかった。恋のきっかけとはほんの些細なことなんだなぁ。こんなに些細なきっかけじゃ、花音ちゃんの店長への想いは吹き飛ばせないかもしれないが。

「相談してくれたところ悪いんだけど、私藍本さんというほど仲良くないからそんなプライベートなことまではちょっと……」

「そうですか……」

「でも、今日中にさりげなく聞くきっかけを作ってみるよ」

椏月ちゃんがあまりにもがっかりしたので可哀想になり、私はそう付け加えた。

「ほら、レストランなら雑談になると思うしさ、なんかそういう話題になるように仕向けてみる」

「ありがとうございます!」

あずきちゃんは満面の笑みを私に向けた。独尊君の応援だけでも手一杯なのに、どうしようかなぁと内心で悩みつつ、離れたみんなの背中を追いかけた。



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