今までのこと、これからのこと6




悩んでは思い出して自己嫌悪に陥ったりもしたが、冴さんの件でいいこともあった。出会いだ。玄武店から田村椏月ちゃんが来てくれたのは、入院した瀬川君の代わりであった。

椏月ちゃんとはたまに連絡を取り合って、仕事の情報交換をしていた。そんなに頻繁にではないが、何か珍しい依頼があったらといった感じだ。椏月ちゃんもまだまだわからないことが多いらしく、数ヶ月前の自分を見ているようで微笑ましかった。

ちなみに来週のネズミィーランドにも来てくれる。もともと予定してはいなかった参加だが、人数が多い方が独尊君のアタックもやりやすいだろうし、それに明るい彼女が場を盛り上げてくれるのはありがたい。

そして。あの後、何でも屋の社長である相楽一郎さんと話をした。一郎さんは、私に不祥事を起こしてくれと頭を下げた。私が問題を起こせば、孫である店長が本部に顔を出すからと。なんてわがままで不遜なお願いだ。今思い返してもそう感じる。

私はそれを断った。正社員になりたいからと。言葉にしてしまったのだ。他でもない社長本人に。

回想して、心持ち顔を上げた。やる気が出てきた。そうだ、私この会社で正社員になるんじゃん!店長と瀬川君と一緒に、ずっと何でも屋で仕事してくんじゃん!燃えてきた!今なら明日の河川敷の掃除も頑張れる気がする!

「それで、その次は何かびっくりするようなことあった?」

「あの後ですか……」

冴さんの件が片付いて、一郎さんと腹を割って話して、その後は……。その後は、三千院景子さんのバースデーパーティーだ。

私は鼻から小さく息を吐いた。三千院さんが殺され、私達朱雀店が犯人を暴いたあの日だ。でも、この話は国見さんにはしないでおこう。聞いていて楽しい話でもないし、それにあの日あの場所に私達はいなかったことになっている。

「その後は、引きこもりの説得とかしましたね」

「おっ、ちょっと珍しい系だね。でも何でも屋ならではって感じだね、そういう仕事は」

「ですね。他じゃ体験できないことですよ。あの時は毎日毎日家まで通ってドア越しに話しかけて、大変だった記憶がありますけど、でも今思い返せばいいことしたなーって感じですね。その後偶然会って、すごい変わってて。何か仕事も趣味も充実してて溌剌としてました」

「なんか超やりがいあるじゃん、それ」

「ですよね。ちょっとのきっかけで人って変われるんですね〜」

そしてその後は確か……。

「それからドリームランド行ったりしましたね」

「ドリームランドって東京?県外での仕事って珍しいね」

「なんか県外派遣員さんがちょうど手が空いてなかったみたいで、私達が行くことになったんです」

「私達って、雅美ちゃんとどっち?」

「二人は喧嘩してましたが、結局店長になりました。未成年同士で東京はさすがに問題あったとき困るって」

瀬川君の一言が決め手になったんだっけ。

「せっかくなら友達か彼氏と行きたいよね、ドリームランド」

「ほんとにそれですよ。まぁ店長と行ってもそこそこ楽しかったですよ。さすが夢の国」

「ちなみにドリームランドで何したの?」

「ひたすらきぐるみのサインを集めてました」

「ははっ、まじか〜。そんなことにお金使う人もいるんだ」

「なんか限定キャラみたいのが来てたんですよ。海外から」

「なるほどね。まぁそういう依頼なら楽しいからいいじゃん」

「タダでドリームランド行けましたしね。疲れましたけど」

あの日はサインを集める為にパーク中を駆けずり回ったことも疲れたが、もう一つ要因がある。花音ちゃんの修学旅行とバッティングしたのだ。彼女との遭遇を回避しながらの依頼遂行は大変だった。

「まぁ最後にパレードも見たし、なんだかんだ楽しんでましたね。人生初パレードでしたし」

「ふ〜ん……。……ちょっと思ったんだけどさ、雅美ちゃんって店長と付き合うとかはどう?」

「えっ?どうとは?」

「いや何か、ドリームランドも楽しかったみたいだし、付き合ってみたら案外うまく行きそうだなと思って。まぁ瀬川君もだけど、見てる感じ雅美ちゃんも店長のことめちゃくちゃ好きじゃん」

「いやまぁ好きは好きですけどそうはならないですね……」

「えー、そっか〜。意外とお似合いかなと思ったんだけどなぁ」

「全然お似合いじゃないですよ。デコボコ漫才コンビみたいになりますよ」

「まぁ雅美ちゃんがそう言うなら。あんまりしつこいとお節介おばちゃんみたいになりそうだしやめとく。最近はどんな依頼があったの?」

国見さんはあっさり引き下がり、話題を変えてきた。まさか店長とくっつけられるとは思わなかったなぁ。花音ちゃんが聞いてたら殺されてたよ私。

「最近は……幽霊退治とかしましたね」

最近と言っても半年ほど前の話だが。時系列的にはドリームランドの後くらいだ。

「幽霊って本物?」

「さすがに正体は人間でした」

「よかったあ〜。私けっこうホラー苦手なんだよね」

「私もですよ。夜の学校だったんで、気分はお化け屋敷でした」

「うわっ、怖っ」

想像したのか国見さんは両腕をさすった。

「ちなみに雅美ちゃんお化けって信じてる?」

「えー、基本信じてないんですけど、怖いってことは心のどこかでは信じてるのかも……。しかも、その時店長が知り合いに幽霊関係の仕事してる人がいるって言ってて、もしかしたらほんとにいるのかもって気になっちゃってます」

「うわー、やめよやめよ、次の話にしよ」

「えーと次は……あっ、ストーカー退治しました!」

「お!女性の味方!」

「バッチリやっつけましたよ!」

「ストーカーってまじでいるんだね。お化けより怖いよ正直」

その依頼の直後に私もストーカー被害にあったとはさすがに言いにくい。余計な心配をさせてしまうだろうし、私レベルの奴がストーカー被害なんてなんだかギャグな気がする。

そこで急に、ふと一つの考えが閃いた。そういえば、私のストーカー、自転車が返ってきてから急に現れなくなったが、もしかして店長と瀬川君が退治してくれてたんじゃないのか?思い返してみると、私が店長に相談した翌日、瀬川君がやたらに店に出てきて店長に声をかけていた。何事かと聞くと、昨晩急に仕事が入ったと説明された気がする。あの瀬川君のバタバタは私のストーカーの特定だったとしたら……辻褄が全部あう。

私はやにわに両手で顔を覆った。次の日からもう動き始めてくれていたということは、たぶん遅くとも二、三日のうちに片付けてくれていたのだろう。それを瀬川君も言わないし、店長も自転車が直るまでずっと家まで送ってくれていた。うわー!なんか自分の知らないところでこんなにお世話になってたなんて!なんか急に恥ずかしくなってきた!かっこよすぎじゃないかうちの二人!

「どした?雅美ちゃん」

「いえ、なんでも……次の琵琶湖ベストカップルコンテストの方が面白いのでそっちにしましょう」

私は少し熱を持つ頬を無視して、さっさと話題を変えた。

「琵琶湖ベストカップルコンテストって毎年夏にやってるやつでしょ?」

「ご存知でしたか」

「健太と一緒に出る?って冗談言ったことある。まぁもちろん出なかったけど」

「意外と参加者いましたよ。その時の依頼がけっこう難しくて、準優勝の賞品が欲しいってものでして」

「ビミョーに二位なんだね」

「そうなんですよ。ビミョーに二位なのが難しくて」

依頼人の女の子……確か佐々木さんだっけ。元気で憎めないキャラだったなぁ。今も鱒之助ファンをしているのだろうか。

「しかも青龍店との共同作業」

「えっ、青龍店ってたしかうちと仲悪いとこじゃなかった?」

「そこですそこ。青龍店の店長が来たんですけどほんとにムカつくやつで。仕事もできないくせに文句ばっかりグチグチと」

「あー、そういうタイプの上司いるよね。まずは自分が動けよって」

「しかもめちゃくちゃ偉そうで、なんとかして朱雀店の悪口言えないかってしょーもないこと常に考えてるんですよ」

「何で青龍店と朱雀店ってそんなに仲悪いんだろうね」

「ほんとですよね。まぁ店長が煽るのも悪いんですけど、八割方は青龍店の態度が問題な気がしますね」

青龍店の従業員でも、前髪を上げたお姉さんとアルバイトの子達は話のわかるいい人達だったが。結局店長の勇人さんが問題なのだ。汚点である、汚点。

その後は花音ちゃんの恋愛相談に乗ったり、朱雀店の二階から花火を見たり何故か深夜さんを交えて花音ちゃんの恋愛相談に乗ったり、店長と喧嘩したり、したっけ。それから……。

私にはまだ諦めていないことがある。花火大会にあわせて浴衣を買いに行ったあの日の帰り道。あの時出会った少年、アルフ君の救助だ。



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