今までのこと、これからのこと5




「実は、人を殺しすような相手とバトルになりまして」

「ええ!?」

国見さんの大声に、周囲のテーブルが一斉に視線を向けた。国見さんはボリュームを絞って続きを話す。

「そ、それ大丈夫なの?ちょっと経験値貯めすぎじゃない?」

「まぁ、怪我とかはなかったんですけど……ちょっとその、店の雰囲気がギクシャクした時がありまして」

「それは珍しい。たいていのほほんとしてるのに、朱雀店って」

「その相手が依頼人だったんですけど、私達を巻き込まないようにって店長が一人で解決しようとして、私達がそれを信じきれなくてぎこちなくなっちゃって」

「あ〜……」

国見さんは長い「あ」を吐き出したあとに、「まぁ店長の気持ちもわかるけども」と付け足した。

「依頼自体をなかったことにして最終的には片がついたんですけど、何で疑っちゃったんだろうって後で後悔して」

私は「はぁ」とため息をついた。国見さんは私が当時を思い出して自己嫌悪しているのだと思っただろうが、それは少し違う。その更に後のことを思い出して、全部引っくるめてのため息だ。轟木さんのことがあったのに、だってその後私は。

「はぁ」

「まぁまぁ、結局解決したんでしょ?」

「そうなんですけど。知り合いは怪我しちゃうし、私は反省活かせてないし……」

「そんなのこれから活かせばいいじゃん。殺人者相手にしたのに誰も死ななかったのはハッピーエンドだよ」

国見さんはそう言って励ますように微笑んだ。たしかにあの時私達が間に合ったから北野さんは助かった。だが、それ以前に二代目切り裂きジャックとして轟木さんは人を殺している。殺された人や遺族の立場になったら、ハッピーエンドなんて口が裂けても言えない。

ただ。包丁を握って真っ直ぐ私に向かってくる轟木さんを思い出した。当時は、轟木さんは快楽殺人犯で、しかも親友のジェラートさんに罪をなすりつけようとする、最低な人間だと思っていた。でも今改めてあの時の彼女の顔を思い出すと、何かを決意したような、今にも泣き出しそうな、全てを諦めたようにやけっぱちな、そんな色の目をしていたように感じる。彼女は何が目的で殺人なんてしていたんだろう。彼女は何を叶えたかったのだろう。

ただの快楽殺人犯で片付けるのは、きっと轟木さんに失礼なんだろうなと今になって思う。

「あ、でも、そのおかげと言ったら不謹慎ですけど、店長会議に出席できたんです」

「えっ!すごいじゃん!」

「国見さんでも行ったことないですか?」

「ないない!店長が一人で行くものだと思ってたし」

「えっ、瀬川君が一緒に行ったりしてなかったんですか?」

「基本なかったね。瀬川君の先輩バイトがちょこちょこ着いていったりはしてたみたいだけど、まぁだいたい店長一人で出席してたよ」

「へぇ〜そうなんですね。私が行ったときは他の店舗は三人くらいで来てたんで、誰かしら連れて行くものかと思ってました」

勇人さんのところの青龍店なんて、見え張って五人でぞろぞろ来てたもんね。

「それにしても、店長会議出席するなんて雅美ちゃん相当すごいじゃん!私も健太も行ったことないよ」

「いやぁ、あれはたまたま……不測の事態だったというか……。それに、あれ以降も店長は会議には出席してないので」

「それ何でなの?昔は普通に出てたじゃん、会議」

「何ででしょうね。気が遣えない人ばかりで嫌になっちゃったんですかね?」

私は昔花音ちゃんと陸男さんに教えてもらったことを思い出した。まだ私が店長の度重なる外出に不満を抱いていた頃のことだ。あの二人から話を聞いてようやく、この世界は店長にとっても生きづらいものなんだなと理解できた。瀬川君は知っていたからあの放任主義っぷりだったのだ。だって、ずっと店長にとっては人生イージーモードだと思ってたから。

「あっ、そういえば国見さんは瀬川君の兄弟って会ったことあります?」

「私はないなー。たしかお姉さんが今本部勤務なんだっけ?」

「そうらしいですね。その後初めて会ったんですけど、すごいキャラ濃い人でしたよ」

「噂くらいは聞いたことあるよ。人に色んな衣装着せて写真撮りたがるんでしょ?」

「何も間違ってないんですけど、それだけ聞くと何かやばい人ですね」

「ははは、たしかに。私にも店長伝いにオファーは来たんだ。もちろん断ったけど。店長も何度か酷い目にあってるらしくて、断った方がいいよって言われた」

「それ複数回だったんですか。その一例ならなんとなく聞いて知ってます」

本当は花音ちゃんにバッチリ写真を見せてもらったんだけどね。なんなら猫耳つけた実物も見たことある。空さんの置土産だ。私に言わせると、彼女を前にして居眠りをする店長が悪い。

「まぁ店長を生贄に捧げて自分達は逃げ延びよう。あの人写真映えしそうだし、そっちの方がお姉さんも嬉しいでしょ」

「たしかに私なんて平凡な顔面撮っても何の価値にもならないですからね。そうしてもらいましょう」

空さんは会うたびにコスプレ撮影に誘ってくるが、これからは店長を盾にして逃げよう。あの人は私が空さんに食事に誘われた時にあっさり見捨てた罪がある。ちなみに花音ちゃんは店長の猫耳写真と引き換えにあっさり陥落したようだ。一体何のコスプレをしたのだろう。

「それにしても、雅美ちゃんけっこう大変な依頼受けてるね」

「そうですかね……いや、そうかもしれませんね。平凡な依頼とやばい依頼の差が激しくて」

「殺すとか殺されるとかのレベルはさすがに私達がいた頃にはなかったよ。泥棒くらいはあったけど」

そう言われてふと思ったが、もしかすると単純に「殺す」だけの依頼なら、店長と深夜さんでこっそり熟していたのかもしれない。見波拓也さんの依頼より前から、瀬川君は深夜さんのことを知っていたから、その可能性は十分あり得る。

「殺す殺されるといえば、その後何でも屋全体でちょっと大変な事件がありまして」

「全体で?なになに?」

冴さんの件は話そうかどうか迷ったが、過去の自分の戒めとして話すことにした。

「何でも屋に復讐をしたい人が現れて、何でも屋の人間を次々に襲い始めたんです」

「襲い始めた?」

「はい。ナイフでグサッと」

「うわ、けっこうガチめだね。復讐って何の復讐?」

「昔、私達が何でも屋で働き出すより前、白虎店にある依頼が来て。その依頼が、復讐者のご家族を殺してくれっていうものだったんです」

「なるほど、家族の敵討ちか……」

「見境なく襲われて、でもそれはいいんです。その人にとってたった一人の大切な家族だったみたいなので、復讐したい気持ちはそりゃわかるんです。問題は、私が同じ過ちを繰り返してしまったことで……」

「同じ過ち?」

「さっきの人を殺すような相手の依頼の話、覚えてます?実は今回の復讐者さんは店長の友達で、店長はその友達が酷いことにならないようにって立ち回ってたんですよ。それが怪しく見えちゃって、私また空振っちゃって」

私はまたため息をついた。あの日のことを思い出すと恥ずかしくなってくる。考えなしにいきあたりばったりに動いて。前回から何も学習してないし。

「ついこの間店長のこと信じようって思った矢先なのに、また同じこと繰り返しちゃって。ほんと自分ってどうしようもないなぁって」

「しょうがないよ。話してくれない店長も良くないし、それにさ」

国見さんはカップの底に少しだけ残ったコーヒーを飲み干して、私に目を向けた。

「何だかんだ言ってまだたった数年の付き合いじゃん。そんな短い時間じゃ他人を完全に信じるなんて難しいよ。私だってさ。大学で健太と出会って今五年目。やっとこの先の人生ずっと一緒にいたいって思えるようになったから結婚したんだから」

ニコッと優しく微笑む。いつも強気でパワフルで周りを引っ張ってくれる国見さん。久しぶりに話すとやっぱり変わった。家庭を持ったからだろうか?元来のパワフルさの内側に、温かい優しさが覗くようになった。包容力と呼ぶのだろうか。

「これから少しずつ信頼できるようになっていくんだよ。店長も、瀬川君も、他の店舗で仲良くなった人達も。そういうのって結局、時間しか育んでくれないと思うから」

そして彼女はこう付け足す。

「きっと店長も瀬川君も、雅美ちゃんをどんどん信頼してると思うよ。雅美ちゃんが二人を信頼していってるみたいにさ」

そっか。言われて気がついた。よく考えたら、私と二人って他人なんだ。一緒にいる時間が長いから忘れてしまっていた。

国見さんの言葉がすっと心に沁み込んでゆく。なんだ、そう言われたら当然だ。隠し事されたらそりゃ疑っちゃうよ。まだ他人なんだから。でもこれからずっと一緒に仕事をしていって、お互いを信じれるようになってゆくんだ。

瀬川君の考えのとおりだ。神原さんに答えたとおりだ。私は朱雀店が好きだから何でも屋の正社員になりたい。朱雀店で二人と仕事をしていきたいと思うからだ。きっとその頃には良い信頼関係が築けているだろう。今ならそう確信できる。




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